閑話 ダンジョン調査部隊の事情 サンダース上級曹長


(なぜもっと注意を払わなかったっ!)

 

 米国ダンジョン調査隊サンダース上級曹長は絶えず襲い掛かってくる四肢を生やした魚の化物に向けて銃弾を撃ち続けながらも、もう何度目かになる悔恨の言葉を口にする。

 ここの周囲には大した魔物がいないことから知らず知らずのうちに気を抜いてしまっていたのだろう。

 だが、ここはあの地獄のダンジョンの続き。そんな甘い場所で断じてなかったのだ!


「隊長! このままでは全滅します!!」


 唯一の女性兵士――オリビア伍長が悲鳴じみた声を上げる。

 そんなことは言われないでもわかっている。第一、銃弾が奴らに当たってもその衝撃で弾く程度しか効果がないのだ。奴らの数が減らない以上、待つのは確実なる死だけ。

 しかし、少しでも攻撃の手を緩めようものなら、あの怪物魚に一斉に襲われ忽ち全滅する。


「何とか持ちこたえろ!」


 もち堪えたからといってどうなるものでもないのは重々承知している。だが、それ以外生き延びる方法はない。

 

(私はまったく理解していなかった!)


 この調査隊に志願する際に上官から嫌というほどこのダンジョンの悪質性には聞かされている。だが、現実はサンダースの予想の遥か斜め上を行っていたのだ。

 もうじき銃弾も切れる。そうなればサンダースたちは全員あの魚たちの臭い腹の中だ。


(ここまでか……)


 銃弾が切れる。残りは最後のマガジンのみ。タイムアップという奴だろう。だが、大人しく喰われてやるのも性に合わない。精々、足掻いてやるさ。

 最後のマガジンを変えて奴らの顔面に銃口を固定したとき、空からボートに人が降ってきた。


《特殊サブクエスト――【怪魚の失楽園】の条件を満たしました。クエストが開始されます》


 頭の中に反響する無機質な女声。刹那、今まで緩慢だった怪魚たちが凄まじい速さでそのボートに降り立った人物へと殺到する。しかし、その人物の左拳がぶれると、次々に怪魚どもは破裂する。

 

「だ、誰だ!?」


 あまりの事態にパニックを起こしたのだろう。オリビア伍長が助けてくれた狐の仮面を被った男に銃口を向けて叫ぶ。

 男は面倒くさそうに頭をカリカリと掻くと岸までボートで行くように強い口調で指示を出してくる。

 咄嗟に部下の一人がエンジンをかけ、ボートは岸へ向けて走り始めた。

 

「ひっ!」

 

 隊員の一人から漏れる悲鳴。当然だ。海面には冗談のような数の怪魚が顔を出していたのだから。

 そしてまるでサンダース達の恐怖を楽しむかのように怪魚たちの口がパクパクと動き出す。


(ぐっ! あの数は流石に無理だ!)


 あの怪魚を一撃で屠れるのだ。この仮面の男は多分、本部からの送られた救援部隊の一人なのだろう。そして、きっと彼は米国の保有する異形種の一人。つまり、米国の最終兵器リーサルウエポン。本来こんな場所で失わせるわけにはいかない人物。ここで彼を失えば、わざわざサンダースたちがこの場にいる意味がなくなる。つまりは完璧な犬死だ。

 だから彼に直ぐに逃げるよう口を開こうとするが、


「――――」


 仮面の男が異国の言葉で声を張り上げる。突然のことで思わず上げそうになった悲鳴を飲み込む。部下たちも同じらしく、全員顔を強張らせていた。

 そして再度サンダースたちを振り返る。その動作だけでオリビア伍長たちの身体が跳ね上がる。どうにもそろそろ皆、限界のようだ。

 仮面の男は深い深いため息を吐くと、今も水面上でパクパク口を動かす怪魚たちに視線を戻し、両腕を十字にし、前屈みになる。


(何をするつもりだ?)


 そんなサンダースの疑問を打ち消すような空を埋め尽くす怪魚の群れ。その悪夢のような光景に己の最後を悟ったのか、各々神に祈り、家族の名前を呼ぶ。


「――――――」


 仮面の男の妙に気の抜ける声を契機に、その両腕から虹色の光が走った。

 そして――。


「はあ?」


 思わずでた素っ頓狂な声。そもそのはず。あれほどいた怪魚たちは全部、小さなヒヨコとなって小さな声を上げていた。

 面食らってぽかんとするサンダースたち。そんな中、ヒヨコたちは一斉に敬礼すると、狐の面の男の指示により、潜水し怪魚の虐殺を開始する。

 怪魚たちの断末魔の声をバックミュージックにボートは遂に岸につく。

即座に狐面の男からジープで逃げるよう指示を受け、隊員を促しジープに丁度到達したとき、


「た、隊長、あれ!」


 オリビア伍長が裏返った声をあげる。彼女の人差し指の先には、巨大な槍を持った怪魚が出現していた。


「おいおい、あの巨大化物魚までヒヨコにする気かよ」


 狐面の男のあの奇怪な格好を見た隊員が、頬を引き攣らせつつも実にもっともな感想を述べる。

もう隊員たちに恐怖はなく、最後まで見届けてやるという一種のやけくそのような感情を含有させていた。

 サンダースたちの予想を裏切らず、あの巨大魚も大型の肥満ヒヨコへと変えてこの戦闘は終了する。

 しばし、あまりの事態に脳が上手くはたからず、茫然と立ち尽くしていたが、


「た、隊長!」


 オリビア伍長の声で覚醒し、ジープに乗り込み、彼の元へと走るがその姿を消失させてしまう。



 それから、あのヒヨコたちはサンダースたちに危害を加えず逆に地上への転移地点まで無事送り届けてくれた。

 そんなこんなで現在、基地へ帰還し上官たちに報告しているところだ。


「とすると、その狐の仮面を被った男は、部隊を半壊させた怪魚どもをヒヨコに変えたと?」

「ええ、小さな数百の怪魚たちはもちろん、そのあとに出てきた王冠を被った巨大怪魚でもです」

「しかも、そのヒヨコたちは我らに好意的だと?」

「荷物まで持ってもらいました」


 乾いた笑いを上げながらも、オリビア伍長も返答する。

 上官たちの顔をみれば、半信半疑なのは間違いない。

 だが、それでも誰一人としてサンダースたちを、白昼夢を見たとか、偽りを述べているとなどとぞんざいにあしらわないのは流石というほかない。


「その狐面の男は敵だと思うかね?」

 

 ダンジョン調査部の司令官であるハリー中将が口を開く。


「我が国に敵対する意思があるなら、そのまま傍観しているでしょう。危険を冒して助けた以上、少なくとも敵ではないのでは?」

「聞く限りその狐仮面が危険を冒していたかは甚だ疑問なところではありますが、本官も敵ではないのには賛成です」

「なら、同盟国か? 異国の言葉だったんだろう?」


 上官たちの視線がサンダースに集中する。どうにもこのメンツの前だと柄にもなく緊張してしまう。まあ、この部屋にいるのは、現在この米国を現在動かしている軍人たちで、普段ならまさに雲の上の人物ばかりだし当然かもな。


「はい、ただ、何語かまでは……」

「うーん、とっかかりだけでも掴めんかね?」

「申し訳ありません。皆目見当もつきません」


 ハリー中将は小さな舌打ちをすると、眼鏡を外して右手で目元を押えて天井を見上げる。


「仕方ない。あまり気は進まないがあの男の力を借りるしかないか」

「肝心なところはまた情報局ですか?」

「皮肉をいうな。このままでは他国に先を越される。それだけは避けねばならない」

「既に他国の機関に所属している可能性は?」

「だったら、こんな中途半端な関わり方などしてこない。何らかのリアクションがあってしかるべきだ。それがないということは――」

「現在、フリーということ」


 普段冷静沈着な上官たちの顔が無邪気な喜色に溢れる。そのある意味異様な様相をみせながらも会議は終了した。



「隊長、あの狐の仮面の男、どう思います?」

「どうって言われてもな。ただ、ハリー中将たちの様子からいって異形種の中でも相当特殊な部類なんだと思うぞ」

「まあ、怪物をヒヨコに変えちゃうくらいですしね」

「そうだな」


 確かに、そんな無茶苦茶な能力、聞いたこともない。


「あーあ、助けてもらったのにお礼も碌に言えなかったな」

「心配いらん。情報局も動くようだし、そう遠くない将来、今度は仮面なしで対面できるだろうよ」

「あの人をスカウトするってことですか?」

「あの会議の内容、それ以外で理解できたか?」

「いいえ」


 それ以来オリビア伍長も口を閉ざす。

 あの非常識極まりない奇跡を実現させる仮面の英雄ヒーローか。まさにコミックから飛び出てきたような人物だ。だが、もし同胞となるならこれほど頼もしいものはない。


「さて報告も済んだ。俺達も家族の元へ帰るとしよう」


 オリビア伍長を促したのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る