第3話 借金取り

 日本内閣総理大臣――維駿河独歩いするがどっぽが歌舞伎町と京都仁条城前に現れたダンジョンについて報告を行ってからTVは連日連夜、このダンジョンと種族についてのニュースばかりだった。

 種族によっては角や羽が生えたり、動物や鳥の様な顔になったりするものまでおり、敵対しないよう注意を促す意味もあったんだと思う。

 ダンジョンについては、今後在日米軍と共同で調査をすることで一致したようだ。

 また緊急特例処置法が施行され、スライムやゴブリンのような魔物の討伐は推奨され、木刀やナイフのようなものの携帯は登録をすることを条件に許される結果となった。さらに、そのとき得た魔石には法外な値で政府が買い取る旨が伝えられ、大手の宝石店がさかんにCMでその売却を促している。

 俺も獲得した魔石は相当な数になるが、現在大して金に困ってはいないし、あのファンタジァランドでの件でとっつかまる危険を冒してまで売却しようとは夢にも思わない……はずだった。

 

「は?」


 俺は眼前の金髪サングラスの男に聞き返す。


「聞こえなかったかぁ! ほら見ろよ! これが5000万円の借用書だっ!!」


 確かにその用紙の名前も判子も俺の大好きなじっちゃん――藤村泰元ふじむらたいげんのものだった。

 

「テメエの爺が借金してお前がこの土地を含めて相続した。それはわかってんだ。きっちり払ってもらうぜ」


 マズいな。ヤバいくらい筋が通っている。だが、あの爺ちゃんが他人から不用心に金など借りるか? あの妖怪が騙されるなど絶対にありえないと断言できる。そうはいっても、否定もできないのも事実。うーむ、どうすべきか。


「おい、聞いてんのか、テメエ――」


 金髪サングラスが俺の胸倉を掴んでくるが、


「止めろぉ」


 長身で長く伸ばした黒髪をオールバックにした男に一喝されて、金髪サングラスはすぐに脇にずれると縮こまって頭を下げる。


「また来る。それまでに返済のプランを作っておけ」


 冷たい瞳で俺を見下しながらも背を向けると外に止めてあった高級そうな黒塗りの車に乗りこみ、そして――。


「そうそう、行政に逃げ込んで助かるとは思わんことだ。俺はどこまでも追っていき取り立てる。金がないなら言え。良い医者を紹介してやる」


 あらまぁ、臓器を売ってでも金にしろってことね。随分と過激な提案ですこと。


「ええ、考えておきますよ」


 オールバックの男はピクッと眉を動かし、


「いい度胸だぁ」


 口端を上げると後部座席を蹴り上げ、車は走りだす。


『相変わらず変な奴じゃな。あの程度、蹴散らせばよいではないか?』

「阿呆、それを人の世では借金の踏み倒しっていうんだ」

『なら払うのか? 妾は飯が少なくなるのは嫌じゃぞ』

「さてな、ともかく、俺からことを荒げるつもりはねぇさ」


 親族が借りた金だから必ず返さねばならぬと綺麗ごとを言うつもりはない。俺は元々、その手の倫理観に著しく欠如してる。それに、銀行等のまっとうな金融機関等なら努力はしようが、初対面の臓器の売却をちらつかせるような暴力団に尽くす義理など俺にはこれっぽっちもない。

 こちらも義理は尽くすが、一定の線を超えたらあとは成り行きに任せるさ。暴力団が素人の俺に借金を踏み倒されましたとなったら物笑いの種だろうしな。

 さてでは一応、金の工面の努力をするとしてどうすっかな。

 この敷地の売却は論外だ。じっちゃんとの思いでの詰まった場所だ。成立すら疑わしい借金のために失う気はさらさらない。

 5000万円か。そんな金、俺のどこはたいてもでてきやしねぇぞ。

 親父たちなら持ってそうだが、一円たりとも俺に出すことはあるまい。何より、俺自身、例え頼まれても奴らの援助を受けるなど御免被る。

 もっと現実的な方法を考えるべきだな。

 というか、考えられるのは一つ。魔石の売却だ。売却価格もかなりの高額だと聞くし、あのダンジョン出現からスライムやゴブリンの出現頻度が著しく増して、今や世間では小遣い稼ぎの魔物狩りがブームとなっているらしい。数を制限すれば売却してもさほど奇異ではなかもしれん。

 明日にでも会社が終わったら寄ってみよう。



 2020年10月15日(木曜日)


 最近は魔物の出没により残業がめっきり減った。社員のことを考えてというよりは、社会全体の風潮が夕方の外出を渋るようになったことが大きいんだと思う。午前様をしてもし、魔物に襲われたりでもしたら、それこそ労働基準法違反ではすまない。マスメディアの絶好の生贄の的となり、社会的に再起不能となる。それを恐れているんだと思う。

 一ノ瀬には少々尋ねたいことがあったのだが、あの種族の選定の日以降、一ノ瀬を始めとする数人は会社を休んでいる。何でも種族の変更に結構な負担がかかり、動けなくなるものが続出しているんだとか。会社も珍しく空気を読み、今回は特別に自己申告で有給休暇として認めているようだ。一ノ瀬も今週は体調不良のため会社を休むと連絡があったようだし、来週には顔を合わせられるだろう。

 それはそうとあの後ろ姿は雨宮だな。


「おーい、雨宮!」

「やあ、先輩も今お帰りかい?」


 振り返ると笑顔でこちらにパタパタと走ってくると俺を見上げてくる。

 雨宮は少しだけ背が伸びた。種族の選択前はガチで小学生にしか見えなかったが、一応今は中学生に見えるかもよ、くらいには変化している。この微妙な変化につき本人は相当嬉しかったようで、この数日テンションがやたらと高い。本人も喜んでいるようだし、それが一番良いと思われる。


「ああ、最近ずっとだからな。少し調子が狂っちまうよ」

「今晩、お好み焼きでも食べにいかないかい?」


 そういえばこの頃、結構頻繁に雨宮と夕食に行っているような気がするぞ。馬鹿猫が狂喜するし、俺も一人で食うよりはよほど気がまぎれる。なにせ、借金の件とか最近、気が滅入るようなことが多すぎたからな。天真爛漫な雨宮の姿を眺めながら飯を食うのは、いい気晴らしになるし。

 

「悪い、今日は用事があるんだ」


 本日は魔石を売りに行かねばならないからな。


「そうか。じゃあ、また明日」


 少し寂しそうにしていたが、直ぐに笑顔で右手を上げるとパタパタと駆けていく。

 俺も会社を出るとネットで調べた場所へと車を走らせた。



 場所は吉城寺の駅前にある宝石店。

 駐車場に車を止めて、目的のアクセサリー専門市場へと向かう。

 鑑定士の能力不足で魔石を安く買いたたかれたのではたまらない。一定レベル以上の鑑定士のいる宝石店であることは必須。一方、超大手は国と密接な関わりがありそうであり、目立ちたくない俺としてはこれもできる限り避けたいところだ。

 故に俺は中堅の評判がやたら悪い店を選択した。評判が悪くて中堅なのだ。目利きだけは相当の実力なのは予想がつくし、評判が悪ければ政府のお抱えなんてこともない。しかも、ごねて相手が実力行使にでたのならむしろこっちのものだ。

 それにしてもこのアクセサリー市場でかいな。

 地下2階、地上4階建ての大型デパートの様な場所に、様々な宝石専門の店舗が入り乱れている。

 カップルや金持ちばかりでどうにも場違い感が半端じゃないが、一応これでも比較的大衆むけの中規模宝石店が出店されているらしい。

 

 目的の宝石店は、建物の北東の角にある「宝石の売却なら日本一――七宝」との看板が立つ店だ。

 店舗に入ると――。

 

「いらっしゃいませ」


 内部は俺が思っていたよりもずっと綺麗で礼儀正しかった。

 30代後半くらいのメタボ気味の職員が両手を摩りながらも、俺を席に案内してくれる。


「今日査定して欲しいのはこれです」

 

 できる限りオドオドしながらも、前もって入れて置いたリュックから5個の魔石をテーブルの上に置くと、たちまちメタボ店員の目の色が変わる。

 一つ一つ手に取り拡大鏡を使い調査していく。そして最後のひと際大きな一個を掴んだとき、カッと目を見開く。どうやらこいつはあたり。多分俺の千里眼と同様なスキル持ちだ。


「お客さん、これらをどこで?」

「昨晩、この5つを会社の前の道端で拾ったんです。たしか、TVでは魔石の所有権は拾ったものにあるといっていましたから」

 

 こわばっていた顔を緩めてメタボ職員は何度か頷き、


「そうですか。他は大した魔石ではありませんが、最後の一つは別格です。100万でどうでしょう?」


 あり得ない数字を提示してくる。

 マジかよ。このおっさんの纏う雰囲気からして、客のために負けてくれるような殊勝な性格はしてはいないだろう。逆に二束三文で買いたたくような奴だし、今もそうしに来ているはず。つまり、この数倍の価値がこの魔石にはあるとみてよい。


「でも私用で今日中に多額の金が必要なんです。100万円では流石に……」

「で、では500万円では?」


 おいおい、いきなり5倍? あんな豚王子の石っころに500万円とか、ホント金銭感覚がガバガバになるよな。


「申し訳ありません。私はこれで」


 石を持って立ち上がろうとすると――。


「お、お待ちを! わかりました。わかりましたよ。お客さんには負けますなぁ。ではその倍の1000万円でどうでしょう?」


 すげえ! すげえぞ、豚王子君、いや、豚王子様っ! 貴方の贅肉たっぷりの肉からとれた石っころに1000万もの値打ちが付きました! 毎晩、貴方の雄々しいお姿を崇め奉りますぜ。

 魔石貴方の傍にこのビッチ猫を置いておきますので、どうぞ健やかに愛を育んでくださいませ。


『アキト、そなた、今、とんでもなく不届きなことを考えておるな?』

(いやいや、とんでもないよクロノ君。ぼかぁ今嬉しいんだ)


 目尻を抑えながらも、クロノの頭を撫でるが、


『けっ!』


 クロノは、ペッと唾を飛ばして悪態をつく。

 さて、この魔石の価値がわかった。あとは撒餌だ。もし罠にかかれば食い散らかし、かからなければ他の店に売りに行く。わざわざ、こんな買い叩かれそうな場所で売る必要もないしな。その場合、数件回ってから決めるべきだろうさ。


「ありがたいお話ですが、今日もう数軒回るつもりなので、そのあとで決定させてください」


 そういうと、魔石を全てバックの中に詰めて立ち上がる。


「そうで……ですか。またのお越しをお待ち申しております」


 メタボ職員も立ち上がり、俺に頭を下げたのだった。



『アキト、気付いておるか?』


 クロノが感情の消失した声を俺の耳元で囁く。


(もちろんだともクロノ君)


 まさかこうも俺の思惑通りに嵌まってくれるとは思わなかった。


『アキト、そなた、これを狙っておったな?』


 闇夜の中、俺を取り囲む四人の屈強の黒服にサングラスをした男たちを眺めつつも、


「ああ、彼らは俺にとって最高の結果を提供してくれた」


 両腕を広げて深い喜びを表現してみた。


『そなた、ホント、そのうち天罰が下るぞ?』


 俺はそのクロノの言葉を契機に、地面を蹴り黒服たちの背後に移動する。そしてその後頭部を両手で一人ずつ鷲掴みにしつつも持ち上げた。


「ぎぎっ!?」

「ぐがぎぎがっ!」


 少し力を加えて握っただけで、あっさり泡を吹いて崩れ落ちる二人の黒服たち。気絶した黒服たちを残り二人の前に放り上げる。

 泡を吹いて完璧に気絶している二人の黒服をぼんやり見下ろしている残された二人の黒服たち。俺はアスファルトを蹴って、二人の背後をとり、その首に腕を回す。


「はーい、グラサン諸君、楽しい楽しい尋問の時間だ」


 首を優しく絞め上げると苦悶の声を上げてガタガタと震え出す。


「お前らさっきの宝石店のメタボ店員に命じられて俺を襲ったな?」

「……」


 勢いよくそして何度も顎を引く二人のグラサン男たち。


「そうか。なら案内してもらおう。今の俺は滅茶苦茶機嫌がいい。素直に従えば五体満足で美味い飯にありつけるかもしれんぞ?」


 再度、必死に頷く黒服二人。

 気絶した二人の黒服共の後ろ襟首を掴んで引きずりながらも店へ行き、その職員用の裏口から中に入る。

 俺達を視認したメタボ職員は、暫く、大きく目を見開くと俺に一礼して奥の部屋へと駆け込んでしまう。


 その後、引き攣った笑顔のメタボ職員に、奥の職員用の応接室へ案内され、茶を振舞われる。

 一時間ほどして、四十代後半のやけに痩せ細った丸いサングラスをしたおっさんが部屋へと入ってくる。サングラスの男は、俺を一瞥しすると帽子を脱いで胸へと起き、深く頭を下げて、


「あっしは、鬼沼きぬまです。どうぞよろしく」


 自己紹介をしてくる。

 うーむ、眼光といい、佇まいといい、やたらと貫禄がある。さっきのメタボ職員や黒服たちとは役者が違いそうだ。


「藤村だ。まあ、よろしくたのむ」


 鬼沼は俺の対面の牛皮製のソファーへ据わると、


「経緯は部下から聞きやした。旦那、部下が襲うの狙っていやしたね?」


 悪質な笑みを浮かべながらもそう尋ねてくる。


「うんにゃ、そうなったらいいな。そう思っていただけだぜ。不服か?」

「それこそ、まさかでやんす。その魔石取得の経緯も推し量れず、旦那のような化物を襲うなど逆にあとで教育が必要なレベルでやんすしね」


 鬼沼が部屋の隅で直立不動の状態でガタガタと震えているメタボ職員に視線を向けると、メタボ職員はビクンと身体を硬直化させた。


「悪いことは言わねぇ。今後は、この荒っぽい商売はお勧めしない。何せ強さの基準が決定的に数週間前とは異なっているからな。今の世は幼児でも獅子を殺す。そう認識し行動するのが、この残酷極まりない世界で生きていくコツだ」

「へい、肝に銘じておきますよ」 


 鬼沼は肩を竦めると、大きく頷く。


「では、取引だ」

「取引? あっしらを警察に突き出さないんで?」

「そんな心優しい人物に俺が見えるかよ?」


 鬼沼きぬまは大きく首を左右に振ると、


「取引の内容、具体的に伺いましょう?」


 神妙な顔で尋ねてくる。


「相場の2倍。仮にもお前らは俺を襲ったんだし、身の安全の対価としては安いもんだろう?」


 相場の2倍を要求すれば、いかに奴がやり手でも相場の値段は軽く超えるはずだ。


『まるで盗賊の所業じゃな』


 呆れた果てたようなクロノの声を平然と無視し、


「そうそう、さっきのそいつとのやり取りで魔石の相場は理解した。俺も鑑定系のスキルをもっているから、嘘を付けばすぐにわかるぞ? つまりだ。示した値段によりお前の価値が決まる。十分に考えてから答えを出しな」


 俺は無情な言葉を言い放つ。


「あっしの見立てではその魔石の相場は4000万円。その2倍の8000万円でいかがでしょう?」

「いいだろう。俺はそれで構わんぜ」


 よし! はい、目標額楽々超えましたっ!


「おい! 持ってこい」


 メタボ職員の一人に顎をしゃくって命じると、慌てて部屋を出ていく。

 そして数分後、ジュラルミン製のトランクを抱えて戻ってくるとテーブルの上に置く。

 鬼沼きぬまがトランクに暗証番号を入力し、その蓋を開けると、びっしり詰まった札束。

 ゴクリと周囲の黒服たちが喉を鳴らす。


「旦那はこれを取引とおっしゃった。ならばあっしの方からも提案があります」

「提案?」

「取引に少し色を付けていただきたいんです」

「色ねぇ……」

「ええ、この店舗に最近盗みの予告状が届きやしてね。とりあえず、これを見てください」


 鬼沼きぬまはポケットからユニパックに入った一枚のカードを取り出し、俺に渡してくる。

 洒落たカードの表には『怪盗ラビリー』の名。裏には『悪徳宝石商――七宝。貴殿は善良な客を騙し暴利を貪りました。許しがたい罪です。直ちに店を閉めて警察に出頭し己の罪を自白しなさい。もしそれが確認できない場合、2020年10月17日(土曜日)に『蒼麗玉』を頂きに参上いたします』と記載されている。

 人の多い休日をわざわざ指定か。


「怪盗ラビリーねぇ。で? この『蒼麗玉』とは?」


 怪盗ラビリー。【フォーゼ】の主要キャラの一つだな。俺のホッピーの模倣犯か。あまりいい気分はしないな。


「ある資産家から購入したものです。時価5億の価値のある希少な宝石ですよ」


 大方、騙して安く買いたたいたんだろうさ。だが、その色とやらも読めたな。


「俺にその怪盗とやらを捕まえてほしいと?」

「はい。今回の旦那の件で思い知りました。あっしらではラビリーを止められない可能性がある。身柄を渡してもらえば、落とし前はこちらで付けますし、決して旦那には手間をとらせません」

「いいだろう。引き受けよう。取引はラビリーの捕縛後でいいな?」


 わざわざ予告状を送りつけるところとか、その怪盗ラビリーとやらにも興味があるしな。

 

「はい。私達もそれで願ったりかなったりです」


 もうこいつらと話すことはない。席を立ちその日はその場を後にした。


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