第9話 ゴキ侍推参し候


 蛆虫野郎の存在は知った。あとはどう料理するかだ。回復系の能力があればより良いんだが、俺にはそんな気の利いた能力は無いしな。え? 回復系能力を何に使うんだって? それは企業秘密だ。

 それから一ノ瀬を家まで送って行った。警察から実家まで連絡がいったのは先ず間違いないし、親御さんに事情を説明する必要があったからだ。

 ありったけの敵意をぶつけられるものと覚悟していたが、今回の事件自体が一ノ瀬家の債権者である極門会の組頭により引き起こされたものだと既に娘の一ノ瀬雫から伝えられていたらしく、逆に娘を今迄匿ってくれてありがとうと、何度も頭を下げられてしまう。

 おそらく7000万円の金銭とあの『蒼麗玉』から、俺をどこぞの御曹司と勘違いしたのかもしれない。



 正午に一ノ瀬と有給を使い会社を早退した。斎藤さんにはドヤ顔されるし、他の男性社員には悪鬼のごとき形相を向けられる。完璧に勘違いされてしまったが、今はそんなことを言っている余裕は俺達にはない。

 一ノ瀬とは会社前で別れた。一ノ瀬にはこれから最も重要な役割がある。それこそが、獄門会という巨大組織をこの世界から消滅させるくさびとなる。

 もちろん、仮にも獄門会に潜入するんだ。相当なリスクがあるが、そもそもそのために一ノ瀬にはこの一週間鍛えまくってもらったのだ。現に、今の一ノ瀬なら獄門会のクズ共など数十人相手でも物の数ではあるまい。問題はイレギュラーの存在だが、大怪盗の称号の効果により、一ノ瀬は姿を自由に変化できるし、気配や姿も消せる。自ら好き好んで無茶しなければ、下手など打ちようもない。

 さて俺も行動に移すとしよう。まずは、昨日頼まれた鬼沼の依頼の達成からだ。

 鬼沼とはこれから長い付き合いになる。恩を売っておくのが吉。それに鬼沼は損得勘定ができる奴だ。俺が力を見せ続ける限りは、信用できる。もちろん信頼しすぎるのは厳禁だがね。それにこの依頼、少々興味もあるしな。


 鬼沼の指定されたファミレスで窓際の席に座り、好物のチキンカツとドリンクバーを注文し、道路を挟んだ向かいの四階建てのビルの様子を伺う。

 午後3時となりあの黒髪をサイドダウンスタイルにした壮絶美女が建物から出てくる。

 あの女の名前は、烏丸忍からすましのぶ。どうみても二十台前半にしかみえんが、あれでも俺より一歳年上で二児の母らしいぞ。にしても烏丸か。ファンタジァランドで助けた優斗少年がそんな苗字だった。まあ、そんな偶然あるはずもない。おそらく偶々だろうがね。

 さて、俺も動き出すとしよう。

 千里眼で確認しつつも、俺も会計を済ませて外に出る。現在、烏丸忍は、横断歩道を歩いている最中だ。あとは、彼女に気付かれぬように後をつけるだけ。鬼沼の危惧が的中すれば、この帰宅途中で彼女は襲われる可能性があるはず。

 

 そろそろ彼女の自宅付近だ。この辺は住宅が密集しており、裏路地などはほとんど人気ひとけなどない。襲うとしたらこの周辺だろう。

 千里眼を発動すると路地裏から八人のいかにも堅気には見えない男たちが様子を伺っているのが確認できた。さらに彼女がいる路上と裏路地を挟んで反対側の路上にはバンが停めてある。あれが奴らの逃走経路ってわけか。

 どうやら、鬼沼の危惧が見事的中したようだ。それにしても、護衛をした途端いきなり拉致現場に遭遇するとはな。流石にこれを偶然と片付けるほど俺はお目出度くない。十中八九、鬼沼が奴らに働きかけたのだろう。

 まあいい。奴らには少々聞きたい事があった。じっくりたっぷりその身体に聞くことにしよう。

 俺は千里眼で奴らの動向を把握しつつも、回り込み奴らの逃走経路を塞ぐ。そして、悪質な笑みを浮かべていることを自覚しながらも俺は奴らに近づいていく。

 路地から顔を出して、通りの様子を伺っている男たちの肩を掴む。


「はーい」

「な、なんだ、お前――」


 俺は男の顔面に右拳をぶち込んだ。



 現在、男どもをフルボッコにしロープで拘束したところだ。

 そして、烏丸忍が無事家に到着したことを千里眼で確認し、ニンマリと笑みを浮かべる。計画は順調に推移中。あとはこの馬鹿どもから奴らの計画を聞き出すだけ。

 手段はどうしようか。そうだな。あれの試験でもしようか。正直、どうなろうと知ったこっちゃない素材などめったにないわけだし。


「てめぇ、自分のしたことわかってんのかっ!? 俺達は極門会だぞっ!」


 知ってるさ。だからこうして拘束しているわけだし。


「へっ! 貴様は俺達極道を敵に回したんだ。何せ俺達極道はしつけぇからよぉ。もう普通の人生は送れねぇぞ?」

「てめぇの身内は、全員攫って海に沈めてやんよ! もちろん、女は風呂だがなっ!」


 何が可笑しいのかわからんが笑い始めやがった。

 いいね。こういう世間知らずのボンボンの調教ほど心躍るものはない。俺はアイテムボックスから黄泉の狐面を出して顔に装着する。


「なんだぁ? 今更顔を隠したって無駄だぞぉ。てめえの顔はしっかり覚えてる。期限までに5000万払えるって宣言した大法螺吹きだろぉ!」


 五月蠅い馬鹿は放っておこう。どうせすぐに押し黙るしな。

 さて色々試してみたい。千里眼をこの裏路地を中心に発動し解析を開始する。ゴミ箱、木箱や積まれた段ボール箱の中にいる複数のカサカサと蠢く生物。

 俺は千里眼でその生物たちの一匹を特定する。チカチカと点滅するその生物につき、仮面をつけてから生じた右隅の『降霊』との文字パネルをタップした。

 青色の炎がゴキブリを覆い、燃え上がる。さらに、その姿が数倍に大きくなり、四肢が人型に変形していき、妙にリアルな顔が生えた。

 そして――ガチャガチャと鎧が擦れる音が聞こえてくる。


「お、おい、あれ?」


 路地の一点に視線を固定し、自称極道の剃り込み坊主が血の気の引いた真っ青な顔で他の仲間たちに注意を促す。


「ひっ!!?」


 案の定、奴らから小さな上擦った悲鳴が上がる。こればっかりは、こいつらをチキンと責められんよ。自分で作った俺すら、思わず大声を上げて回れ右をして逃げだそうとしたくらいだし。

 要するにだ。路地の暗がりから俺達の方へ威風堂々と歩いてくるのは、武者の鎧に身をまとった体長1mほどの巨大人面ゴキブリだったわけだ。


『キモッ! キモッ! キモォーーッ!!! アキト、そなた、な、何ちゅうものを作るんじゃっ!』


 そんなこと言われてもな。面白いかなって思ったんだよ。まさか、こんな不思議生物を生み出しちまうとはな。うーむ、自分のこの芸術力が恐ろしい。

 俺の前まで来ると熊の様な顔の人面ゴキブリは、恭しくも跪く。


『拙者はゴキ侍――五右衛門、ただいま、推参しそうろう


 なぜ一人称が拙者なんだよ? ゴキ侍って? その鎧と刀、どこから持ってきたんだ?

 やべぇ、ツッコミどころが満載でどこから指摘していいのかわからんわ。


「お、おう。ご苦労」


 内心では動揺しまくっていたが、右手を上げて挨拶を交わす。


『我が殿よ、我が忠誠は殿に。いかがぞ御命令を!』


 いや、殿って言われても反応に困るんだが。とりあえず、命令しろというのだ。してみるべきだろうな。


「じゃあ、俺今、そいつらを尋問してんだ。それを手伝えよ」

『承知仕る!』


 五右衛門は得意げに、ヒューと指笛を吹き鳴らすと、カサカサと耳障りな音が裏路地に木霊する。そして、それらの音は次第に大きさを増していった。

 既に俺達の周囲は、裏路地の壁一面をはいずり回る黒光りする生き物で埋め尽くされてしまっていた。

 

カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ!


「ひいいぃぃぃっ!!」


 自分たちを完全包囲している蠢く黒光りした小さき悪魔たちを視界にいれ、絹を裂くような悲鳴を上げる哀れな子羊たち。その薄幸な弱者の気持ちなどゴキ侍こと五右衛門にわかるはずもない。


『さあ、我が同胞たちよ。我が殿の命じゃ。存分に力を振るうがよい』


 直後、黒い悪魔たちは極道たちの頭上へ降りそそぎ、文字通りの生き地獄の幕は開ける。



 やる気満々の五右衛門により、実にあっさり奴らは陥落した。五右衛門の行った悪趣味な振る舞いは全力で忘れたいんで聞かないでくれ。いやさ、マジで思い出しただけで気持ち悪くなるんだよ。

 ともあれ、今や震える哀れな子羊から、知りたい情報は粗方集めることができた。

 何でもあの大井馬都おおいばととかいう性欲ゴリラから、烏丸忍とその長女の烏丸和葉からすまかずさの身柄を抑えるように指示されたらしい。確か、烏丸和葉も確か鬼沼の保護リストにはいってたな。

 烏丸和葉は堺蔵さかえぐら高校一年。朱里と同じ高校だな。偶然の一致にしては絶妙すぎる。あの我儘お転婆娘にこの件を知られれば非常に面倒なことになる。慎重な行動が見込まれるな。

 ともあれ、烏丸和葉は吹奏楽部であり、午後の6時まで学校で練習中らしいし、彼女の下校の時間までは十分余裕がある。これなら、今から向かえば十分間に合う。


『殿、この賊共、いかがなさいましょうぞ?』

「うーん、ここで極門会に戻られても面倒なんだよな」

『されば、拙者が処理するでござる。お命じ候へ』


 五右衛門ごえもんの提案に、極門会の極道たちは、嗚咽するような金切り声を上げる。

 確かに、どんな単細胞の怖いもの知らずでもあんなことされたらもう逆らう気も失せるわな。ほら、失禁して鼻水と涙を垂れ流しているのが大半だし、隅の金髪ちょび髭は薄ら笑いを浮かべてお花畑の世界へと旅行中だぞ。クロノなんて最初のあの黒い悪魔たちの登場で目を回しちまっている。


「いや、お前らには今から少々やってほしいことがある」


 ほっと安堵のため息が漏れる。

 あのな、俺に慈悲を期待するなよ。お前らは朱里に手を出すと宣言したんだ。自分がしてもいいが、されるのは絶対にいや、そんな子供染みた我儘が通用したのは少し前までの甘くも優しい世界だけの話だぜ?

 

『おお、殿のお役に立てる! なんなりとお命じたもうぞ!』


 暑苦しい涙を流す五右衛門ごえもんに周囲の黒い悪魔どももまるで同調するようにカサカサと蠢く。なんだろうな。この風景。


「その姿、不自然でない感じで変えられるか? できれば女子供受けする姿ならばなお良し」

『致すことができ候』


 飛び上がり一回転すると、頭から二つの触覚を生やした生意気そうな少年の姿になる。

 うむ。この姿ならただの子供にしか見えん。特にあの種族の選定で、触覚のあるものは町に腐るほど溢れている。


「俺についてこい」

『承り申した』


 これで条件のほとんどがクリアされた。五右衛門の平均値ステータスは70前半。大した強さではないが、それでもこんな極門会とかいう雑魚どもよりはよほど強い。こいつには、烏丸家の護衛をしてもらうことにする。

 さて、面白くなってきたな。


「解放してくれるんですか?」


 不安を隠そうともせず、極門会の構成員の一人が土下座の恰好で俺に尋ねてくる。


「どうだと思う?」

「今すぐ警察に出頭して全てを話します! だから、もう許してくださいっ!!」


 必死に俺に縋りつく極門会の構成員たちに俺は口端を上げて、


「んなわけねぇだろ。お前らは俺の身内に手を出すとまで言い切ったんだ。明日、全てが終わるまでそいつらと遊んでもらえよ。そうすれば、そのクソッタレな根性も少しはましになるだろ」


 そう突き放し、五右衛門に目配せをすると、大きく頷き指笛を吹く。

 同時に周囲の黒色の悪魔たちが再度うぞうぞと動き、極門会の構成員たちを飲み込み、裏路地の奥へと運び去って行く。まあ、一応最初、五右衛門には命までは奪うなと命じてある。だから、死にはしないだろう。多分……まあ、別にどうでもいいがね。

  さて、そろそろ俺も行動を起こすとしようか。


「いくぞ」

『はっ!』


 俺は烏丸家に向けて歩き出したのだった。


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