第16話 檻の中の怪物
わらわらとゾンビのごとく襲い掛かってくる蝙蝠男ども。正面から振り下ろされた紅の長い爪を何とか薄皮一枚で躱し、その頭部に空手の左の打突を繰り出す。蝙蝠男の首がゴキリと折れ曲がり、一足遅れで塵と化す。
同時に千里眼で把握した背後の二匹の頭部に向けて銃弾を放つ。クロノの銃口から放たれた銃弾により、蝙蝠男二匹の頭部は弾け飛び、やはり塵となる。
くそ、かなり辛いな。雑魚蝙蝠の平均ステータスも400台はあり、俺と大差ない。こんもり男はよりにもよって解析不可だ。もっとも、これだけの条件ならば勝利にまで持っていける自信があるが、最悪なことにここは住宅の密集地。
五右衛門により、烏丸家はこの家から脱出。この家の敷地が広くて助かった。一応、被害は最低限で済んでいる。
無関係な市民を戦闘で巻き込んで殺してしまったらきっと一発で俺はお尋ね者。俺は戦闘モードになると一切後先が見えなくなる。今の状態でそうなれば勝利と引き換えに俺が最も重視している安穏な生活を失う。今は雑魚共を殺しつつもいつ訪れるかわからぬ勝機を伺うしかない。
『今までの威勢はどうしたぁ!!』
勝ち誇ったような顔で弾むような口調で、こんもり男は部下たる蝙蝠男どもに逐一指示を与えている。
こんもり男の命で飛び掛かってくる二匹の蝙蝠男に銃弾を放つ。
一匹は頭部を破壊し、二匹目は心臓に大穴を開けて粉々の塵と化す。その陰に隠れるように、三匹目の蝙蝠男が俺に赤色の爪を突き立ててくる。身体を仰けて反らし、その起き上がる反動で僅かに態勢を崩した蝙蝠男に矢の様な蹴りをかます。その胴体が折れて上空にやや持ち上がったとき、
『おら、雑魚がぁ!』
こんもり男の右手に持つ巨大な金属バットが蝙蝠男ごと叩きつけられる。
舌打ちをしつつも、身をかがめて右足により渾身の力で地面を蹴り、地面を這うように疾走する。
『死ねぇっ!』
大地が爆砕し放射状に飛び散る中、その着地点を狙っていたかのようにこんもり男が俺に追随し、左拳が振るわれた。
俺は身体を独楽のように回転させて避けるが、左肘を掠める。骨の砕ける感触とともに、地面を転がりながらも、クロノの銃を放つ。銃弾はこんもり男の左肩と右目に突き刺さる。
『これで左腕はお釈迦だぁ。その点、俺は――』
急速に癒えていく奴の左肩と右目。
何ちゅう修復力だよ。少々分が悪い。やっぱり、あのバーサーカーモードじゃないと勝てんよな。次のランクアップは仮にダサくても戦闘種族を選択すべきだろうよ。
『付近住民の保護が完了しましたよぉ――――!!』
拡声器のスピーカーによる女の声が鼓膜を震わせる。ようやっとか。
一応、千里眼で確認するがわかる範囲で人っ子一人いない。
『若い女か。わりゃを始末した後、捕獲して存分に楽しんでから食らってやる』
「食らうか。とうとう心まで人間やめちまったってわけね」
俺は奴の言葉を無視し、片目を閉じると心を奥底に潜り込ませる。これは幼い頃から毎日毎晩、ずっとやってきた作業の一つ。だから、空気を吸うように行うことができる。
俺の前にいる頑丈な檻に閉じ込められた一匹の怪物。
その怪物は心底呆れたような顔で――。
『君は、いつまでこんな綱渡りの茶番を続けるつもりだい?』
そう尋ねてきた。
(いつまでって聞かれてもな)
俺の意思に反して最近頻繁にこんな無茶な事態に巻き込まれるんだ。俺に聞かれても困るってもんだ。というか、こいつ話せたんだな。初めて知ったよ。
『まあいいさ。今はそれが本質じゃない。あの下品で、下種で、薄汚い蛆虫共の玩具の駆除が先』
黒色の靄の怪物の声に激烈な嫌悪感が混じる。
(駆除って簡単にいってくれるが、今の蝙蝠男、相当強いぜ?)
俺の反論の言葉にさも可笑しそうに、霧の怪物はケタケタと笑う。
『あんなのはただの雑魚さ。
「あいつ?」
『本来、僕は君の背中を押してやるのが役割だ。そもそもそうしなければ親和率は上がらないし、力を失うだけで意味はないしね。
だけどさ、僕はあいつらが死ぬほど嫌いなんだよ。だから、君が負けることはもちろん、苦戦することすら許せそうにない』
俺の疑問など微塵も答えようともせず好き勝手放題述べると黒霧の怪物は檻の中で立ち上がり、黒色の霧のように朧な両手で紅の鉄格子に触れる。
怪物の全身から湧き出るようにもう一匹の怪物が出現し檻をすり抜け湧き出していく。それは、俺が本日認識した最後の光景だった。
……
…………
………………
『どうしたぁ? もう観念したかぁ!?』
既に己の勝利を確信したのか、余裕の表情でこんもり男は金属バットで肩を叩く。
現在、アキトの周囲を数十にも及ぶ蝙蝠男が包囲している。加えて、既にアキトの左手はあらぬ方向に折れ曲がっているのだ。どう甘くみつもっても、アキトにとって四面楚歌ともいえる危機的状況。こんもり男のこの余裕もある意味頷けた。
しかし、アキトは取り囲む蝙蝠男たちを一瞥すると、口端を持ち上げる。その顔には一切怯えすらなく、逆に不遜なまでの余裕に満ち満ちていた。
『わりゃー、その眼、止めろや!』
こんもり男は額に太い青筋を浮かべつつも、右の金属バットを振り上げ、その先をアキトに向ける。それに呼応するかのように、周囲を取り囲む蝙蝠男たちは唸り声を上げた。
アキトが無造作に右手に持つ銃を構えると、蝙蝠男たちとこんもり男の額に薄っすらと浮かび上がる小さな幾何学模様によりデコレートされた円のマーク。
『な、何だっ!?』
その突如生じた円状のマークに、戸惑いの言葉を吐き出し、手で触れて確認するこんもり男。
それには一切、答えようとせず薄気味悪い笑みを浮かべるだけのアキトに歯ぎしりをすると、こんもり男は金属バットを下ろす。
『ギィヤァァァァァッ!!』
それを合図に蝙蝠男たちは劈くような奇声を上げつつも一斉にアキトに飛び掛かかるが、誰一人としてかすりもしない。それは不可思議な力で攻撃を遮断したわけでも、特段、アキトの動きが速くなったわけじゃない。ただ避けているだけ。なのに今までとは一転、蝙蝠男たちの爪による斬撃は全て空を切っていた。
『貴様ら、何をやっている。そんな雑魚、早く殺さねぇか!』
どこか焦燥を含んだ指示を蝙蝠男たちに下すが、蝙蝠男たちの攻撃は一向に当たる気配がない。そんなとき、遂にアキトの右手に持つ銃が火を噴く。一定のリズムで放たれる銃弾は蝙蝠男の眉間を穿ち、粉々に破壊していく。
『グオオオォォォッ!!』
まるで己でも制御できぬ恐怖を紛らわすかのように蝙蝠男たちはアキトへと殺到し一撃で細かな粒子で粉砕されて塵へと変わり夜空を漂う。
数分にも満たない僅かな間で、あれだけいた蝙蝠男たちは全て駆逐され、金属バットを振り回すこのこんもり男だけとなっていた。
『なぜだっ! なぜ当たらねぇっ!!?』
苛立ちと驚愕を含有したこんもり男の声。
豪風を纏って腹部に向けて横薙ぎにされた金属バットはアキトの右足のかかとによりあっさり叩き落とされ、喉を潰すべく放たれた突きは僅かな重心移動で空を切る。
『糞がぁぁっ!!』
服すらも捕らえられぬ屈辱に咆哮しつつも、こんもり男がアキトの頭部を爆砕せんと渾身の力で金属バットを振り下ろすが、銃を持つ右手で軽くいなされ僅かに態勢を崩す。
『おあっ!?』
間髪入れず足を払われ空中で見事に数回転し、うつぶせに顔面から地面に激突するこんもり男。アキトはやはり薄気味悪い笑みを浮かべながらもその銃口を倒れるこんもり男に向けると連続掃射する。
『ぶべべべべべっ!』
こんもり男の頭部がはじけ、血肉が周囲に飛散する。血の雨が降り注ぐ中、アキトは銃を撃ち続けた。忽ち、こんもり男の上半身が塵となってしまう。
しかし、急速に修復されていくこんもり男。アキトはさらに笑みを強めると、パチンと指を鳴らす。
アキトの傍で真っ青な血の気の引いた顔で片膝をついていた触覚を頭から生やした少年――五右衛門が、指笛を鳴らす。
数十匹の黒色のゴキブリの群れがこんもり男の傷口に群がる。アキトは銃口をその群がるゴキブリたちに向ける。アキトの全身から滲み出た紅の靄はアキトの右腕から銃口、そしてゴキブリたちに纏わりつくと吸収されてしまった。そして予定調和のごとく数十匹のゴキブリごと修復されるこんもり男。
アキトは初めて数回バックステップし距離をとると右手を上げる。それを見た途端、顔を引き攣らせた五右衛門も一目散で逃げ始めた。
『くそがぁっ! 舐めやがって!!』
修復が終わり赤鬼のように怒りで顔を発火させつつも、地面に落ちた金属バットを拾おうとしたこんもり男はピタリと動きを止める。
『な、何だ、こ――ぐぎっ!?』
地面に両膝をつき胸を押さえて苦しがるこんもり男。そんな中、こんもり男の身体の中心に光が集約していき、同時にその身体が少しずつ膨張していく。
そんな中、アキトは右手に持つ銃の銃口をそんな風船のように膨張したこんもり男へと固定する。
『ま、まざがっ!』
己の運命を明確に理解し、その顔は大きく恐怖一色に染まる。
『やべろぉぉぉぉぉぉぉっ!』
懸命にアキトに駆け寄り手を伸ばそうとするが、銃口が火を噴く。アキトから放たれた銃弾は、こんもり男の身体の中心に衝突。
その瞬間、純白の光が視界を埋め尽くす。全てを吹き飛ばす爆風に耳を弄するがごとき轟音。
烏丸家のひと際大きな庭のほとんどを巻き込み塀や道路すらも溶解し、大規模なクレーターが形成されていた。
《こんもり・バットを倒しました。経験値と
《LvUP。藤村秋人のダーウィンのレベルが20になりました。負った傷は回復します》
《クエスト【こんもり男の逆襲】クリア! 烏丸家とその周囲10㎞は以後、人類に永久に開放されます。
クエスト、【こんもり男の逆襲】のクリアにより――。
・藤村秋人の称号――【新米ヒーロー】は【ヒーロー】へと変化いたします。
・藤村秋人の【黄泉の狐面】は【成長の狐面】へと変化いたします。その反射的効力により、【黄泉の狐面】により創造された幽鬼――五右衛門は現在の姿のまま受肉し、藤村秋人の眷属へと進化いたします。
・特殊クリア特典として【絶望王】から、【荒魂(悪)】が藤村秋人に移譲されます》
《藤村秋人の意識レベルの低下を確認――【帰還の指輪】の発動条件を満たします。
直ちに帰還を開始いたします》
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