第12話 誤算の始まり 大井馬都
獄門会釜同間組事務所
敷き詰められた真っ黒な絨毯に黒塗りの机。そして堺蔵市を一望できる防弾ガラス入りの大型な窓。
その部屋の中心には、報告してきたスキンヘッドの男の胸倉を掴み持ち上げている長身黒髪の男――
「報告しろ」
スキンヘッドの男に静かに尋ねる馬都に、屈強な男たちは真っ青な顔で目線を床に固定させている。
「さ、堺蔵郊外の組頭の別宅のガサ入れにより……兵隊は全てパクられて、そのほとんどが重症を負って警察病院行きとなりやした」
「それはさっき聞いたぁ。今、俺が知りてぇのは、どこのどいつがそれをやったかだ?」
「それは警察が――」
「わりゃ、頭ついてんのか? あの甘ちゃん共のガサ入れで俺の組の兵隊共が仲良く病院送りになるわけねぇだろ?」
馬都の丸太のような腕が、スキンヘッドの男の首を益々絞めつけ苦悶の声が漏れる。
そんな中――。
「あなた方の失態の押し付け合いなら後で存分にしていただきたい。今はビジネスの話が先。違いますか?」
ソファーに座りやり取りを眺めていた髪を七三分けにした眼鏡の男が、面倒そうな顔で口を開く。
「……」
馬都は顔だけ七三分けの男に向けると、無言で威圧するが、
「聞こえませんでしたかねぇ。ビジネスの話が先。そういったのです。これ以上内輪もめを続けるようなら退出させてもらいますよ」
眉すら動かさず、席を立ちあがる七三分けの男に馬都は舌打ちすると、スキンヘッドを放り投げてソファーにドカッと腰を下ろす。
「このごたごたは俺の個人的なもんで、当初の計画に支障はねぇよ」
「それは、真実ですか? 偽りならば、此度のビジネスから私たちは手を引かせていただきます」
「明日の盃事で俺の極門会理事への昇進が決定される。理事には、組織の資金運営に口を出す権限があるからよぉ。今の小規模な事業なんぞ目じゃねぇぞ。日本全国規模で事業展開できる。そうなりゃ、先生への献金額も今の倍、いやそんなしみったれたぁ言わねぇ。今の10倍払ってやらぁ」
「それは今回の件であなたの求心力が低下していなければの話ではないのですか?」
馬都はギリッと奥歯を噛みしめると、しばし七三分けの男を睨みつけていたが、
「その通りだ。だから、落とし前は付けねばならねぇ。先生の力をお借りしてぇ」
軽く頭を下げる。
「力といわれましても、先生はご多忙ですし、可能なことならいいんですがねぇ」
「ケジメを付ける際に、便宜を図ってもらいてぇ」
「便宜ねぇ。貴方達は先の殺人事件のせいで警察に目をつけられていますしね。その警察の出動を妨害すれば先生にも疑惑の目が行きかねない」
「本音で話せ。先生が下っ端刑事の動向ごときに一々右往左往するわけねぇだろ。相応の利益があれば引き受けてくれるはずだ」
「それはもう。相応の利益があれば――ですがね」
「1億出す。加えて、今、俺が切れるカードはこれだ」
七三分けの据わるテーブルに一枚の写真を放り投げる。
「この女性は?」
「烏丸忍。元
「個人的には下品な話は好みじゃないんですがね」
「だが、先生はこの手の話、大好きだろう?」
「わかりました。わかりましたよ。一度、持ち帰って検討いたします」
「ああ、よろしく頼む」
馬都が右手を差し出すと、
「極門会さんは私達の大事なビジネスパートナー。できる範囲で尽力させてもらいますよ」
七三分けの男も立ち上がり満面の笑みを浮かべその右手をとった。
2020年10月23日(金曜日) 午後10時23分 堺蔵留置場
子飼いの弁護士を連れて堺蔵留置場で兵隊の一人――猿渡と面会を行う。
ガラス張りの向こうの扉が開き、口と鼻にピアスをした金髪の男――猿渡が姿を見せる。
猿渡の右腕にはギプスがしており、顔は死者のように青白く生気というものが感じられない。
猿渡は、夢遊病のように馬都の正面に座ると俯き項垂れる。
「誰にやられた?」
「……」
猿渡は、俯くだけで一言も口にしない。少なくとも組頭の馬都の前で、猿渡がこんな無礼な態度をとったことなど今まで一度もなかった。
「殴り込みにかけてきた奴の人数と特徴を教えろ」
ガラスごと殴りつけてやりたい衝動をどうにか押さえつけ、穏やかな口調で尋ねるが、
「殴りこみ? 人数と特徴? くははははははッ……」
狂ったように笑い出す猿渡。その常軌を逸した様子に暫し言葉もなく眺めていたが、一足遅れてマグマのような堪えられぬ怒りが沸き上がり、
「何が可笑しい?」
怒気を強めてその意思を問う。
「俺は組に入ってからずっとあんたを目標にしてきた。だって、あんたは強くて悪くて同業者はもちろん、サツにすら一切動じずに我が道を歩んでいたから、全てをねじ伏せられる。そんな気がしていたんだ。だけど、あんたは所詮人間だったんだな?」
「あーっ!? 何が言いたいっ!?」
怒号しながら席を立ち上がり、ガラス越しに奴を殴りつける。
馬都の人間離れした
「ちょ、ちょっと馬都さん、ここで暴れるのは困りますよ!」
背後の弁護士が血相を掛けて馬都を制止してくる。留置場で刑務官の目の前で暴れてもデメリットしかない。今は耐えるときだ。
数回、深い呼吸を繰り返しつつも唾を床に吐いてどうにか荒れ狂う憤怒を収める。
猿渡はその様子を冷めた目で眺めていたが、再び笑い出す。
「こんな薄っぺらいガラス一つ、あんたは超えられねぇ。やっぱり、あんたは
「わりゃ――!!!」
「あいつから伝言を言付かってきた」
もう愚者とは話すことはないとでもいうかのように、猿渡は本題を口にする。
「……話せ」
気が狂わんばかりの怒りに視界が真っ赤に染まる中、馬都はどうにかそれを口から絞り出した。
「『お前は少々やり過ぎた。気に入らんから俺が終わらせる。逃げても無駄だぞ。地の果てまでも追いかけて潰してやるからな。
あーと、これは俺からのプレゼントだ。明日の正午まで。人生最後となる優しくも平穏な日常を送るがいい』だそうだ」
猿渡は席を立ちあがると馬都に嘲笑を浮かべて、
「俺は運がいい。目出度く五体満足で豚箱行きになったしな。だが、あんたに待つのは想像を絶する地獄だけだ! なにせ、あいつがそう言ったからなぁ!」
意味不明なことをまくしたてた。
「貴様ぁっーー!!」
「あいつは完璧に頭の螺子が外れている! あんたは、そんな真正の狂人に目を付けられたんだよ! もう人間扱いすらしてもらえねぇ! 終わりなのさ」
噛みしめるようにそう宣言すると、
「刑務官さん。もう面談は終わり。連れて行ってくれよ」
刑務官たちが頷き、猿渡の腰に巻かれた紐を持つと、部屋を出て行ってしまう。
「くそがっ!」
裏切った猿渡は、兵隊を豚箱に送り込みケジメを付けさせればいい。どの道、明日理事へ就任すれば馬都の地位は磐石なものとなる。
それに猿渡は、正体不明の襲撃者に馬都が負けると思い込んでいたが、それはあり得ない。なぜなら、馬都が選択した種族、【極道(ランクH――人間種)】により、今の馬都は以前と比較にならぬほど強くなっているから。この種族は、行った悪行に比例し、身体能力は常時跳ね上がるという非常識な能力を持つ。元々、馬都は極門会最強。その馬都がそんな強力な力を得たのだ。敗北する可能性など万が一にもない。
「いくぞ」
お付きの弁護士を促し部屋を退出する。
建物から出ると外に止めてあった車に乗り込む。そしてスマホで部下の一人に電話をかけると、
「こちらから打って出る。俺の別宅に殴り込みをかけた奴を洗い出せ! 猿渡の話しぶりからいって今回の襲撃の火付け役は、警察じゃねぇ。烏丸を中心に最近、俺の組と関わりがある奴を中心に探し出せ!」
そう指示を出したのだった。
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