第16話 女帝との約束

 大騒ぎとなっている会場に入り千里眼で女帝――あずま胡蝶こうちょうの全身をくまなく解析すると大脳付近に微小の紅の種のようなものがある。

 千里眼で会場内の全人間を特定し、解析をかけて大脳付近を見ると十数人に胡蝶こうちょう同様の赤色の種子が存在した。

 特にご丁寧にあの開発部の部長と赤髪眼鏡の新入社員にもある。あの殺害現場で感じた新入社員への俺の違和感も正しかったということかもな。


「なるほど、あれにより操っていたわけね」

『取り出せぬぞ。あの気色悪い塊はその者の脳の幹部に深く食い込んでいるため――』


 ごちゃごちゃうんちくを垂れている馬鹿猫を無視し、胡蝶こうちょうの背後から近づき千里眼で特定した微小の種子を【チュウチュウドレイン】により取り出す。

 直ぐに離脱して右手を確認するとその種子は俺の右手でサラサラの塵と化してしまった。


(どうやら摘出可能なようだな)

『んなっ! そんなアホな……』


 糸の切れた人形のように崩れ落ちる胡蝶こうちょうを隣にいた職員が支えるのを確認し、俺は会場内の紅の種子の摘出を開始する。



 ふー、全員無事摘出できた。俺のような頭からフードを被った怪しい男が会場をうろついているんだ。普段なら即、警備員に職務質問くらいされているはずだ。それがこうもスムーズに事を終えられたのは、現在、会場が上を下への大騒ぎとなっているからに尽きる。とどのつまり、全員、真っ青な顔でスマホを凝視しており、俺など見向きもしなかったのである。


『妾が数週間をかけてようやく排除したのものをたった一瞬で……徹夜までしたのに……妾の苦労は一体なんだったんじゃ』

 

 頭を抱えて唸り出す馬鹿猫などガン無視しその場を去ろうとするが――。


「待ちなさい」


 回復した胡蝶に右手首を掴まれ顔を覗き込まれてしまう。

 そして、強引にホールの外の個室までつれていかれ、帽子に鬘、サングラスを取り上げられる。


「……」


 いやね。俺もこの女と久しぶりだね、とか気持ち悪く笑い合うような関係じゃないことは自覚している。しかし、正直、ここまで敵意剥き出しにされるとは思わなかったぜ。


(クロノ、本当にこいつ俺の潔白を信じてるって言ってたんだろうな?)

『うむ、言っておったぞ。加えてお主を不倶戴天の敵とも称していたな』


 うへー、相変わらず面倒な奴。でも確かに程度の差があれ、胡蝶とは元からこんな調子だし。うん、どうでもいいな。


「どうしてここにいるのかしら?」


 胡蝶がその細い腰に両手を当てて俺に背筋が寒くなる低い声で尋ねてきたとき、勢いよく扉が開いて、


「それは我らも知りたいね。君なら答えてくれるんだろう。なー、藤村秋人君」

「……」


 開発部の部長と赤髪の新入社員が部屋に入ってきた。

 まったく、時間も押してるっていうのに次から次へと面倒な奴らが……。

 だが、こいつらの鬼気迫る様子からも、はぐらかせるような雰囲気でもない。

 事情を話した方が手っ取り早くこの場を離れやすそうだな。それに胡蝶はともかくこの二人は俺のせいで巻き込まれたようなものだし。


「わかった。わかった。概略だけ話すよ。それで構わんな?」


 頷く三人に俺は説明を始める。



「つまり、現在東京を襲撃しているのが絶望王とその軍勢で、私達は奴らのこの地への来訪に一役かってしまっていたと」


 開発部の部長が今も阿鼻叫喚と化している東京を報道している映像をスマホで眺めながら興味深そうに呟く。なんとも神経の太そうな女だ。

 対して赤髪眼鏡の新入社員は俺の前まで来ると両手を絡ませ忙しなく動かし、


「あ、あ、ありがとう」


 頭をペコリと下げてくる。


「うん? 何が?」

「た、助けてくれたこと」


 大きく息を吐き出し、


「いや、だから話したろ。お前らを俺が巻き込んだんだ。俺が謝るべき話なんだよ。すまなかったな」


 香坂秀樹とこの事件の黒幕のせいでこいつらは、自信の意思に沿わない行動を強いられた。その原因は俺の持つ勾玉だ。マスコミは自分勝手だからな。今回の件が明るみに出れば、自分たちの報道したことなど全て忘却し、二人を悪役に吊し上げかねん。そんなリスクを二人に負わせてしまった。


「ほう、外見とは異なり随分、お優しいのだな。あの自己中ナルシスト男とは大違い。二人が惚れるわけだ」


 開発部の部長が俺達二人を見て、面白そうにそんなくだらぬ冗談を呟く。

 忽ち顔を真っ赤にして俯く赤髪眼鏡の新入社員。ほら見ろ、雨宮と同じ。この手の女はその手の冗談に免疫がねぇんだよ。


「惚れるって……まさか」


 胡蝶といえば検討することすら値しない法螺話を真にでも受けたのか、東京湾に出現したゴ〇ラでもみたかのように、強張った顔付きで俺と赤髪眼鏡の新入社員を相互に見る。

 さて話しは終わった。そろそろ俺も戦場へ向かうとしよう。


「心配するな。この件でお前らに迷惑はかけねぇよ」


 どうせ俺は脱獄しているからな。どの道、碌なことにはならん。なら、俺が巻き込んじまった奴らくらいは今まで通りの生活に戻してみせるさ。


「藤村、あんた――」


 胡蝶が何かを言いかけたとき部屋の窓ガラスが割れて黒装束で身を包んだ男たちが部屋に飛び込んでくると俺を囲みそれぞれの武器を向けてくる。

 みつかっちまったか。まいたと思ったんだがな。


「ふぅじぃむぅらー、もう逃げられんぞぉ」


 黒装束に守られつつも扉から部屋に入ってくる上野課長。


「ええ、逃げるつもりなど微塵もありませんよ」


 何せ俺が今一番会いたかった奴が向こうから会いに来てくれたわけだしな。


「いい覚悟だぁ。まあ、あれだけのことをしでかしたお前は、死刑以外ありえんがな」


「上野君、君は――」


 開発部の部長が眉を顰めて何かを言いかけるが、


「そうすっか。ならば、精々抵抗させてもらいましょう」


 俺は床を蹴り近くの黒装束の懐に飛び込む。


「へ?」


 頓狂な声をだす黒装束の腹部を右拳で突き上げる。

 浮き上がった黒装束を右足の脛で近くの黒装束に向かって蹴り上げる。黒装束二人が激突し悶絶するのを視界の片隅でとらえながら、バックステップし背後にいる黒装束を左足で蹴り上げると壁まで吹き飛び崩れ落ちた。


「き、気を付けろ! こいつ、尋常ではなく強いぞっ!」


 悲鳴のような声を上げる黒装束に近づくとその顔を鷲掴みにして持ち上げる。


「ぐぎぐががっ!」

「こんなのは、ただの小手調べだ。いい加減、俺も逃げるのに飽きたのさ。少々手荒になるが別に構わんよなぁ?」


 俺は既に白目を剥いている黒装束を放り投げると、パキパキと指の関節を鳴らしながら本格的な制圧を開始した。

 


 数十秒でみんな仲良くひと時の眠りにつく黒装束ども。


「さてと、あとはあんただけっすね」


 返り血を拭い顔だけ上野課長に向ける。


「ひいいぃぃぃっ!!」


 上野が悲鳴を上げて後退ろうとするので、


「あんたには坪井とおやっさんの件で色々聞きたいことがあるんです。大丈夫、直ぐに話したくなりますから」


 奴の背後に移動しその右肩に手をのせてそう端的に口にした。


「ぎひっ!?」


 奴は咄嗟に振り返り俺の顔を見ると絶叫を上げて、床に落ちていた短剣のような武器を左手で拾い、近くの胡蝶の背後をとりその首を右腕でロックしその喉元に武器を突き付ける。


「ち、近寄るなっ! 近寄ればこいつを殺すぞっ!」


 こいつ、マジで錯乱してやがる。


「あんた、今自分が何をやっているのかわかってんのか?」

「う、五月蠅いっ! 駒の分際で、俺に逆らうのが悪いんだっ! お前らのような無能な駒は、俺のような指揮者の言葉に黙って従っていれば――」

「汚い手を離せ! 下郎がっ!」


 胡蝶が激高すると武器を持つ左腕を捩じり上げて、右肘を鳩尾に叩き込む。


「ぐごっ!?」


 そして、痛みで呻く上野を一本背負いで見事に投げ飛ばしてしまった。

 上野の奴、完璧に白目剥いている。あーあ、やっぱりこうなったか。俺も何度、あの背負い投げで意識を失ったことか。


「たっく、気絶させちまいやがって」

「刃物を向けられたんだし、当然の反応よ」


 プイっと、そっぽを向く胡蝶に大きなため息を吐く。

 だが、どうするかね。上野には色々尋ねたい事があるし、水でもぶっかけて起こすか? 


「ひひっ! 事後処理はあっしらにお任せを!」


 入口から聞こえる粘着質のある声に振り返ると、屈強な黒服たちに囲まれて鬼沼が佇んでいた。このおっさん、ここででてくるかい!


「お任せってお前――」

「旦那、時間がないんでやんしょう? どの道これは小物。事件につき旦那が知りたい事は、碌に知りやしないでしょう。ならばこれの処理はこの騒動の後で十分なはずでやす。今は旦那の本懐を遂げてくだせぇ」


 俺が知りたい事か。確かに裏で久我が糸を引いている以上、上野ごときが坪井と勘助のおやっさん殺害の実行犯を知っている可能性はそうは高くはあるまい。ここは鬼沼に委ねるべきかもな。

 それにしても俺の本懐ね。どうやら、俺やクロノと同レベルでこの状況を理解しているようだ。マジで何なんだろうな。このおっさん……。


「わかった。頼む。そいつから今回の事件につき聞き出してくれ。だがくれぐれも――」

「わかっていやす。聞き出したら、警察に引き渡しやすよ(まあ我らが至高のあるじにした愚行の報いは十分受けさせやすが)」

「お前、今、何かとんでもなく不吉なことを言わなかったか?」

「いーえ、とんでもない。ではあっしらはこれで。おい!」


 黒服たちが上野と黒装束たちを担いで部屋からでていく。そして、鬼沼は俺に向き直ると、


「我らが主よ。ではご武運を!」


 恭しく一礼する。そして颯爽と部屋を出ていってしまった。

 まだ状況についていけない開発部の部長と赤髪眼鏡の新入社員を尻目に胡蝶は俺に向き直ると俺の目を見つめてくる。


「梓を助けにいくの?」

「まあな」

「それって恋愛感情から?」

「どうだろうな」

「へー、てっきりチキンなあんたのことだから、血相変えて否定するかと思ったんだけどね。意外だわ」

「そうだな。俺も意外だよ」


 俺は雨宮を大切に思っている。それは紛れもない事実だ。だが、それが恋愛感情かまでは俺自身わからない。だが、少なくとも雨宮の気持ちを軽んじたくはないと思っている。

 胡蝶は呆れたように肩を竦めると、俺にスマホを放り投げてくる。


「使いなさい。どうせ今持っていないんでしょ?」

「助かるよ」

「礼なんかいらない。だから、五体満足で帰ってきなさい」


 そっぽを向いて呟く胡蝶の姿に思わず吹き出してしまう。


「何が可笑しいのよ!?」


ギヌロと指すような視線むけられ、すごまれる。


「今のお前の台詞、昔、ドラマかなにかで見たことあるなと思ってな」

「―っ!?」


 忽ち顔を紅潮化して俯く胡蝶。本当にこいつは昔から変わらない。

無駄に正義感に強く俺の様な外れた奴にもまともに対応し、自分の雰囲気に浸ってはそれを指摘されると直ぐに言葉に詰まる。


「うーん、乳繰り合っているところ申し訳ないが、いいかね?」

「だ、誰がこんな奴と乳繰り合ってますかっ!?」


 歯を剥き出しにして反論する胡蝶を押しのけると、開発部の部長は姿勢を正し、


「梓君は私の大切な部下。彼女を頼むよ」


 俺に頭を下げてくる。


「あ、アキト先輩、梓先輩をお願いします。わ、私、すごくあの人にお世話になったから……」


 赤髪眼鏡の新入社員も俺の前までくるとそう懇願してきた。


「あー、雨宮は任せろ。あと、胡蝶、お前の弟も必ず連れ帰る。だから、もう一度しっかり向き合えよ」

「ええ、そのつもりよ」


 不機嫌そうだが、強いまなざしで胡蝶は頷いた。


「じゃあ、俺は行くぜ。またな」


 俺は口端を上げつつも窓から外へ出ると走りだした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る