第7話 託されたもの


 2020年10月22日(木曜日) 午後9時12分


 数日経過して、あれからいくつかの事項が判明した。

 一つは約3時間、高レベルの魔物を倒させても一ノ瀬のレベルが一つも上がらなかったこと。正直これが一番困ったが、俺と一ノ瀬の差を考えてみればすぐに結論には到達することができた。

 即ち、この俺のバグっている成長率だ。これがバグの意味ではなくカンストの意味ならば、俺がこの短期間で異様な成長を遂げたことの説明にもなる。

 ここまでわかってしまえば後は簡単だった。一ノ瀬とパーティーを組み、ダーウィンにより成長率を俺に同期させればいいだけだった。

 パーティーの編成は、ダーウィンの最後の項目である点滅している『パーティー編成』を押すとパーティー名とともに決定できた。加えて、ダーウィンの効果によりメンバーに一つだけ俺の称号を使用させることできるので、【社畜の鑑】の称号を持たせたからほぼ不眠不休でレベル上げに邁進できたのだ。

 それから、数日間、最も魔物が強力な一階層クエスト実施場所周辺で、毎日パワーレベリングを行った。結果、一ノ瀬はメキメキとレベルを上げていき、遂に――。


「はっ!」


 一ノ瀬が地面のスレスレを疾走し、すれ違い様に昨晩届いたばかりのネットの通販で購入した小刀で双頭のクマ――【ニホングマ】の首を刎ねる。頭部を失った【ニホングマ】が細かな粒子へと変わり、魔石が落下すると、


《LvUP。一ノ瀬雫はレベル20になりました》


 いつもの天の声が木霊する。どうやら、この声は同じパーティーのものには聞こえるらしい。

 それにしても、長いツインテールをなびかせながら小刀を振るう一ノ瀬は怪盗というより、くノ一みたいだ。コミケでスケスケのくノ一コスでも着れば、さぞかしオタク共の恰好の被写体となるな。きっと……。


「先輩、先輩、スキル【スティール】を覚えたよ! あと次の種族――下忍へのランクアップが可能だって!!」


 下忍か。益々、外見のイメージに近くなってるぞ。あとは、太股が露出されたエロエロな忍装束を着れば晴れてコミケデビューだな。

 それはそうと、スキルが、【スティール】か。どうやら相手の物を盗んだりするスキルのようだ。あまり多用すべき能力ではないが、役に立つこともあるだろうさ。


 今も興奮気味に飛び跳ねている一ノ瀬を何とか宥めて、地上に戻る。

 一ノ瀬にはランクアップをすると、意識を失う旨を説明し、自分の部屋に戻ってから行うよう指示を出す。ちなみに、一ノ瀬の部屋はクロノの隣だ。

 

『外は良い満月よ。妾は少し夜風に当たってくるぞ』

「おう。交尾か? 頑張れよ!」

 

 大人になろうとしている馬鹿猫を笑顔で見送ってやる。


『この戯けがっ!!』


 俺に向けて跳躍するとその顔をバリバリと爪を立てて引っ掻いてくる。


「何すんだよ!?」

『そなたはセクハラを交えねば口を開けない病にでもかかっているのかっ!!?』

「おまえ、たまに、ひどいこというのな」

『そなただけには言われとうないわっ!』


 ぷりぷりとしながらも器用にも窓を開けると外に出ていくビッチ猫。

 さて本格的にやることがなくなったぞ。この暇な時間を利用し、俺自身と一ノ瀬のステータスを簡単に確認するとしよう。

 ちなみに、現在一ノ瀬は風呂に入ってこの場にはいないが、一糸纏わぬ姿を覗いて鑑定をしようというわけではなく、同じパーティーメンバーならばどこでも自由に確認することができるというだけだ。


―――――――――――――――

〇名前:藤村秋人

〇レベル(ダーウィン):16

〇ステータス

 ・HP   2000

 ・MP   1500

 ・筋力   509

 ・耐久力  520

 ・俊敏性  540

 ・魔力   503

 ・耐魔力  510

 ・運    401

 ・成長率  ΛΠΨ

〇権能:万物の系統樹

〇種族:【ダーウィン】(ランクF――人間種)

 ランクアップまでのレベル16/30

〇称号:

 ・【社畜の鑑】

 ・【世界一の臆病なプロハンター】

 ・【新米ヒーロー】

 ・【業物を持ちしもの】

〇スキル:

・【社畜の鞄アイテムボックスLv7/7】

・【千里眼Lv7/7】

・【チキンショットLv7/7】

 ――――――――――――――――


 ステータスが倍近く増えている。思った通り、上位ランクでのレベルアップの方がより上昇率が高いんだと思う。

 

 あとは二つのスキルだな。


―――――――――――――――

・【チキンショットLv7/7】:特定の指定された場所に、遠方から射程を無視して遠距離攻撃できる。

・【千里眼Lv7/7】:遠方まで距離を視認し、詳細に鑑定できる。

 ――――――――――――――――


 【チキンショット】に関しては回数制限が消えたが、依然として場所の指定は必要だから、事実上千里眼の範囲内でのみ使用可能ということになるな。

 【千里眼】は射程が伸びて、遮蔽物の条件が事実上消えた。


―――――――――――――――

〇名前:一ノ瀬雫

〇レベル(怪盗):20

〇ステータス

 ・HP    360

 ・MP    270

 ・筋力    94

 ・耐久力   89

 ・俊敏性   111

 ・魔力    88

 ・耐魔力   87

 ・運     49

 ・成長率   ――

〇種族:怪盗(ランクG――人間種)

 ランクアップまでのレベル20/20

〇スキル:【スティールLv1/7】

〇称号:

・【社畜の鑑(借)】

・【大怪盗】

 ――――――――――――――


…………………………………………

・【大怪盗】:姿や気配の消失、開錠・施錠完全操作など怪盗の能力を維持することができる。また、意思一つで自在に己の思うがままに変装することが可能。

…………………………………………


 変装の能力が追加されている。これはいいな。これで一つ目的達成に近づいた。

 

 丁度、風呂から上がった一ノ瀬がキッチンの冷蔵庫を開けて、グラスに牛乳を注いでいるところだった。


「先輩もどう? 冒険の後のお風呂は気持ちいいよ?」


 細い腰に左手を当てて、一ノ瀬は牛乳を一気飲みする。


「いや、どうでもいいがお前、馴染み過ぎだ」


 会社でもこのテンションで関わってくるから、周囲に変な勘違いをされやしないかと気が気じゃないんだ。

 友人を盗られた心境なのだろう。特に最近、雨宮の奴がやけに機嫌が悪いし、これでも難儀している。少しは俺の苦労も考えてもらいたいもんだ。


「かもね」


 にゃははと笑いながらも、俺の正面のソファーにゴロンと横になる。

 しばし、一ノ瀬は無言で牛乳を空の器に注いではチビチビと飲んでいたが、


「ねぇ先輩、私、やり遂げられると思う?」


 コップを両手でいじりながら尋ねてきた。

 相手は関東一の暴力団。そりゃあ不安にもなるだろうさ。だが、やり遂げられるかは本人の気持ち。つまり、他人が何と言おうと本人次第だ。


「それはお前次第だろう」


 即答する俺に、さも可笑しそうに笑うと、


「そういうと思った」


 カラカラと笑う。だったら、聞かなければいいだろうに、相変わらず変な女だ。


『アキト、シズク、今すぐ来るのじゃっ!!』


 そこで頭に響く金切り声。

 こんな狼狽したクロノの声など一度も耳にしたことがない。考えられる最悪は、クエストがこの地で起きたことだが……。


「一ノ瀬はここで待て!」


 走り出そうとするが、


「私も行くよ! 私達パーティーでしょ!」


 僅かな憤りを含んだ声色で、俺の指示を彼女は真っ向から否定する。


「それもそうだな。ならば十分注意してついてこい!」


 それにこの家が安全という保障もない。特段の例外を除き、既に今この世界に生きる限り安全な場所などありやしないんだ。俺達はクロノの元へ走り出す。


 クロノと俺の意思が繋がり、そしてパーティーを組んでいる一ノ瀬もそれは共有できている。だからクロノの所在は、直ぐにわかった。そこは俺の家から目と鼻の先の崖の下。

 黒猫の視線の先には、掘り返したような地面。悪寒がするぞ。俺の人生観を変えてしまうほどの強烈な悪寒が。


『この下じゃ! ここから僅かじゃが、生者の気配がする!』

「一ノ瀬、掘るぞ!」


 俺はアイテムボックスから余分に買い込んでおいたシャベルを取り出し、一ノ瀬に投げると掘り起こす。

 

 中から出てきたのはズタボロでとっくの昔に息が絶えている女の死体と、虫の息の男だった。

 男も相当殴打された跡がある。おそらく睡眠薬でも飲ませられて生きたまま埋められたのだろう。

 こんな不合理極まりないことをするのは、意思と理性のない魔物なんかじゃなく、まぎれもない人間だ。


「一ノ瀬、今すぐ救急車を呼べ!」

「う、うん!」


 俺の指示にスマホで電話をする一ノ瀬。


「おい! しっかりしろ!」


 俺は男を抱きかかえるとその頬を叩く。


「おい!」


 叫びが通じたのか、男は薄っすらと瞼を開ける。


「君……は?」

「近隣の住民だ。安心しろ。もうじき救急車が到着する」


 俺にはこの男を癒す術がない。下手に動かすのは愚策か。


「お願い……ですっ! 明美の……明美の仇を討ってくださいっ!!」


 男は俺の袖にしがみ付き口から吐血しながらも捲し立てる。その瞳の奥にあったものに俺は心当たりがあった。それは――。


「何があった?」


 聞かずとも彼女の惨状をみれば大体の予想は付く。それでも俺は確認していた。


「あ、あいつは……明美を……攫って……嬲り殺しに……した。もうすぐ……結婚……する……予定だったのに……」


 悔し涙だろう。玉のような雫をぽろぽろと流しながらも男はそう独白する。

 それだけ聞けば十分だ。あとはそれをした奴の名前だけ。


「誰がやった?」

「大井……馬都……お願いっ……奴をっ!!! …………」


 男は俺の袖を握り締め、力を振り絞って声を張り上げるとそのまま脱力してしまう。


「死んだ。警察も呼んでくれ」

「……」


 無言で頷くと一ノ瀬は、新たに電話をかける。


『のお、アキト』

「何だ?」

『なぜ、人間は同族にここまで非道になれる?』

「さあな。だが多分、人間だからじゃね」


 理性を失ったとき、人は際限なく非道になれる。そういう生き物だ。有史をみればそれは証明されているようなもの。


『妾は……』

「いいから今は、仁愛の女神らしく二人の冥福を祈ってろ」


 クロノは、こくんと小さく頷くといつものように俺の右肩に乗ると蹲ってしまう。

 くそがっ! 胸糞の悪い真似しやがって! いいだろう。とことんまでやってやるさ。

 俺は喉を掻きむしりたくなるような発狂しそうな憤りを必死に押さえながらも、男を横に寝かせるとその瞼をそっと閉じた。


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