第15話 絶望から生まれたクエスト


「猿渡をやったのはわりゃーか?」


 眉をしかめて俺を威圧し、油断なく日本刀を上段に構えながらも、大井馬都おおいばとは俺に尋ねてくる。


「そうだぜ。あのボンボンから伝言は聞いてんだろ? せっかく俺がやった慈悲を自分から投げ捨てやがって。そんなに地獄に行きたいかよ。マジでお前、理解不能だわ。というか、馬鹿だろ?」


 ありったけの侮蔑の言葉を吐き捨てる。別に俺の華麗な計画を台無しにされたことでの八つ当たりではないぞ。そう断じてだ。

 怒りゆえか、既に奴の全身は茹蛸のように真っ赤に染まり、顔中に無数の血管が浮き出ている。


「死ねぇ!!」


 奴はガラスが飛び散る床を蹴り、日本刀を片手に俺に向けて突進してくる。


「おうおう、早い早い」


 実際には欠伸が出るほど鈍重だった。


「ほれほれ、もう少しだ。頑張れ、頑張れ」


 大井馬都の放つ日本刀の斬撃を鼻先一つで易々と避けていく。

 無理もない。奴の平均ステータスは28。一般人よりは多少強いが、雫や五右衛門にすら及ばない。数か月前ならこいつは、日本でも有数の武力を持つ超人だったのだろう。だが、この変質した種族至上主義社会では、ただの凡庸な一人にすぎんのだ。


「嘘だろ、組頭の斬撃をことごとく躱してやがる」

「な、なんで当たんねぇんだよ!」


 決まってんだろ。お前らが弱いからさ。

 そろそろ、飽きてきたし、終わりにしようか。

 奴が渾身の力で放った太刀を左手の親指と人差し指で掴み取る。


「んなっ!?」


 驚愕に目を見開く奴を尻目に俺は、奴の右手首に右の拳打を食らわせた。

 グシャッと奴の手首の骨が粉々に砕ける感触。


「がっ!!!」


 日本刀を床に落とし苦痛に顔を歪める奴を無造作に蹴り上げる。


「ごっ!!?」


 大井馬都おおいばとは、凄まじい速度で幾度も回転しながらも、遠方の烏丸家の庭の塀に背中から衝突する。

 俺は、こぼした奴の日本刀を足で引っ掛けて持ち上げて右手でその柄を握る。ただそれだけの仕草だけで居間に踏み込んでいたゴロツキ共は僅かに後退した。


「くそぉっ!! 撃てぇ! 撃てぇ!!」

 

 そして、No.2と思しきスキンヘッドの男のやぶれかぶれの声。

 俺は地面を蹴ると銃を構えるゴロツキ共の間を縫っていきその銃身を真っ二つに切断し、腹部に左拳を叩き込む。

 トリガーを引く間すらも与えられずバタバタと倒れるゴロツキ共。忽ち、拳銃を構えていたゴロツキ共は仲良く地面に伏していた。


「な、何なんだよ、お前っ!!」

「だからよ、構えがまったくなっちゃいねぇ」


 喚き散らすゴロツキの一人に接近し、日本刀を左手で掴むと刀身を叩き折る。

 そして――。


「そうだな、少し、手本を見せてやる」


 こんな弱い俺でもお前よりはまともに振れるさ。なにせ幼少期はこんなものばかり振っていたからな。俺は上段に構えると、無造作に振り下ろす。

 俺から同心円状に爆風が荒れ狂い、獄門会のゴロツキ共は地面をまるでゴミのように転がっていく。

 そして大地を深く抉った大穴。せっかくの日本刀はぐにゃぐにゃに捻じれ曲がっていた。


「……」


 惚けたような表情で眼前の大穴を眺めている大井馬都に、俺は既に鉄くずと化した日本刀をその穴深く投げ捨てる。さて、あとはしこたまこいつを殴るだけ。

 俺はどこぞの世紀末漫画の主人公のごとく指を鳴らしながらゆっくりと大井馬都に近づいていく。


「ちょ、ちょ、ちょっと待てぇ!」

「やだよ」


 構わず俺は奴への歩みを進める。


「わ、わりゃの強さはよくわかった」

「あーそう」

 

 心底どうでもいいので相槌を打ちつつもさらに足を動かす。


「俺が理事に推薦してやるっ! わりゃほどの強者なら幹部共も必ず認めるはずだ」

「断るね」

「そうだ。金やヤクをやる! 女もだ! そこの烏丸忍とその娘もくれてやる! どうだ、悪い話じゃねぇだろ!」

「悪いが微塵も興味ねぇわ」

「くそがぁっ!」


 無事な左手で懐から拳銃を取り出すと俺に向けて撃とうとしたので、俺は地面を蹴る。


「は?」


 頓狂の声をバックミュージックに、奴の拳銃を握る左手首を掴んで持ち上げる。


「お前、最後の最後で飛び道具に頼るなよ。興ざめじゃねぇか」


 そして左手首ごと叩き折った。あらぬ方向に捻じ曲がる左手首に絹を裂くような絶叫が響き渡る。


「くぁ……あぁ……」


 大井馬都の顔が絶望に歪み、俺を映す両眼の奥に濃厚な恐怖の感情が灯る。

 俺は両手を強く握りしめる。


「今からしこたま殴るからよぉ。歯を食いしばれぇ」

「ぐひぃぇえええええええええええっ!!」


 絞め殺される雄鶏のごとき奇声を上げた瞬間、俺の両拳が全身に降り注ぐ。俺はひたすら大井馬都を殴打し続けた。



 襤褸雑巾となった大井馬都を地面に放り投げる。

 嘘のように静まりかえる中、


「組頭が……負けた?」


 奴らの一人からボソリと小さな疑問の声が聞こえる。


「あんなに一方的に……」

「バ、バケ……モノだ」

「あんなのに――勝てるわけねぇ!!」


 次々に呼応する声が生じ、そしてそれは次第に大きくなり、忽ち悲鳴や絶叫となって伝播していき一斉に我先にと逃げ始める。

 俺は冷めた目で見ながら、右手にクロノを顕現させ、その銃口を奴らに向ける。

 しかし――。


「逃がさぬでござる!」


 その少年の叫換とともに、冗談ではない数の小さな黒色の悪魔が大波のごとくウゾウゾと蠢き、今も必死の逃亡劇を演じている大井馬都の兵隊共を一瞬で飲み込んでしまう。

 俺は既に呻き一つ上げられなくなった大井馬都まで近づくとその髪を掴んで持ち上げる。

 

「いいか。今から一か月、そいつらに遊んでもらえ。

 あーそうだ。ここで一つ、嬉しいお知らせだ。五右衛門の奴、他者を治癒するスキルがあるらしい。つまり、お前は死なないってことさ。ほーら、よかったなぁ。おめでとぉ。パチパチパチ」


 盛大に結わいの言葉吐き出す。


「ゆるしてぐれ……」

「もちろんだとも。まあ、治癒の仕方自体が相当エグイらしいから気を確かにな」


 大井馬都は、ボンボン張れ上がった瞼から涙を流し、


「ゆ、ゆる……じ……で」


 懇願の言葉を絞り出す。


「うんうん、一か月我慢しな。そうすれば、無事返してやるよ。もっとも、そのときお前がお前でいられるかまでは保障しねぇけどよ」


 もちろん、五右衛門には徹底的にやるように指示するつもりだから、きっと途中で何度も死にたくなると思うがね。


「い、い、いいやだぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!」


 大井馬都は絶望の断末魔の声を天に向けて張り上げる。


「じゃあ、五右衛門頼むぜ」


 とりあえず、大井馬都たちには一か月ほど消息不明になってもらう。特に大井馬都は、一か月後、二度と女を襲えんように両方の金玉潰した上で、素っ裸で吊るして終わりにしてやるよ。


「お任せあれ」


 黒色の悪魔が、大井馬都とその兵隊共飲み込んだ、その時――。


《このとびっきりの絶望! いい! いいねぇ! いいぜぇぇぇぇっ!! これでぇーー、全条件コンプリィーーーーーーーーートッ!!》


 頭蓋内に響く突然の歓喜と悦楽をたっぷり含有した若い男の声。刹那、ゴキブリたちが霧散し、兵隊たちが地面に投げ出され、大井馬都の身体が宙に浮く。

 またイレギュラーかよ! しかもこの声、いつもの無機質な女の声じゃねぇよな。


『大井馬都の絶望が規定値を突破。全条件のクリアを確認。【絶望王】がゲーム盤に介入します』


 頭の中に反響する天の声。絶望が規定値を突破? 絶望王? どうにも嫌な予感しかしない。

 宙に浮く大井馬都の全身の皮膚がまるで沸騰しているかのようにボコボコと盛り上がっては弾ける。全身に獣毛が生え、背中からは羽毛の一切ない羽根が生え、眼球が窪み、鼻が潰れ、耳が縦長になり、長い犬歯が伸びる。しかもご丁寧に衣装までが形成されていく。


『ぐがぁぁぁぁーーー!!』


 頭に真っ白な鉄のヘルメットに黒色のサングラス、ローライズのパンツ一丁に真っ赤の絢爛で羽毛付きのマントを羽織った蝙蝠の顔をした怪物が右手に金属バットを持って夜空に向かって咆哮を上げる。

 蝙蝠の顔の怪物の開けた大口から伸びたいくつもの細く真っ赤な管が地面の兵隊たちの頭部へと伸びて突き刺さる。

 兵隊たちはビクンビクンと暫し痙攣していたがまるで不可視の糸で操作されているかのような妙にカクカクした動作で立ち上がり、けったいなポーズをとる。同時に蝙蝠顔の怪物に変質していく兵隊たち。

 そして、やはりローライズのパンツ一丁になった蝙蝠顔の兵隊たちは、大井馬都だったものを中心に丁度、扇状に整列すると一斉に敬礼し、片膝をつく。

 そして、左側の兵隊が小脇に抱える紙吹雪を投げて、右側の兵隊が大井馬都だったもの向けてヒラヒラと揺れ動かす。

 

『バトルクエスト――【こんもり男の逆襲】が開始されます』


―――――――――――――――

◆こんもり男の逆襲:

・説明:絶望王のゲーム盤への介入により、怪人こんもり男――こんもり・バットが爆誕しました。

 こんもり・バットは絶望王の使い捨ての玩具。他者の生き血をすすり、眷属を増やします。こんもり・バットは、己を絶望のどん底に追いやった輩に対し、逆襲を開始します。さあ、こんもり・バットを打倒することにより【絶望王】の野望を阻止し、街に平和を取り戻しましょう!

・クリア条件:こんもり・バットとその眷属の討伐

 ―――――――――――――――


 何が、街の平和を取り戻しましょう、だ。 どこまでも馬鹿にしてやがる。しかも、とうとう、人すらも怪物へと変えたか。マジで狂ってるぜ。このシステムを考案した奴はクズ中のクズだ。絶対にいつか目にもの見せてやる!

 背後を振り返し、烏丸忍達を確認すると、案の定、皆顔面蒼白で震えていた。


「五右衛門、そいつらを安全な場所に避難させろ!」

「承知したでござる!」


 最悪多量のゴキブリに運ばれるという悪夢は味わうことになるがそのくらい我慢してもらおう。


「クロノ、やるぞ!」

『わかっておるわっ!』


 右手で銃形態となったクロノを促し、俺はこんもり男に銃口を向けた。



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