第19話 異形種解放戦線
「カドクシ電気の会長に直談判しにいく」
それは、一番相手が毛嫌いするタイプの選択だぞ。
この問題はカドクシ会長の威光による問題ではない。カドクシ電気の社員たちが自社の看板に泥を塗られたことを憤っているのだ。カドクシ電気の会長がよほどのド阿呆じゃなければ、自社の内部関係を破壊する選択などしやすまい。むしろ、益々怒らせるだけだ。
「それには俺は賛同できません。やるなら一人でやってください」
「お前、上司の私の指示に逆らうのっ!」
また、その理屈か。部下は上司に絶対服従。たとえ、いかに愚策で明らかに過っていても突き進まねばならない。しかも、その際の失敗の責任を取らされるのは決まってその部下だ。だから阿良々木電子って会社は腐っていくんだ。
「はい。逆らいますね。話し合う気もないなら勝手にどうぞ。俺は俺で勝手にやりますので」
阿良々木電子で俺は既に詰んでいる。精々好きにさせてもらうさ。
さて今日はどんな菓子折りを持っていくかね。まあ、多分、受け取ってもらえず俺の腹の中だと思うが。やっぱ京都名物の和菓子にするか。
ビジネスホテルのロビーの椅子から腰を上げて、大きな背伸びをするとホテルを出ようとする。
「ま、待て!」
「はい? うちの会社と違ってカドクシの重役は全員出社早いんで、手短にお願いできませんかね?」
正直、これ以上、煩わされたくはない。威張り散らしたいなら会社に戻ってから思う存分やってもらう。もちろん、自分の席が残っていればの話だがな。
「お前に、勝算はあるのか?」
「いえ、特段ありませんね」
「お前は、私をおちょくっているのかっ!?」
「いーえ、俺は大真面目ですよ」
「なら、なぜ会長への直談判がダメなんだ!?」
そこから説明が必要なのか。まったく、もう少し相手の気持ちってのを理解しろよ。
「坪井さんはカドクシ電気が今回ここまで怒った理由をちゃんと理解しています?」
「それは……会社に3000万円の損害を与えたから――」
「はい。50点。部長さんも言ってたでしょ? 今回ばかりは水に流そうと思っていたって」
「なら、面子を潰されたからかっ!?」
「あのですね。それ、本気で言ってます?」
「だったら何だっ!?」
イラつきながらも答えを求めてくる坪井に俺は大きく息を吐き出す。
「信頼が棄損されたからですよ」
「だからその信頼を取り戻そうと我々は――」
ダメだ、こいつ。マジで微塵も理解していない。よくもそれでビジネスマンを名乗れるものだ。
「だから、なぜ自分達中心で物事を考えるんです? 俺の言っている信頼とは、顧客のカドクシ電気に対する信頼ですよ。彼らは会社の信用の棄損と顧客に迷惑を掛けたからあれだけ怒っているんです。その根本的ともいえる社員たちの怒りを会長一人に鎮められると思いますか?」
カドクシ電気は、俺達とは根本的に違う。己の会社に強烈な愛情を持っている。そして、それは顧客に対してもしかりだ。図らずも俺達がやったことは、その二つに同時に唾を吐きかける行為だった。それは怒りもしよう。そして社員が激怒している以上、会長一人に許してもらっても意味はないのだ。
「仮にも会社のトップが命じれば今回の契約の取り消しくらい簡単に――」
「だからそういう問題じゃ――いや、もういいですよ。勝手にすればいい。俺も勝手にします」
もう何を言っても無駄だ。坪井と俺とでは見ているものが違いすぎる。いくら議論しても平行線だ。
振り返りもせず、ビジネスホテルを後にした。
てっきり、一人で会長宅へ直談判行くのかと思ったが、どういうわけか大人しく俺についてきた。まあ、終始口をへの字に曲げていることからも納得はしていないだろうが。
京都駅周辺にあるショッピングモールにある和菓子屋――和州で菓子折りを購入するべく長い列を並び、ようやく店に踏み込んだとき先日の清掃員の白髪の老人とばったり出くわす。
「奇遇じゃの」
「そうだな。あんたも家族サービスか?」
白髪の老人の背後に隠れるかのように7、8歳くらいの小さな赤髪の女の子が兎の人形を抱えながらも此方を伺っていた。
「そんなところじゃ。ここの和菓子は頬がとろけるほど美味いぞ。特にここの
ドオオオオォォォンッ!!
白髪の老人の言葉を遮るように爆発音が鼓膜を震わせ、地響きが大地を揺らす。
この肌がヒリつくような独特の不快感。またもや荒事だ。仮にゴブリンやスライムなどならここまで派手な状況にはなってはいまい。相当な面倒な何かだ。
『はいはーい。連絡させてもらいまーす。僕は『異形種解放戦線』のものでーす。たった今から、このハルコシデパートを占拠させてもらいましたぁ。逃げようとしたら即ぶっ殺しちゃうから、皆大人しく建物から出てきて俯せになっててね』
異形種解放戦線か。異形種というのは、現在騒がれている外見が完全に人間を止めている者達もしくは、変身能力を有する種族を選択した者達のことだろう。その異形種の大馬鹿者どもが世界中で問題を起こしたせいで、現在危険分子として迫害の対象となっているとニュースでやっていたな。
その異形種を解放か。色々綺麗ごとは宣っているが要はテロリストってことだ。警察の活躍に期待だな。
「建物から出て中央に集まり、俯せになれ!」
店の外に出ると、顔全体を覆うマスクを被った犬顔の大男が、巨大な鉈の先を吹き抜けとなっているモールの中心にある円状の広場へと向け、そう指示を出してくる。
「藤村……」
「従いましょう」
不安で張り裂けそうな顔で、坪井も大きく頷き歩き出す。
「心配するな。従っていれば、大丈夫だ」
泣きそうな顔で震えながら、白髪の老人にしがみ付く少女の頭に手をのせて笑顔を見せるが、さらに頬を引き攣らせて爺さんのお腹に顔を埋めてしまう。うーん。そうだよなぁ。俺ってほら、顔がアレだからさ。
「すまんな」
「いや、いいさ。行こう」
白髪の老人も頷き、俺達は歩き出す。
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