第23話 招待と歓迎
近くのデパートで菓子折りを買い込みカドクシ電気へ訪問して謝罪する。担当者には相変わらずあしらわれたが、最初のような激烈な拒絶感のようなものがなくなり、困惑が混じるようになってきている。俺の今回の目的は一応の許しを得ること。契約の継続が主眼ではない。大体、契約の継続自体、我らの上司殿は望んじゃないわけだしな。
ビジネスホテルに戻り、その割り当てられた部屋で坪井の到着を待つ。あのショッピングモールに囚われた客は数百人もいたのだ。今日一杯は警察の事情聴取にかかるんじゃないかと思われる。
問題は俺がいなかったことをどうやって誤魔化すかだが、尋ねられたらあの混戦で偶然外に出られたとでも説明しておけばいい。
実際は予定通り、混乱のどさくさ紛れて近くのアパレルショップに身を隠し、千里眼で確認していたので、俺がホッピーだとは気づかれてはいないと思われる。
午後の2時になり、坪井から電話が来て、指定の場所にくるように指示される。断る理由もないので、その場所に向かう。
タクシーで指定された郊外へと向かうと大きく巨大な塀に、その中に聳え立つ大豪邸。
坪井にこんな大豪邸を有する知り合いが京都にいるとは思えない。カドクシ電子の会長宅だろう。どうやら坪井の奴め、カドクシ電子の会長宅へと乗り込んだようだ。
せっかくカドクシ電気の外堀がようやく埋まってきた状況で、相手の不興を買えば今までの苦労が水の泡。これ以上足を引っ張るのは勘弁願いたいものだ。
聳える様な門の隣にあるベルを鳴らし名前を伝えると、門が自働でスライドしていき、秘書と思しき背広姿の初老の男性が迎えに来てくれた。
初老の男性にひと際大きな扉の前まで案内される。扉が開き中に入ると、大きな長テーブルに真っ白なテーブルクロス。その上には美味そうな匂いのする料理が無数に置かれていた。
「あっ! ホッピー!」
赤髪の女の子が、俺を視界に入れるとパッと顔を輝かせて椅子から勢いよく飛び降りると、俺にダイブしてくる。
「いや、俺は違うぞ。うん、違う、違う!」
混乱気味に懸命に否定するが、女の子は『ホッピー』と連呼していた。
「藤村秋人、いや、ホッピー、よく来てくれた。さあ、席についてくれ!」
カドクシ電子の清掃員の白髪の爺さんがとびっきりの悪戯に成功した少年のような笑みを浮かべつつも席を立ちあがる。
「マジか……」
仮面を被ったときも一応千里眼で周囲に人がいないことを確かめたはずなんだが。
「座りなさい。料理が冷めてしまう」
坪井もちゃっかり招待されているようだし、断っても俺に得はない。むしろ、色々尋ねたいことが満載だ。
ようやく離れてくれた女の子を爺さんの隣の席に座らせて、俺も指定された席に着く。
ここからが正念場だ。俺がホッピーだと誰もが気付く類のものなら非常にまずい。最悪、俺の今の場所が特定され、この国権力者どもにダンジョンのある俺の今住む家が収奪されるかもしれん。何よりそれだけは避けねばならない。
「まず、礼を言わねばなるまいな。助けてくれて感謝する」
白髪の老人が頭を下げると、女の子も小さな頭を下げてきた。
「なぜ、俺がホッピーだと?」
「孫の能力じゃよ。詳細は企業秘密じゃ」
「おい!」
「儂らが知るお前さんの情報もまた限られている。お互い様じゃろ?」
確かに互いに一定以上踏み込まぬという態度には賛成だ。俺がホッピーだと判断されたことがその少女の能力なら、他の者にはまだバレていないということになるし。
「で? あんたは?」
まあ予想くらいつくがな。
「儂は
「よろしくお願いします」
白髪の老人に倣うように再度頭をチョコンと下げる赤髪の少女。
やはり、カドクシ電気の会長――
「カドクシ電気のトップが清掃員の真似事か。随分と良い趣味をしていらっしゃる」
「いやいや、ゲームのキャラを模倣してヒーローの真似事をしているお主ほどではないぞ」
どこぞの天下の副将軍のごとく勝ち誇ったように高笑いをする二瓶。
「で? 用件とは?」
ここに坪井も呼ばれていることからも明らかだが、それは俺にとっては少々気に入らんこと。
「今回、カドクシ電気は阿良々木電子との契約を継続することが先ほど開かれた取締役会で決定した。それの報告じゃ」
「それはあんたが圧力をかけたのか?」
どうしても口調に嫌悪がまじってしまう。それは俺が最も嫌いなサラリーマンのやり口だから。
「相変わらずおかしなやつじゃな。お主にとってもそれは願ってもないことだろうに?」
坪井に刺すような目で睨まれる。余計なことをいうな。そういうことだろう。
だが、俺のような社畜にだって信念くらいある。いや、俺のような社会の最底辺の社畜だからこそ、こんなふざけた力押しだけはどうしても納得がいかない。
「はっ! ふざけろよ。俺達のような底辺社員がお前らのような上の気まぐれでどれだけその意思や信念を捻じ曲げられてきたと思ってんだ?」
どうせ、俺はカドクシ電気を怒らせたことの責任を取らされる。俺は今の家を離れられぬ理由がある。近い将来確実に待つ左遷には絶対に応じられない。つまり、俺の退社は既に確定している。それが無理やりか自主的かの違いにすぎん。だからこそ、今回の件だけはやり遂げたかったんだ。
「舐めるなよ。引退したとはいえ、儂も第一線で戦ってきた自負がある。そんな儂にとって何の利益にならん無茶はせんわ」
「お前が動いたんじゃないのか?」
「逆にあ奴らに懇願されたんじゃ。阿良々木電子の二人があまりにしつこいんで気が散って仕事に集中できんから、契約取り消しは見合わせて欲しいとな」
そういや、今日のあいつら、いつもの威勢がなかったな。考えてみれば、まだこの爺さんは警察の事情聴取を受けている最中だろうし、説得する暇などないか。たった一日で俺達への対応が変わり過ぎなのは不可解極まりないが、今は目的を無事達したことを喜ぶべきか。
「すまない。少し、早とちりした」
「いんや、昨日の儂とお前との会話をあ奴らに聞かせはしたからな。圧力ではないが、介入はしとる」
「そうかよ。上手くまとめてくれたことについては感謝する」
ともかくこれで阿良々木電子での俺の最後の仕事は終わった。とっとと帰路につこう。
席を立ちあがると、
「ホッピー、食べないの?」
トテトテと俺の傍にくると俺の上着を握り、心配そうに眉間に皺を寄せて尋ねてくる赤髪の少女――真理。
「食べるさ」
俺はそう即答し、その小さな頭を撫でると腰を下ろす。
「やった!」
ぴょんぴょんと跳ね回る真理を暫し、二瓶は目を細めて眺めていたが、
「悪にはひたすら強く、女子供に滅法弱いか。お前さん、根っからのヒーローのようじゃの?」
そんな阿呆な感想を口にする。
「俺をそんな悍ましいカテゴリーに入れるな。マジで鳥肌がたつ」
洒落や冗談ではなく、俺はヒーローなどという如何わしい偽善者には吐き気がする。
身も知らぬ他人を助けるのに、己を犠牲にする? 弱者が見捨てられない? 悪いがそんな打算なしで他者を命懸けで助ける存在など、ある意味世界の奴隷だ。俺が最も嫌悪するのは自己犠牲の精神であり、最も尊ぶのは損得勘定。俺とは絶対に相いれない存在だろうさ。
「お前さん、本当に屈折しておるのぉ」
呆れたように呟く二瓶を尻目に俺は料理を口にしたのだった。
食事中、二瓶から今の会社を辞める様なことがあれば、カドクシ電気にくるよう誘われる。
俺はカドクシ電気のようなアツイ奴らは嫌いじゃない。だが、いかんせん。カドクシ電気は関西近畿中心の会社。もちろん、全国展開しているから東京にも支店は腐るほどあるが、カドクシ電気の正社員には約一年間の本社で就業する義務がある。これは昔から伝統らしくおいそれと捨てることができないもの。故に関東を離れられぬ俺はどうやってもアルバイトが精々だ。まあ、それも悪くはないが、もう二度と職を変えるのは御免だし、長く勤められるところを探したい。だから丁重に断った。
目的を達した俺達は、帰路につき今は東京行きの新幹線の中だ。
「藤村、ご苦労様だ」
隣の席に座るお局様の気遣いのお言葉に、少しの間面食らっていたが、
「どういう風の吹き回しです? そんなしおらしい坪井さん、滅茶苦茶気持ち悪いですよ」
うんざり気味に素朴な感想を述べる。
「藤村、貴様、それが女性の、しかも目上の者に言う言葉かっ!?」
「はいはい、いつもの坪井さんで安心しました」
腕を組むと瞼を閉じようとするが、神妙な顔で俺を見据えてくる。
「茶化さずに聞け。今回の件はおそらく、上野課長が関わっている」
「でしょうね」
何の事情も説明せずに俺達二人を送り込んだのだ。奴が俺達二人を嵌めようとしているのは明らか。あの根暗の王様みたいな奴なら、この契約の破棄を収めた俺達二人を絶対に放ってはおかない。特に俺と奴は犬猿の仲。理由を付けて奴は俺の排除に動くだろう。
そして今回の件で俺は、会社に対し今迄持っていた堪忍袋の緒が切れてしまっている。
どんなにムカつく最低な会社でも、十数年もいると僅かな愛着はわくもんだ。だからこそ、毎晩毎朝絶対に辞めてやると誓っても、今の今までどうにかこうにか思いとどまっていたんだと思う。だが、今回の私情で無関係な他社まで巻き込んだことは、俺に辞表を提出することを決意させていた。
「今晩、課長と話し合ってみる。だからまだ早まるな」
へー、この空気の読めない人が俺の決意を見抜くか。まあ、こんな目に会わされれば、そうならない方がむしろ、難しいか。
「お気遣いなく、もう俺、決めましたから。むしろ全部俺のせいにしてもらって結構です」
「……どうしてもか?」
「ええ」
「そうか……」
それ以降、道中、坪井が口を開くことはなかった。
そして
「藤村、お前のお陰でやっと入社したばかりのころの気持ちを思い出したよ。ありがとう」
らしくなくも謝罪の言葉を吐いてくる。
「やめてください。らしくないですよ」
「そうだな。らしくないよな」
顔を上げた坪井の顔は、初めてみるような晴れやかな笑みを浮かべていた。
「坪井さん?」
目を細めて坪井にその意図を尋ねるが、彼女はその笑みを消して、
「藤村、今回の契約の継続は全てお前の功績だ。例えお前が会社を辞めるんだとしても、それだけは絶対に証明する」
ただ、そう宣言する。そして、著しく思いつめた表情でキーホルダーについた鍵を俺に投げてよこした。
「これ、なんの鍵です?」
「さーて、なんだろうな」
悪戯っぽく微笑むと坪井は、俺に背を向けると人込みに姿を溶け込ませたのだった。
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