第3章 スローライフ的日常と異形種解放戦線編
第1話 戦勝確認
朝起きると自室だった。
ふむ。怪人こんもり男とかいう化物との戦闘の途中から記憶がないぞ。ここにいるってことは勝利したんだろうが、正直あのまま死もあり得たかと思うとゾッとするな。マジで戦闘中心の種族へのランクアップは必須だろう。
ベッドから起き上がり着替えると一階へ向かう。
「先輩、おはよ」
居間に入ると両手に料理の盛られた皿を持つエプロン姿の雫がパッと顔を輝かせて挨拶をしてくる。
「おう」
「雫に朝食を作らせて、自分はぐうすか寝ているとはいい御身分じゃな」
フォークとナイフを持って足をバタバタさせつつも、涎をたらしてテーブルに置かれた皿に視線を固定させている妖怪馬鹿猫娘に、
「ふむ。食っちゃ寝しかしてねぇ駄猫にだけは言われたくねぇ台詞だな」
当然の返答を口にする。というか、お前、行動と言葉が釣り合ってねぇぞ。
「何じゃとぉっ!!」
「はいはい、喧嘩はお終い。食べよう」
皿を並べ終わると雫も座り、俺達は食べ始める。
それにしてもよほどぐっすり眠っていたらしいな。【社畜の鑑】の称号も一度眠ったものを起こしてくれるような便利機能はない。要は寝なくても疲れないだけなのだ。とはいっても、眠らなくても疲れないという作用の付属的効果からか、眠っても数時間程度で目が覚めてしまっていた。ここまで起きなかったのは、種族進化のときくらいだ。何か理由があるのかもしれん。
まあ、おいおい、調べて行けばいい。今は獄門会の処理だな。現在、午前10時。もうあと、二時間ほどで奴らの本拠地へ襲撃を掛ける。
「奴らの犯罪の証拠は?」
「心配いらないよ。既に警察に渡してあるから」
警察に渡した? 当初の計画では俺が獄門会の本拠地を襲撃している間に、警察に奴らの犯罪資料を渡す手はずになっていたはず。
「一ノ瀬、お前――」
俺が口を開こうとした。そのときけたたましく呼び鈴がなる。
重い腰を上げて玄関口へ行くと、痩せ細った丸いサングラスをしたおっさんが、薄気味の悪い笑みを浮かべて一礼してきた。
「旦那、昨日はご苦労様でやんした」
「心にもねぇ気遣い痛み入るよ」
そもそも、全てお前が仕組んだことだろうが。
「では、少しお邪魔してよろしいですかな?」
「ああ、好きにしな」
ここまで来て追い返しても俺には何のメリットもないしな。
鬼沼はリビングの俺達が座っているテーブルの空いている席に腰を下ろすと、リズムカルに机を指で叩く。
こいつのご機嫌な様子からも目下、鬼沼の思惑通りの展開に事が動いているんだろう。
まあ、こいつは情より利益。それ以外のことに頓着はしていない。今この状況で奴が俺を裏切るメリットはない。今はまだ過度に奴を警戒する必要はない。
それはそうと。そろそろ、獄門会を潰しに出かける時間だ。お茶を飲んだらとっとと帰ってもらうとしよう。
「それで旦那。もうテレビは見やしたか?」
「テレビ?」
咄嗟に俺から視線反らす一ノ瀬にふつふつと強烈な悪寒が鎌首をもたげ、リモコンでリビングのテレビの電源を入れる。
『獄門会の本部が燃えております!!』
心の高ぶりを抑えきれないアナウンサーの乱れた音声が居間に反響した。
そのテレビの中心では、今も口から火を噴いている巨大蜥蜴の化物が映し出されていた。
おいおい、これって何かの怪獣映画の特撮かよ。
『ただいま、堺蔵市上空からお伝えしております。今、警視庁からあの化物――失礼いたしました。今も獄門会本部を制圧中の人物は警視庁から選抜された特殊部隊の隊員であるとの発表がありました』
アナウンサーが興奮するのも頷ける。あれは制圧というより、もはやただの破壊活動だ。
現にもはや建物など原型すらもとどめちゃいないし、特撮映画で怪獣が暴れ回っているようにしか見えん。
そして俺にも色々不自然だったことの顛末がおぼろげながらに見えてきた。
「あのタイミングでの獄門会の襲撃に、まるで待機していたかのごとき警察の迅速な対応。そしてこの警察の獄門会本部の急襲。お前、全部仕組みやがったな?」
「いえいえ、それは買いかぶりというものでやんす」
満足そうに鬼沼は、俺の予想通りの返答をする。
やっぱ、お前が素直に話すわけないよな。俺を釈放したときも警察に裏から手を回した様だったし、警察にこいつなりのコネでもあるんだろう。まあ、確かに俺には関係ないか。
それにしても行動が早い。いくら一ノ瀬が資料を渡したとしても裏付け調査にもっと時間がかかってもよいはずだ。
おそらく、一ノ瀬が警察に提出した資料と俺が捕縛した奴らからの供述が一致したこともあるのだろう。和葉の拉致事件で決定的ともいえる確証を得たってわけだ。奴らにとってはまさに身から出た錆だろうさ。
もっとも、それを鑑みても今回警察の行動は聊か慎重さを欠く。警察からすれば焦って行動に移す理由がない。ゆっくり時間をかけて獄門会の連中を追い詰めていけばいいのだ。なのに、一部から批難を浴びそうな強引な取り締まり劇。
他に理由があるのは間違いないが、二人がこの状況で俺に正直に話すとも思えない。まあ、結果的に獄門会という害虫が俺の周りから消滅したんだし、喜ぶべきなんだろう。
「ともかく、これで事件は解決した。一ノ瀬、お前も今日からマンションに戻れ」
獄門会の残党からの逆恨みの危険はそれなりにあるが、そもそも一ノ瀬は表立って動いておらず奴らに認識されていない。それに、既に一ノ瀬の強さは、
「うん。そうするよ」
一ノ瀬はダンジョンの攻略に凝りに凝っている様子だった。だから、てっきり、「えー、まだ獄門会の残党がいるかもしれないよ?」とぶー垂れるのかと身構えていたが、あっさりと了承してくれた。そのはずなのだが、何だろう。この強烈な悪寒は?
「お前ら、何か企んでないか?」
「ううん。別にぃ」
いたずらっ子の様な笑みを浮かべる一ノ瀬に、
「まさかまさか」
大袈裟に首を左右に振る鬼沼。絶対にこれ、何かあるな。
とはいえ、尋ねても二人とも答えそうもないし、また我が家が静けさを取り戻すんだ。ここは素直に喜ぶべきところなんだろうさ。
「ならいい」
俺は不吉な予感を無理矢理隅に追いやると、茶を喉に流し込む。
一ノ瀬と鬼沼が帰ったので、直ぐに自室に戻る。
馬鹿猫はさっさとあてがわれた自室へ戻った。今から引き籠って最近覚えたネットサーフィンでもしているんだろう。あいつ、最近冗談じゃなく引き籠りっぽくなってきたよな。
それより、今回の戦勝確認だ。
微塵も記憶にないが、あの
―――――――――――――――
・【ダーウィン】がレベル20となり称号――【系統進化の導き手】を獲得いたしました。
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今回、スキルは獲得できないのかとか色々つっこみどころは満載だが、一番の疑問はなぜ、レベル20で称号を獲得できるんだってことだ。おまけに、もう一つのテロップはランクアップ特典について。確か俺の次のランクアップに要するレベルは30だったはず。
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〇名前:藤村秋人
〇レベル(ダーウィン):20
〇ステータス
・HP 2400
・MP 1800
・筋力 588
・耐久力 594
・俊敏性 598
・魔力 580
・耐魔力 588
・運 482
・成長率 ΛΠΨ
〇権能:万物の系統樹
〇種族:【ダーウィン】(ランクF――人間種)
ランクアップまでのレベル20/20
〇称号:
・【社畜の鑑】
・【世界一の臆病なプロハンター】
・【ヒーロー】
・【系統進化の導き手】
・【業物を持ちしもの】
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どういうことだ? ランクアップに要するレベルが20になっている。心あたりにはいくつかある。
まずは、この【系統進化の導き手】とかいう称号だが。
…………………………………………
称号――【系統進化の導き手】
・成長の系統樹:成長率をパーティー(眷属も含む)内で最も高い者の値に同期させる。またパーティー内でダーウィンの称号ホルダーの有する称号を一つに限り他のメンバーにも使用させることが可能となる。ただし、本称号及び称号使用者が選択したことのない種の称号はその限りではない。
・【進化の系統樹】:称号保持者の進化先は大幅に拡充される。
・パーティー編成(定員10名):一ノ瀬雫
・眷属:五右衛門
…………………………………………
パーティーの定員数が大幅に増え、さらに進化先についての選択肢が増加した。
二つとも相当強力な恩恵だが、ランクアップのLvを早める効果まではない。これじゃないな。
とすると、【ヒーロー】の称号だろうか。【新米ヒーロー】が消えてこれに変わっているし、クエストクリアで進化でもしたんだろう。
…………………………………………
称号
・【ヒーロー】:成長率を僅かに上昇させる。
…………………………………………
成長率の僅かの上昇か。HPとMPの上昇よりは有用性が高いが、やはり種族を極めた時の恩恵と比較し、大したことはないな。
さて困ったぞ。結局、どれもランクアップを早める効果などない。あと考えられるのは、新アイテムなどを得たことだが……。
アイテムボックス内を確認すると、目新しいものは二つ。
一つは、【荒魂(悪)】とかいう中二病全開の名前のアイテム。
―――――――――――――――
・名称:荒魂(悪)
・説明:――王の魂の欠片。――――テム。 ――――の用途に――れる。
・アイテムランク:神話(6/7)
―――――――――――――――
プロテクトでもかかっているのか、所々、文字化けしておりほとんど理解不能だ。とりあえず、これの調査はあとでじっくりすればいい。
もう一つは――。
「これが原因か……」
アイテムボックス内にあるはずの【黄泉の狐面】は【成長の狐面】へと置き換わっていた。
取り出して精査するが、外見上は全く変わらぬホッピーの仮面。
―――――――――――――――
・名称:成長の狐面
・説明:所持者の成長率、ランクアップ速度を著しく向上させる。ただし、所持者は初めて触れたものに固定化される。
・アイテムランク:神話(6/7)
―――――――――――――――
【黄泉の狐面】も相当アレだったが、これは輪をかけてチートだ。バランスブレイク的な匂いがプンプンする。まあ、役に立つんだ。こしたことはないか。
さーて、理由が判明したことだし恒例のランクアップだ。
―――――――――――――――
★ランクアップ特典!!
【万物の系統樹】により【ダーウィン】レベルが20となり、ランクアップの条件を満たしました。以下から、ランクアップする種族を選択してください。
・ハーレム王(ランクE――人間種)
・ラッキースケベキング(ランクE――人間種)
・ヒヨッコバンパイア(ランクE――不死種)
――――――――――――――――
マジでろくなのねぇよな、おい! 雫の種族は怪盗に下忍。メッチャ格好いい主人公っぽい種族なのに、俺のはまさにギャグ。しかも相当お下劣な部類のもの。
予想ではこの【ハーレム王】が【ダーウィン】の上位種族の位置づけなんだと思うが、選択する気にはどうしてもなれない。
よりひどいのはやっぱ【ラッキースケベキング】だ。つーか役に立ちそうにはどうして思えない。
最もましそうなのは、【ヒヨッコバンパイア】だ。だが、ヒヨッコだし、バンパイアのデメリットはしっかり受け継いでそうだ。人間の血液をごはんにするなんてことになるのかもな。
そういや、一応、追加テロップがある。
――――――――――――――――
称号――【系統進化の導き手】の【進化の系統樹】の効果により、未選択の分岐の基礎となる種族へ回帰することができる。ただし、一度未選択の種族に戻った場合、現在の系統樹には二度と戻れない。
――――――――――――――――
なるほどな。過去に選択しなかった系統樹に戻れるが、一度戻ると二度と今迄歩んできたルートには回帰できない。
大分、このシステムが見えてきたぞ。可能な限り限界まで系統樹を進めて、それから戻る。これが最も効率がいい。要するにこの【進化の系統樹】を使うのは時期尚早という奴だ。
今俺は力を欲している。一定の条件を満たせば、【ハーレム王】や【ラッキースケベキング】ではなく、【ヒヨッコバンパイア】を選択すべきだ。
それにバンパイアは最低の『ヒヨッコ』でランクがEなのだ。上位になれば相当強力になるのは確実。一度バンパイアを極めてみるのもいいかもしれない。
鬼沼に電話し、新鮮な輸血パックを購入できるかを尋ねるとOKの返答を得た。これで当面の食料は手に入れた。あとは日の光だけだが、まあ何とかなるだろう。最悪、病気を理由に死ぬほど貯めた有休を消費しつつも、ダンジョンに籠ってレベルを上げつつも種族を変えていけばいい。
ベッドに横になり【ヒヨッコバンパイア】を選択すると俺の意識はストンと落ちていく。
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