第14話 烏丸亭での会合

 再度、警察署に逆戻りし尋問を受ける。まさか、たった一日で再び取調室へ逆戻りとはな。俺ってどんだけ警察好きなんだよ。

 猿渡達の自白と烏丸和葉が事情を説明したせいもあり、赤峰の俺に対する態度は大分緩和されていた。少なくとももうサラリーマン夫婦を殺害した犯人とはみなしてはいないようだ。だからといって、俺に対する不信感がなくなったかというと必ずしもそうではなく、何を企んでいるのかとしつこく幾度も尋ねられる。

 対して和葉は被害者でまだ学生ということもあり、直ぐに烏丸家まで警察が送って行った。まさか奴らも警察車両を襲撃するほど馬鹿じゃあるまい。むしろ、それほど狂っているなら素直に拍手喝采してやるさ。

 ともあれ一度、烏丸家に到着してしまえば、あそこにはゴキ侍がいる。地獄行きは確定なわけだ。


 ようやく帰宅が許され背伸びをしていると警察署前に駐車してあったベンツから鬼沼きぬまが降りてくると、


「旦那、今から来てほしいところがありやす」


 そう告げると深々と頭を下げてくる。


「あー、構わねぇよ」


 鬼沼には、昨日の釈放やら、獄門会の情報収集で借りがあるしよ。

 

 奴の車の行き先は烏丸家だった。鬼沼の後に続き家に入る。

 烏丸家の居間に通される。大して広くもない居間には10人の比較的若者中心の男女が存在した。

 鬼沼の紹介だから裏社会のドン的な奴らを想像したんだが、予想に反して筋骨隆々の者など一人もおらず、全員堅気のようだ。

 ソファーの片隅に座っていた少年が俺を視界に入れた途端、顔をぱっと輝かせて立ち上がり、


「あー! ホッピー!!」


 俺を指さしていらん事を口走る。

 こいつは、ファンタジアランドで俺と契約した少年だ。もしかしたらとは思いもしたが、マジで、あの烏丸少年だったわけだ。つーか、どんな巡り合わせだよ。


「ホッピー! ホッピー!」


 歓喜の表情で俺に抱き着いて、ぴょんぴょんとはしゃぎまくる優斗に、当然のごとく騒めく室内。


「ホッピーってあの『フォーゼ』のホッピーか?」

「多分、そうなんじゃない」

「あのファンタジァランドで活躍したホッピーだとか?」

「ははっ! まさかぁ、大方、デパートのヒーローショーのホッピーの役者と似ていただけだろ?」


 俺に抱き着く優斗に、烏丸和葉は暫し驚いたような顔で眺めていたが、直ぐに据わりに据わった目で俺を射抜いてくる。

 そんな中、鬼沼がゴホンと咳払いをすると烏丸忍が立ち上がり、


「ようこそ、私はイノセンス代表、烏丸忍です」


 恭しくも一礼してくる。

 イノセンス? 悪いがまったく聞いたこともない。一体、何の会社だ?


「まったく事情が読み込めねぇんだが?」

「……」


 隣の鬼沼に尋ねるも、それに答えず、にぃと口角を上げるのみ。

 これって、どう考えても面倒ごとじゃね? この根暗蛇野郎! 俺に対してどんどん遠慮がなくなってきてやしないか?


「まずは、愚女を保護していただき感謝を」

「ああ、目一杯感謝してくれ。そして少しでも恩義を感じているなら、これ以上俺の平穏な生活の邪魔をしないでくれ」


 深く頭を下げる烏丸忍に対し、俺は今彼女たちに渇望する唯一のことを口にした。

誰も口にしない凍結したような雰囲気の中、


「ふふ、貴方は本当に鬼沼さんに聞いた通りの方のようですね」


 烏丸忍は、さも可笑しそうに口元を隠してクスクスと笑う。どうにもこいつの仕草って芝居がかってんだよな。


「で? 用件は?」


 せっかくここまで来たんだ。話しだけなら聞いてやるさ。まあ、聞くだけだがな。


「私達の力になって欲しいんです」

「断る」


 あくまで鬼沼の要望はここに来て話を聞くまでだ。相手の頼みを了承することまでは含まれていない。


「私はまだ要望の内容を話していませんが?」


 流石にここまであっさり拒絶されるとは思ってもいなかったのか、席を立ちあがる俺に若干の焦燥を含んだ声色で俺にその言葉の意図を尋ねてくる。


「聞く必要はねぇよ。理由は、さっき口にした通りだ」

「お願いです。お話だけでも!」


 先ほどの余裕の表情とは一転、烏丸忍は焦燥たっぷりの声で懇願してくる。


「くどいぞ」


 この女狐の魂胆も大体予想は付く。聞けばいくら俺が人でなしでも多少なりとも感情移入してしまう。この女はそれをわかっていて俺に話を持ち掛けてきたんだろう。

 要するに、お涙頂の話で俺に協力を約束し、同時にこいつらを同席させることで、俺の関与につき納得させる。そんなところか。だがな、俺は他人の良心を利用するこの手の輩が死ぬほど嫌いなんだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺達、心底今困ってんだ。話しだけでも聞いてくれてもいいじゃねぇかっ!!」


 二十代前半の茶髪のイケメン青年が立ち上がると必死の形相で、捲し立てる。

 室内のすがりつくような目が俺に集中する。


「甘えるな。世の中、そんなに甘くはない。第一、俺にお前らの話を聞くメリットが何もない」


 そうさ。俺にメリットを示してくれればいくらでも話くらい聞いてやる。


「メリットってどうせ金だろ!?」

「社会通念上はそうだろうな」

「止めよう忍さん。こいつもあのタルトのクソ社長や銀行、大企業の連中と同じ。金に魂を売った血も涙もない冷血野郎だ!」

「冷血野郎とは心外だな。そして、実に身勝手な言い分だ」

「私達のどこが身勝手だってのよ!!」


 黒髪にボブカットの女が勢いよく席を立ち上がると俺の胸倉を掴んでくる。


「銀行マンにも大企業の社員にも家族があり、守らねばならぬ生活がある。お前たちだけが特別不幸で苦労していると考えていること自体、大きな間違いだ」


 胸倉を掴むボブカットの女の右手を払うとそう断言する。


「でも、私達にはどうすることもできないことはある。それは事実だっ!」


 烏丸和葉が勢いよく席を立ち上がると声を張り上げた。


「だから?」

「あんたにはあのふざけた力がある。あんたなら、獄門会なんて一人で――」

「はーい、それ勘違い。メリットもなしに一々他者の不幸を救い上げるお人好しが実際にこの世にいるかよ。それこそコミック! ファンタジーだぜ」


 無償で働く世界の奴隷。そんなものになるなど御免被る。その手の夢物語を信じたいなら、思う存分ベッドの中で夢想してくれ。勝手に俺まで巻き込むな。


「あんた、それ本気で言っているの?」

「ああ、俺は生まれてこの方、こんな感じだぞ?」

「私が間違いだった。あんたはただのロクデナシだ!!」

「その評価もあってるな」


 さて結論が出たところで帰らせてらおう。扉に向かおうとすると、


「やれやれ、困りますねぇ。だから彼についての詳細な資料を渡したというのに。使い方を著しく間違ってる。きっと烏丸も草葉の陰から落胆していますよ」


 鬼沼が立ち上がり、呆れたように首を左右に振る。


「鬼沼? お前?」


 鬼沼は俺の問いに大袈裟に肩を竦めると深い息を吐き、烏丸忍に刺すような視線を向ける。


「貴方の演技は確かに素晴らしい。でもね、それで誤魔化せるのは己の都合で動く似非の英雄ヒーローのみ。真の英雄ヒーローの心はこれっぽっちも届かない。むしろ逆効果だ」

「で、でも――」

「これは一つ貸しです。私の言った意味をもう一度よく再考なさい」


勝手に話を進めんな。しかも勝手に俺をヒーロー扱いしやがって。俺は自分の矮小さを一番よく理解している。自分が気持ちよければあとはどうでもいい。それが俺だ。どちらかというとヒーローと対局の立ち位置だろうさ。


「鬼沼、悪いが俺はもう話すつもりは――」

『殿、賊が攻めてきたでござる! 殲滅のご許可を頂きたく候!』


 五右衛門の指示を求める声。一足遅れて中庭に突入しくてる夥しい数の武装したゴロツキ共。


「どうやら来客のようですよ」


 狂喜の表情で両腕を伸ばして天を仰ぐ鬼沼。それとは対照的に皆悲鳴を上げて、部屋の隅へと退避する若人たち。

 奴らの中心にいる長身の黒髪をオールバックにした筋肉ゴリラが日本刀を片手にガラスを蹴破って室内に踏み込んでくる。こいつ、俺の家に債権の存在を伝えに来た奴だったな。 こいつが大井馬都おおいばと。今回の俺の最重要ターゲット。


「素人風情が、舐めやがって!! 落とし前つけに来たぞ」

「帰ってください! 警察を呼びますよ!!」


 優斗を抱きしめながら真っ青な顔で、烏丸忍が大井馬都おおいばとに叫ぶ。


「サツだぁ? くはっ! とある大先生のあり難い説法のお陰でサツは当分、来ねぇよ! 

 その見返りはお前だがな」

「わ、私?」

「ああ、先生も元仏蘭西の大女優の名は知っててな。お前を強くご所望だ。心配するな。お前の娘も同じく先生に可愛がってもらえるよう取り計らってやるよ」

「ふ、ふざけないで!!」


 和葉は果敢にもそう声を振り絞るが、その顔は幽鬼のように血色がなかった。


「組頭、他の女も結構上玉そろってますぜ?」

「そうだな。烏丸親子以外、お前らの好きにしていいぞ。野郎と餓鬼は見せしめだ。殺せ!」


 大井馬都おおいばとの言葉に、皆、悲鳴を上げて身を寄せ合いながらカタカタと震える。そうたった一人を除いては!

 優斗は烏丸忍の腕を振りほどくと、


「お母さん、お姉ちゃん、皆、心配いらない! ホッピーがあんな悪い奴らやっつけてくれるよ!」


 興奮気味に拳を振り上げて高らかに叫ぶ。その顔には心配や不安のような者は微塵もなくホッピーに対する全幅の信頼があった。


「だそうですよ。ヒーロー」

「鬼沼、お前、どこまで本気なんだ?」

「いえいえ、とんでもない。私はいつも本気です。で、どうします? 彼らを見捨てます? できませんよねぇ? 貴方はそういう方だ」


 知ったような口を聞きやがって! 

 鬼沼は俺と同様、恩義や友情で動くような人間ではない。十中八九、この烏丸家が現在抱えている苦難には、この男の利益のアンテナを刺激する何かがある。そう考えるべきだ。


「お前なぁ、絶対に楽しんでるだろ?」

「ええ、もちろん」


 このクソ狸め! わざわざ騒動運び込みやがって。俺の華麗な計画が台無しじゃねぇか。

 だが、どの道、明日俺が獄門会を潰すまで烏丸家にオイタした馬鹿は、五右衛門に処理させるつもりだったのだ。結果は変わらんし、俺自身で駆除しても構わんだろう。

 それにどの道、大井馬都おおいばとを潰すのは確定事項。俺が与えた安穏な一日を自ら放棄したいというんだ。ご希望に沿うとしようか。


「てめえら、何くっちゃべってんだぁ! おーー!!?」


 サングラスの男が俺の前までくると顔を傾けて威圧してくる。


「うぜぇよ」


 俺はサングラスをした坊主の男の顔面を鷲掴みにすると、ゆっくりと力をいれる。


「ぐぎぐがががぁっ!!」


 左手でアイテムボックスから【黄泉の狐面】を取り出し装着すると、右手で握るピクピクと痙攣するサングラスの男をボールのように大井馬都おおいばとへ放り投げる。

 大井馬都おおいばとは自分に向かってくるサングラスの男を左手の甲で無造作に叩きつける。サングラスの男は壁に激突し崩れ落ちた。


「誰だ、わりゃ?」

「ホッピーさ」


 おれは口端を上げて奴らに向けて歩き出す。

 

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