第13話 最悪の王とのウォー・ゲームの開始
「――以上です」
研究室のチーフによる発表が無事終了し、会場からは割れんばかりの拍手が鳴り響く。
実のところ研究により発見した魔石の特質には二つある。
その一つが特別記憶合金性。特定の条件で過熱と薬品処理することにより魔石は一定の形を記憶でき、記憶した一定量の電流が流れると特定の形状を示す。そしてこの薬品と過熱により記憶できる合金の形状は分子レベルから可能ということ。
まだ、研究段階でありその記憶できる金属の性状を上手くコントロール出来てはいないが、これが完全に制御し得れば、魔石に含有するエネルギーを用いてまるで一種の永久機関のように他からの燃料の補充なしで動き続ける機器を作ることも可能となるかもしれない。
ここまでが、今回発表した内容だが、実は続きがある。
即ち、精神感応性という性質だ。金属に記憶される性状変化のスイッチの役目をするこの電流の量と質は変更が可能だった。そこで金属を流れる電流の量と質を特定の脳波と限りなく近づけて記憶。同時に脳波を受信し増幅する機器と接続することにより、その機器を身に着けた者の意思一つでの金属の変更を可能としたのである。
既に秋葉原のジャンクショップで購入した部品により、まだ試作品段階ではあるが実験は成功している。今は不格好なヘルメットのようなゴツゴツとした外見だが、潤沢な資金があれば、耳につけるイヤホン程度まで小型化することができると思う。
この精神感応性という性質が合わされば、まさにこの魔石は人類にとって夢の金属となりえる。基本、梓は科学の徒。名声にも金銭にも大して興味がなく、通常なら喜々としてこの技術を世に発信していたことだろう。
それをしないのはこの精神感応性という性質は、先輩から預かった勾玉の個人的な研究により発見したものであるから。当初は先輩の了解を取って公開させてもらおうと考えていた。だが、今回の阿良々木電子の会社の先輩に対する妙な噂が蔓延するようになってからそのつもりは次第に消失していく。
もちろん、同室の研究室員たちのためにも魔石の基本性質の公表は手を抜くつもりはなかったが、それだけだ。もう、梓はそれ以上の研究など一切するつもりはない。
「まさに人類にとって大きな一歩となった素晴らしい研究でした。雨宮梓さん、チームのリーダーとして開発を成功させた感想をお聞かせください」
そもそも、チームリーダーは発表したチーフだ。しょせん、梓が行ったのは、魔石の特別記憶合金性の理論の提唱のみ。他は研究室員たちの地道な努力の結果。そんなことは、最初にそう紹介したはずであり、報道陣も理解していてしかるべきだ。
しかし、ここで否定すれば逆にチーフの面子を潰すことになる。
「理論の提唱者として発表できたことを嬉しく思います」
可能な限り語気を強める。
(終わったの。直ぐにここを去るのじゃ!)
(うん、わかってる)
軽く頷く。発表が終了した今、これ以上、阿良々木電子に義理などない。直ぐにここを出るべきだ。退職届は後で郵送すればいい。胡蝶お姉ちゃんの件など対処しなければならないことは多いが、今は二重遭難になることだけは避けなければならない。
「恋人の香坂秀樹さんもいらっしゃっていますが、何か伝えたいことは?」
「秀樹さんへのお気持ちを一つ!」
案の定、直ぐに脱線する話を右手で制し、
「少し、席を外します」
報道陣に背を向けて歩き出す。
扉までついてくるカメラマンとアナウンサーに向き直ると、
「申し訳ありませんがここまででお願いします」
と言い放つ。
「し、失礼いたしました」
トイレと勘違いしたのか、アナウンサーたちは真っ赤になって一歩下がってくれたので、無事扉を出る事ができた。あとはこのまま外にでるだけだ。
「ご苦労様でした。素晴らしい発表でしたよ」
扉の正面の壁には上野課長が、寄りかかっており悪質な笑みを浮かべつつも拍手をしていた。
「それはどうも」
どうしよう。この男、きっと梓がこの場から逃げださないようにするための監視役。
上野課長はゆっくり近づいてくると梓の耳元で、
(私に対するその警戒心。思った通りだ。貴方、秀樹さんのマリオネットではなくなっていますね?)
この事件の確信ともいえる事実を
「ボ、ボクは――」
(秀樹さんが貴方の御父上の心をお借りしました)
「なっ!?」
咄嗟に顔を上げると、上野課長は蛇の様な顔をさらに醜悪に歪めて、
「これから秀樹さんがご案内したい場所があるそうです」
断れば父に危害を加える。そう暗に言っているのだろう。この上野という男、正真正銘のクサレ外道。このタイミングだし、やはりあの坪井主任を殺したのもこの人達なんだと思う。
「それって、ボクに選択肢があるんですか?」
「ご想像におまかせします」
(お主は大馬鹿じゃ)
(うん、きっとそう)
クロノの呟きに頷き、項垂れる梓に上野課長はその右肩を叩き、
「あなたの役目はもうすぐ終わります。そうすれば、貴方は自由だ。秀樹さんと健やかにお幸せに」
そんな梓のまったく希望に沿わぬ祝福の言葉を述べてきた。
スケジュール的には午前中が発表で午後は各製品のブースを用いた展示会を行う予定だ。当初、梓もブースで説明する予定だったのだが、上野課長の陣営の意向からだろう。午後は出なくていいからと強制的に新婚のハネムーンへ出るカップルのような扱いを受けて送り出される。
父はもちろん、この手の演出が嫌いな香坂のおじさまも笑顔で送り出したことから、すでに秀樹によって篭絡済みとみてよい。
それにしても今の変質した秀樹が案内したい場所か。あの上野課長の口ぶりから言って碌なものではないと思う。
数十分間、車は走り山奥へと入っていく。そして周囲が高木に取り囲まれている巨大なサークルの中心に鎮座する神殿の様な建物の前で止まった。
「僕はここで待っている。教主様と話しておいで」
秀樹はただそう告げると、建物の一際大きな扉の前で待っていた黒髪を七三分けにした眼鏡の男性に一礼すると姿勢を正す。そのプライドの高い秀樹とは思えぬ恭しい態度に目を白黒させていると、
「雨宮梓さん、お待ちしておりました。どうぞ中へ」
髪を七三分けにした男性は、一礼すると梓を建物の中に導く。
建物の中は広い祭壇の様な場所。その祭壇の両脇には、白色の服を着た男女が俯き気味に規則正しく整列し、部屋の隅では黄色のレースのブラウスに身を包んだ金髪の女性が興味深そうに梓を観察していた。
そして、その部屋の祭壇の前には白髪の男性が爽やかな笑顔を浮かべて佇んでいる。その男性の髪と肌は雪のように真っ白であり、白の司祭の服とこの上なくマッチしていた。
「初めまして、お嬢さん。私は
「……」
やけに軽薄な自称教主に対し訝し気に眉を顰める梓に、さも面白そうに床をリズムカルに歩くと、
「君には感謝さ。これで僕らの
祭壇の上を右手で示す。
宝玉。思い当たるとすれば、先輩から調査を頼まれた勾玉だ。だが、あれは先輩から預かったものであり、今の梓との最後の接点でもある。こんな訳の分からない人達のために失わせるなど許せない。
「ほ、宝玉?」
「うーん、この期に及んでそうくるか。だったら、君のご家族に不幸にあってもらうだけさ。今晩のニュースは、経産大臣御乱心で一家心中なんてどう? 他人の不幸が三度の飯よりも好きなマスコミが大喜びするかもよ」
「やめてっ!!」
なぜかはわからない。この白髪の人なら脅しではなく本気でやる。そんな確信染みた予感がしていた。
「なら、そこの祭壇に宝玉を置きなさい。僕も鬼じゃない。素直に宝玉を置けば君の家族には何もしないよ」
選択の余地はない。恐る恐る近寄ると鞄から布袋を取り出し、紐をほどき中から真っ赤な勾玉を取り出し、祭壇に置く。
白髪の青年はおぼつかない足取りで祭壇に近づいていく。
「こ、これが……我らが大神の
その見開かれた美しい顔は法悦の笑み一色に染まり、青色の両眼からは玉のような涙を流し、震える右手を血のように真っ赤な勾玉に伸ばしていく。
(狂ってる……)
梓からみて、白髪の教主の姿はまさに狂人そのものだった。
「これで我らが一族の数百年の悲願が叶うっ!!」
白髪の青年は歓喜の声を上げて、その指先を勾玉に触れる。刹那、赤黒色の靄が勾玉からまるで濁流のように吐き出された。
《【荒魂(悪)】を悪魔種が手にしました。他の全特殊条件のクリアを確認。絶望王によるゲーム版への介入権が認められます。悪魔種と人間種によるウォー・ゲームが開始されました。
絶望王から悪魔軍第五師団長――バアル将軍による当該ゲーム版への現界の申請中………………運営により許諾されました。
人類側に【DEF・スタック(人類)】カードの存在を確認。悪魔軍は8日間、運営が妥当と認める区域から分断して留まることを強いられます。
――生贄を用いてのバアル将軍の強制転移を開始します》
室内の十数人の信者たちの足元に生じる魔方陣。それらの紅の魔方陣は高速で上昇し、信者たちを覆っていき――。
「おぼっ!」
「ぐぎ!?」
「ぎょへっ!」
忽ち骨までドロドロに溶解しヘドロとなって、祭壇の下へと集まって行く。
「ひっ!?」
体中の血液が逆流するほどの凄まじい恐怖が全身を駆け巡り、梓の口から小さな悲鳴が漏れる。
あたりまえだ。あれだけいた室内にいた信者たちはあの僅かな時間で、皆、溶けてゼリー状の物体となり、うぞうぞと蠢いているのだから。
(まさか、外も? 秀樹っ!)
建物の中だけじゃない。今も建物の窓や扉の隙間からヘドロはこの部屋に入ってきているのだ。この建物内だけではなく外も同じ地獄が展開されている可能性が高い。外で待っていた秀樹も無事でいられる保障はない。
確かに今の秀樹は恐ろしいし、強い憤りも持っているが、大切な幼馴染なのだ。この世界からいなくなって欲しいとは夢にも思っちゃいない。
だから――。
「クロノ、こ、これはっ!?」
凄まじい焦燥の元、必死で右肩に乗っているクロノに尋ねるが――。
(バ、バアルの強制転移!? バアルってまさかあのバアルかっ!? 天下の絶望王が、こんな無力な世界に本格介入するのかっ!? ありえぬっ! そんなの絶対にあり得ぬのじゃっ!)
梓の質問には答えず、悲鳴じみた声を上げるクロノ。その声には一切の余裕が消失していた。
そして無常な声は続く。
《バアル将軍の強制転移に成功いたしました。引き続き、絶望王の指定する悪魔軍第五師団の召喚及び指定の人界の五名を【バアル戦隊ゴレンジャー】として降魔の儀式を行います》
そんな冗談のような内容の言葉が頭に響く。同時に紅の魔方陣が梓の足元に生じその全身を覆うが、あっさりと弾け飛ぶ。
《バアルホワイト・マグン――
バアルレッド・ノブカツ――
バアルイエロー・キラ――
バアルブルー・ヒデキ――香坂秀樹――――降魔成功。
バアルブラック・アズサ――雨宮梓――降魔失敗》
(降魔の儀式!? 天種のエンジェルを降魔じゃと!? 発想が真面じゃないっ! エンジェル、直ちにここから逃げるのじゃ!)
クロノが絶叫を上げる中、
「バハハハハァーーール!! ダーメなのであーる。その
眼前の肉の塊があった場所には、二メートルを悠々超える筋骨隆々の髭面の大男が両腕を曲げて上腕二頭筋を全面から見せるようなポーズをとりながらも佇んでいた。顔を覆う奇抜な黒色のマスクにマントの付いたピッチピチの真っ黒で胸にRの文字が入ったコスチュームを身に着けている。
そしてその大男の周囲で、それぞれ白、赤、黄、青のカラーで統一されたコスチュームとへルメットを身に着け、奇怪な決めポーズをとっている男女たち。
あまりの非現実な光景に脳が上手く働かず、呆気に取られている梓を尻目に、絶望の声は続き――。
《
その宣言を契機に幾多もの魔方陣が次々に梓を包み、その意識はプツンと失われた。
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