第11話 合同捜査会議 一ノ瀬雫
2020年12月20日(日曜日)
それから警察の協力をえた雫は、赤峰警部補と不動寺捜査官の二人と獄門会
猿渡は先輩の名を出すと意外にも進んで雫たちに知る全てを教えてくれた。結果、獄門会釜同間組頭――
現在、
「
赤峰警部補の得意げの宣言に右近さんが立てた人差し指を左右に振り、
「そう簡単にはいきませんねぇ。獄門会の構成員の証言一つで与党の法務大臣を起訴する検察官などいやしません。そう高を括っているからこそ、氏原も危険を冒さず猿渡を放置しているんでしょうしね」
即座に否定する。赤峰警部補は不満げに口を尖らせると、
「でも、
至極全うな疑問を口にする。
「そうです。他はありません。つまり、それだけでは氏原陰常を完膚なきまでに叩き潰すことはできないということ。ぐうの根も出ないほど奴の社会的信用性を地に落とす必要があるのです」
「では、猿渡の証言は無駄だと!?」
赤峰警部補はそう叫ぶと、悔しさに耐えるように唇を震わせる。獄門会と一定の因縁でもあるのだろう。なにせ、赤峰警部補は猿渡から証言を得てから、ようやくあの事件を本当の意味で終わらせられると興奮気味に幾度も口にしていたし。
「いーえ、無駄ではありませんよ。貴方の言う通りもし獄門会との繋がりを証明さえできれば、氏原陰常は終わりです。しかし、今氏原は与党の法務大臣という信用ある肩書に厳重に守られています。この状況では世論は氏原を守り、検察も絶対に動かない」
「つまり、奴の与党の法務大臣という奴の信用を毀損する必要があると?」
赤峰警部補を宥めるようにその頭をポンポンと軽く右の掌で叩きながら、不動寺捜査官が尋ねる。
「ええ、そのための布石を我々は既に打ってあります」
右近さんはそう告げて烏丸忍さんに意味ありげな視線を向けた。
「チャンネル登録数は既に10万人を超え、再生数も日々爆発的に伸びています。そして、そのYouSkyとニッコリの動画の最後にリンクさせた此度の私達の特大のスクープ記事のアクセス数も鰻登りです!」
頬に挑むような笑みを浮かべて、忍さんはそう報告する。
和葉と誠君の頑張りのお陰で、和葉たちの歌は瞬く間のうちに日本中のネットユーザーたちを魅了し、忽ち盛大な祭りとなる。そんなアクセス数の爆発的な増加の中、その注目の動画の最後にイノセンス初の大スクープ記事へのリンクを乗せたのだ。
その記事は、『ある与党民治党大物議員の数々の汚職と阿良々木電子殺人事件の知られざる真相』という題目。一部の情報のみを公開し、それ以外は有料とした。有料としたのは無料よりもプロが書いた文章という点を強調するため。現にこの記事の購読数は既に1万を超えている。まあ、否定的な感想が大半を占めていることからも、まだ、信用まではしてもらえていないようだ。だが、それでも知ってもらえるという事に意味がある。それがこの作戦の
「うーん、順調の様で何よりです。では引き続き和葉ちゃんたちには頑張ってもらうとして、まだ件の人物からメッセージはありませんかねぇ?」
「はい。残念ながら、まだ……」
「そうですか……致し方ありませんね。もし、藤村君の殺人につき世間に疑念を生じさせることさえできれば、件の人物の協力なしでも政治家の先生方や警察、検察の上層部を納得させられるかもしれない。いや、違いますね。何とかするしかない」
「私もそう思います。これは藤村君を救う云々という単純な話には終始しません。一度でも今回のような政界の蛆虫の勝手を許せば遅かれ早かれ、この国は崩壊へと向かってしまう。我らは、もうあとには引けないのです」
今まで沈黙していた
皆が固い面持ちでいるなか、
「不動寺先輩、どうしました?」
赤峰警部補が、眉を顰めて一枚の写真を凝視している隣の不動寺捜査官に語りかけた。
「この男の万年筆にあるマークってどこかで見たことあるんだよな」
その写真は、紺のスーツを着た黒髪を七三分けにした眼鏡の男が車から降りる所を写し出していた。
この男は雫も散々調べたから知っている。
「え? どこです?」
「ほら、ポケットから頭だけ飛び出しているペンだ」
上着の右の胸ポケットには、星に三本線が描かれている黒色の万年筆が入れられていた。
「んー確かに、見たことがありますね。どこだったか」
「それって今勢力を拡大している新興宗教の
不動寺さんの上司らしき白髪混じりの年配の捜査官が顎に手を当てて、口を挟む。
「あー! そうだ。そう、
「みょうじょう?」
右近さんが不動寺さんから写真をひったくると睨みつけるほど真剣な目つきで凝視する。
そして――。
「なるほど、ずっと喉に刺さった小骨のような違和感はこれですか。そして、彼らが新興宗教で、警察や検察に奴らの信者が入り込んでいるのなら、今回の逮捕、拘留、取り調べの異常性についても一応の説明がつく」
そう独り言ちると席を立ちあがり、
「秘書の久我と
「まさか、その新興宗教が黒幕だと?」
「ええ、私の勘が正しいなら――」
口を開きかけた右近さんの言葉を遮るように、けたたましく鳴り響く鬼沼さんの携帯のベル。
「ひひ、失礼」
鬼沼さんは悪びれた様子もなく、ポケットからスマホを取り出し耳に当てる。
そしてカッと両眼を見開き、その顔中を狂喜に染める。
直後、右近さんの携帯も鳴り響き、電話に出ると勢いよく立ち上がる。その顔は普段の余裕は綺麗さっぱり消失し、代わりに苦渋の表情が滲み出ていた。
「う、右近さん? どうしたんですか?」
雫が控え気味に尋ねると、
「検察庁に護送中の藤村君が逃亡したそうです」
そんな信じがたい事実を絞り出す。
二の句が継げなくなっている雫に、鬼沼さんが席を立ちあがり両腕を広げて天を仰ぐと、
「ようやく、ようやくです。我が至上にして至高の導き手よ! 貴方の物語がいまここに動き出した。他ならぬ貴方の手で。この肥溜めのような
歓喜の声を張り上げる。
「鬼沼君、それはどういう意味だい?」
いつにない右近さんの機械で合成して作ったような事務的な疑問の声で、鬼沼さんにその意を問いかける。
鬼沼さんはそのまん丸の眼鏡のフレームを押しあげると、ゾクッとするような凶悪な笑みに変える。
そして――。
「貴方たちとの共闘もこれまで。十分、お膳立てはしやした。ですがねぇ、いかんせん。タイムオーバーでやんす。此度、我が導き手は己の道を行くことを選択しやした。あっしは導き手の決起の時に備えやんす」
導き手? タイムオーバー? 鬼沼さんの言葉に、上手く思考が繋がらない。ただ、今の鬼沼さんはこの上なく危険。そう本能が五月蠅いくらい警笛を鳴らしていた。
「君は私達を裏切るつもりかい?」
「ひひっ! まさかぁあっしらが進むのは我が導き手の道でさぁ。それ以上でも以下でもありやせん」
「なら――」
「この件で旦那が元の生活に戻れる可能性は低くなった。違いやすか?」
「……」
開きかけた口を右近さんは閉じる。その顔に一瞬垣間見えた苦渋の表情は、どうしょうもなく雫の心をざわつかせた。
「要するにです。旦那は修羅の道をお選びになられやした。ならば、我ら配下はその進む道を全力でアシストするのみ。ねぇ、五右衛門?」
「おう! で、ござる!」
鬼沼さんが、背後に視線を向けると、そこには頭から二つの触覚を生やした少年の姿があった。その背後に煙のように出現する同じく触覚を持つ十数人の鎧武者たち。
「もし、貴方がたの道と我らの導き手の道が同じくなることがあればまた手を取り合うことになりやしょう。それでは、一先ずごきげんよう」
ただ、それだけを告げると鬼沼さんは五右衛門たちを引き連れ、颯爽と部屋を出て行ってしまう。
誰も一言も口にしない。ただ、今のこの現状が最悪の道へと突き進んでいるのだけは理解できていた。
右近さんは雫に視線を向けると、
「藤村君は私達にこの事件の解決を託したんですね?」
改まった声色で尋ねてくる。
「はい!」
「ならば、この脱獄は、彼にとってそうしなければならない事情が新たに生じたということ。そしてそれはきっと彼自身のことではなく――」
「守るべきものができた?」
雫の口から自然に漏れる言葉。秋人先輩は一度口にしたことを簡単に反故するような人じゃない。己のことだけなら、きっと最後まで雫たちを信じ任せてくれただろう。
しかし、身近の守るべきものへの害意を知ったのならば、そんな信念あっさり捨て去って助けにいっても何らおかしくはない。そんなどうしょうもなく馬鹿な人だから雫は憧れ、好きになったんだから。
「その可能性が濃厚ですね。鬼沼さんの言通り、確かにタイムアップは近そうだ」
右近さんは、肩を竦めて席を立ちあがる。
「右近さん、諦めるのか?」
今までずっと成り行きを眺めていた右近さんの直属の部下である黒色短髪の捜査官――十朱さんが両腕を組んでその意思を尋ねてくる。
「まさか、我らはまだ負けちゃいない! 現時点で警察から表向きの発表がない以上、
「なら?」
「ええ、全てが後手後手で申し訳ありませんがね。皆さん、ここが正念場です! 世間へ発表されるより先に彼を説得し留置所に戻ってもらう。加えて、私達の手でこの事件を終わらせる。そうすれば、全て元通りだっ!」
右近さんの力強い宣言に、皆、無言で立ち上がると大きく頷き、顔を突き合わせて議論を交わしていく。
こうして、事態は佳境を迎え、最終フェーズへ移行する。
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