第11話 獄門会別荘襲撃

 烏丸家の住所へ向かい、烏丸邸及び烏丸忍の護衛を五右衛門に命じる。

 鬼沼からこの子供を一日預かるように言付けを頼まれたと烏丸忍に伝えると、快く了承してくれた。多分、この御仁、相当、子供好きなのだろう。ニコニコしながらも、五右衛門の手を引きリビングに消えていってしまう。まあ、本来の姿を知れば卒倒しかねないし、五右衛門には当面はその姿でいるように指示を出している。

 ちなみに、烏丸忍には幼い息子もいるようだが、こちらは烏丸忍が迎えに行くそうなので、五右衛門に付き添わせれば問題あるまい。

 そして、現在、鬼沼に依頼された烏丸和葉を保護すべく堺蔵さかえぐら高等学院へ向かっているところだ。


 丁度日が暮れたとき学院へと伸びる長い坂まで到着した。

 危惧すべきはこの高校には俺の妹、藤村朱里もいるってことだ。もし朱里に見つかれば全てが終わる。俺にも雫のような大怪盗の称号があればいいんだが、生憎、世の中そう都合よくできちゃいない。

 電柱の影のガードレールに隠れるように寄りかかり、坂の上にドンと今も鎮座している校舎を眺め始めた。


 電柱の後ろで待つこと既に30分間は経過している。というか、電柱の陰のガードレールに腰をかけて天下の進学校を見上げる30代男。これほど怪しい組み合わせもそうはあるまい。通報されなきゃいいんだがな。

 辺りが薄暗くなってきたとき坂の上からブレザーと縞柄のスカートをきた女子高生が降りてくるのが視界に入る。

 艶やかな黒色の髪を片側だけ伸ばしたアシンメトリーショートヘアの少女。少女は細身で背が高いが、顔はどこか幼い。そんな13、14歳くらいの美少年のような外見。鬼沼から与えられた写真とも合致する。あれが烏丸和葉だ。

 さてそろそろ保護するか。ガードレールから腰を上げて歩き出そうとするが、


「君、ここで何しているの?」


 昨晩の俺を尋問してくれた蠱惑的なスーツを着た赤髪の捜査官――赤峰が婦警とともに腰に手を当てて佇んでいた。


「人を待ってるところだ」

「この先は高校しかないけど」

「そのようだな」

「誰を待ってるのかな?」

「話す必要はない」

「誰を待っているの?」

 

 俺の言葉など平然と無視し、笑顔で繰り返す赤峰に思わず深いため息が出る。

 あの年配の刑事たちは、この事件の概要につきある程度、掴んでいる様子だった。関東一の暴力団である極門会幹部関連の殺人事件の捜査。俺なんぞ小物に構っている余裕は、警察にはあるまい。

 つまり、この女がこの場にいるのは完璧に偶然の可能性が高い。制服警官とともにいることからも、大方、俺に気付いた付近住民が警察に通報し、この女がおせっかいを焼いてついてきたってところだろう。


「今お前の刑事ごっこに付き合ってやる余裕が俺にはねぇ。また別の日にしてくれ」

「け、刑事ごっこ……刑事ごっこですってっ!!」


 怒髪天を衝く状態で怒り心頭となる赤峰。この女のタブーに触れてしまったようだ。どうにもこの女とはそりが合わない。

 どうしたものかと頭をひねっていると、ミニバンが通り過ぎていく。

 まさかな。咄嗟に赤峰を押しのけて坂を確認すると烏丸和葉の姿はどこにも存在しなかった。

 くそっ! 完璧に俺の失態じゃねぇか。マズいな。もたつけば最悪の事態もありうる。

 冗談じゃねぇよ。最近、一触即発な状況ばかりだ。いい加減にして欲しいもんだ。


「悪い、俺が待っていた人物が攫われちまった。今すぐ追わねばならん」

「はあ? 攫われた? そんなでまかせ信じられるわけないでしょ! 今から署に来て事情を話してもらいます」


 面倒な女だ。現在千里眼で追跡中。そしてどういうわけか、現在、あの烏丸和葉を攫った白色のミニバンは、路上に駐車したままになっている。今ならまだ間に合う。


「じゃあな」

「逃がしません」


 俺の右手首を掴む赤峰。

 このクソ女! どうしてくれよう! 

 いや、落ち着け、俺! 今は冷静になるときだ。

 怒鳴りつけてやりたい気持ちを全力で抑え込み、鬼沼に電話をかけて事情を説明する。その数分後、和葉の母である烏丸忍から俺の携帯へ電話がくる。和葉の保護を俺に依頼した旨を赤峰に簡単に説明してもらいようやく一応の納得はした。

 

「そ、そうですか。では、直ぐにあの白バンの手配を――」

「馬鹿がっ! そんな暇あるかっ!」


 未だに半信半疑なのか、呑気にそんな頓珍漢なことをいう阿呆を叱咤すると、赤峰はビクッと首を竦める。

 既にあの白バンは走り出してしまっている。もうタクシーがくるのを待っていたら間に合わない。今動かなければ烏丸和葉は奴らに食われてしまう。

 別に正義感ぶるつもりはないさ。会ったこともない女がどうなろうと、心を痛めるほど俺は善良ではない。俺は単に極門会の好き勝手振る舞われるのが我慢ならないだけなんだろう。それでも俺の強烈な想いには違いはない。

 赤峰の胸倉を掴み引き寄せると、


「あいつらは極門会のものだ! このまま放っておけば、昨日の被害者の二の舞になるぞ! 他ならぬお前のせいでな!」


 強い口調で言い放つ。


「……」


 悔しそうに下唇を噛みしめる赤峰を奴の車の前まで引きずって行くと、


「責任をとれ! 俺の能力で奴らの場所はどうにか現在ギリギリ、把握できている。お前の車で追いかける!」

「し、しかし――」

「四の五の抜かすなっ!! お前の職務は市民の保護だろうがっ!? ならば、自己保身を図る前に動けっ!!」


 ぐっと言葉を飲み込み運転席に飛び込むと助手席を開けて、


「乗って! その代わりいくのは私だけ。この子はここに置いていくわ!」

「それで構わん」


 即座に助手席に乗り込む。


「せ、先輩――」


 婦警が血相を変えて車に近づこうとするが、


「警察署にもどって直ぐに事情を不動寺先輩たちに報告して!」


 婦警が頷く前に車は発進する。



 赤峰のドラテクはかなりもので、なんとか千切れず追跡ができ、目的地たる郊外の和風の邸宅まで到着する。

 助手席のドアを開けて外に降りようとするが、袖を掴まれる。


「待って今本部に許可をもらうから」


 今は踏み込むのが先だろうに。舌打ちをしつつも、千里眼で探索する。

 千里眼のレベルが上がり、遮蔽物内も見通せるようになった。烏丸和葉は……いた。

 まだ、まぐわっている様子もない。とりあえず、貞操は守られているようだ。まあ、時間の問題かもしれんがね。


「直ぐには応援が出せないってどういうことですかっ!」


 はい! 終了。赤峰との協力関係もこれで終わりだ。

 一応戦闘だし、五右衛門の顕現により、いまだ熟睡している馬鹿猫は、ここに置いておこう。気絶している猫を肩に乗せたまま歩くのって結構、肩がこるしな。

 今も眠っているクロノを助手席に置くとドアを開けて外にでる。


「じゃあな」

「ちょ――」


 赤峰の泣きそうな顔が見えたが、無視して俺は邸宅門前まで歩く。そして、塀の上に跳躍し敷地へ入った。

 玄関口に向けて一直線に進むと、たちまち邸宅内の警備を担当していた極門会の構成員に囲まれる。

 

「おどれ、どこの組の鉄砲玉じゃいっ!!?」

「ここが獄門会と知って殴り込みかけてきよったんかぁ!?」


 短刀やら拳銃やらを向けて俺にそんなどうでもいいことを尋ねてくる。


「俺がどこの誰かなんてどうでもいいだろう? ただ、俺は返してもらいに来ただけだ」

「返してもらいに来た? あー――」


 会話が面倒になった俺は地面を蹴り、奴らとの距離をくらいつくす。

 銃を構えた態勢で唖然とした顔でピクリとも動けない茶髪のサングラスの顔面を殴りつける。


「ぶはぁっ!」


 頓狂の声を上げて凄まじい速度でサッカーボールのように何度も地面をバウンドしながらも塀に激突。


「ひっ!」


 塀の傍で死にかけの蝉のように全身を痙攣させている仲間の姿を見て思わず後退る黒髪パンチパーマの男の足を払って転ばせその頭部を踏みつける。ミシミシと頭蓋の骨が軋む音と絶叫が周囲に反響し、遂には脱力してしまう。


「バ、バケモンがぁっ!」


 なけなしの勇気を振り絞り俺にドスの刃を向けて突進してくる金髪スーツの男。スレスレで躱すと、腹部に膝蹴りを食らわせる。悶絶し地面にうつ伏せになりピクリとも動かない金髪スーツの男を目にし、とうとう緊張の臨界を超えたのか、絶望の声を上げて次々に向かってくる構成員たち。俺は向かってくる奴らを徹底的に痛めつけた。


 正面玄関の扉をかなり本気で蹴破り、建物に入る。

 結論を先取りすると烏丸和葉は無事保護することができた。もっとも、まさに組み伏されている最中。ギリギリだったな。あと十分到着が遅れていたらこの上なく面倒なことになっていただろうよ。

 この金髪ピアスは以前俺の家や会社に執拗に追い込みをかけてきた奴だ。他の奴らに指示を出していたし、組織内ではそれなりの地位で色々知ってそうだ。だから、尋ねることとしたんだ。

 


「がっばばばばっ!!」


 トイレに連れて行き、水遊びをしつつも色々尋ねると快く教えてくれたわけだ。うむ、人間素直が一番だな。


「も゛うゆ゛るじでぐだざい゛」


 涙と鼻水と便器内の水で顔面をびしょ濡れにしながらも、慈悲を求めてくる金髪ピアスの男にニコリと笑みをつくり、


「うん、最後までちゃんとゲロったらね」


 優しくもう何度目かになる返答をする。


「も゛う俺の知る゛ごどば全部話じま゛じだっ!!」


 遂に金髪ピアスは、悲鳴を上げてトイレの隅で蹲るとガタガタと震え始めてしまう。五右衛門よりはずっと優しく尋ねたつもりなんだがね。

 突然、けたたましく鳴り響くサイレンの音。どうやら、タイムオーバー。ここまでだな。

 まるで固く閉じた猛獣の檻の鍵が開けられたかのように、金髪ピアスは、涙ながらに安堵の表情を浮かべる。

 うーん。最後にこいつに伝達を頼むとしよう。

 うずくまる奴に、俺も片膝をつくとその肩を軽く叩き、


「いいか。警察に素直にお前たちのしようとしたことを話せ。俺のことは警察やマスコミには一切口にするな。いいな?」


 満面の笑みでそう命じる。


「わ゛がっだ!」


 何度も顎を引く金髪ピアス。うーん、いい感じに従順になってくれたようで俺も嬉しいよ。これでことがスムーズに運ぶ。


「お前に伝言を頼みたい。いいか?」


 何度も鬱陶しく頷く金髪ピアスの男に俺は口を開き始めた。

 

 さて、これで仕込みは全て終わった。これ以上面倒なことになる前にずらかろう。

 見たところこいつは二十代半ば。周囲に流された挙句、こんなに早くも人生を破滅するか。だが、同情はしねぇよ。世の中っての因果応報でできているものさ。結局、自分のしでかした罪は己でいつか精算せんとならん。もちろん、俺もだがな。

 無事な左腕で膝を抱えてガタガタと震える金髪ピアスの前にしゃがみ込み、目線を合わせ、


「いいか。とっくの昔にこの世界は以前のような優しいものじゃなくなってる。俺が今日お前らを潰さなかったのは外に警察がいたから。それだけだ。要するに、次はねぇってことさ。もしその恰好で俺の目の前にもう一度立つならその時は――わかるな?」


 端的に俺の意思のみを伝える。


「ごめ゛んだざい゛。ごめ゛んだざい。ごめん゛だざい…………」


 何度も頷きながらも謝罪の言葉を述べる金髪ピアスを一瞥すると、俺は立ち上がり、リビングに向かう。

 当面の問題は明日の極門会地球上消滅作戦を事前に察知され手を打たれることだ。金髪ピアスの話に出てきた政治屋の圧力により、この件がもみ消される。ないしは俺に罪を擦り付けてくる。その力押しの正攻法で来ることが俺にとっては一番厄介だ。

 千里眼でこの屋敷を取り囲む冗談ではない数のパトカーを認識する。

 この建物の裏の林の中にはまだ捜査員たちが張り込んでいない。今ならみつからずにずらかれる。奴らも警察官だ。いくら政治屋からの圧力があっても被害者の女子高生を生贄には差し出すまい。

 つまり、直接俺が烏丸家につれていくか、警察から連絡があり烏丸家が引き取りに行くかの違いにすぎない。正直、どちらでもかまわんだろう。本人の意思に委ねるとしよう。

 そう思って尋ねたわけだが、涙目で俺の首に手をまわして、その耳元でよく通るような大音声を上げてきやがった。むぅ、今どきの女子高生の心情は、おっさんの俺にはさっぱりだ。

 そんなこんなで、烏丸和葉を背負い邸宅の裏の林から警察にみつかることなく無事脱出することができた。

 上着を破かれたため彼女には俺のヨレヨレのスーツを貸したわけだが案の定、相当悪目立ちしている。このままでは通報されるのも時間の問題かもな。俺としては是非とも自分の足で歩いて欲しい所だ。


「なあ、そろそろ自分で歩けるか? 俺も流石に重いんだが」


 援助交際している男女の絵図に見えるのが嫌だとストレートに伝えるわけにもいくまい。実際は羽のように軽かったが、一応、もっともらしい理由を述べておく。


「……」


 和葉は俺の問には一切答えず、そっぽを向いたままただ俺の右頬を抓ってくる。益々意味不明な娘だ。まあ、大方、腰でも抜かしているんだろうさ。仕方ないか。

 大通りでタクシーを捕まえていると――。


「タクシーはいかがかしら? もちろん行先は堺蔵さかえぐら警察署内までよ」


 腰に手を当てて赤峰がこめかみに青い癇癪筋を走らせつつも、笑みを浮かべていた。

 あら、みつかっちまった。それにしても赤峰の奴どうやって俺達がここにいることがわかったんだ?


『うほー、中性的美少女の上半身だけスーツにスカート。なんて絶妙なアンバランスゥゥーーーー!!  きゃわわわわわーーーーーーー!』


 馬鹿猫が奇声を上げて俺の背の和葉に飛びつき頬擦りをかます。


「ひゃっ!? な、何この子猫っ!!」


 うん? 今、和葉の奴、猫って言ったよな? それに赤峰の視線は、和葉にハグしているビッチ猫に注がれていた。二人ともクロノが見えているのか?


「なーるほど、あんたがこの場所に来れた理由はそれか?」

「ええ、その猫ちゃんが、ついてくれば君に会えるといってスタスタ歩き出したの。まさか、猫に話しかけられるとは夢にも思わなかったわよ」


 赤峰は髪をかき上げ、親指を背後の路上に止めてある一台の乗用車を指す。

 おそらく、乗れという意味だろう。面倒だ。マジで面倒極まりない女だ。

 だが、どの道、和葉の件は後日、彼女の口から説明が必要だったんだ。でなければ、俺は暴力団宅に襲撃を掛けた凶悪犯としてお尋ね者になりかねなかったからな。烏丸家は五右衛門に守らせているし、全ては雫の本日の働きにかかっている。要するにだ。俺のターンはもう少し先ということ。

 いいだろう。今は存分にこの茶番に付き合ってやるよ。

 俺は大きく息を吐き出して歩き出した。


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