第4章 ウォー・ゲームの開始
第1話 悪夢の起こり
京都への出張からの数日ぶりの帰宅だ。
さて最近やけに狙われるし、今日一日かけて自陣営の強度についての把握をすることにした。
まずは、一ノ瀬雫だ。下忍から中忍へと進化し、ステータスは――。
―――――――――――――――
名前:一ノ瀬雫
種族――中忍(ランクE――人間種)
レベル18
・HP1500 ・MP800 ・筋力604 ・耐久力611
・俊敏性1008 ・魔力688 ・耐魔力600 ・運233
・成長率――
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今や一ノ瀬は、ガチの身体能力だけでも、あの異形種であったグリムの最終形態ほどの強さはある。
しかも、【忍道(初伝)】の称号――【下位忍術が使用可能となる】を得ている。
この忍術については、一ノ瀬が実際に披露しているのを見たが、火の玉を飛ばしたり、風を操ったり、水を操作したりできるようになっていた。まったく、俺の称号よりよほど格好よくて俺の厨二心が刺激されるじゃないか。ほら、俺の称号やスキルって強力だけど基本あれだからさ……。
ちなみに一ノ瀬の保有スキル――【スティール】はMaxのレベル7となり、その【スティール】できる射程距離が著しく伸びており、【スティール】したものは、家一軒分のみに限り異空間に収納されるレベルまで昇華されていた。
次が烏丸和葉だ。
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名前:烏丸和葉
種族――聖歌隊(ランクF――人間種)
レベル8
・HP400 ・MP700 ・筋力111 ・耐久力121
・俊敏性128 ・魔力203 ・耐魔力208 ・運140
・成長率――
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和葉のランクGの時の種族は、人間種の演奏家。演奏家を極めた際の称号は、【奇跡の演奏家】――【その演奏は聞いたものの身体能力を向上し、その傷や病を癒すことができる】だった。
演奏家は完璧に補助系の能力を有する種族だったってわけだ。今の聖歌隊はさらにその歌により、発動者の意思一つでダメージと回復・能力向上を選択的に与えることのできる種族。歌を聞いただけでゴブリンの全身がドロドロに溶けたときは正直、背筋に薄ら寒いものが走ったものだ。
和葉の所持スキルは【楽器製造】だった。設計図を魔力で生み出し、その上に材料を載せて製造するようだ。和葉の武器は演奏と歌。確かにこのスキルはかなり重宝すると思われる。
そして和葉の母――烏丸忍はやはり自身で魔物討伐を行っていないせいか、【やり手社長】種族レベル8のままに留まっていた。当然まだ称号もスキルも取得はしちゃいない。その件で忍が仕事の合間に迷宮での修行を申しでてきたので了承したところだ。当面は一ノ瀬や和葉とチームを組んでもらおうと思っている。
最後が五右衛門だ。
―――――――――――――――
名前:五右衛門
種族――蟲将軍(ランクE――蟲種)
レベル29
・HP8000 ・MP500 ・筋力2200 ・耐久力2500
・俊敏性1800 ・魔力800 ・耐魔力2300 ・運300
・成長率――
――――――――――――――
偏ったステータスだが、滅茶苦茶強い。しかも、二段階進化した称号【蟲侍大将】となっている。これは、【虫を眷属とし、千蟲軍を形成できる。なお、15%に限り称号者の成長率を加算し得る】の効果がある。要は虫ならば、1000匹まで強制的に自分の眷属にして、軍として行動することができる。既に蟷螂やら、蜂、蟻などの配下を得ているようだ。相当強力なのは間違いない。まあ、元より五右衛門はゴキブリを下僕として完全支配しているから、【蟲侍大将】は、その発展系の能力なのかもな。
さらにスキルとして回復系の【中位修復】と変化形の【擬態】を覚えている。
この【擬態】のスキルは体の色・形、質感までも特定の物や動植物に似せる能力をいう。そして、このスキルは五右衛門の他の眷属蟲や下僕のゴキブリたちにも効果があるようだ。
この能力は、庭にある【無限廻廊】のダンジョンを隠すのに有効活用できるんじゃないだろうか。そう考えて実際に五右衛門に命じてみたところ、【擬態】によりなんの変哲もない樹木に変化してしまう。
最近面倒ごとに巻き込まれがちだ。しかも、此度は、
これでパーティーの把握は終わった。
あの馬鹿猫なしで、【おもちゃの国】の攻略は無謀。故に、現在、一時迷宮攻略は中止し、【ガラパゴス】で修行しているが、案の定レベルはほとんど上がらない。
現在、クロノは自身の体内魔力残量が尽きるまで俺との別行動が可能となってはいるが、もうじきそのバッテリーが切れて充電に戻ってくる。充電にはそれなりの期間が必要らしいし、そうしたら、また攻略を再開すればいいさ。
ともあれ、せっかく家に戻ってきたことだし、今晩くらいゲーム三昧の日々を送るとしよう。
俺のスマホが鳴り、コントローラーを右手で動かしながらも、左手で開いて確認する。
会社の坪井のパソコンからで、『直ちに営業部のオフィスまで出社するように』との不躾な内容だった。
既に午後10時すぎ。こんな時間に呼び出すほど坪井も非常識ではなかったはずなんだがな。まあ、上野課長を説き伏せるとか言っていたし、その件で相談でもあるんだろう。上野の奴、どういう理由かはわからんが、カドクシ電気との契約破棄を狙っていたようだし、そう簡単にいかぬのは自明の理だ。
断りたいのは山々だが、そんな権利が認められないからこその社畜なんだ。大きなため息を吐き出し、俺はスーツに着替えると、愛車に乗り込み会社に向かう。
「ちわっす」
阿良々木電子での会社の裏口のドアから入り、受付で社員証を渡す。
「アキトか、またこんな時間に呼び出されたのか?」
「まあ、そんなところっす」
呆れたように尋ねてくる勘助さんに、軽く頷く。
「そうそう、あの水、すごく腰に効いたぞ! というか、地味に腕の古傷も治っちまったんだが、あれってすごく高価なもんじゃねぇのかい?」
すまなそうに尋ねてくる勘助さんに、
「あれは友人の種族特性によって作った物をもらったものだから、たださ。だから心配しないでくれ」
「アキト、本当にありがとうよ」
俺に頭を下げてくる勘助さん。
あんな【ポーション】なんぞよりも、俺の方がはるかに世話になりまくっているというのに、まったくこの人は……。
「じゃあ、俺はそろそろいくよ」
「そうか、あんまり根を詰めるなよ。健康が資本だぞ!」
「おやっさんも働き過ぎて、かみさんや子供に愛想つかされんなよ」
「お前さんにだけは言われたくはねぇよ」
勘助さんが奥の扉を開け、俺も右手を上げて中へと入る。
指定された営業部のオフィスへ向かうと明かりがついていたが、誰もいないようだ。
上野課長とともに、夜食でも食いに行っているんだろう。辞表を提出するまで俺は、この会社の社員。待つこととしよう。
自分の席に座ってずっと待っていたが、人っ子一人来やしない。
もうじき午前零時。まさかこのまま朝まで待つってことはねぇよな。メールを入れて、あと一時間したら、帰るとしよう。どうせもうすぐこの会社は辞めるし、そこまで義理立てする必要はあるまい。
少し小腹が減った。ロッカールームにカップメンがしこたま入れてある。お湯は給湯室だよな。
電気ポットにお湯を入れてから、ゆっくり今晩の夜食を選ぶとしよう。
給湯室に入り、湯を沸かす。さーて、本日は焼きそばにしましょうかね。いや、味噌味のラーメンも捨てがたいな。
給湯室を出ようとしたとき――狂ったような女の金切り声が鼓膜を震わせる。
この声ってまさか、雨宮か!
心の中を掻きむしられるような激しい焦燥に足は声の方へと動いていた。
音源のした方へ向かうと、不自然に空いている第一営業部のロッカールーム。
悪寒がする。それは――俺の人生観を根底から覆すほどの途轍もない嫌な予感が……。
営業部専用のロッカールームへ足を踏み入れると――。
「な、なんだ、この匂い!?」
思わず頓狂な声を口にする。だが、俺はその正体を嫌というほど知っている。今の俺の生活に否応でも付き纏っている匂い。そしてその異臭の先の一番奥のロッカーの前には、一点を見つめてガタガタと震えている金髪の少女。
「雨宮、お前一体どう――」
俺の言葉は最後まで続かない。それはそうだ。だって、雨宮の視線の先にあったのは――。
「坪井……さん」
掠れた声で言葉を絞りだす。
最近、人の死に立ち会うことが多かったが、そういや、まだ知り合いの死はあの日以来、お目にかかっていなかったな。でも、これはあんまりだ。あんまりすぎる。
下着姿で坪井の首は切断されおり、そしてまるで宝物か何かように大事そうに、眼球をくりぬかれた頭部を抱きしめていた。
俺にとって坪井は決していい上司ではなかったし、好きか嫌いかと聞かれれば嫌いに属するだろう。それでも、最後はようやく少しだけわかり合えた。そう思えたんだんだ。
泥を噛むような形容しがたい感情の激流に顔を顰めていると、雨宮は両膝を床につくと既に血の気の引いて真っ青な顔で、頭を掻きむしる。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! わたし……わたし、知らなかった! 知らなかったのっ! あいつらがここまでするなんてっ! 知ってたら助けられたのに――」
大粒の涙を流しながら、よく梳かされた金色の髪をぐしゃぐしゃにして子供の癇癪のように叫ぶ雨宮を抱きよせて、この顔を胸に押しつける。
しばらくバタバタと暴れていたが、直ぐに脱力してしまった。どうやら、気を失ったらしい。
まずは、雨宮をどこかに寝かさねばな。そのあと警察に通報だ。
どういうわけだが、クロノもいない。あの馬鹿猫め。こんな時いないでどうする。
雨宮を横抱きにしてロッカールームをでたとき――。
「梓? 貴様、梓を離せっ!!」
茶髪のイケメン青年、香坂秀樹が憎悪に満ちた顔で立ち塞がる。まったく、この緊急事態に面倒な奴に遭遇するものだ。
「秀樹君、どうしたんだい?」
香坂秀樹隣で長い黒髪をポニーテールにした髪をかき上げながら、長身のスーツの女がこちらに向けて歩いてくる。この女、何度かあったことがある。研究部の部長だったな。
この部長までいるってことは、大方、例の研究発表のプレゼンでも考えていたんだろう。
「こいつが梓に乱暴しようしているんだっ!」
「梓君に?」
研究部の部長は目を細めてまるで品定めをするかのような視線を向けると、
「ああ、君は梓君にストーキングしていると噂になっている人だね。彼の発言の真偽はともかく、彼女はレディーだ。私が責任をもって預かろう」
はっきり通る声でそう提案してくる。
香坂秀樹ならともかく、営業部の部長なら問題はあるまい。
「わかった」
営業部の部長に雨宮を渡して、110番をすべくスマホをポケットから取り出そうとしたとき――。
「部長、秀樹さん、どうしたんです?」
やはり白衣を着た赤髪の真ん丸眼鏡の女性がこちらに向けて駆けてくる。こいつは今年入社した新入社員だ。新入生歓迎会やこの前の飲み会とかで何度か一緒に飲み食いしたことがある。
でもこんなに言動、軽かったか? どちらかというと、俺と同様バリバリのオタク系って感じだったんだが……。
「なーに、この匂い」
右手で鼻を抑えると、ロッカールーム内を覗き込み、
「ひいやぁっ!」
怪鳥のような悲鳴を上げて、ペタンと腰を下ろす。
「そうだ。第一営業の坪井主任が――」
俺が事情を説明するべく口を開こうとするが、赤髪の研究部の女は這いつくばったまま俺から必死で遠ざかると俺を指さして、
「ひ、ひ、人殺しぃ!!」
絶叫を上げる。
「人殺し?」
香坂秀樹と研究所の部長もロッカールーム内を確認すると息を飲み、直ぐに後方へ退避する。
そして香坂秀樹が俺から三人を庇うように両手を広げる。
「秀樹さん、そいつが人を殺して」
秀樹の背中にしがみ付き、赤髪眼鏡の研究員が叫ぶ。
「僕が囮になるから逃げて! 部長、梓をお願いします。」
「で、でも……」
赤髪の研究員が泣きそうな声に香坂秀樹は彼女を振り返り、
「大丈夫、僕に任せて!」
キラリと白い歯を見せて、親指を立てる。
「わかった。無茶はするなよ!」
雨宮を抱えて営業部の部長立ち去り、赤髪眼鏡の研究員も走り去る。
「悪魔め! 貴様のような邪悪はこの僕が――」
「いいからさっさと行けよ」
このボンボンの御涙頂戴のヒーローごっこに付き合う余裕が俺にはない。
既にこのフロア内は千里眼でざっと確認している。賊はもうこのフロアにはいない。これをやった奴が間抜けじゃなければ、既にこの建物から脱出しているはず。どこに逃げようと雨宮たちに危険はないのだ。
それに――。
「このままにしては置けねぇよな」
俺は坪井の死体の前でゆっくり腰を下ろし、手を合わせる。
警察がくるまでここで時間を潰そう。どの道、こんな場所に坪井を一人にしておくのはあまりに可哀そうだ。
ほどなくして、数人の黒色のボディアーマーにヘルメットを着用した男たちがロッカールームに飛び込んでくると俺に銃口を向けてきた。
そして、その中心で俺の喉先に日本刀の剣先を向けてくる黒髪の女の様な顔の青年。こいつだけは、黒色の上下の衣服に首に黒色のバンドをまいた動きやすそうなジャンクな恰好をしている。
黒髪の青年は、奥の坪井の死体に目を細めると、
「君がやったのかい?」
そう尋ねてくる。
「その外道が殺したんだっ!」
黒髪の青年が背後を振り返ると、先ほどの赤髪眼鏡の研究員が俺を指さして大声を張り上げる。騒ぎを聞きつけて出てきたんだろう。
黒髪の青年は、俺を睨む秀樹、研究部の部長、赤髪眼鏡の研究員を観察していたが、納得したかのように頷くと、
「一緒に来てもらおう」
強く口調で言い放つ。
「断れば?」
「殺す」
日本刀の柄を握る奴の右手に力が入る。見たところどうやら本気だな。ここで殺し合うのは俺も本意じゃない。逃げて俺を嵌めてくれたクズ野郎を独自に探すという選択肢もあるが、逃げれば俺はあの家を出て行かねばならなくなる。それはダメだ。絶対に許容できん。
それに誰も俺が殺すところを見たわけではない。あくまでまだ状況証拠にすぎん。現場は可能な限り触れてはいない。現場から犯人の指紋等がでてくれば、俺の容疑も解けるかもだしな。
「好きにしろ」
俺が両手首を差し出すと、拘束具を付けられる。
特殊部隊たちの憎悪をたっぷり含有した視線の中、俺は歩き出す。そして事態は最悪のさらにその一歩先に進んでいたことを俺はこのとき明確に理解することになる。
「おやっさん?」
全身から血を流して仰向けに倒れ伏す勘助のおやっさんに、鉄の棒で横っ面をひっぱたかれたかのような衝撃と絶望的な気分が胃の底から頭まで広がっていく。
勘助のおっさんには散々世話になったんだ。もう会社を辞めよう。そう思ったとき、決まっておっさんは警備員室へと招き、珈琲を入れて話を黙って聞いてくれた。そのときの珈琲の味は、マジで飲み物か疑うくらい不味かったことは今でも覚えている。
そして話終わると、なんだかどうでもよくなって、もう少しだけ頑張ろう。そう思えることができたんだ。
勘助のおっさんの存在は、俺にとってこの糞のような会社で数少ないよりどころだったんだよ。
「おい、勝手に動くなっ!」
特殊部隊の奴らに後頭部を銃で殴られるが、お構いなしに勘助のおっさんの元へ近づくと解析を掛ける。
「畜生ぉ……」
HPは0。既にこと切れていた。当然だ。瞳孔は完全に開いてしまっている。
「畜生がぁっ!!」
俺は全てを滅茶苦茶にしたいほどの激情に任せて咆哮したのだった。
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