第18話 謝罪の意味
京都に滞在し、数日間が過ぎる。
あれから、俺達は毎日、カドクシ電気を訪問し謝罪を続けていた。
「申し訳ございませんでした。どうかお話だけでも――」
「君らもしつこいな! これ以上、本社にくるようなら警察を呼ぶよ!」
激高され肩を落とし俯いてしまう坪井。感情を顔にだしてどうするよ。落ち込んでいても誰もフォローなどしちゃくれないぜ。
内心ため息を吐きつつも、
「今日は帰ります。申し訳ありませんでした」
頭を深く下げた。これ以上、長居をしても相手を意固地にさせるだけだ。また明日来るしかない。坪井ともども今まで使わなかった有給はたっぷりあるし、精々利用させてもらうとする。
聞いてすらもらえぬ口惜しさからか、それとも公衆の面前で罵声を浴びせられた羞恥故か、目尻に涙をためて逃げるように坪井はビルの外に出ていく。そして、ビルの窓ガラスを清掃していた作業服を着た70過ぎの老人とぶつかるも謝罪の言葉すらなく人の雑踏に紛れてしまった。
「爺さん。怪我はないか?」
尻もちをついた老人の右手を掴み、立ち上がらせる。
「おお、すまないねぇ」
腰をポンポンと叩くと立ち上がる。どうやら怪我はないようだな。坪井め、辛いのはお前だけじゃないぞ。謝罪に来て人様に迷惑をかけてどうするよ。
「いや、こちらこそ、連れがすまないことをした。今少し心がささくれちまって周りがみえちゃいないんだ。許してほしい」
姿勢を正し、頭を深く下げる。
「構わんよ。多かれ少なかれ人生には試練はつきものじゃし」
「それには同感だな」
今の俺の状況は試練というには聊か、ハードモードすぎるけどよ。
「若いのに随分達観しとるの?」
目を細めて俺をジロジロと観察する白髪の老人に、
「最近、特に色々あったもんでね。悟りくらい開くさ」
肩を含めて自嘲気味に口にする。
「ふむ、儂もお前さんたちの噂は耳にしたが、相当なややこしい難題を押し付けられているようじゃな?」
清掃員の爺さんにまで知られほど噂になっているか。まあ、この数日間、ロビー内で大声を上げて謝罪しているしな。わからなくもないが。
「まあな、ストレスで五円禿できそうだぜ」
「言っちゃ悪いが、今回の問題、そもそもお前さんたちじゃ話にならんじゃろ? 何より、お前さんたち個人の責任ではあるまい。なぜ、そこまでする?」
「ただの保身だよ」
「問題を解決しないと処分を受けるということかの?」
「それも多少はある」
もっとも、阿良々木電子は元々、このような問題が起きたとき下っ端の平社員に責任押し付けるような会社だ。加えて上野課長に俺達二人は嵌められたようだし、どの道碌なことにはならんだろうさ。
「それも多少というと、処分を受ける以外に理由があると?」
「まあな」
際どい問題に、やけに突っ込んでくる爺さんだな。
「それはなんじゃ? 見かけによらず、健気な忠誠心か?」
「俺はそんな大層なもの持ち合わせちゃいねぇよ。会社内でもお世辞にも上手くいっていないしな」
白髪の老人はしばし眉を顰めていたが、
「益々わからんな。だったら、なぜ毎日こんな何の得にもならん行為をしている?」
俺にとって至極当然のことを聞いてくる。
「悪いことしたら謝る。それは当然のことだ。違うか?」
これは俺のビジネスマンとしての最後の意地だ。今回は俺達にとっては理不尽だが、そんなこちら側の事情などカドクシ電気にとってはまったくもって関係ないこと。少なくとも例え契約が切れられても、こちらに落ち度がある以上、相手が一応の納得をしてもらえるまで謝罪は続けるべきなのだ。これも俺の自分勝手な自己満足。要は保身だ。
「……」
白髪の老人は、しばし目を見開き俺の顔を眺めていたが、
「そうじゃな。そうじゃったな」
そう寂しそうに呟いたのだった。
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