第3話 ガラパゴス


2020年10月26日(月曜日)


 帰宅する途中、我が家の目と鼻の先の敷地にあった古屋が取り壊されているのが目に留まる。ここは大分前から空き家として放置されていた。大方、更地にして売りにでも出されるのだろう。まあ、こんな不便極まりない土地を買うようなもの好きがいるかはわからんがね。

 家につき次第、【無限廻廊】に直行する。さて、本日からは本格的な【第二層】の攻略となる。何せ先週は一ノ瀬のパワーレベリングに集中していたこともあり、まったく下層を確認すらしていなかったのだ。

 【無限廻廊】βテスト、第一階の地上前広場の床には、紅の二つの魔方陣が絶えず回転していた。

 一つがβテスト第10階の広間。

 二つ目が【第一層――草原エリア】の各セーフティーポイント。これは足を踏み入れると、今迄訪れたセーフティーポイントのテロップが出て、それに触れると特定場所に転移される仕様になっている。

 【第一層――草原エリア】の最終試練の間へと転移する。

 あの階段を下ると【第二層――ガラパゴス】となる。名前から言って嫌な予感しかしない。加えてこのダンジョン作成者の異常性を鑑みれば、大方中は馬鹿馬鹿しい非常識のオンパレードだろうさ。

 むしろ、第一層がただの草原エリアだったこと自体が驚きだ。多分、第一層はダンジョン作成者にとってのチュートリアルモード。第一層でしっかり学んで頑張ってね。そんな不愉快な意味合いが強いんだと思う。

 第二層へ向かう前に、まず俺の種族についてだ。


―――――――――――――――

種族――【ヒヨッコバンパイア】

・説明:不死種の中でも伝説の種族吸血鬼の末席。心臓、脳を完全破壊されるか、首を切断されない限り死ぬことはない。ただし、食料は人間種の血液のみしか受け付けず、日光に長時間当たると燃焼してしまう。

・種族系統:バンパイア(不死種)

・ランク:E

 ――――――――――――――――


 不死特性を得たってわけか。このイカレきった世界ではまさに最上位の種族特性だ。

 太陽が弱点となるのと、食料が人間の血液になるデメリットはあるが、これは種族を極めれば克服できる可能性がある。次のランクアップまでのレベルは30。今は一刻も早くレベルを上げて次の種族へランクアップするべきだろうな。

 では実際のステータスだが――。

 マジかよ。平均700。一気に100も上昇している。おそらくだが、人と人外とではそれだけ成長スピードが違う。そういうことなのかもしれない。

 

「じゃあ、そろそろ行くぞ」

『妾、急に腹が! 少しここで休んで――』


 この期に及んで逃げようとするクロノの首根っこを掴むと俺は、下層への階段を下って行く。



 第二層――ガラパゴス


 俺が転移したのは透き通るような青い海に囲まれた真っ白な砂浜だった。背後には生い茂る密林が広がっている。流石に、いかだを作って海を渡れとか無茶苦茶いうわけではないだろう。

 とはいえ、あの密林の中を進軍しろということなんだろうし、どっちもどっちかもしれんわけだが、あの天敵太陽が防げるだけまだジャングル内の方が幾分ましかもな。


「クロノ、銃化しておけ。ジャングルに踏み込めばすぐに戦闘になる」


 これは俺の勘だが、外れていないと思う。


『うへー、アキト、少しここで休んでから――ぃっーー!!?』


 馬鹿猫のヘタレ根性丸出し発言は最後まで続かない。

 無理もない。俺達の背後に広がる沖の海面から冗談みたいに巨大なナマハゲがぽっかりと顔を出していたのだから。


『ぐひひっーーふひひひひひひひひっーーーーーーーー!!』


 下品な笑声しょうせいを高らかに上げながらも、こちらに身体をくねらせて高速で泳いでくる巨大ナマハゲ。


『キモッ! なんでこのダンジョンは、この手のキショイイベントが山盛りなんじゃ!!』

「ほんと、それなッ!」


 悲鳴のような声を上げて銃化するクロノを右手に握りしめて、俺は密林内へ向け全力疾走を開始した。



 命からがら密林へ転がり込み、起き上がろうとしたとき目の前に立つ無骨な立て札。そこには、『オネエ蜘蛛のその』という不吉極まりない文字が達筆で描かれていた。


「これ、どうにも嫌な予感しかせんぞ」


 案の定、周囲から聞こえてくる耳障りな音。そして俺の数メートル前にボトリと落ちる奇天烈な物体。奴は俺たちに、ニターとその顔を愉悦に歪める。


『またぁっ!!?』


 そんなクロノのある意味、切実な絶叫を契機に再び俺達の逃亡劇が始まる。

 


 俺は思うわけよ。このダンジョン作成者、マジでどういうテンションでこれをつくってんだろうな。

 いやね、今更だっていうことは嫌というくらいわかってるんですわ。でもさぁ、こうも毎度毎度、けったいなものに追い回されれば、愚痴の一つくらい言いたくなるってもんだろ?


『キモッ! キモッ! キモイのじゃ! キモすぎるのじゃ!!』


 泣きべそをかくクロノの銃口を今も俺達の後を追う無数の蜘蛛に向ける。銃弾は、その蜘蛛の青髭を生やしたおっさん顔にぶち当たり、真っ赤なトマトのように弾け飛ぶ。


『ひぃ!!』


 数回、ビクンビクンと痙攣した後、粉々の粒子になる蜘蛛モドキを目にし、クロノは小さな悲鳴を上げる。

 解析の結果――。


―――――――――――――――

オネエ蜘蛛:女郎蜘蛛科の亜種。男の血肉を好み、集団で襲ってくるぞ。

ステータス:筋力 728 耐久力520 俊敏性712 魔力20 耐魔力500

 ――――――――――――――――


 と実にはた迷惑な表示がされていた。

 女郎蜘蛛を騙るなら、せめて顔くらい美人の姉ちゃんにしてくれよ。捕まって齧られるにしても、おっさんよりは若い美女の方がなんぼかましというものだ。

 

「キリがないな」


というか馬鹿馬鹿しくなってきたぞ。


『アキト、なぜ止まる!? 早く逃げねば!!』


 立ち止まる俺に、焦燥たっぷりな声を上げるクロノを無視し大きく息を吸い込むと【千里眼】を発動する。

 忽ち俺たちをグルリと包囲する馬鹿馬鹿しい数の【オネエ蜘蛛】ども。

 肩の力を抜き精神を鋭く、糸のように細く絞って行く。


「ブチ殺す」


 俺はクロノのグリップを握り直し、左手からナイフを抜くとそう宣言する。

 次の瞬間、周囲から殺到する蜘蛛モドキども。俺は荒れ狂う獰猛な敵意にその身を任せた。


 

 現在、地面に両膝を付きつつも、肩で大きく息をしている。

 周囲に散在する多量の【オネエ蜘蛛】の魔石とドロップアイテムの【身代わりかんざし】。

 恰好をつけてみたはいいが、流石にこの数はないな。いつ死んでもおかしくなかった。

 いやというより、両腕、両足は何度も千切れそうなったし、腹部には数回大穴が開いているんだ。不死属性がなければ当の昔に死んでいたぞ。

 【社畜の鑑】の称号は、眠くならないだけで精神はしっかり摩耗する。今は猛烈に休みたい。たとえ眠れなくても今晩はベッドの中で横になっていたい気分だ。

 立ち上がるとふらつく足取りで地面に転がる魔石やらドロップアイテムの簪やらをアイテムボックス内へ収納し歩き出す。


 少し進むとひしめきあっていた樹木続きの緑の海が開ける。

 そこは半径100mほどのサークル状の更地。その中心には、古ぼけた一軒のログハウスがドンッと鎮座していた。

 都合よく天敵である頭上の太陽は雨雲により遮られ、土砂降りとなった雨が肌を打ち付ける。それがこの上なく気持ちよくて暫し顔を天に向けて雨に打たれていたが、


『早くあれに入るのじゃ。妾、もう疲れた』


 クロノの意気消沈した切実な懇願の言葉に、俺も無言で同意すると気怠い身体に鞭を打ってログハウス内へと足を動かす。


 ログハウス内は予想していた空間の軽く数倍にも及んだ。どう考えてもあの小さなログハウス内にこの広さは収まりきらない。これだけでも最上の怪奇現象だが――。


「またかよ……」


 俺の口から洩れる諦めの言葉。

 部屋の中心には上半身が胸毛の生えたマッチョな女装男、下半身が蜘蛛の化物が王冠と真っ赤なマントを被って佇んでいた。

 突如、《セーフティーポイント解放のため、小エリアボス――【オネエ女王蜘蛛】との戦闘が開始されます》とのテロップが脳裏に浮かび上がる。


『あらん!? あらぁーん!? あらぁーーーーん!!?』


 【オネエ女王蜘蛛】が身体をくねらせながらも空気を震わせる咆哮をし、


『もう、もう、もう、もう、いやじゃぁーーーー!!!』


 クロノの叫泣がログハウスにむなしく反響したのだった。



 何度も死にかけるも逃亡、再挑戦を繰り返し、ようやく奴の脳天に弾丸をぶち込んで俺達は勝利をもぎ取った。というか、このダンジョン、不死属性って必須だよな。もし今の種族選んでいなかったらと思うと心底ゾッとするわ。

 そんなわけで無事、自宅に戻ってきたわけだが、


『うふっ! いひひひひっ! クズ蜘蛛は死ね! 死ね! 死ねぇ!!』


 頭の配線がぷっつり切れてしまった馬鹿猫が一匹、虚空を眺めつつも、幻相手に軽快なフットワークを披露していた。


「おい、クロノ、妄想に浸るなら自分の部屋でやれよ」

『死ね、死ね、死ね、死ね、死ね……』


 ダメだ。俺の声が微塵も届いちゃいない。そのうち帰還するだろうし、ことさら害はない。放っておこう。

 たった一晩でレベルはモリモリ上昇し8まで上がっている。この成長スピード。【成長の狐面】のせいか、それとも敵が異様に強いからか。まあ、あれだけ死にかけたわけだしそのくらいのブーストをかけてもらわねばやっていられんわけだが。


――――――――――――――

〇名前:藤村秋人

〇レベル(ヒヨッコバンパイア):8

〇ステータス

 レベル 8

 ・HP    4000

 ・MP    3000

 ・筋力   1061

 ・耐久力  1000

 ・俊敏性  1065

 ・魔力   1130

 ・耐魔力  1100

 ・運    700

 ・成長率  ΛΠΨ

 ――――――――――――――――


 とうとう、ステータス平均1000を超えちまったよ。低かった魔力と耐魔力が著しく上昇しているのはバンパイアという種族特性故だろう。日光で燃える、食事が血液に限定されるというデメリットはあるが、それを十分補うほどのメリットがこの種族にある。

 もっとも、このチート極まりないメリットでさえも、このダンジョンでは十分な命の保証をしてくれるわけではない。

 俺が好きなのはゲームであって、実際に命懸けの冒険をしたいとは夢にも思わない。仮にそれを心から望むのならば、それは頭の天辺から足の指先まで狂った化物だけだ。

 俺が今修行に明け暮れる理由はただ一つ。この世界の狂ったことわりのため。

 こうも短期間に現実世界で複数のクエストに遭遇しているのだ。このゲームを仕組む【運営】とやらに、俺は恰好の玩具認定されてしまっている。このまま、平穏な生活に戻れば十中八九俺は死ぬ。

 それだけは御免だ。というより許されない。俺のこのちっぽけな命を救うために、本来死ぬべきではなかった大切な命が失われたんだ。無様にみっともなく、老いて朽ち果てるまで俺は生き続けなければならない。それが俺の唯一の義務であり約束。

 つまりだ。実に不愉快で微塵も納得はいかないわけであるが、今は日々鍛えぬくしか俺には術がない。

 もっとも、今晩は既に十分鍛えぬいたし、休息もとらねばまいってしまう。

 睡眠は【社畜の鑑】の効果により、僅かで全快できる。ならば寝た後、浮いた時間で【フォーゼ――第八幕】でもプレイするとしよう。

 俺はベッドにダイブし瞼を閉じる。意識は深い闇の中に沈んでいった。

 

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