第5話 イノセンスからの提案
2020年10月31(土曜日)
それからさらに数日が経過し週末の土曜日となる。
俺は、相変わらず昼間は社畜、夜は【無限廻廊】の探索に精を出していた。
食料の血液は、鬼沼経由で輸血パック1Lを10万円で購入しているが、元々小食だったせいもあり、1日50ml程度で栄養補給できている。
もっとも、やはり同じ人間の血液を飲むのはどうしても理性が拒否反応を起こす。早くクラスチェンジをしたいもんだ。
さて、今、あの地獄から生還したところだ。まだ夕方の18時であり、通常ならダンジョンでの修行に明け暮れている頃。本日早く帰還したのには理由がある。【ヒヨッコバンパイア】のレベルが15にまで上昇し【チキンショット】に次ぐ攻撃スキル――【ヒヨッコビーム】を得たようだ。なんとも不吉な響きだが解析は必須だろうと思い一時自宅へと帰ってきたところなわけ。
さて実際の解析だが――。
―――――――――――――――
・【ヒヨッコビーム(Lv1/7)】:前屈みになり両腕を十字にして、【ピヨピーヨーービーム】との詠唱により、敵を眷属ヒヨコに変えるビームを放つ。
・魔物ヒヨコ化:己の魔力の10分の1の耐魔力の魔物に対してのみ効力を発揮する。眷属ヒヨコのステータスは、元の魔物のステータスにスキル発動者のステータスの10分の1を加えた値となる。
――――――――――――――――
またこの手の冗談のような内容のスキルか。両手を十字にしてって、国民的人気を誇ったどこぞの特撮ヒーローの必殺技のパクリかよ! しかも、眷属ヒヨコに変えるときた。ヒヨコを眷属化して養鶏場でも営めと? というより、ヒヨッコバンパイアの、『ヒヨッコ』ってそういう意味じゃねぇだろ! ダメだ。おふざけ要素が多すぎて、頭がおかしくなりそうだ。
まじめに検討するのがホント馬鹿馬鹿しくなってくるが、確かに伝説上、吸血種には他者を眷属化する力あったはずだ。多分、その手のスキルなんだろう。眷属できるのがヒヨコなのは意味不明だが、ともあれ、あって悪いスキルではない。精々、利用させてもらおう。
どうれ、試しに実践してみるとするか。【無限廻廊】の地下一階へに向かう。
【無限廻廊】チュートリアル第一階を暫く彷徨うと、丁度、お手頃のゴブリンが俺の方へとこん棒を片手にやってくる。
確か前屈みになって両腕を十字にし『ピヨピヨビーム』てっ叫ぶわけだよな。マズい。これって想像以上に赤面もんだぞ。人前では極力避けたいところだ。
とりあえずやってみるとしよう。
前屈みとなり、両腕を十字にし、
『ピヨピヨビーム』
と叫ぶ。あれ? 発動しない?
『グギ?』
首を傾げるゴブリンに、
『ピヨピヨビーム! ピヨピヨビーム! ピヨピヨビーム!』
何度試みても、うんともすんともないな。
言葉の高さが足らないんだろうか。
肺に力を入れると――。
『ピヨピヨビーム!!!』
あらん限りの声を上げる。
『ギギッ!!!?』
目と鼻の先まで近づいてきたゴブリンは弾かれたように飛び抜く。
『グガッ!』
そしてまるで奇天烈な
うーむ。さっきのゴブリン、間違いなく俺を変質者認定したよな。まさか、ゴブリンにイタイ子認定されるとはな。そんなの地球人で初じゃなかろうか。
その事実に自分でも少なからずショックを受けていたのだろう。珍妙なポーズを決めたまま硬直化していると――。
「せ、先輩、何やってんの?」
背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。首だけ音源に向けると一ノ瀬が真顔で頬をヒクヒクさせていた。
「とうとう、頭がおかしくなったか……無理もない。下地は十分あったしの」
一ノ瀬の隣で黒髪美少女姿のクロノが首を左右に振って大きく息を吐き出したのだった。
それから一応新しいスキルの訓練だったと苦しい言い訳をするが、一ノ瀬から休んだ方がいいとしつこく説得を受ける。手応え的にごまかしには見事に失敗したようだ。まあ、今更、誰にどう思われようと知ったこっちゃないがね。
「で? 今日は揃いも揃って何の用だ?」
理由を即答できそうな俺の正面の席で緊張気味に畏まっている黒髪をサイドダウンスタイルにした美女に尋ねると、
「藤村秋人さん。先週は助けていただきどうもありがとうございました」
頭を下げてくる。同時に和葉を含めて他のイノセンスの連中もそれに習う。
俺の隣で得意そうに頷いている雫とソファーで寝そべって漫画を読みながらポテチをポリポリと食べているクロノを横目で見ながらも、
「やめな。今回の件は全て成り行きだ。感謝される筋合いはねぇよ」
有無を言わせぬ口調で言い放つ。
別に柄にもなく恰好をつけているわけじゃない。ここで下手に奴らを助けたと認めれば奴らに貸しをつくってしまう。先週の一件で縁を完全に切りたい俺にとってそれは断じて避けなければならない事態なわけだ。
「でもそういうわけには――」
必死の表情で口を開こうとする烏丸忍に、
「くどいぞ。この話はこれで終わりだ」
俺は強引に奴の言葉を遮った。
「わかりました。この件についてはもう話しません」
烏丸忍は、さも無念そうに大きく息を吐き出す。
「うむ、じゃあ、話は終わりだ。とっとと退散するように」
満足げに頷く俺に烏丸忍はその笑みを深くし、
「では藤村秋人さん、改めて私達の会社――イノセンスの特別顧問になってください」
額をテーブルに着くほど下げるとそんな阿呆なことを言い出しやがった。
「あ? 全力で断るぜ。俺はその手の話を聞く気はねぇと――」
「もし引き受けていただけるなら私達から進呈できるものがあります」
ふん。金か? それともブランドもの高級装飾品か? はたまた超高級時計か。
フハッ、フハハハハ! 甘い! 甘すぎるぞ! そんな物欲にこの俺が屈服するはずがなかろうが!!
「ふん! そんなものいら…………」
烏丸忍がテーブルに置いたものを視界に入れて二の句が継げなくなってしまう。
そこには俺が過去に恋焦がれていたが結局、初体験を逃していた超絶レアゲーム――【仮面英雄伝説――序章】が置いてあったのだから。
『フォーゼ』は一般に販売されるまでに既に一部から熱狂ともいえるファンがついていた。それはコミケで同人ゲームとして一本2000円で売られていたゲームソフトに起因する。
そのシリーズは序章、第一章、第二章、終章の四つのシナリオからなり、プレイ時間は各章50時間を優に超えるらしい。そして肝心のそのシナリオはまさに神ゲーの名にふさわしいもの! そんな隠された名作としてマニアの間では語り継がれているが、市場にたった数十本しか出回っていないのだ。俺なんぞ情弱者が手に入れられるはずもなく、とっくの昔に諦めていたものだった。
「いやー、苦労しましたよ。知り合いのゲーム販売店のオーナやネット通販業者の社長に手あたり次第、電話をしてどうにか確保できました」
忍は腕を組むと自慢げに何度も頷く。
「か、勘違いするな。まだ受けるとは――」
「そうですか。なら仕方ありませんね」
忍はさも残念そうに【仮面英雄伝説――序章】のソフトに手を伸ばそうとする。
「待ったぁ!!」
咄嗟に【仮面英雄伝説――序章】を握る忍の手を持って止める。
「でも、引き受けていただけないようですし、このソフト、直ぐに元の持ち主に――」
「す、少し考えさせてくれ」
忍の細い右手を握りつつも懇願の言葉を吐く。
「はい。構いませんよ」
にっこりと烏丸忍は笑みを浮かべ大きく頷く。
どうする? どうする!? ここで引き受けねばこのソフト一生プレイできる自信はない。
しかし、こいつらは鬼沼の関係者。これは俺の勘が言っている。ここで引き受ければ非常に面倒なことに巻き込まれると。そうはいっても、ここで断ったらきっと二度とプレイできないぞ?
マズいな。打開策が見当たらない。
だが、この藤村秋人、女狐の誘惑に負けていると思われるのもしゃくだ! ここは毅然とした態度を示すときだろうさ。
「えー、烏丸忍様、当方といたしましてはですね。可能な限りご希望に沿いたいとは思っております。しかしやはり、流石に私は既に阿良々木電子という歴とした会社に所属してるわけでして――」
揉み手で笑顔を作りながらも断固とした意思を示すが、益々烏丸忍の笑みが強くなる。
「そうですか。残念です。もし引き受けていただけるなら、近々、【仮面英雄伝説】の第一章、第二章、終章も差し上げることができますのに」
「一章、二章、終章ぉぉぉぉ!!?」
思わず立ち上がり、絶叫していた。これは流石に誘惑云々の話ではない。率直に言ってシリーズを通してプレイできるなら、俺は悪魔にですら魂を売ってやる。
「それでは皆さん、帰りましょう」
ぞろぞろと立ち上がろうとする奴らに、俺は歯ぎしりをしながらも、
「まて」
呼び止める。
「しかし、交渉は決裂したわけですし……」
勝ち誇った笑みを浮かべている烏丸忍に大きく息を吐き出すと、
「あんた本当に性格最悪だな。とても優斗の母親だとは思えねぇよ」
負け惜しみの言葉を吐き出した。
「よく言われます」
「だろうな」
「それで引き受けていただけるんで?」
「ああ、わかったよ。顧問にでもなんでもなってやる。ただし、あくまで俺ができる範囲でだ? それでいいな?」
「もちろんです」
一斉に歓声の声があがる。さっきまでの死地に赴く軍人のような顔から一転、全員興奮気味に頬を緩ませている。
「話がまとまったようですし、具体的な話に入らせていただきやす」
「そうだな。じっくり聞かせてもらうよ。黒幕さん」
ちょびちょびと一ノ瀬が入れた茶を飲んでいた鬼沼に目一杯の皮肉を口にするが、
「さてさて、何のことやら」
鬼沼は、凶悪な笑みを顔一面に浮かべて話始める。
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