第8話 警察署での取り調べ


堺蔵さかえぐら警察署取調室


「では君はなぜそこに彼らが埋められていたこと知ったんです?」


 警察官とは思えぬぱっつんぱっつんの蠱惑的こわくてきなスーツを着た赤髪の捜査官はもう何度目かになる質問を口にする。あのオーク事件で俺を取り調べた捜査官の一人だ。以前と外見が同じことから察するに、俺達のような特殊職業系の種族を選択したのだと思われる。


「だから、助けを求める声が聞こえたって言ってんだろ!」

「なら、なぜ真夜中にあの場所にいたの!?」

「それは――なんとなくだな」


 返答に詰まった俺に、赤髪の女は目尻を吊り上げて、右拳をテーブルに叩きつける。


「君の言っているのことは全て支離滅裂です。そんな話、我らが信じるとでも?」

「そういわれても真実だしな」

「それを証明するものがいなければ、君の言葉に信頼性はないも同然です」

「一ノ瀬雫の発言は?」

「彼女は君と同棲していた。つまり、君に特別な感情を持った女性でしょ? ならばその発言に信頼性などありませんよ」

「信頼性って……あんた、処女だろ?」

「なぁっ!?」


 忽ち、顔を真っ赤なリンゴのようになって、口をパクパクさせてしまった。

 俺達のやり取りを聞いていたフットボールでもやっていたかのようなガタイの良い坊主の捜査官が口を押えて噴き出す。もう一人の年配の捜査官など壁に顔を向けてプルプルと全身を震わせている。どうでもいいが、お前ら笑い過ぎだ。


「どこの世界に惚れた男の暴行を手伝う女がいんだよ? あんた、絶対その手のエロ本の見過ぎだぜ」


 遂に背後の二人の捜査官は声を上げて笑い出してしまう。


「い、痛い所突かれたなぁ、赤峰」


 年配の捜査官が膝をバンバンと叩きながらも大声を上げて笑い声を上げる。

 不動寺とかいう捜査官と年配の二人の捜査官はさっきからこの調子で、面白がってみているだけ。多分、こいつら、俺が犯人じゃないってとっくの昔に気付いている。犯人に心あたりでもあるんだろう。


「ふざけないでっ! 笑いごとじゃありませんっ! 失礼だし、第一、不謹慎でしょう!? 人が二人も死んでるんですよっ!」

「あー、悪い、悪い。そうだな」


 少しの間、肩を震わせていたが、赤峰と呼ばれた捜査官は何度か深呼吸をすると、


「それでは現場の状況の確認からもう一度」


 また同じ質問か。きりがない。別にこの女捜査官が無能だとは思わない。この状況なら俺が赤峰の立場でも不審に思うだろうしな。

 女には暴行の跡があったらしいし、どの道、さっき採取した俺の血液のDNAを調べれば俺の身の潔白は証明される。

 俺が不愉快で心底我慢ならないのは、こんな場所にいつまでも拘束されて今すべきことを実行に移せないことだ。


「もういいだろう。このままじゃ堂々巡りだ。今日の取り調べはここまでにしよう」

「それを決めるのは君じゃなく私達よ!」

「その捜査官様は、あまりやる気がなさそうだが?」

 

 赤峰捜査官は肩越しに振り返るが、その怒りが益々蓄積されていき、とうとう怒髪冠を衝くごとき状態になる。


「早く答えなさいっ!!」


 そして遂には、ヒステリックな声を張り上げた。

 この茶番を俺の意思で終わらせられないなら、是非とも尋ねたいことがある。


「大井馬都、この名前に心あたりは?」


 俺がその名前を口にした途端、背後の二人の捜査官から笑みが消えた。どうやらビンゴのようだ。

 赤峰捜査官も眉を顰めているが、この独特の雰囲気からして名前だけは知っているようだ。


「教えろよ、どこのどいつだ?」


 今回のターゲットの名前の身元が分かるならこの茶番も十分すぎるほど意味がある。


「質問しているのは私達よ。勝手に無関係な話を――」

「その質問に答えたら、俺が知る秘密を話してやるぜ」


 もちろん、提供する情報は必要最低限なものに限るがな。


「悪いけど、本事件に関係ない市民の情報を――」

「仮に答えたら、兄ちゃんは、どうするつもりだい?」


 年配の捜査官が開きかけた赤峰の口を右手で遮り、赤峰の隣の椅子に座るとそんな当然のことを聞いてくる。


「俺がどうするかね……」


 そんなの決まってる。あのヒョロイ、リーマンの兄ちゃんから託されたからな。


「この世の地獄をみせてやる」


 これは俺の意地だ。どんな手を使ってでも、大井馬都というクズには生きてきたことを後悔させるほどの地獄を味合わせてやる。


「……」


 誰も口を開かない。そんな気まずい静寂の中、扉が開かれ一人の捜査官が部屋に入ってくると、年配の捜査官に何やら耳打ちする。


「もう帰っていいよ。遅くまで申しわけなかったね」


 年配の捜査官は立ち上がり、俺に軽く頭を下げてくる。


「部長、彼は絶対に嘘をついていますっ!!」


 赤峰捜査官が年配の捜査官に非難の言葉を口にするが、


「忘れるな。これは任意の同行に基づく取り調べだ! これ以上やるなら令状が必要だぞ?」


 初めてそう激を飛ばす。


「……」


 赤峰捜査官は、悔しそうに下唇を噛みしめると取調室を出て行ってしまう。

 あの女捜査官に相当不信感を持たれてしまったようだ。というより最初から敵視されまくっていたわけだが。

 とはいえ、女に敵視されるのも不信感をもたれるのも改めて考えればよくあることか。むしろ、雨宮や一ノ瀬がおかしいだけだし。

 気を取り直して外に出る。外に出ると警察署前には二人の人物が出迎えてくれていた。

 一人はおのずと知れた一ノ瀬雫。もう一人はおそらく俺たちの釈放を手伝ってくれた人物だ。


鬼沼きぬま、借り、作っちまったな」

「ええ、旦那に借りを作れるなど今後も滅多にありそうもありませんしねぇ。大層恩に着てくだせぇ」

「言ってろよ」


 鬼沼きぬまが用意した警察署前に止めてあったベンツに乗り込む。


「旦那が巻き込まれた事件の概要でやす。調べておきましたのでご覧くだせぇ」


 乗車するやいなや鬼沼きぬまが俺に資料を渡してくる。


「助かる」


 資料を受け取り、ぺらぺらと捲る。


「くはっ! マジかよ!」


 胸の底から堪え切れない可笑しさがこみあげてきて、俺の口から狂喜が吐き出される。

 その資料には、獄門会釜同間組頭――大井馬都おおいばとによる目が覆いたくなるような犯罪行為がうんざりするほど記載されていたのだ。


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