第9話 逆尋問


 意識が徐々に覚醒し瞼を開けるとそこは暗がりの密室だった。俺はそんな古めかしい石造りの部屋の中心にある黒塗の石の椅子に雁字搦めで束縛されていた。

 ノコギリや杭、アイアンメイデン、指詰め器など、多種雑多の世界の拷問器具が置かれている。十中八九、ここは刑部雷古おさべらいこの拷問部屋だな。

 俺は不死身ってわけじゃない。あのまま意識を失った状態で首を落とされでもしたら、俺は死んでいた。やれやれだ。こいつの趣味に救われたな。


「お目覚めカ」


 雷古は、斧の柄を肩でポンポンとリズムカルに叩きながら、欣悦きんえつの表情で椅子に座る俺を見下ろしてくる。


「ああ、おはよう」


 俺は挨拶しながらも、改めて千里眼で周囲を確認する。

今いる場所は、どこぞの森の中にポツンとある屋敷の地下。

 久我の能力により増強された太陽の光をまともに浴びてからの記憶はない。意識を失っている間に霞が関から、この森の中の建物へ運ばれたんだろうさ。流石にあの場所で俺を処分するのは躊躇ためらわれたか。

 とりあえず、鬱陶しい布切れだな。俺を縛る拘束具の解析を開始する。


―――――――――――――――

〇呪縛の白枷:捕縛されたものに運動制限を課す呪いの祭具。

〇アイテムランク:高級(3/7)

 ―――――――――――――――


 所詮、アイテムランク3のクズアイテムだ。無理矢理引きちぎることでもできそうだが、これはこれで能力の実証テストにつかえそうだ。なにせ、俺の貧乏くさい性格からしてアイテムランクが高級以上のものを生贄につかうなど、こんな時でもなければできそうもないし。

 千里眼で【呪縛の白枷】の内部の隅々まで解析する。あの石だろうか。俺は、【呪縛の白枷】の中心にある数個の小石を特定し、【チュウチュウドレイン】での取り出し先を右手に指定し発動する。

 突如、俺の右手に生じる数個の白銀色の小さな宝玉。解析をしてみると、拘束具はアイテムランク1の【使い古された拘束具】へと変貌していた。どうやら、この宝石がこのアイテムの核だったらしいな。あとで精査でもするべくアイテムボックスの中に放り込んでおく。

 ともあれ、これでこの拘束具はただの布にすぎなくなった。

 

「貴様の処分が決定しタ。死刑ダ」

「ああそうかよ。で? 今回は俺をどうしてくれるってんだ?」

「強がるナ。前回は貴様のような不死身の化物の拷問は初めてなうえ、殺すなという制約もあっタ。だから五体満足でいられたのだ。だが、今回、貴様を守るものは何もなイ」


 守る者はないね。はっ! それはそっくりそのままお前に返してやるがね。


「貴様がどんな力を持とうと無駄ダ。その拘束具はあの来栖家の秘宝、神封じの神具ダ。貴様ごときでは絶対に外せヌ」

「ほーう。神封じの神具ね。大層だな」


 その割に俺の【チュウチュウドレイン】であっけなくただの襤褸布ぼろぞうきんへと変わっちまったがな。


「余裕な口を吐けるのもそこまでダ。いったロ? 貴様は死刑だト?」

「そうだった。最後に質問だ。お前は俺以外にもこんなことをしているのか?」


 まあ、こいつの手慣れようからいってそれは疑いない。そして、今、俺の中にある一つの疑念が生じている。その返答次第で、こいつの運命は決定する。


「もちろんダ。我が刑部一族は審問官の系譜。他者へ与える苦痛の技術をずっと研鑽してきタ。我らにとって拷問とは息をするかのようなモノ。いかに鋼の精神を持つものであっても抗うことはできヌ」

「お前が坪井を拷問したのか?」


 俺を尋問した捜査官によれば、坪井には拷問の痕があったらしい。


「残念なことに、チガウ。だが、あれをやったのは我が一族ノモノダ。でなければ、あれほど見事な芸術作品を仕上げる事はデキマイ」


 まるで坪井への拷問を己がしたかったかのように忌々しそうに呟く雷古に俺の狂気がウゾリと蠢く。


「お前とそいつ、いずれの腕が上だ?」

「もちろん、私ダ。あやつにはまだまだ狂気がタリヌ。ミヨ! あの私の作品群ヲ!」


刑部雷古おさべらいこは得意げに部屋の片隅の布の被った置物へ近づく。そしてその覆っていた真っ赤な布をとる。


「……」


 それを視界に入れてグツグツと煮えたぎったような熱い激情が俺の中心から沸き上がり、痛いくらいに自己主張を開始する。


「ドウダ? 声も出ないくらい素晴らしいダロウ? それは家畜の親子の剥製ダ。この……」


 熱弁を振るう雷古の声は途中から俺の脳は認識すらしなくなっていた。


「おめでとう。これでお前の行先は決定した」

「ン? お前、何を言ッテ――」


 俺は布切れを引きちぎり、立ち上がる。


「は?」


 両眼を大きく見開き、頓狂な声を上げる雷古に、俺はゆっくりと奴に向けて歩いていく。


「ば、馬鹿ナ! それは来栖家秘蔵の拘束の神具ダゾ! あの六道王の眷属をも拘束する神具ナノダ! それを、どうやって破壊シ――」


 俺の右足により石床が陥没し、裏返った声で捲し立てる雷古の前まで行くと右拳で殴りつける。

 雷古は砲弾のように一直線で壁に衝突、建物が大きく揺れ、そのあまりの衝撃により、小石や埃が天井からまるで雨のように降ってくる。

 拷問部屋の壁は衝撃により綺麗さっぱり粉々に吹き飛んでおり、ひと際広い空間となっていた。そして瓦礫の山の中、その空間の奥の壁は巨大なクレーターとなっており、その中心には雷古がめり込んでいる。


「あーあ、いかんいかん。理性が吹っ飛んじまった」


 もう少しで殺すところだった。まだ・・雷古には聞きたい事がある。

 一足飛びに奴の前まで行くと、気絶している奴の頭部を掴むとあの拷問部屋まで行き奴を椅子へと座らせる。拘束具など不要だ。どうせこいつは俺から逃げられん。


「起きろ」


 俺は奴の頬を数回平手打ちした。雷古は瞼を開け俺と視線がぶつかり、


「き、貴様は、一体――」


 よろめきながらも、立ち上がろうとするので、


「今は尋問中だ。少し座ってろ」


 俺は奴の両足を踏みつけた。

 ゴキンと生理的嫌悪のする音とともに雷古の両足は拉げ、折れ曲がる。


「ぐぎィッ!? があァァァァッ!!」


 悲痛の声を上げて絶叫する雷古に、俺は純粋な驚きを覚えていた。


「お前、それって演技か? いや、演技なんだろうが、すごいな。そうとう真に迫っていたぞ?」


 まさか他者にあれだけのことをしておきながら足を叩き折られたくらいで悲鳴を上げるはずもない。大方俺を油断させる演技だろう。


「貴様、この私ニィッ!!」


 雷古が茹蛸ゆでだこのように顔を発火させながらも、そう怨嗟の声を上げた途端、雷古の容姿が異形のものへと変貌していく。

 背中に生える二枚の漆黒の翼に、瞳が赤く染まって瞳孔が縦に割れる。そして鋭い爪に、額から生える二つの大きな黒色の角。まさに漫画や小説にでてくる悪魔と呼称して何ら遜色ない風貌に変わっていく。そして同時に急速に癒えていく奴の身体。


『くはっ! くはハハ! この姿になった以上、貴様ニィ――』


 立ち上がろうとする雷古の頭を右手で掴むと、


「ダメだぞ。座ってろ」


 押さえつける。


『う、動ケヌ』


 じたばたと暴れる雷古に面倒となった俺は千里眼で奴の全身をくまなく特定し、両方の上腕骨以下と脛骨腓骨以下の骨を軒並み、【チュウチュウドレイン】により外部へと取り出すと、


「ほらよ、これやるから少し座ってろ」


 やつの膝の上に積み上げる。


『へ?』


 頓狂な声を上げて軟体動物ように脱力する皮と筋肉だけとなった四肢と膝に詰まれた骨を暫し眺めていたが、


『ぐぎああああァァァァッ!!』


 鼓膜が破れんばかりの金切り声を上げる。本当に演技の上手い奴だな。まるで本当にこの程度のことで恐怖を感じ、痛みに悶えているように見える。この絶望的ともいえる状況で演技を継続できるその胆力は、たいしたものだ。まあ、騙されんがね。


「お前が知る阿良々木電子殺人事件の全容とあの久我とかいう七三分けについて全て教えろ」

『それハ――』


 口を開こうとする雷古を右手で制し、


「教えられねぇっていうだんろう。そうだな。お前の立場からすれば当然だ」


 首を左右に振って、奴を見据える。


『チ、チガ――』

 

 目尻に涙をためてさらに発言をしようとする雷古の右頬に平手打ちをすると骨を砕く音とともに歯が数本飛び散る。


「その程度のことでゲロしねぇのはわかってる。だから、少し黙ってろ」

『……』


 大きく何度も頷く雷古。すげぇ迫真に迫る名演技だな。マジで怖がっているようにしか見えん。ハリウット並みの役者っぷりだぞ。


「さてここからがレクチャーの時間だ。特別に俺の能力を教えてやる。ズバリ、触れたものの内部構造物を取り出すこと」

『内部……構造?』


 オウム返しに繰り返す雷古の耳元で


「ああ、そうだ。お前の骨、筋肉、臓物、心臓、脳に至るまで俺は今、自由にお前から奪える」


自分でもゾッとする低い声で語り掛ける。


『……』


 雷古の顔は既に真っ青を通りこし土気色であり、目の焦点が合わず、ガチガチと歯が絶えず打ち合わされている。


「いいか? 今から俺が一つ一つ質問をしていく。それに偽りなく答えろ。もし偽りを述べたり、答えなければどうなると思う?」

『……』


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で首を左右に振る雷古に、


「お前の内部を一つずつ抜き取って行く。どこからにしようか。そうだな。まずは骨からだ。次は筋肉、その次は主要臓器にしよう。さてさて、お前のような異形種はどこまで耐えられるのかな?」


 口角を上げつつもそう口にする俺の顔を雷古は暫し凝視しつつも、


『許して……クダサイ』


 懇願の言葉を吐く。


「いんや、雷古、お前はここで俺の尋問を受けるんだ」

『い、イヤダ! 私は、まだ死にたくナイ! そんなに死に方、まっぴラダッ!』

「うん、うん、気持ちはわかるぞ。だが、諦めろ。お前はここで全てをゲロするんだ。そのクソのような命が燃え尽きるまで、その小さな脳みそを振り絞って一杯一杯思い出すんだ。だから頑張ろうぜっ!」


奴の肩を叩き、親指を立ててドヤ顔で力強い励ましの言葉を贈る。


「……」


 雷古の眼球が四方八方に揺れ動き、そしてガクンと項垂れる。


「おーい? 狸寝入りなどしても無駄だぞ?」


 頬を数回叩くが、一応、瞼は開いている。ただ、惚けたように焦点の定まらない瞳で遠くを眺めるのみ。


「これって演技か? おいおい、まさかマジでお花畑の世界に逃避行しちまったってか?」


 独り言ちてみるが、とても信じられん。あれだけのことをしでかしておいて、あの程度のプレッシャーでこの現実からおさらばか。流石にそれはあまりに虫が良すぎだろ。


「というかあれってじゃあ本気で怖がってたのか?」

 

 たっぷり骨の髄まで脅して反抗心を消失させてから真実を話させようと思ったんだが、こんなことなら、偽りでもいいから奴から聞いておけばよかった。

 だが、ここでこいつをぶちのめしても元の状態には戻らないだろう。なにせ気絶しているわけじゃないしな。始末しても俺の気が晴れる程度しかメリットはない。


「雷古様っ!!」


 そんな中、叫び声とともに上階から無数の黒服共が降りてくると、一斉に俺に武器を構えてきた。

俺は取り囲む黒服共をグルリと一瞥すると、


「あーあ、時間ねぇってのによ。こいつらに聞くしかねぇか」


 あの親子の亡骸へ近づくとアイテムボックスから上着を取り出し、それを掛けてやる。


「わるいな。もう少しまっててくれ」


 俺は親子に謝罪の言葉を述べると、内部に今もくすぶっている憤怒を完全解放した。


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