第12話 日本の超常者 ジェームズ・ナイトハルト


「本当にここに書かれていることは真実なのか?」


 アメリカ合衆国大統領――ジェームズ・ナイトハルトは提出されたレポートを右手で叩きながらも、当然の疑問を口にする。


「残存の調査隊からはそのように報告が入っております」


 彼はアメリカ合衆国大統領首席補佐官。つまり、ホワイトハウスの職員のトップであり、極めて優秀な人物だ。その彼がこんな回りくどい言い方をするなど滅多にお目にかかれない。


「とても一概には信じられんな」


 ダンジョン内の湖を調査中に、魚の化物に襲われ調査隊の3分の2が戦死。絶体絶命の中、狐仮面の男に助けられる。ここまではいい。この非常識な世界なら強者の存在など吐いて捨てるほどいるだろうから。問題はそこからだ。

 その男、その怪魚を素手で叩き潰し、不思議な光線を放つ。その光に当てられた魚の化物は瞬時に全てヒヨコに変わってしまう。さらに、明らかに強力な魔物である巨大魚も右に同じ。

 おまけに、狐仮面に生みだされたヒヨコたちは次々に鶏のような人型の怪鳥に成長し、その湖周辺に街を建設し始めたらしい。もうわけが分からない。


「真実ですよ。ジェームズ閣下」


 ソファーに座る真っ黒な燕尾服にシルクハットを被った紳士が珈琲カップを口に含みながらも、さも愉快そうにそう断言する。

 彼は中央情報局の実務上のトップ――シン・ラスト。つまりこの米国で最も多くの情報を把握している人物といっても過言ではない。彼がこれほど自信満々で断言するのだ。真実なのだろう。だとすると、非常にややこしいことになった。

 米国内に出現した三つのダンジョン。そのうち――。

 一つは中がジャングルのような世界であり、もう一つは荒野の世界だった。両者とも果ては未だ見えず、様々な種類の魔物モンスターが跳梁している。

 そして最後の一つが、石造りのダンジョン。ここだけは他とは明らかに異質であった。

 まず、フロアボスの存在だ。石造りの迷宮の第20階層の最奥の広間では、王冠のような真っ赤な鶏冠を持った巨大コブラの化物が待ち構えていた。国防総省――調査隊指令本部がバジリスクと命名したその化物は一睨みするだけで石化し、毒の吐息を吐くという最悪ともいえる怪物。機械化部隊はあっさり全滅し、数度のアタックを試みるも無数の屍の山を築くのみ。そんな最悪ともいえる状況の打開のために国防省が打った一手は、異形種族だけからなる攻略チームの投入だった。

 そのときの戦闘の記録映像は、ジェームズも確認したが常軌を逸した凄まじいものだった。彼らの圧倒的な力によりバジリスクは屠られ、米国は現代科学を軽く超越したオーパーツを獲得し、【無限廻廊】第一層へ世界中のどの国、組織よりも先に駒を進めた。

 軍の上層部から上がってきた考察では、他のダンジョンは全ておまけのサブのエリアであり、この【無限廻廊】こそが真の攻略ステージだということ。

 ここでもいくつか問題が浮上する。攻略チームはこの上なく強力であり、今後の米軍の主力戦力となるのは間違いない。だからこそ、このダンジョンで失わせるわけには絶対にいかない。この【無限廻廊】の悪質さ加減は、既に米軍は十二分なほど理解している。何せ第一関門でさえもあのふざけた難易度だ。たとえ、米国で随一の超人であっても、死のリスクは常に付きまとう。もし一人でも攻略チームの隊員が殉職すれば、それだけ【無限廻廊】の攻略は遠ざかる。そしてそれは【無限廻廊】のクエスト攻略で得たオーパーツを他の組織に奪われることを意味する。それだけは絶対に避けねばならない。あれはこの変貌した世界をしても全てを狂わせるような代物だ。あれを手にした勢力がこの世界の新秩序を形成するといっても過言ではないもの。

 だからこそ、軍はある意味非道な選択をした。軍の調査隊の全部隊員たちをランク付けし、高ランクのものは荒野とジャングルのダンジョンでの修行、そしてある意味最も危険な偵察の任務をランクが最も低い一般兵に担わせたのである。

 上層部も軍人だ。相当な葛藤はあったはずだ。だが、今や世界の軍事の要は、機械から人へと移行してしまっている。たった一人の怪物により全ての勝敗が決してしまう。そんな無常な世に変貌しているんだ。だからこそ、ある意味こんな無謀で恥知らずな作戦を敢行している。

 そして、その方法は皮肉にも今回最大の功を奏した。少なくとも何の情報もなく死地へと我が国の最終兵器を送り込むことだけは回避できたのだから。


(まったく、いやな考えをするようになったものだ)


 この糞の掃きだめのような新世界に突入してから、政治家として、いや、人間として最も嫌悪していた最低な行為に加担している。

 しかし、己の信念を捻じ伏せてでも事を為さねば、我が祖国を守れない。今や、理性と知力と言葉が支配していた時代は終わり、ひと昔前の力のみが全てを手に入れる野蛮で下品な実力至上主義の世界へと変貌してしまっている。だからこそ血の涙を流し国防省の上層部はこの作戦を決行したのだから。


「その狐仮面の男についての情報は?」


 その狐仮面が我が国の敵となるようなら早急に排除しなければならない。

 だが、我が国の敵となりえる組織の先兵ならば、赤の他人が襲われているのを見ても様子見の一択のはずだ。少なくとも己の力の一旦をわざわざ曝け出してまで助けたりはしない。


「ふふーん、おそらくは日本人でしょうねぇ」


 情報局の幹部――シンは口端を上げてそう即答した。


「日本人? それは本当なのか?」


 日本のダンジョンは、海洋系フィールドと山岳系フィールだったはず。少なくとも【無限廻廊】への扉はなかったはず。日本が秘匿していたということか? しかし、あの国の政治家の中に、そんな見え透いた嘘を吐けるほど肝が据わっている者がいるとは思えないが……。


「閣下、あの国は少々特殊です。今までの世界の常識を当てはめてみない方がよろしいかと」


 長官のこの独特の言い回し、おそらくそれは――。


「お前と同じ。そう言いたいのか?」


 あの世界の変革からほどなく、情報局副長官の地位にあったこの男はある事実を合衆国政府に申告してきた。それは通常なら一笑に付すべき与太話。即ち、己が米国を中心に展開している魔術師という特殊な一族の長であるという事実。

 

「ええ、あの国には陰陽師という特殊な一族がおります。その中でも四天将と称される四人はあの種族選定前から人をやめておりますよ」


 この男がいうのだ。そうなのだろう。

 おそらく陰陽師も、シンたち魔術師と同様、種族決定前の世界ではその存在を秘匿させてきた一族で、此度の世界の変革で日本という国と手を結んだ。そう理解すべきか。


「あの狐仮面の男は、その人外の四人のうちの一人。そういう事か?」


 だとすると、狐仮面の男を我が国に引き入れるのは難しかろう。


「いーえ、彼は違う。もっと、なんといいましょうか……」


 普段憎たらしいほど表情が読み取れぬシンに浮かぶ困惑の顔。その姿に首席補佐官も無言で目を見張っていた。


「失礼、ともかく、彼はまだ日本という組織には属していない。是非とも我らが陣営に引き入れるべき人材です」

「それには異論はないが、人物は特定できているのか?」

「ええ、それに今中々面白いゲームが開始されそうでしてね。その進行具合次第といいましょうか」


 悪質な笑みを浮かべるシンに、


「また、いつものいかがわしい悪巧みですか?」


 首席補佐官がうんざりしたような顔で肩を竦める。


「失敬な。愚者どもが進んで最大の利益を放棄しようとしているのです。我々はそれを少し利用させてもらうだけ。後ろ暗いことなどこれっぽっちもありませんねぇ」


 悪びれた様子もなくシンはソファーから腰を上げる。どうやら話は終わりらしい。

 そして一礼すると一言も口を開かず、部屋を退出してしまう。主席補佐官は大きなため息を吐くと、ジェームズの机の前に分厚い資料を置く。


「狐仮面よりも、今はもうじき日本で開かれる次のG8での議題についてです」

「そうだったな」


 あの種族の決定からほどなく世界中で種族特有の能力を使用した犯罪が頻発する。同時に種族に基づく差別が今もジワジワと本格化し、世界中で新たな火種が生まれ燃え上がっている。早急な世界でのルール造りが見込まれているである。

 この点、もちろんそのまま議題を国連総会にもっていっても碌な議論もできず終了するのは目に見えている。だからこそ、予め西側の意思だけでも統一を図る必要性があるのだ。


「これが大まかな議題についてです」


 机の資料を手に取り目を通そうとしたとき――。


「パパッ!!」


 扉が勢いよく開いて、金色の髪の一部を編み込み、青色のリボンをした少女が部屋の中へと駆け込み、ジェームズに抱き着いてくる。


「ソフィア、ここには来るなといつも言っているだろう?」

「えー、でもお願いしたら入れてくれたよぉ」

「まったく、甘やかさないでくれといつも言っているのに……」

「それより、次のG8の会合、私もついていくから! 久々に日本にいるお姉ちゃんに会いたかったしっ!」

「あのなぁ観光で行くわけでは――」


 ダメだ。聞いちゃいない。ソフィアは左がブルー、右がレッドの瞳をキラキラさせて主席補佐官と予定を調整し始めてしまった。こうなっては、この我儘娘は意地でもついてくる。まあ、あの国は主要各国中ではまだ良好な治安を保っている国だ。さほどの危険があるわけではあるまい。好きにさせるさ。

 ジェームズは、深いため息を吐くと資料に目を通し始めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る