第7話 陰謀の始まり

 そこは薄暗い地下室。一人の恰幅の良い中年男性が、椅子に括り付けられていた。

 男の左手の爪は全て剥ぎ取られ、その顔は恐怖と痛みにより大きく歪んでいる。

 彼の前には、目だけ穴が開いた黄色の三角の頭巾を頭からすっぽり被った細身のレースのブラウスを着た女。


「この男で間違いないかなぁ?」


 恰幅の良い中年男性に写真を見せて尋ねると、


「この男だ! この男がホッピーだ!」


 男は裏返った声で必死の叫び声を上げる。


「藤村秋人、32歳。香坂グループ傘下の阿良々木電子の平社員。まさか世間を賑わせているヒーロー狐仮面の正体がパッとしない一介のサラリーマンだったとはね。夢にも思いませんでしたよ」


 その様子を個室のマジックミラーの外から眺めていた久我は、手元の資料のファイルをパラパラと捲りながらもそんな素朴な感想を口にする。

 警察から一定レベルの情報を得られるとしても、もっと苦労するかと思っていたのだ。予想以上に簡単に特定できた。その事実に久我は満足げに口角を上げる。


「彼をまだ特定すらできていないとは、日本の警察も落ちたものですね」


 ホッピーの候補は実のところはさほど多くはない。

 最も大きな条件が、ホッピーは獄門会と一定の関わりがある者であるということ。

偶然、獄門会が謎の男により襲撃を受け、さらにその落とし前のために烏丸家を訪れていた大井馬都おおいばとが偶然怪物化し、偶然ホッピーにより討伐される。いくら何でもできすぎだ。ここで獄門会を襲ったのがホッピーならば、全ての辻褄があう。

 そこまで気付けばあとは簡単だった。関係各所に圧力をかけて留置場に拘留中の獄門会の構成員の一人に接近し、獄門会の別荘の襲撃犯を債務者の一人藤村秋人であると特定。

 その上で、ファンタジァランド事件当時、白洲警察署内にいた被災者の一人を拉致し、拷問により藤村秋人がホッピーであると確認したというわけだ。


「しかも今回の最重要人物のいる会社とはなんとも私はついている」


 理由は不明だが八神やがみ様から、ある重要人物を我らの傀儡にせよとの指示を受けている。まさかその人物の所属先が、藤村秋人と同じ会社だとは運がいい。八神様に御力をお貸しいただきさえすれば、素晴らしくも芸術的な計画を立案できることだろう。


『ねえ、ねえ、久我さん。これ好きにしていいかしらぁ?』


 頭巾の女が弾むのような声で久我に了解を求めてくる。


「好きにしてかまいませんよ。ただし、処理はちゃんとしておいてくださいね。遊びが原因で足が付くのだけは困りますよ」

『うん。了解♪』


 突如、部屋中に響き渡る男の絶叫。彼女の悪趣味な遊びを観察して悦に浸る趣味は久我にはない。もうここには用はないのだ。だから、久我は部屋を出る。


 建物の裏から出ると止めてあった車に乗り込み、胸ポケットからスマホを取り出して部下の一人に連絡を入れる。


「阿良々木電子の全社員を徹底的に調べ上げて私に報告しなさい」

 

 久我の導き手たる教祖――八神やがみ様は、藤村秋人が所持するあるものの取得が、長年の悲願に繋がると仰っていた。八神様の意図は微塵も予測すらできないが、メシアが望まれるのだ。必ず叶えなければならぬ。


「我がメシアよ。もうしばらくのお待ちを。必ずやご期待に沿ってみせましょう」


 ようやくあるじの役に立てる。胸の奥底から湧き出る熱い想いを無理矢理押さえつけ、久我はアクセルを踏む。


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