第2話 研究依頼
日差しが暖かい。いや、熱いな。まるで熱い温泉につかっているかのようだ。今って夏終わってたよな? いや、日差しにしては熱すぎるような。むしろ熱したヤカンを押し付けられている気が――。
「あちちちっ!!」
朦朧とする意識の中、ベッドから飛び起きて床に転がり、日陰へ逃げ込む。
本能でわかる。あの光はマズい。というか怖い。ずっと浴び続ければ火傷する、いや燃えるな、きっと……。
身体を精査してみるが、外見は大して変わっちゃいない。唯一上顎の犬歯がやたらと長くなっていたことくらいだ。色々実験は必要だ。でなければ怖くて外にでられない。
実証実験をしてみた結果、いくつかの事実が判明する。
一つは、日の光は直接浴びなければ火傷はしないこと。より、具体的にはフード付きのジャケットを深くかぶっていれば問題はない。
此度の事件で獄門会から一ノ瀬家に金銭は全額戻されるらしい。俺が一ノ瀬家に預けた金も返済されるだろうし、それで遮光仕様の中古車を購入してみるのもいいかもしれない。早速今晩、鬼沼にでも相談してみるとするか。
二つ目は食事。とにかく飯が糞マズくなっていた。まるで味のしない粘土を食っているかのような独特な不快感。とてもじゃないが食えたもんじゃない。血液を飲むしかない。これも、鬼沼頼みだ。
スーツの上からフード付きのジャケットを着こむという違和感ありまくりの様相で会社のオフィスに到着する。
『アキト、そなたから悪臭がする!』
クロノが器用にも左手で鼻をつまみ、右手をパタパタさせる。
「それはそうだろうな。おっさんだからな」
もう、俺も32歳。加齢臭の一つはするだろうぜ。まあ、だからどうしたって話なわけだが。
『むう、そういう意味ではないのだが。まあいいのじゃ。そのうち慣れるじゃろ』
そういうとクロノは俺の肩で蹲る。意外だな。そんなに臭いならてっきり、一ノ瀬か雨宮のところに退避するとでもいうと思ったんだが。まあ、会社でクロノがどこにいようと別にどうでもいいか。
それから数日が過ぎた。相変わらず一ノ瀬の俺への距離感は近すぎて営業部でも当初、噂になっていたが直ぐに誰も口にしなくなる。
その理由は、一ノ瀬と俺がただのゲーム系のオタ友だとわかったから。
一ノ瀬は一定以上仲が良くなるといつもこんな感じだ。ただ、異性の友人が会社内にはいなかったから特別奇異に映ったに過ぎない。根掘り葉掘り尋ねられるのにうんざりしていた俺は、同じ【フォーゼ】につき意気投合したと伝えた途端、誰もがこの説明に納得し、俺達に関し異性の仲だと考えるものはいなくなる。
まあ男とみられていないのは多少複雑な心持ではあるが、実際その通りだろうし別にいい。それに、一ノ瀬の会社の同性の同僚からの遠慮もなくなり、俺は普段の平常を取り戻した。
それよりも今は――。
「本日はハンバーグさ。さあ、食べてくれたまえ」
今、最近日課となった雨宮の手作りの弁当の方がよほど頭を悩ませている。
「サンキュ」
礼を言い口に含む。やはり粘土を齧っているような苦くパサパサした何とも形容しがたい触感。
「美味しいかい?」
不安そうに見上げてくる雨宮に頬を緩めて、
「ああ、美味い」
ただそれだけ答えると、勢いよく料理を掻きこんだ。流石の俺もわざわざ他人の親切に泥を塗るような態度はとれない。
この種族特性、日の光はもちろん厄介だが、食事がまともに取れなくなるのが一番つらい。
第一、食事が血液ってどうよ? 食費もかさみまくるし何より日常的に飲んでいると、精神的に病んできそうだ。さっさとレベルを上げてこの傍迷惑な種族とはおさらばするのが吉だろうよ。
「よかった。先輩はいつも勢いよく食べてくれるから作り甲斐があるよ」
雨宮の嬉しそうな顔を見ると僅かに心が痛んだが、それでも俺には嘘をつきとおすしか方法はない。雨宮は数少ない俺の友。彼女を傷つけるなどもってのほかだから。
「それはそうと、お前どんな種族にしたんだ?」
俺の素朴な疑問に雨宮は少しの間、指を絡ませていたが、
「け、研究系の種族だよ」
だとすると、雨宮の容姿の成長は、その研究職にあるわけか。多少違和感があるが、彼女が偽りを述べる意義を見出せん。そうなのだろう。
「そうか、ならこの石について少し調べちゃくれねぇか?」
予めてポケットに忍ばせていた【荒魂】を取り出し、雨宮に渡す。
【荒魂】を一目見て雨宮から笑みが消え、代わりに眉根を寄せて顔を厳粛したものへと変える。
「先輩、この石をどこで?」
「それは企業秘密だ」
まさか、クエストで獲得したアイテムだともいえんしな。
「先輩、また危険なことしているのかい?」
今迄のご機嫌な様子から一転、顔を
「心配すんな。そんなんじゃねぇよ。知り合いから鑑定を頼まれただけだ」
心にもない言い訳をする。
しばし、雨宮は俺の顔をまじまじと眺めていたが、安堵の表情を浮かべ、
「わかった。承ったよ。今の研究の合間で構わないかい?」
大きく頷くと了承してくれた。
「もちろんだ。仕事優先で頼む」
雨宮にひたすら感謝しながらも、残った弁当を俺は喉に流し込んだのだった。
既に午後11時を過ぎている。この異常事態に慣れてきたせいか会社も次第に以前のような無茶な仕事を押し付けてくるようになった。遠からず普段のブラック企業へと逆戻りすることだろうさ。
当然のごとく正面玄関は締まっている。裏から退出するしかない。
「おやっさん、お疲れ様っす!」
中肉中背の警備員の制服をきたオッサンに社員証を示して、快活に挨拶をする。
この人は勘助さん。俺が入社してからずっとこの会社で警備員をしている人だ。
若い頃、ひどい失敗をしたり、会社での嫌がらせに落ち込んでいたとき、何度も話を聞いてもらったことがある。俺にとっては恩人に等しいひと。
「遅くまでご苦労さん。寒くなってきたし、風邪ひかんようにな」
「おう、おやっさんも、もう年なんだし無茶はするなよ」
右手を上げて挨拶をする。
「バーロー、年は余計だぜ、と言いたいところだが、確かに最近持病の腰の調子がなぁ。年波には勝てねぇよ」
顔を顰めて腰をトントンと叩く勘助さん。そういや、ダンジョンの魔物のドロップアイテムに、【ポーション】があったな。
ポケットに手を入れて、アイテムボックスから【ポーション】を取り出し、
「それ、腰の滋養に効くぜ。痛くなったら使ってくれ」
テーブルに置く。
おやっさんは微笑むと、
「ありがたく使わせてもらうぜ。ありがとうよ」
【ポーション】の瓶を手に取ると快活に笑ったのだった。
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