第6話 野心 大井馬都


2020年10月22日(木曜日)  


 堺蔵さかえぐら市郊外の邸宅


 薄暗い部屋の中、ベッドの上には全身に青痣がある襤褸雑巾のようになった裸の女が横たわっていた。そして、彼女にまたがり獣欲をぶつける長身長髪の男。

 男の筋骨隆々の鋼のような肉体の全身には般若をかたどった入れ墨がなされている。

 男は両手で女の頬を叩き、反応ないことを確認すると――。


「もう壊れたか。このシャブは少々、効果が強すぎる」


 極門会釜同間かまどうま組、組頭――大井馬都おおいばとはそう独り言ちると、


「おい! こいつをどこかの森にでも捨ててこい」


 部下にそう指示を出して着替えると部屋を出る。

 マンションの前に止めてある黒塗りの車に乗り込もうとするが、


「あ、明美を返してくれっ!!」


 サラリーマン風の男が必死の剣幕で駆け寄ろうとするが、直ぐに馬都の部下に羽交い絞めにされてしまう。


「明美?」

(さっき壊れた女です)


 眉を顰める馬都に、部下のスキンヘッドの男が耳打ちした。


「頼む! 何でもする! だから明美を返してくれっ!!」

「わかった。返す、返す」


 馬都は口角を上げつつも、サラリーマン風の男の肩を数回叩き、


「あの女の元に・・・・返してやれ」


 部下に指示を出し馬都は車に乗り込んだ。


「お疲れ様ですっ!!」

「お疲れ様っス!!」

「お疲れっス!」


 挨拶の言葉とともに馬都に一斉に下げられる頭。その列の中、建物の中に入る。

 正面の席へと座り、葉巻を加える。女を好き放題蹂躙した後の一服は最高なのだ。


「それで例のシノギの方は?」

「へい、最近5年以内に死んだ者で極門会と関連する不動産屋と何らかの取引関係にあった奴の名簿の1003名の124名まで卑室ひむろの奴に借用書を偽造させて、ただいま取り立て中です」

「ストックは沢山あるんだ。もっとペースを上げさせろ」

「へい!」

「ヤクの製造の進行状況は?」

「製造班に行わせていますので、もう少しお待ちください」

「作り次第片っ端に餓鬼どもにばら撒いて、逃げられねぇようにしておけ。特に女にな」

「そのように!」


 坊主にそり込みを入れた男が一礼すると部屋を出ていく。


「まったく、いい世の中になったもんだ」


 あの種族の決定とかいう現象は馬都たちの世界から理性や自重という言葉を取り去ってしまった。

 部下たちに発現する様々な能力。それを駆使すればいかなる完全犯罪もやりたい放題だったのだ。

 加えて魔物の出没により、多少の行方不明ごときに一々、警察も構っていられなくなっている。おまけに馬都たちにすらも大した人員を割けなくなっており、この短期間で既にマル暴など有名無実化された。結果、反社会的勢力と呼ばれる組織の力は今や鰻登りってわけだ。


「既に極門会の中でもこの堺蔵さかえぐら支部のシノギの額が過去最高を記録しています。これで組頭の理事への昇進は約束されたも同然でしょう!」


 背後に控える側近のスキンヘッドによる興奮気味の台詞に馬都も頷き、葉巻を吸い込み口に貯めてそれをゆっくり肺へ送り込む。

 

「壊れた女の替わりがいる。リストを寄こせ!」

「はい。絞り込んでおきました。全ていい女ばかりですぜ」


 リストをパラパラと捲っていたが、突然その手が止まる。


烏丸忍からすましのぶ33歳、烏丸和葉からすまかずは15歳……烏丸忍? ここの女、どこかで……」


 眉間に薄いしわを刻んでいた馬都に、


「流石は組頭、お目が高い! 二人ともリストの中でもトップクラスでいい女ですぜぇ!

 しかも、烏丸家には資産を売却ののち、不足分は母親の忍を風呂に沈めようと思って――」


 鼻息を荒くして報告するサングラスの男の顔面に裏拳が叩きこまれ、すごい速度で壁まで叩きつけられて、ピクピク痙攣し始める。


「そうかっ! 烏丸忍、15年前に電撃引退したあの女優かっ!」


 狂喜に震える馬都に周囲の部下たちは遠巻きに頬を引き攣らせつつも眺めるだけ。


「組頭?」

 

 側近のスキンヘッドの男が躊躇いがちにその意思を確認しようとするが、


「烏丸親子を追い込めぇ! 母親にさえ手を出さなければ、少々手荒になっても構わん!!」


 馬都は歓喜の表情で指示を出す。


「「「へい!!」」」


 自分も殴られてはたまらない。部下たち一斉に弾かれたように外に出ていく。

 今までこの力で全てを手に入れてきた。そして、今や世界は変わり、力こそが至上の世界へ変わろうとしている。今迄のような学があるだけの無能野郎は淘汰され、馬都たち絶対的強さを持つものだけが世を動かせるそんな世界に!

 二日後の土曜日に開かれる極門会の幹部会議で馬都の理事就任が無事承認されれば、馬都の地位は磐石なものとなる。もうじき、この大井馬都が日本の裏社会を手に入れるのだ! そうなれば、今まで以上に好き勝手振る舞える。

 それに今回、偶然、あの仏蘭西フランスで伝説を残した女優も見つけることができた。娘を薬漬けにして身動きをできなくした上で存分に有効活用してやる。

 女の身体を蹂躙し、男との愛情や友情を引き裂き破壊しつくす。これからの悦楽の日々に下半身の一部が盛り上がるのを自覚しながらも、馬都は肺に葉巻の煙を再度送り込んだ。


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