第15話 馬鹿猫との再会


 敷地内の刑部一族を壊滅させた後、屋敷内の幹部らしき奴らを捕縛し尋問をするが、阿良々木電子殺人事件の全容とあの久我とかいう七三分けについては誰も何も知らなかった。

 問題は刑部一族どもがやった刑部雷虎の地下の所業についてだ。あとで出頭して何を語っても逃亡した俺の証言を警察が信じるはずもない。故に刑部一族の奴らの口から話してもらうことにした。

 屋敷の地下の所業につき知っている幹部の一人に【直ぐに警察に出頭し、刑部雷古及び刑部一族の犯した殺人、拷問、その他の罪につき全て偽りなく自白しろ。半日以内に条件を遂げなければ、その条件が成就するまで一定間隔で全身に耐えがたい激痛が走る】を明示したうえで【隷属の釘】を使用する。

 雷古と刑部一族には、しっかりとあの親子にした罪を償ってもらう。そう。俺はしつこいのだ。

 それにしても、【隷属の釘】は何気に便利だよな。事が済んだらこいつから回収し、複製を図るのもいいかもしれん。

 ここでのやるべきことは全て終わらせた。あとは、肝心要の雨宮の保護のみ。

 


 今日は雨宮の研究発表会だったはず。日時と場所は会社でも盛んに噂になっていたから知っている。

 人目を避けながらようやく雨宮のいるイベントホールでもある東京ウルトラサイト前へと到着した。

 俺には一ノ瀬のような姿を偽る能力はない。しかも現在、お尋ね者であり現在警察の総力を上げての大捜索が行われているのは想像するに容易い。雨宮を無事保護するまで俺はまだ捕まるわけにはいかないのだ。故に、電車やバスなどの交通機関を避けての移動となる。

 無論、タクシーを使って移動しようとも思っていたが、途中から出現したしつこい追跡者のせいで断念せざるをえなかった。

 そんなこんなで、奴らの執拗な追跡を振り切りようやくこの地に至る。

 今日の発表のため雨宮の奴、相当頑張っていたし、上手くやれていればいいんだが。まっ、雨宮が好きなのは研究だから、発表などには大して興味はないのかもしれないが。


 建物に入り東側の大ホールへと向かう。午前中の発表会が終わりマスコミの多くが引き上げたせいもあり、今は一般公開されている様子だ。

 さて、雨宮は……見当たらないな。トイレか何かだろうか。流石に女子トイレの前で待つのもな。それじゃあ、マジもんのストーカーだぜ。

 それにしても、あれって俺の母校の暴君生徒会長あずま胡蝶こうちょうじゃね? この場にいるのは一流企業のスタッフだけだが、高校一年のとき生徒会をほぼ掌握してしまったような女だ。能力だけは非常識に高かった。この場にいてもフーン程度の感慨しか浮かばないがね。

 ともかく胡蝶にみつからぬよう、この会場で雨宮が姿を現すのを待つしかないか。

何度も会場を出入りすれば怪しまれる。各商品ブースを見学して時間を潰すしかないだろうな。


『大変なのじゃ!! 一大事なのじゃ!!』


 突如、脳内に響く懐かしい声に俺は右肩に視線を向けると、馬鹿猫がピョンピョンと飛び跳ねて必死に自己主張をしていた。


(お前、いくらなんでも唐突すぎんぞ? 今の今までどこほっつき歩いていたんだ?)


 散々、放浪してやっと戻ってきたか。こいつがいないと武器なしでの戦闘を強いられる。猫とはいえ、勝手すぎんだろ。


『そんなことはどうでもいい! エンジェルが大変なのじゃ!!』


 馬鹿猫の慌てっぷりから言って、碌なもんじゃない。しかも雨宮の件ときたか。


「少し落ち着け」

 

 俺は会場を出ると人気のない建物の隅へと移動し、


「お前が知ることの全てを話せ! 全てだ」


 有無を言わせぬ口調で厳命する。


『うむ……』


 モジモジしつつも、馬鹿猫はようやく話しだす。



「ほう。とすると、お前、端から雨宮があのボンボンに洗脳されていることを知って俺に黙っていたと?」


 半眼でクロノを眺めると、


『だって妾の手でエンジェルを救いだしたかったんじゃもん』


 肉球を拗ねたように合わせる馬鹿猫に深いため息を吐く。


「他に理由は?」


 それだけの理由なら、この馬鹿猫はきっと俺に話している。ずっと一緒に生活していたからな。こいつがそこまで薄情ではないことくらい知っているさ。


『あ奴らが何をするかわからなかったからじゃ。下手にそなたに話してエンジェルやその家族に危害を加えられては叶わぬ。妾にとってエンジェルが全てに優先するのじゃ』

 

 そういうことか。ならクロノを責めるのは筋違いだ。理由まではわからんがクロノの雨宮に対する執着は相当なものだ。俺とて妹の朱里の安全を最優先で考えているから、クロノ気持ちは容易に理解できる。

 それに仮にクロノから洗脳の件を聞いていても、奴らの目的が俺の勾玉にあった以上、坪井と勘助のおやっさんは助けられやしなかっただろう。逆にクロノの言う通り、雨宮やその家族に危害を加えられていたかもしれん。何せあんな拷問をする奴らだ。そのくらいするだろうさ。


「そのバアルってのは強いのか?」

『強い! 今アキトが想像している以上に! バアルと知ってあえて敵対するものなどよほどの間抜けか、六道王及びその重臣に限られよう』


 六道王ってのが未だによくわからんから、基準は不明だが馬鹿猫がここまで断言するんだ。現段階・・・の俺には相当分が悪いと考えていいな。


「で、結局、お前自身どうしたいんだ?」


 まあ、俺の意思は既に決定しているがね。相手がそれほどの強者なら、逃げ道を作ってやるのもやぶさかではない。


『エンジェルを助けたい。あとはどうなろうと知ったことじゃない。エンジェルの家族を連れてあいつらが来そうもない場所に、逃げればよいのよ!』


 他の全てを犠牲にしても己の大切なものだけは守ろうとする姿勢。本当に俺とお前は似たもの同士だ。でもな――。


「それはダメだ。全然だめだぞ、クロノ。絶望王なんちゃらという奴は、俺にとってもっともやっちゃいけねぇことに手を染めた。その報いはきっちり負わせなければならねぇ」


 この事件の発端は俺からあの勾玉を奪いたいがために仕組まれた。話しの流れからあの勾玉が奴らのこの地への出現のキーだったのだろう。つまり、裏から哀れで滑稽なマリオネットたちの糸を引いていたのは、その絶望王とかいう勢力だったってわけだ。

 奴らは雨宮の心を弄び坪井と勘助のオヤッサンを殺した。俺はその行為を絶対に許さん。奴らにはとびっきりの破滅をくれてやる。


『だから言っておろう。あれは人、いや、この世界のものに対抗し得るものではないのじゃ』

「今はそうだろうな。だが、あくまで現時点ではの話だ」


 俺の台詞に暫しクロノはポカーンと大口を開けていたが、


『アキト、お主は奴らの強大さを知らぬのじゃ! 知らぬから、そんな絶対に不可能なことを言うておるにすぎんっ!!』


 猛反論を叩きつけてくる。


「お前の常識に当てはめて不可能って決めつけんなよ。そもそもそうした認識自体が旧態依然した考えだぜ? 絶望王だか何だか知らんが、とっくの昔にそんな椅子に胡坐をかいていられるほど、優しい世界じゃなくなってんのさ」


 これは俺の勘だが、間違っちゃいないと思う。

絶望王なる超常の存在が、この世界へアクセスしてこないのは、多分このクズのようなシステムを作った奴の意向による。

 もちろん、それは俺達の身を案じているからでは断じてない。この世界を構築している運営者とやらにとってその絶望王たち超常とされる存在も俺達も等しく《カオス・ヴェルト》というゲームのプレイヤーということ。パワーバランスを崩さぬように、絶望王なる勢力によるこのゲーム盤への介入を制限しているにすぎまい。俺達人類側の実力が上がれば、六道王とか言う大層な名前の奴ら自身、この世界に姿を現すことだろう。要するにだ。奴らもこの《カオス・ヴェルト》というか言うゲームに囚われてしまった哀れな子羊ってことでは共通している。

 少し話が逸れたが、この《カオス・ヴェルト》というゲームの運営側がそのバアルの現界を許諾した以上、この世界には奴を屠る手段があるということを意味する。その方法についてはまだ検討もつかないわけだが。


『お主、どうかしておる。あのバアルじゃぞ! 悪英雄とも称される悪魔の中でも生粋の武闘派じゃ! あんな怪物に抗えるものかっ!』


 頬を引き攣らせながらも、クロノは捲し立てる。

 俺は小指で耳をほじりながらも、


「あーそうかよ。だったら、このまま雨宮放置して逃げるか? 第一その天種っていう種族を悪魔に変えたのは、そいつのスキルだって天の声が言ってたんだろ? なら、そいつをぶっ殺さねぇと解放されねぇんじゃねぇのか?」


 クロノの最も痛いところを指摘してやる。


『ぐぬ……』


 歯ぎしりをして俺を睨みつける黒猫に、


「つまりだ。お前の道は二つしかない。ここで降りるか。俺とともに地獄まで突き進むか。二つに一つ」


 仮に俺がバアルという奴を滅ぼせば、それは絶望王とかいうクズの面子に糞尿をぶちまけるに等しい。今後も剥き出しの敵意を向けられることだろう。俺にとっては望むところだが、クロノには絶望王との反目が約束されるようなもの。悩みもするか。


『なぜじゃ?』

「あん?」

『なぜ、自ら死地へ向かおうとする? 何度もいうが、相手は最悪の王、邪悪の権化じゃ。あらゆる勢力が絶望王ともめるのだけは忌避しておる。なのに、なぜお主は――』

「だから、そもそもそれが勘違いっていってんだろ。死地なのは奴らも同じ。今回の件をやらかしたことで、奴らは決して下車できん破滅か栄光かの二択しかない片道急行列車に乗っちまったんだ。もうお互い戻れねぇんだよ」


 いわばこれは互いのプレイヤーの殺害が義務づけられているデスゲーム。排除されるのが嫌なら端からそのゲーム盤の舞台に上がらねばいい。だが、コントローラーを握りエントリーした以上、もう逃げられねぇんだ。


『……』


 歯ぎしりをして憎々し気に俺を見上げるクロノを尻目に、突如、会場内が騒がしくなる。


「どうやら、やっこさんも動き出したようだ。俺達も行動に出るとしよう」

『ぐむ! 結局妾に選択肢などないではないか!』

「お前が雨宮に執着している限り、そうかもな」


 絶望王、お前は、自分から最大の墓穴を掘りやがった。そもそも、このまま逃げ回って俺に全責任を押し付けられるのが一番厄介だったんだ。でもこれでお前らへの道ができた。

 もういい加減、そろそろ逃げ回るのにも飽きてきたところだ。実にわかりやすい黒幕が自らでてきてくれたことだし、この溜まるに溜まったうっぷんのはけ口の対象に精々利用させてもらうとしよう。

 その前にこの会場には、あのクソボンボンの人質がいる。ドンパチ中に、人質を顧慮して戦うなど冗談ではない。憂いは早急に取り除いておくことにしよう。


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