第7話 事件黒幕の判明 一ノ瀬雫
「……く!」
身体を揺らされ次第に意識がはっきりとしていく。
「雫! 大丈夫!?」
詩織が心配そうに尋ねてきた。
「うん」
頷き上半身をおこして確認するとそこは、烏丸邸。
イノセンスのメンバーに、不機嫌そうな黒色短髪の捜査官――十朱と、逆に喜色に顔を歪めている右近を始めとする超常事件対策室の面々が揃い踏みをしていた。
「あれからどうなったのっ?」
「二人組の異形種が参戦し
そう
「こうなるのわかってんなら、儂ら止めろって話やろ。痛い思いだけしてわしらホンマ馬鹿みたいや」
「まったくやで。なあ、ミノ吉」
「BMO」
九蔵さんが渋面でもっともな主張を口にし、詩織ちゃんもそれに相槌を打つ。そして、うんざりしたように牛顔の化物が首を上下に振る。
そんな中、ぼんやりと霧のかかっていた脳がようやく通常運行していき、あの
「先輩っ!! せ、先輩が――」
悲鳴の様な金切り声を上げるが言葉は最後まで続かない。
「大丈夫よ、雫。落ち着いて」
詩織ちゃんは、年下とは思えぬ優しくも大人びた口調でそっと雫の背中を掌でポンポン叩いてくる。ようやく、荒かった呼吸が戻り、汗腺が壊れたように吹き出ていた汗も止まり、雫はあの目にした悪夢のような光景を口にする。
「クズ共め!」
イノセンスの社員の一人から漏れる言葉。
「陰陽師? はっ! そんなの知らないわよ! 絶対に許さない」
「潰す! 潰してやるっ!」
次々に憤怒の感情を露わにするイノセンスの社員たち。そしてそれは社員たちだけではなく、
「ふふ、いいでしょう。どこの誰だかしりませんが、徹底的にやってやります。ふふ……」
据わりに据わった目で笑い出す忍さん。
「殺す、殺す、殺す、殺す……殺すわ……ぶっ殺してやる」
そして、俯き気味にひたすら物騒な言葉を呟く和葉に、
「か、和葉ちゃん?」
脇の天才作曲家――望月誠君がドン引きしていた。
斎藤さんも下唇を噛みしめ両拳を強く握りしめている。そして――。
「そんな……お兄ちゃんが……」
真っ青な顔で呆然自失になってしまっている詩織ちゃん。そういえば彼女はアキト先輩をそう呼んでいた。もしかして、二人は、知り合いだったりするんだろうか。
「MO! BMO! BNOO!!」
そして、だんだんと飛びあげて怒りを表現する牛頭の怪物――ミノ吉。
「直ちに藤村秋人を救出しよう! 汚職に、故意の不当逮捕、違法取り調べに、しまいには殺人に拷問ときた。お偉いさんどもは少々、道を踏み外し過ぎた。何より俺もとっくの昔に堪忍袋の緒が切れちまってる。右近さん、俺はもう暴れたいんだ!」
十朱さんが鋭い犬歯を剥き出しにして、端的に右近さんに尋ねる。その爆発寸前の爆弾のような形相に誰かの喉がゴクリとなる。
「いーえ、それは最後の手段です。それに雫君が迎えに来ても助けを断ったことからも、彼の望みはそこにはない」
それには雫も同意する。きっと先輩ならこの事件を力押しで解決もできるだろう。でもそれをすれば、もう二度と元のあの眩しくも暖かな生活には戻れない。それが明確に理解できているから、雫にあの鍵を託したんだ。
「なら、どうすればいい? 具体的に示してくれ! でなければ俺は正義を執行できないっ!」
「うん、それは
居間の扉が開かれ、小包を持って鬼沼さんが現れ、
「お待たせしました。これが
テーブルに資料の束を置いたのだった。
「まさか、これほどとは……」
斎藤さんが額に玉のように生じた汗をハンカチで拭う。同感だ。中の資料は、阿良々木電子の不正がこれほどかというほど赤裸々に記載されていたのだから。
阿良々木電子の商品の学校や公共機関への一括独占販売。阿良々木電子社長名義で現閣僚、法務大臣――
「次期首相候補とも目される
ブツブツと呟く右近さんを尻目に、皆好き勝手に話始める。
そんな中、厳粛した顔で
「そうだ。どこかで見たことがあったと思ったらこいつあのタルトの糞社長と一緒にいたおっさんだぜ」
合点がいったかのように大声で叫ぶ。
「それはいつどこでだい?」
眼球だけ動かすと右近さんは叫んだイノセンスの元タレントへと尋ねる。
彼は右近さんの突然の変貌に若干動揺しながらも、
「二週間ほど前、魔物の肉を調理した帝怜ホテルに取材にいったときあのクソ社長がそこの写真のおっさんとエレベーターから降りてきたんだ。普段、女を侍らしているあのクソ社長にしては珍しい組み合わせだなと思ってたんでよーく覚えてるぜ」
思い返すように返答した。
「タルトの社長――
しかし、
右近さんは、席を立ち上がり呟きながらその場を闊歩し始める。
「検察についてもそう。いくら奴が法務大臣でも現場の検事にそんなあからさま圧力加えれば激烈な反発を食う。そもそも、現場の検事がそう簡単にそんな違法な捜査に協力するものか?
やっぱりだ。今回の事件は奴には起こせない。まだ、不足していますね」
右近さんは全員をグルリと見渡すと、
「おそらく、
噛みしめるように宣言する。
「いいんじゃないっスか! どうせ、俺達は雑誌の出版業を営む予定だったんだ。こんな絶好のスクープ、他にねぇっスよ!」
イノセンスの社員が立ち上がり、熱く拳を固く握りしめ忍さんに熱く了解を求める。
「私も賛成ぇ! 私達はボスに救われた。今度は、私達の力でボスを助け出そうよっ!」
連鎖のように上がる同意の声。忍さんは皆をグルリと眺め見ると、
「やりましょう! 今もアキトさんは戦っておられます。今動けるのは私達のみ。これは外でもない。私達がアキトさんに仲間と認めてもらうための戦いなのです!」
席を立ちあがり大声を張り上げた。一斉にイノセンスの他のみんなも立ち上がり、声を張り上げる。
そんな様子を薄気味の悪い笑みを張りつかせたまま眺めている右近さんに、九蔵さんが、うんざりした顔で、
「根暗男、お前、今、スゲー悪い顔してるぞ?」
雫も今、思っていた感想を述べる。
「当然です! こんな面白いことはない! さあさあ、皆さんこれからが佳境です。では当面、私の言う具体的な指示に従い動いてください」
「ひひ、もちろんでさぁ」
右近さんの言葉にこれまた悪趣味な笑みを浮かべて鬼沼さんが即答し、皆も無言で頷き、反撃の狼煙はゆっくりと上がって行く。
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