第6話 イノセンスの今後の指針の決定

 


「魔物や種族特性により生じた問題の解決を専門とする業種への変革ね」


 正直言ってこいつらの出したプランは意外極まりない。だって、こいつらは此度、事実上、芸能プロダクションを自ら廃業する。そう言っているのだから。


「へい。魔石がエネルギー源でもある以上、その需要はなくなることはありやせん。加えて現在の警備会社や魔物駆除組織の社会的欠乏からいって、この事業は大成功間違いありますまい」


 得々と宣う鬼沼に、


「いや、穴があり過ぎだろう。第一、魔石の入手法はどうするんだよ? 公園や山林に出没するゴブリン退治でもして魔石を手に入れるつもりか? とてもじゃないが、安定な収入など得られるとは思わないぞ?」


 致命的な問題を指摘してやる。


「おとぼけなさいますな。旦那がこの世界各地に出現したダンジョンと同様の施設を所有していることは既に耳にしておりますぜ」


 このお喋り女め、あれだけ他言無用と厳命しておいたのに、こいつらにダンジョンについて話しやがったな。俺が半眼を向けると、一ノ瀬は慌てて顔を背けてクピクピとお茶を飲み始めた。

 だが、こいつらは鬼沼に唆されて最も致命的な問題に気付いちゃいない。


「魔物駆除の会社とは簡単にいうがな、俺は何度もその魔物との戦闘で死にかけている。まさに命懸けなんだよ。そんな場所にお前は、大切な社員を送り出すつもりか?」


 社員想いに見える忍のことだ。大層、思い悩むかと予想していたが忍は笑みをさらに強くし、


「わかっています。ですから、言ったじゃないですか。あくまで、魔物や種族特性により生じた問題の解決だと」


 俺にとって予想外の返答をする。


「お前らは、荒事はしないと?」

「ええ、私達は喧嘩すらしたことないものばかりです。そんな強者との闘いなんてできるわけありませんし」

「悪いが、微塵も話がみえねぇな。さっき、鬼沼が警備会社や魔物駆除組織は儲かるって説いたばかりじゃねぇか?」

「魔物の駆除や警備については、将来、戦闘を専門とする職員のスカウトに成功したらの話です。私達は今まで芸能界にいて多方面に人脈があり情報を得られやすいですし、当面は魔物や異能関連の情報提供を目的としたいと思っております」

「出版業を営もうってか?」

「概ねその通りです」


 出版業か。確かに現在、魔物が跋扈し、種族という新たな概念が生まれている。その手の情報は世界中が欲している。特にそれが新鮮な情報ならば日本中、いや世界中が飛びつくことだろう。烏丸忍達の選択は決して間違ったものではない。


「概ねっていうと他に何かあるのか?」

「魔石の採取とは関係なしに、私達にもダンジョンの上層を使わせていただきたいのです」

「その情報収集をするために俺の敷地にあるダンジョンに潜って鍛えたいと?」

「これは私の勘ですが、この変革した世界についての情報は現在最も価値があります。それを仕入れようとするんです。相当な内在的な危険が職員にはある。これ以上触れるなと脅されたりするのは当たり前、もしかしたら襲われたりもするかもしれない」

「それには俺も同意するよ」


 情報収集には危険がつきもの。それは間違いない。

 それに魔石の獲得ではなく、鍛えるということが目的なら奴らも無茶はしないだろうし、どうせ鬼沼の案だから、既に一ノ瀬も説得済みだ。一ノ瀬がパワーレベリング役をするなら俺には大して負担にはならない。

 一つ問題があるとすれば――。


「ならば――」

「その前に、本当にお前ら、それでいいのか? お前らはタレントを辞める事になっちまうんだぞ?」


 イノセンスの面子をグルリと見渡しそう尋ねる。

 こいつらの選択はある意味、時世には乗っかっている。しかし、それは今までの自分の生き方を捨てるという事と同義だ。そう簡単に納得できるとは思えない。

 夢を追えなどと綺麗ごとは言うつもりはない。ないが、無理に生き方を変えられる辛さくらい俺にだって理解できる。そんなクズのような行為に加担する気にはさらさらないぜ。


「俺達がタレントとして名を売りたかったのは、拾ってくれたおやっさんや忍さんに報いたいから。別にタレントが好きでやってたわけじゃない。忍さんや皆と一緒にやっていければ俺達は満足なのさ。なあ、みんな!」


 茶髪の青年の言葉に、


「そうね。というより最近仕事がなくて私、ファミレスのウェイトレスが本業みたいになってたしさ。今更っていうかぁ」

「僕も僕も」


 イノセンスの面々が曇りなき笑みを浮かべつつも同意していく。


「それにタレント業は一時休業するだけです。もし、雑誌の人気が出ればそこに私達が推すタレントを紹介できますし」


 こいつら自身が望んでおり、その将来のビジョンもある。なら、俺が出しゃばることではないな。


「わかった。これは取引だ。一度契約を結んだ以上、協力は惜しまないさ。だが、ダンジョンに潜るにしても、いくつかクリアしなければならない問題はある。お前たちにも可能な限り協力してもらうぞ」

「ええ、もちろんです」


 問題の一つは成長速度だ。俺の成長率が非常識に高いのはもはや疑いようのない事実。一ノ瀬のように俺の称号【系統進化の導き手】による成長率の補正を転用できれば一番手っ取り早いが、それにはパーティーを組む必要がある。その点、そのパーティーには定員があり、到底こんな大人数に転用できるはずもない。

 こいつらの中に俺の【系統進化の導き手】の称号のような種族特性を持つものがいれば一番手っ取り早いんだがな。まあ、それは追々調査していけばいい。

 それよりも当面の問題は朱里だろうな。他人が俺達の思い出の地に踏み入れていると知ればまず、強烈な拒絶反応を示す。さて、どうしたものかな。


「それはそうと、ダンジョンの修行につき、あっしに妙案がありやす」


 鬼沼君。横から余計なことを口走らないでいいから! 君が話すと状況がひたすら悪化していくから!


「妙案って?」


 俺の気もしらずキョトンとした顔で和葉が鬼沼に尋ねる。


「イノセンスのオフィスを活動の拠点とするには、ここは聊か遠すぎて不便でやんす。それに、旦那の家に寝泊まりするわけにもいかんでやんしょう?」

「あたりまえだ」


 もしそうなったら、きっと俺は朱里にお仕置きされる。あの妹殿、マジで容赦がねぇんだ。


「そこでです。私はここの隣の敷地を此度購入しやした。既に突貫工事が為されているので今月中にはイノセンスの支社が完成しやす」


 鬼沼はさも当然とでもいうかのようにスラスラと馬鹿みたいな事実を口にした。


「おいこら、小学生が駄菓子買うみたいにあっさり言うんじゃねぇよ! というか、隣の古屋を取り壊して新築をおっ建てている物好きはお前か!」


 そうだ。てっきり更地になると思っていた敷地には、巨大な建築物が目下建設中なのだ。おかしいとは思っていたが、そういうわけか。

 そういや、鬼沼って金にがめついが、基本大金持ちだよな。こいつならマジで可能だ。というか冗談を言っているようにも見えないし、真実なんだろう。


「旦那のご家族の方には、電気や水道の工事のため敷地を一時的に利用させて貰っていると説明すれば納得して頂けれるのではないかと」


 ダンジョン入り口は敷地の比較的入り口付近にある。その理由付けなら朱里も納得すると思う。それに仮に断っても鬼沼のことだ。あの手のこの手で結局認めざるを得ない状況を作り出するだろうし、何より拒絶する理由も大してない。

 俺は大きく息を吐き出すと、


「わかった。とりあえずはそれで行こう。ただし、あの場所は相当危険だ。仮に傷を負ったとしても、責任は持てん。全て自己責任でたのむ」

「は、はい、もちろんですっ!」


 烏丸忍が勢いよく立ち上がり、頭を下げると他のイノセンスの奴らも全員それにならう。

 まったく、益々、面倒なことになっちまったな。


            ◇◆◇◆◇◆



 イノセンスのメンバーの成長率補正の件については烏丸忍の選択した種族――【やり手社長】により、解決の見通しがきく。この種族の能力は社員と社長との間で成長率や功績を一定範囲で共有することにある。

具体的には社長の成長率の5%を各社員は獲得し、その個人の成長率に上乗せさせることができる。対して社員の獲得した経験値の5%を社長は獲得することができる。

 社長である忍を俺のパーティーに引き入れれば、この成長率の問題は一挙に解決する。

何より、あくまで加算方式であり、社長にも社員にも授与した方に損失は一切生じない。故に、非常に有用な種族特性であり、これにより十分な効果が見込めると思われる。

 それよりも、さらなる面倒ごとが一つ。烏丸忍たちイノセンスが帰った後も、烏丸和葉は我が家に残った。そして――。


「お前もパーティーに入りたいと?」

「うん。ホッピーの件、藤村先輩には黙ってるから入れてよ」


 にこやかな顔で暴言を吐く悪質女子高生――烏丸和葉。まったく、さらっと脅迫してきやがって。碌な大人にならねぇぞ。


「先輩、私からもお願い。私が責任をもって彼女の送り迎えはするからさ」


 一ノ瀬が頭を深く下げてくる。どうやら一ノ瀬も隣の建物の一室に転居するらしく、以後もダンジョンで修行する気満々のようだ。一週間、やけに大人しくしていると思っていたが、そういうからくりだったわけか。 

 それにしてもいつの間に二人は仲良くなったんだろうな。確かに、彼女がいれば、一ノ瀬も無茶はしないだろうし御守としては絶好の人材だが。

 だが、それはそれ。その前に和葉には大人としてはっきりさせなければならんことがある。


「だったら頼み方があるはずだぞ?」


 仮にも人の敷地を使わせるのだ。上から目線で、使わせろと脅迫するなどもっての他だろうし、安易に認めては教育上よろしくなかろう。

 うーむ、マズいな。朱里の後輩ということでお節介になりがちだ。ホント柄にもないよな。


「ご、ごめんなさい」


 俺の表情から冗談ではない旨を読み取ったのか、先ほどの余裕の表情とは一転焦燥たっぷりの顔で素直に謝ってくる。だが、悪いが彼女のためにも甘い顔はできない。


「で?」

「私もパーティーに入れてください」


 厳粛な表情で深く下げてくる和葉の頭を軽く掌でポンポンと叩くと、


「わかった。くれぐれも無理をしないことが条件だ。あと、絶対に朱里にはバレるなよ?」


 俺は大きく頷く。


「う、うん。約束する!」


 席を立ちあがり、和葉は歓喜の声を上げる。うむ。子供はやはり素直が一番だ。

 さてダンジョンで無茶されても困る。細かなルールを作るとしようか。

 俺は二人に帰るときはきちんと戸締りをするように指示を出し、二階へ向かったのだった。

 

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