第9話 おしおき
2020年11月27日(金曜日)
雨宮の件は馬鹿猫に事情を説明し、次の日奴らの偵察及び罠に嵌めるための細工を頼む。クロノにとってのマイエンジェルの危機だ。クロノは、『許さんぞ! クソ虫共がっ!』と快く受け入れてくれた。
クロノに呼び出されて廊下に出ると、
『アキト、さっきマイエンジェルの鞄の中にあったこの袋に変なものを入れていった不届きものがいたぞ!』
クロノからメルヘンチックな巾着を渡される。この花柄の巾着は雨宮のだ。たしかお菓子入れだったか。何でも糖分がないと上手く頭が働かないんだそうだ。
巾着の中身は――雨宮の菓子。そして、使ったことねぇけど、これってコン〇ームか? こっちはいわゆる大人の玩具ってやつだな。大方、これを大衆の面前でぶちまけるつもりなんだろう。雨宮にはこの手の行為に耐性がありそうにはとても見えない。奴らマジで趣味が悪い。というより最悪だ。一度奴らは心底痛い目を見た方がいい。
(わかった。そいつらって特定できるか?)
『うむ!』
あとは少々の仕込みをすれば完了。滑稽で愚かな道化がみっともなく踊ってくれるのを待つだけだ。
『マイエンジェルと
クロノから連絡が入る。そしてあのお局様の取り巻きの二人も立ち上がった。今雨宮の跡を追っているもう一人が研究部の雨宮の同僚。研究部には珍しく今どきの洒落た格好をしている女だ。
クロノの報告からも、あの悪質な悪戯をした女は全員、斎藤さんが上げた者の中に見事に入っていたようだ。あの人の人間観察ってマジでパネェな。
尾行しているクロノからの報告によれば、雨宮は食堂に行くとセルフサービスのお茶を紙コップに入れて席に着いたようだ。
丁度、俺が食堂に着いた時、茶髪のイケメン青年が雨宮の座る正面の席に座った。
「やあ、梓、休憩か?」
「うん、秀樹もかい?」
笑顔で話す二人。童顔の香坂秀樹と童女の外観の雨宮か。客観的にみると確かにあの二人って美男美女の仲の良いカップルにしか見えないんだよな。あの下半身男がもっとしっかりしていれば、俺がこんなピエロのような真似をしなくてすむってのによ。
「秀樹さん、雨宮さん、私達も今日、御菓子買ってきたんですよぉ。同席して構いませんかぁ?」
「ああ、もちろんだとも」
ビニール袋を置くと、三人は雨宮達のテーブルの開いている席に座る。
俺と同様、人見知りの権化のような雨宮は気まずそうに縮こまってしまっていた。
「ねぇそれって可愛い袋だね? 秀樹さんもそう思わない!?」
さてそろそろ来たな。
「それって梓の昔からお気に入りの巾着だったよな? 確かおばさんに作ってもらったんだっけ?」
「う、うん」
「少し見せてよ?」
雨宮の巾着に手を伸ばし、引き寄せる営業部のおかっぱ女性社員。
「あ……う、うん。構わない」
控え目に相槌を打つ。
「すごい可愛い! もしかして中も模様が刺繍されてたりして。御免、一旦中身だすよ」
雨宮の了解など聞きもせずに、中身をテーブルにぶちまける。
飛び出すチョコレートや飴玉のお菓子。
「あ、あれ?」
目を見開いた状態で、硬直化するおかっぱ社員。
「君たち、すこし乱暴だったよ。もっと優しく確認しなきゃね?」
真っ白な歯を出して、イケメンスマイルにより優しく注意を促す。なるほど、斎藤さんの言う通りだ。これでは確かに注意にまったくなっていないな。
「は、はい」
営業部の二人が雨宮の巾着に入れたと思しき研究部の黒髪ショートカットの女をチラリとみる。
黒髪ショートの女は、慌てて左右に首を振った。馬鹿が。それでは何か仕組んでいるといっているようなものだぞ。
「か、返したまえ!」
ようやく雨宮も奴らの挙動不審っぷりに危機感を覚えたのか、ひったくるように彼女たちから巾着を取り上げる。
「なーに、あれ感じ悪ぅ」
「ねぇー?」
先ほどまでの好意的な態度から一転、営業部の二人が雨宮に敵意剥き出しの台詞を吐き出す。黒髪ショートの女も親の仇で見るかのような視線を向けた。
「こらこら、皆仲良くね。ところで君たち、御菓子をごちそうしてくれるんだろう?」
笑顔で場を和ませるべく強引に話題を変える香坂秀樹。
「はい! ぜひ、これ有名なワッフルの専門店で――」
ビニール袋を勢いよく開けて、そしてその場は凍り付いた。
無理もない。それは奴らが雨宮の巾着に入れたはずのコン〇ームと大人の玩具だったのだから。
「……」
誰も一言も口にせずに唖然とした顔でテーブルの物に視線を固定していた。
「ぼ、僕は用事を思い出した。失礼するよ」
香坂秀樹は席を勢いよく立ち上がると逃げるように、食堂から出ていってしまう。
キョトンした不思議そうな顔でテーブルに置かれた物体を眺める雨宮と、目尻に涙をためて真っ赤に赤面する三人女性社員。そして、その異様な光景に気付き噂話を始める休憩中の社員たち。
さて、そろそろ
「おいおい、見てたぞぉ、お前らこんな卑猥なもの、会社に持ってくるんじゃねぇよ。坪井の姉さん、どんな教育してやがんだぁ?」
「卑猥……っ!?」
ようやくこれが何に使うのかに気付いた雨宮が顔を紅潮させて飛び退くと椅子の後ろに隠れて凝視していた。あのな、大人の玩具は怪獣じゃねぇんだから。
「藤村ぁっ! あんたがこれをっ!?」
立ち上がり激高するおかっぱ女に、俺は肩を竦めると、
「アホか! そんなことして俺に何の得があんだよ? 第一、あの坪井の姉さんの目を盗んでそんな器用なことできるわけねぇだろ?」
そう言い放つ。
「……」
忽ち、押し黙る営業部の社員たち。この二人の座席はあのお局様のすぐ近く。あの坪井と敵対している俺が奴に気付かれずに女性社員のビニール袋にこんなものを入れられるはずもない。もしそれができるとすれば奴と近しい人間か。それとも透明人間(透明猫?)だけ。
もうわかったろ? 奴らの休憩中に一般に視認し得ないクロノに頼んで中身の異なるビニール袋をすり替えてもらったんだ。もちろん、奴らの菓子の入ったビニール袋は奴らのデスクの引き出しの中。
「でも、こんな悪戯、あんたくらいしか――」
「ほう。あくまで俺がやったと言い張るか?」
「そうよ!」
「それは、お前たちの所持品を物色したということだよな?」
「え、ええ」
「ならそれはれっきとした窃盗だ。警察を呼ぼう」
「け、警察っ!?」
「そうだ。警察だ。奴らはプロだ。指紋の鑑定や、購入先の調査によりすぐに真実を明らかにしてくれることだろう」
もっとも、実際は目的が悪戯なのは明らかだから、窃盗罪など成立しない。せいぜい御菓子を隠したことに対する器物損壊か軽犯罪法が成立するにすぎまい。今のクソ忙しい警察がこんな事件性の低いただの悪戯などまともに相手するはずがない。
しかし、冷静さを欠いた今のこいつらにそれを導くことは不可能だろう。
「で、でもそんな大それたことじゃないし!」
「そうよ。ただの悪戯だし、警察に迷惑かけるほどじゃ」
いい感じに焦ってもらえているようだな。では畳みかけるとしよう。
「だか万が一、お前らが虚偽を口にして俺に窃盗の罪を被せようとしているなら、それは立派な犯罪だ。もちろん、その場合、俺はお前らを告訴するがね」
俺の自信たっぷりの言葉に、忽ち奴らから血の気が引いていく。
これも実際は、暴論もいい所。第一、奴らに俺に罪を被せようという意思はないようだし、虚偽告訴罪など成立しない。だが、暴論も見抜けなければ真実となる。
「さて、もう一度質問だ。豚箱行きになるかどうかの選択だし、よく考えて答えろよ。その机に置いてある卑猥なものは、お前らが会社に持ってきたものだよな?」
「……よ」
「え? 聞こえなーい」
耳をおかっぱ女社員の方へ傾けてわざとらしく尋ねる。
「そうよ! 私達が今度の宴会の出し物用に持ってきたのよ」
「ほう、ドッキリでもやるのかっ?」
「そう! 今回はその子がどんな反応をするかのただの予行練習だったのっ! 文句あるっ!?」
やけっぱちに俺の救済案に乗っかってくるおかっぱ女社員の言葉を聞き、周囲の見物人たちも洒落や冗談の類だと判断したのか、自分たちのオフィスに戻って行く。
真っ赤に紅潮しながら、大人の玩具やコ〇ドームをビニール袋に乱暴にいれて食堂から退散しようとする三人に近づくと、
(二度はないぞ。今度、雨宮に同じことをしてみろ。次はこんなものじゃぁすまさねぇ。徹底的にお前らを潰してやる)
そう耳元で小さく呟く。ハッと俺を注視する三人。その瞳の中に濃厚な恐怖の感情を浮かばせながら、今度こそ逃げるように駆けていく。
「せ、先輩、さ、さっきのって?」
雨宮は紅色に染まった頬に両手を当てながら俺に躊躇いがちに尋ねてくる。一連の騒動を本当にドッキリと思ったらしいな。単純な奴。雨宮の頭に手を置くと、
「お前にはまだ早いもんだ」
グリグリと乱暴に撫でながら、諭すように言い放つ。
「また子ども扱いして!」
プーと頬を膨らませて批難の言葉を口にする雨宮に、俺も雨宮の対面の席に座り、
「それより俺にも菓子をくれよ」
そう心にもない懇願をしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます