第11話 【怪魚の湖】での救出

 最近ギリギリの睡眠時間で来ていたから、よほど疲れていたのか起きたら土曜日の午前10時。休日だとはいえ、これほど遅くまで寝ていたのは久しくないな。いくら眠らない能力を得ても精神的な疲労は蓄積していくものなのかもな。とりあえず、最近気怠かった体調が今や万全だ。

 いくつか調べたいこともある。

まずはステータスの確認からだ。


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〇名前:藤村秋人

〇レベル(ヒヨッコバンパイア):30

〇ステータス

 ・HP    9000

 ・MP    8600

 ・筋力   2351

 ・耐久力  2400

 ・俊敏性  2411

 ・魔力   2701

 ・耐魔力  2691

 ・運    1500

 ・成長率  ΛΠΨ

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 ステータスは魔力と耐魔力が飛び抜けているな。にしても、遂に2000を超えてしまったが、【無限廻廊】というダンジョン内ではこれでも全然足らないんだよな。まあいい。次は新称号だ。


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称号――【吸血男爵】

・不死種の中でも伝説の種族である吸血鬼の最下位の貴族。心臓を完全破壊されるか、首を切断されない限り死ぬことはない。

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 予想通り、不死性の獲得がメインか。これだけでも凄まじい恩恵だ。後々、重宝する称号だろうさ。

また、レベル30になり【ヒヨッコバンパイア】に基づく攻撃系スキル【チュウチュウドレイン(Lv1/7)】を獲得した。


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【チュウチュウドレイン(Lv1/7)】:触れたものの成分を収奪する。それが血液の摂取だった場合、己の養分とすることができる。

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 相変わらずセンスの欠片もないネーミングだが、これは一ノ瀬の【スティール】の上位互換。生体からでも奪えるのが特徴の極悪スキルだ。吸血鬼は人間の血液の採取が一番重要なんだろうし、本来必要不可欠なものなんだろう。

 だが、現代ではそんな手段を用いなくても献血というありがたい手続きにより、血液は手に入れることができる。ともあれ触れたものの成分を奪えるのは相当役に立つはずだ。

 そして、【ヒヨッコビーム】もレベル7になった。


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【ヒヨッコビーム(Lv7/7)】:前屈みなり両腕を十字にして、【ピヨピーヨーービーム】との詠唱により、敵を眷属ヒヨコに変えるビームを範囲指定で放つことができる。

・眷属ヒヨッコ化:己の魔力の2分の1の耐魔力以下の存在に対してのみ効力を発揮する。眷属ヒヨコのステータスは、元の存在のステータスにスキル発動者のステータスの5分の1を加えた値となる。

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 雑魚殲滅スキルも極まれりってところだろうか。人間種にも効果があるらしいから、人に向けては絶対に放たん方が良かろう。

 次が第二層クエストの攻略で獲得した【DEF・スタック(人類)】とかいうカードについてだ。


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・名称:DEF・スタック(人類)

・説明:ウォー・ゲームの人類代表権を証明するカード。このカードを保有するプレイヤーに侵略したものは、8日間、運営が妥当と認める区域から分断して留まることを強いられる。

・アイテムランク:神話(6/7)

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 ウォー・ゲームという概念自体が不明だから、評価しようもない。ただ、仮にもアイテムランクは神話級なのだ。有用なのは間違いないんじゃないかと思う。

 この手のアイテムの研究につき俺は素人同然だ。やはり、今後はダンジョンで仕入れたアイテム等の研究職の仲間は必須かもな。

 最後がおなじみのランクアップ特典だ。


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★ランクアップ特典!!

【万物の系統樹】により【ヒヨッコバンパイア】レベルが30となり、ランクアップの条件を満たしました。以下から、ランクアップする種族を選択してください。

・ロリコンバンパイア(ランクD――不死種)

・グルメバンパイア(ランクD――不死種)

・血死将(ランクD――不死種)

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 完全に不死種に統一されたよな。不愉快極まりないロリコンバンパイアは論外だとして、今回の残り二つは中々いい種族だ。特に血死将は久々のバリバリの戦闘種族の可能性大。当面の強さを求めている俺とっては、本来なら迷う余地などない。

 しかし、今の俺の今の脆弱な食料事情を鑑みれば、グルメバンパイアも捨てがたい。というか少しでも今の食料事情が解決するなら俺は悪魔にだって魂を売ってやるぞ。

 うーむ。もう少し、考えてから決定するか。


『殿! 至急、【怪魚の湖】まで来てほしいでござるっ!!』

 

 五右衛門のいつになく慌てた声色が俺の頭に響き渡る。

 これはパーティー間での連絡の機能だ。指先でコマンドを開いてコールし、念じるだけで受けることができる。また、実際に口に出さなくても詳細さは欠くが、最低限の意思は伝えることが可能。さらに、連絡に電波がいらないため、電波の届かないダンジョン内では必須のものとなっている。

 五右衛門の様子からも相当面倒なことが起こったのは間違いない。厳戒態勢は敷いた方がいいな。

 烏丸忍を介して直ちに全員を引き上げさせる。一ノ瀬は本日実家に帰っていないし、和葉は部活。連絡は不要だ。

 

 【怪魚の湖】前まで転移すると、そこには見るからにテレビでよく見る特殊部隊と思しき十数人がゴムボートの上で数百にも及ぶ四肢を生やした怪魚どもと銃撃戦を繰り広げていた。大方、調子にのって、探索しようとして襲われたんだろう。

 にしてもこいつらどうやってこのダンジョンに入ったんだ? 五右衛門の眷属ゴキブリにより、藤村家の敷地周辺に踏み込んだ者はすぐに俺に報告される仕組みのはず。何より、そこに停めてあるジープでこのダンジョンに乗り付けたりすれば、直ぐに侵入の有無くらいわかる。もしかして、世界に出現したダンジョンの入り口はこの【無限廻廊】第一層に繋がってたりするんだろうか。そう考えれば、このおかしな現象も全て辻褄が合う。

 いや、検証は後でゆっくりすればいい。それよりも、今はあいつらだな。湖の水面が真っ赤に染まっているところから察するに、既に相当数が犠牲になっている。

 皮肉なことに、あいつらがまだ全滅していないのはあの特殊部隊たちがあの怪魚どもの食欲を刺激するほどの力を持っていないので本気で襲われていないから。何せあの怪魚どもの好物は強者の肉のようだしな。

 いくつか不可解な点はあるがこのまま見殺しにするのも気が引ける。

 アイテムボックスからホッピーの仮面を取り出し装着すると砂浜から湖内へ浮かぶボートの上へと跳躍した。

 

《特殊サブクエスト――【怪魚の失楽園】の条件を満たしました。クエストが開始されます》


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◆【怪魚の失楽園】:怪魚の失楽園。

 怪魚ギョギョたちの楽園に一匹の怪物が侵入した。若き王ギョギョキングはこの怪物を倒し己の楽園を守り切ることができるか!

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 おいおい、遂に俺が悪役かよ。しかも連日でこの趣味の悪いクエスト攻略を強いられるとはまったくついてない。

 水面から跳躍し噛みついてくる怪魚どもを左拳で難なく爆砕させる。悪いが、こいつらと今の俺じゃあステータスに倍以上の差がある。相手にすらならねぇよ。

 呆気に取られている中、俺の近くの小柄で華奢な女兵士が俺に拳銃の銃口を向けると、


「Who are you!?(誰だ!?)」


 と叫ぶ。阿呆か。今はいがみ合ってる場合じゃなかろうが。

 にしても外人か。まいったな。俺、英語苦手なんだよ。


「If you don't want to die, move the boat to the shore!(死にたくなけりゃ、ボートで岸まで行け!」


 片言の英語でそう告げると特殊部隊の一人が大きく頷き、岸に向けてボートのエンジンを動かし始める。

 そして水面を埋め尽くす怪魚の顔。これって、数十ではすむまい。少なく見積もっても数百はいる。

 まったくこんな化物どもの巣によくもまあ、こんな装備で入る気になるもんだ。

 しかし、あの数からこいつらを守るのは少々骨だ。どうするかね。


『何を迷うことがある? あれを使えばよかろう』


 右手のクロノがさも妙に浮かれた声色で促してくる。


(お前は俺の痴態をみて笑い転げたいだけだろうが!)

『はて、なんのことじゃろ?』


 こいつ……ホントいい性格しているよな!


『で、どうするんじゃ? そ奴らを見捨てるのか? できぬよなぁ? そなたはそういう奴じゃ』


 知ったかぶるんじゃねぇよ! だが確かに今更、こいつらを見捨てるのは害悪以外のなにものでもないな。


「やりゃあいいんだろう! やりゃあ!」

『うむ、褒めてつかわす』

  

 俺の頭の上に乗るとクロノはその小さな肉球でポンポンと頭頂部を叩いてきた。撫でているつもりなのだろう。妙に気持ちがいいのが癇に触る。


「お前に褒めてもらってもな」


 俺が肩越しに振り返っただけで、ビクッと身体を硬直化させる特殊部隊の隊員たち。

 みるからに、こいつら限界だ。仕方ない。さっさと終わらせてずらかろう。そうすれば、最小限の恥で済む。

 俺は、両腕を十字にし、前屈みになる。

 突然の俺の奇怪な姿に唖然とした当惑の空気が立ち込めるのがわかる。まあ、俺だって生きるか死ぬかの状況でこんなポーズしてたら、きっと頭がおかしい奴って結論付けるだろうよ。

 水面から一斉に飛び出す数百もの怪魚ども。奴らは空を埋め尽くし俺達に殺到してくる。


「Oh my god, oh my god, oh my god(ああ、なんてことだ。神様……)」

 

 その悪夢のような光景に銃口を奴らに向けて神に祈る特殊部隊の隊員たち。


「ピヨピーヨーービーム!」


 こっぱずかしい詠唱ともに、俺の両腕から扇状に放たれた虹色の光は奴らの全てを一瞬で飲み込み、その姿を可愛らしいヒヨコへ変える。


『うむうむ、中々愉快、いや、爽快な光景じゃのう』


 おい、馬鹿猫! お前、今愉快って言いかけたよな? あーあ、だから人前ではやりたくなかったんだ。

 ちなみに、このスキルを発動させるには一定のリズムと音調で詠唱しなければならず、ここまでスムーズに光線を発せられるようなるまでには相当の訓練が必要だったりする。

 水面にボトボトと落ちていくヒヨコたちは水面に浮かぶと一斉に俺に右手の羽で敬礼をする。

 こいつらの眷属ヒヨコの平均ステータスは攻撃力1100、俊敏性600。あとはただの作業だ。


「お前たちこの湖の魚どもを喰らっていいぞ」


 俺はヒヨコたちに処刑命令を出す。ヒヨコたちはもう一度一斉に敬礼すると、湖への潜水殲滅を開始した。

 怪魚どもの断末魔の悲鳴やら絶叫やらが断続的に聞こえてくる。少なくも俺達になど構っている余裕はなくなったようだ。

その間にボートは悠々と岸につく。


「Run !(逃げろ!)」


 左手を奴らのジープへ向けて指示を出す。

 呆然と眺めていた隊長らしき年配のおっさんが弾かれたように軽く頷き、仲間の特殊部隊の奴らに叫ぶとジープまで駆けていく。よしこれで足手まといはいなくなった。あとはこのクソクエストをクリアするだけ。


 そうしている間に沖が盛り上がり十数メートルにも及ぶ四肢を生やした怪魚が姿を現す。その頭には大冠を被り、右手には槍を持っている。

 奴のステータスは――攻撃力1700、耐久力1600、俊敏性1200、魔力700、耐魔力50。

 耐魔力が阿呆ほど低い。一応、俺よりもステータスが低いし、ボスではあるが【ヒヨッコビーム】も効果があるかもしれん。

 ギョギョキングに構えをとると、再度【ヒヨッコビーム】を放つ。虹色の悪魔の光をあの巨体で避けられるはずもなく、ギョギョキングは真面に光を浴びてその姿を大型デブヒヨコへと変化させたのだった。


《特殊サブクエスト――【怪魚の失楽園】クリア。

 ギョギョキングの不殺の条件を満たしました。特別特典により、クロノの第二段階封印の解除にブーストがかかります――クロノ第二段階封印98%解放》


 遂に98%まで解放された。残りは2%で第二段階が解放される。

 正直、今の銃で十分満足しているが、強化されるのにこしたことはない。少し楽しみではあるな。


『ピヨピヨ(主殿あるじどの、お命じあれ)』


 デブヒヨコが俺に首を垂れくる。


「他の眷属ヒヨコを率いてこの辺一帯の管理を任せたい。人が襲われていたら助けてやれ」

『ピヨ(御意)』


 もう用は済んだ。ここに用はない。遠方からこちらに向かってくる特殊部隊の乗るジープを尻目に俺は我が家に転移する。


 さて色々考えねばならん事がてんこ盛りだが、連日のクエストをこなしたんだ。今日くらい何も考えず泥のようにゲーム三昧の日々を送ってもバチは当たるまい。

 俺は自室へ行くと、途中だった【フォーゼ第八幕】のソフトをゲーム機にセットし電源を入れたのだった。


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