第10話 ガラパゴス階層攻略クエスト

 雨宮の今回の件はあの三人だけを処理して済むような問題ではない。多分、今後も放置しておけば遅かれ早かれ似たような嫌がらせを雨宮は受けることになる。斎藤さんの指摘通り、雨宮が恋人でも作らない限り、この件は収まらない。そして今のボンボンでは雨宮の王子様にはなりえないこともはっきりした。

斎藤さんの予想では雨宮には気になる奴がいるかもしれんということだ。そいつと結ばれるのが一番手っ取り早いが、どこの誰かはもちろん、実際にいるのかも不明。斎藤さんもこの件だけはあまり自信はないようだったしな。雨宮から今度の日曜日に遊びに誘われているし、その際にでもそれとなく聞いてみることにしよう。

 

 家に帰宅し、さっそくダンジョンの探索だ。

 俺のレベルはこの数週間にも及ぶ第二層【ガラパゴス】の探索で既に28まで上がっている。あと2レベルで30。そうれなれば念願の種族の決定。今の俺のネックである日光という弱点や人の血液しか食料として受け付けなく体質。これのいずれか一つでもクリアになれば、大分楽になる。

 あれからほどなくして五右衛門からダンジョンの探索の同行を求められているが、今の奴の強さは一ノ瀬にも劣る。今この【ガラパゴス】へ連れて行けば無駄死だ。だからパーティーに入れた上で【草原エリア】での修行により、一定の強さを獲得し【ガラパゴス】での修行に耐えられるようになったら、改めてパワーレベリングをしてやると約束している。


 転移で【ガラパゴス】に飛び、探索を開始する。

 この第二層、滅茶苦茶広い。最近、夜通しで探索しているのにまだ二層をクリアできていない。そして、進むにつれて相乗的に凶悪化してきている。今ではトラップすらもチラホラ見受けられるから、戦闘しながらそれを避ける必要すらあるのだ。

 とはいってももうそろそろゴールだと思うんだけどな。というか、あれで最後であって欲しい。そう切に願う。

 島の中心あると思われる休火山の噴火口に足を踏み入れた途端、周囲の風景が、真っ赤な溶岩の海に囲まれた半径1kmほどの円状の孤島へと変わる。

 ハワイアンな服装にサングラスをした巨大爬虫類が、ビーチチェアに寝そべってジュースをすすっていた。


《挑戦者、藤村秋人と確認。階層攻略クエスト――【ガラパゴスドラゴンを倒せ!】が開始されます》


 案の定、いつもの天の声が響き、


―――――――――――――――

◆【ガラパゴスエリア】階層攻略クエスト:ガラパゴスドラゴンを倒せ!

 ガラパゴスドラゴンは、ガラパゴス大島を支配する最強の生物。配下の6匹のコドラミンゴを従えて、休息を邪魔した無粋な侵入者の排除に動き出す。さあ、挑戦者よ! 大島の暴虐の王を倒し、ガラパゴス大島に平和を取り戻すのだ!

 ―――――――――――――――


 テロップが表示される。


『またこの手のおふざけか……いい加減辟易するのじゃ』

「遺憾なことだが、珍しくお前と意見が合致したな」


 このダンジョン作成者の悪趣味な趣向には心底反吐がでる。


『確かにそれは遺憾じゃな』


 俺は地面に唾を吐くと――。


「こいよ。蜥蜴野郎!」


 左手で手招きをする。ガラパゴスドラゴンは挑発に対しつまらなそうに俺を一瞥すると、ノソリとビーチチェアから立ち上がり地面に置いてあった巨大なガラケーを持つ。

 するとフラダンスの衣装を着用した1mそこらの六匹のチビドラゴンどもが地面の穴からはい出し、ガラパゴスドラゴンを取り囲むようにフラダンスを披露し始めた。


『ガァーーララララララララッーーー!!』


 ガラパゴスドラゴンが空に向けて咆哮しこの不毛な戦いは開始される。



 数発のクロノの弾丸がガラパゴスドラゴンに全弾命中するが、傷を負った様子もなく首をコキリッと鳴らすのみ。さっきから試しているが、まったく効果があるように見えない。

 一方、コドラミンゴの方は一撃で屠れるが、直ぐに地面から湧き出てしまう。コドラミンゴは、フラダンスを踊っているだけでこちらに攻撃をしかけてこない。だから今はガラパゴスドラゴンに集中しているってわけ。


『アキト、妾たちの攻撃、あのデカブツに効果ないんじゃないか?』

「そのようだな」


 耐久力が高いというより、そもそも今の奴には物理攻撃自体が無効。そう理解した方がいいだろう。

しかし、まいったぞ。俺にある攻撃手段は完璧にクロノだよりで碌な攻撃手段がない。

 一応、【ヒヨッコビーム】も俺の涙ぐましい努力により使用可能になってはいるが、この手の俺と同格以上のボスキャラには一切効果がないのは既に実証済みだ。

 できれば逃げたいところだが、周囲がマグマの海に囲まれていることからも、このガラパゴスドラゴンを討伐しなければここから脱出は不可能。要するに今の所持戦力で倒さねばならないということだ。

 そもそもこれはゲームに類似したダンジョン。つまり作成者がいるのだ。ならばゲームシステムを自ら破壊するような無理ゲーを強いることはあるまい。打開策を見つけるしかない。

 ガラバコスドラゴンは、携帯のボタンを押していく。それに呼応するかのように地面に巨大な魔方陣が形成された。


『あれはかなりマズいぞ!』

「わかってる」


 この肌のヒリツク感じ。大技だ。地面を跳躍し、体長4、5mにもなるヤシの上に飛び乗る。間髪入れずに全力で空中に跳躍した。

 地面が灰色に染まり、そこから大量の鉄の棘が付き出しそれが空に跳躍した俺に向けて伸びてくる。目と鼻の先で止まった鉄の細い針はまるで蜃気楼かのようにその姿を消失させてしまう。

 重力により急速に落下していく俺の身体。勢いを殺さねば、この高さだ。多少のダメージを負う。


『そう何度も、あれを避けるのは無理じゃぞ?』


 確かにあれを避けられるのもあと一度か二度が精々。一度でもくらえば俺の敗北でこの戦闘は終了する。


「わかってる」


 正直、『こんもり男』との戦闘以来、あいつと会うのは控えている。特に話せるとわかってからは益々会う気がなくなった。理由は俺自身にもわからない。ただ、このまま突き進めばきっと俺は戻れなくなる。そんな気がしていたからだと思う。

 だが、今はそんなことを言っている余裕はない。それに、別にあいつの力を借りたとしても、俺の肉体が変化するわけではない。ただ精神が戦闘に特化するだけだしな。

 落下しつつも両瞼を閉じ、あの世界へと心を潜らせる。

 吸い込まれそうな暗闇の中にある紅の巨大な檻。その中にはやはり、人型の靄のようなものが胡坐をかいていた。どうやら、以前よりも大分輪郭がはっきりしているようだ。


『やあ、久しぶり』


 奴は口端を上げて、まるで揶揄うかのように語り掛けてくる。


「力を貸せ。お前もこんなところで死にたくねぇだろ?」

『うん。それはもちろん。ただ、あの不愉快な玩具と遊んだせいで、前のような力の貸し方はもうできない。今のボクにできるのは、本来の使命。すなわち――君の背中を押すことだけさ』


 背中を押すか。口ぶりからいってあの限りなく戦闘に特化した別人のような状態のことだろう。むしろ、意識が残るだけ安心できる。仮に負けるにしても、藤村秋人として死にたいからな。


「それでかまわない。やってくれ」


 奴は暫し、俺を凝視する仕草をしていたが、


『本当にいいのかい? 君も薄っすらとは気づいてるんだろう? このまま進めばどうなるか』


 その通りだ。だからこそこいつの接触を俺は極力避けていたんだから。


「お前に乗っ取られる……のか?」

『ボクが君を乗っ取るぅ?』


 奴は素っ頓狂な声を上げると、


『くひゃひゃひゃっ! きひひひひひひっ!』


 突然腹を抱えて笑いだす。どうにも馬鹿にされているようで、著しく不愉快だな。


「おい! お前――」

『僕に決定権など一切ない。選ぶのはあくまで自身さ』

「君ら?」


 奴の台詞に僅かな違和感を覚えて、すかさず聞き返す。


『……』

「おい?」


 急に黙りこくる奴に尋ねるも、


『わかったよ。ボクは君の背中を押すよ』


 俺の望む返答をした。


「どうにも釈然としないが、今は謝意を述べておこう」

『不要さ。だって此度の君のこの選択は、君に著しい苦難を強いるから』

「俺に苦難を強いる?」

『そう。君はきっとこの選択をひどく後悔する』

「意味深な言葉で煙に巻くな。はっきり答えろよ」

『事態は救いようのないほど着実にある選択に向けて動き出している。じきにボクの言葉の意味もはっきりわかる。嫌というほどね。じゃあそれまで、精々精進するだんだね。大事な大事な希望バケモノさん』


 奴の少し寂し気な台詞を最後に意識は現実に引き戻される。

 地面に落下する独特の浮遊感の中、頭がトンカチで殴られたかのような痛みを主張し、体の芯から耐えようのない熱が湧き出てきた。

 接近する地面。そんな中、地面に数発撃って身体を回転させて無事着地する。

 さあ、考えろ! 奴らの生態、この地形、奴らの全てを暴き出せ!

 俺の勝利条件は、ガラパゴスドラゴンの無敵化の解除。そして、これがゲーム仕様ならこの場に無駄なものなどまず存在しまい。つまり、あの今もフラダンスを踊っているコドラミンゴどもに打開への秘密があるということ。

 そうと決まれば行動に移すとしよう。


 

 幾つか試みた後それは起こる。

 俺は対角線上にあるコドラミンゴ一匹の頭部をクロノで、もう一匹をナイフでその首をほぼ同時に飛ばす。


『補充されないっ!?』

「どうやら、これがこのクソッタレなシステムのようだな」


 2体のコドラミンゴは復活されなかった。

 6体のコドラミンゴは決まってガラパゴスドラゴンを中心に囲むように配置され動いている。あのフラダンスが結界のような役目を担っているのだろう。つまり、優先的に駆除すべきはあのコドラミンゴ。しかし、コドラミンゴは倒すたびに補充される仕組み。一定の条件を満たさないと倒せない。その条件の候補は複数あったが、いくつか候補を絞り出すことができた。

 一つは、一度にコドラミンゴを倒すこと。単純だが最も難易度は高い方法。これができるなら端から試している。正直、これを要求されたのならば、俺の打つ手は数手しかなくなる。

 二つ目は、コドラミンゴの討伐に一定の順序が求められていること。討伐する順序を変えていくつか試みてみたがやはり直ぐに復活してしまう。これ以上の複雑な順序ならまず見つけるのは不可能だ。討伐順序の指定の可能性はそこまで高くはあるまい。

 最後は上の二つの折衷的な条件。つまり、複数同時に倒すということ。タイミングが難しいが、今の感覚が限界まで研ぎ澄まされた俺なら狙えばやれなくもない。そう思って実行したわけだが、ビンゴだったってわけだ。

 さーて、仕切り直しだ。本格的な攻勢に出よう。


 条件を見つけるまで失敗はしたが、残り4体になっていたのが大きかった。最後のコドラミンゴを討伐したとき、ガラパゴスドラゴンが巨大なガラケーを操作し始めた。


「低能が、終わりだ!」


 そうだ。もう遅い。その大規模攻撃はタメが大きすぎるんだ。おまけに、その攻撃の間、奴は硬直化してしまう。奴がガラケー攻撃を仕掛けてきた時点で、勝敗は決してしまった。

 いい加減このデカブツと遊ぶのにも疲れたし、そろそろ決めさせてもらう。


「死ね」


 俺はその宣言とともに奴に向けて銃弾を放つ。いくつもの銃弾が奴の頭部、胸部、四肢を正確に打ち抜き、奴は絶叫を上げる。その悲鳴を子守り歌に、俺は奴の殺害を開始した。


 肉達磨となってズシンと仰向けに倒れ込むガラパゴスドラゴン。その身体は次の瞬間、塵となって消え、巨大な魔石がボトリと落下する。


《LvUP。藤村秋人のヒヨッコバンパイアのレベルが30になりました。負った傷は全回復します。

 スキル――【ヒヨッコビーム】はLv7になりました》


《【無限廻廊】第二層攻略クエスト【ガラパゴスドラゴンを倒せ!】クリア! 

クロノの第二段階封印が70%解放されます。

 【無限廻廊】第二層【ガラパゴス】攻略クエストのクリアにより、第三層――【おもちゃの国】が解放されます》


《第三層解放の特別ボーナスとして、【DEF・スタック】のカードを獲得いたしました》


《藤村秋人の意識レベルの低下を確認――【帰還の指輪】の発動条件を満たします。

 直ちに帰還を開始いたします》


 その声を最後に予定調和のごとく俺の意識はストンと失われた。


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