第20話 特殊部隊の介入と鬼化


 中心に集められた客は軽く見積もって400人くらいか。むしろ、予想していたより客は少ない。今日が休日でなくて助かったってところかもな。

 千里眼で探索したテロリストの数は十七。それなりの数だ。しかも全員平均ステータス20以上で武装している。一般的には相当な戦力だ。警察も制圧には結構苦労するかもな。とはいえ、警察には最終兵器のような超生物がいる。奴クラスが出てくれば一瞬でかたが付くだろう。さて、警察諸君のお手並み拝見といこうか。

他の客たちに従い俺も両手を首の後ろで組んで俯せになる。もっとも、千里眼によりここ一帯の状況はかなり鮮明に把握できているわけだが。

 床に突き飛ばされた子供に、


「やめろ! まだ子供だろうっ!」


 スーツを着た黒髪に眼鏡の青年が立ち上がり激高すると、リーダーらしき爽やかな笑みを浮かべている金髪に僅かにパーマのかかっている青年が顎をしゃくる。億劫そうに犬面の男が近づくと、スーツの青年の腹を右拳で無造作に殴りつけた。

 黒髪眼鏡の青年の身体はくの字に折れ曲がると、地面に両膝を付き、吐しゃ物をまき散らす。響き渡る悲鳴のコーラスの中、


「お黙りぃ。次口にした奴は殺しちゃうよ」


 謳うような声とともに銃声が響き渡り、周囲は静寂に包まれる。

 たった一発小突いただけでここに捕らわれている客たち全員の反抗心を根こそぎ奪いやがった。こいつら恐怖というものを上手く使いこなしてやがる。おそらく、荒事のプロだ。少々厄介なことになりそうだ。

 金髪の青年は脇のベンチから立ち上がると、周囲をグルリと見渡し、


「さーて、そろそろ揃ったねぇ」


 突然、ポケットからスマホを取り出すとタップし何処かにかけ始める。


「もしもーし、僕は異形種解放戦線のグリム・リーパー。どうぞよしなにぃ」


 弾むような声色でスマホに話掛け始める。

 グリム・リーパー、死神を自称するか。どうやら中二病が抜けきらぬ奴らしい。この手の夢の中で戯れているやからが、一番質が悪いんだ。何せ会話が通じない変態が多いからな。


「要求を言うよ。今から1時間以内に10億円をもってきなさーい。30分遅れるごとに一人ずつ殺していくからさぁ」


 それだけ伝え、スマホの電源を切るとポケットにしまってしまう。


「はーい。わかったかなぁ? 日本政府が1時間以内に私達にお金くれなきゃ、君らと一人ずつ遊んであげる。もし、騒いだり、立ち上がっても同じだよぉ」


 どんなに日本政府が頑張っても、10億円という大金を一時間で都合するのは不可能だ。なぜそんな無茶な要求をしたかなど、金髪パーマ――グリムの今の恍惚たっぷりの表情を見れば容易に予想がつく。

 要するに、こいつは端から政府が金を用意する時間を見越して、殺しを楽しみたいんだろうさ。だから、楽しむ時間は一人当たり30分。マジでクソすぎるな。それにしても、変態性獣野郎の次は快楽殺人主義のクソ野郎か。俺って何かにとりつかれているんだろうか?

 さて、俺は拷問を眺める趣味はない。始まる前にあのド阿呆は処理する。つまり、タイムリミットは後一時間。日本の警察も間抜けじゃあるまい。既に特殊部隊辺(あた)りが動いているはず。一時間以内ならば、十分間に到着できるはずだ。

 あとは特殊部隊の突入による混乱に乗じてこの場を去って千里眼で戦闘の様子を観察。もし特殊部隊が敗北しそうなったら介入すればいいさ。仮に介入したとしても傍にさえいなければ坪井や清掃員の爺さんに俺だと特定されることはあるまい。これなら問題なく処理できるはずだ。

 さてあとは日本政府のお手並み拝見といったところか。



 それから、30分が経過し、皆の緊張が最高潮に達しているとき、事態は動き出す。


「ママ、おしっこ」


 5歳ほどの男の子が母の腕を振りほどき立ち上がってしまったのだ。


「カズ君、立っちゃダメ!」


 必死に我が子を抱きしめる母親。


「はーい。君、ルールを破ったねぇ。じゃあ、君からいこう!」


 グリムはベンチから立ち上がると、浮かれ切った声色で少年を指さし、そう宣言する。


「和彦はまだ何も知らないんです! どうか私から――」

「だーめ、彼からだ。そういうルールだしねぇ」


 顔を狂気に染めて少年の後ろ襟首を掴むと引きずって行くとベンチに座らせる。


「和彦‼ やめてっ! 和彦にひどいことしないでっ!!」


 血相を変えて和彦少年の元へ駆け寄ろうとするが、犬面の男に押さえつけられる。

 涙目でガタガタ震える和彦少年に、グリムは顔を近づけると、


「うんうん、いいっ! いいねぇっ!! その恐怖に満ちた顔。僕大好物なんだよぉ! それに加わる苦痛の表情と悲鳴が僕の琴線を著しく刺激するぅぅぅっ!!」


 前かがみとなってフロア全体に響き渡るような大声を上げて余韻浸っていたが、直ぐに腰のナイフを取り出す。


(ここまでか……)


 どうやらここがタイムリミット。

 傍には俺を知る坪井や清掃員の爺さんがいる。こんな場所で俺がホッピーになって暴れれば、まずホッピーが俺だと特定される。俺がホッピーだと気付けば、きっとこの国の政府は俺の敷地にあるダンジョンにまで行きつく。そうなれば、まず爺ちゃんの思い出の敷地ごと強制徴収されるのは間違いあるまい。それは俺には絶対に許せぬこと。だがそれ以上に許せぬ事が俺にもあることに最近気が付いた。

 あの恐怖に絶望し、震える無垢な子供の表情。俺はあれがただただ許せない。多分、これは自分勝手な都合でしかないんだろう。だが、今の俺の唯一ともいえる願望にして不文律。


「まずはどこからいこうかなぁ。指、それとも耳、いや、その形の良い鼻から――」


 奴のナイフが泣き叫ぶ和彦少年の鼻にゆっくりと近づいていく。

 アイテムボックスから狐の仮面を取り出して己に沸き上がる暴虐の衝動を満たそうとしたとき、グリムに高速で迫る物体を千里眼が捕らえる。


「ん?」


 眉を顰めてバックステップで避けるグリム。その鼻先スレスレを扇子のような物体が高速で過ぎ去り弧を描くと、ボブカットにした紫髪を赤いリボンで結んだ少女の右手に収まる。真っ白のブレザーに丈の短いスカート、胸元の独特の校章から察するに高校生ってところだろう。


「外した」


 舌打ちをする少女に、


「きょうびの女子高生は怖いねぇ」


 殺伐とした現場に似つかわしくないどこか陽気な声。刹那、和彦少年の母親を拘束していた犬面の男の前で、黒色の棒を振りかぶるサングラスをしたスキンヘッドの大男。


「んなっ!?」


 驚愕の声を上げて大鉈でそれを受けようとするが、ことは既に遅し。黒色の棒は犬面の男の横っ面を殴りつけた。


「ぬおおおぉっ!!」


 犬面の男はユニークな声を上げながら、猛スピードで床を転がって行き正面の鉄のゴミ箱に激突。顔面からゴミ箱に突っ込んで、ピクピクと痙攣する。

 一瞬硬直化するテロリスト共は、黒色のボディアーマーに身を包んだ多数の屈強の男たちに皆拘束されてしまう。

 

「君ら、この国の警察組織の回しものかい?」


目を細めて二人を観察するグリム、


おおむねそうや。投降するなら一応受け入れるぜ?」


 スキンヘッドの男は、倒れている母親を起こしつつも即答する。

 どうやら間に合ったか。ボディアーマーを着ている者のほとんどが獣や鳥の顔をしていることからも獣人、鳥人部隊ってところだろう。

 数では倍近くおり、実力でもほぼテロリスト共と拮抗している。さらにあの女子高生とスキンヘッドの男は別格だ。あの二人と真面にやり合えそうなのは、テロリストの側ではあのグリムくらいだろうさ。

 やれやれ、珍しく此度はゆっくり観戦と洒落込めるようだ。毎度毎度、観客の俺が試合場に引っ張り出されてうんざりしていたところだったのだ。

 

「その足手纏いたちを外に連れていきなさい! うちもこれから予定があるの。とっとと終わらせるわ!」


 女子高生の指示に無言で動き出す特殊部隊たち。一人、一人、客は保護されつつも外へと誘導されていく。

 現在、特殊部隊の隊員たちによりグリム以外の全員が拿捕され、しかも数の上でも特殊部隊に大きく利がある。おまけに圧倒的強者である女子高生とスキンヘッドまでいるのだ。この無謀極まりないテロリズムもこれで終了――のはずだった。


「あーあ、ゲームオーバーかぁ。まさかこの僕が一匹も遊べず負けるとはねぇ」


 グリムは肩を竦めるとそう自嘲気味に呟く。


「ほう、投降するんか? こないな大それた事件を起こす割に、存外、往生際がええやんか?」


 スキンヘッドの男に黒色の棒を付き突きつけられ、グリムはニィと口端を上げて、


「負けたのはあくまでにだよ。残念だけど、ここからは力押しさ」


 グリムは右腕を高く上げる。刹那、スキンヘッドが突進し奴の脳天に黒色の棒を叩きつけた。

 しかし、振り下ろした黒色の鉄棒は爆風を纏ってグリムに迫るも、それは易々と奴の左手で掴まれてしまう。


「なっ!?」


 驚愕の声を上げるスキンヘッドの男。

 パキパキと何かが弾ける音ともにグリムの両眼の瞳孔が縦に割れ、額に一本の角が生える。さらに、犬歯と鋭い爪が伸び、全身が赤褐色に染まっていく。グリムのステータスは平均300となり、スキンヘッドや紫髪の女子高生とほぼ同格となっていた。

 まあ、一応、こいつも鬼種という異形種。この程度は当然に推知してしかるべきだったな。

 そもそも、異形種解放戦線と謳ってはいるが、グリム以外、テロリストどもは皆ただの獣人であり、真の意味での異形種じゃねぇだろ。おそらくこのゲームの本来の仕様では、異形種とは俺の吸血鬼や、獄門会を一夜にして消滅させた怪物のような人間を止めた化物のはず。人間という枠にとどまるものである限り、たかが知れているんだ。


「お、鬼化っ!?」


 スキンヘッドの男は頓狂な声を上げてバックステップをし、黒色の棒を構える。女子高生も先ほどまでの気の抜けた様子から、顔に険しい色をひらめかせてグリムを睥睨していた。


「芽吹け」


 グリムが右手の指を鳴らすと、拘束されている獣人のテロリスト共が呻き声をあげる。それに呼応するかのように角、牙、爪が生えて、全身の筋肉が盛り上がり、鬼さながらの外観を形成していく。

拘束されていたが全テロリストは、特殊部隊の隊員たちを引きはがし立つと咆哮を上げる。あらまぁ、強さもステータス平均も跳ね上がっている。なんか猛烈に嫌な予感しかしないんだが。


「詩織! こいつは危険や。全力でやるで!」


 スキンヘッドが言い放つと、紫髪の女も和風の呪文のようなものを唱え始める。


「わかってるわ!」


 叫びに応じるように紫髪の女子高生も同じくそれに習い両者は激突する。

 俺もこの混乱を利用し、その場から姿を消した。


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