第2話 舞台の裏側事情
「種族の決定に、クエストとかいうあのふざけたシステムの次は、ダンジョンの出現かっ!! どこまでも馬鹿にしてくれるっ!」
黒髪坊主の巨躯の男が、吐き捨てると資料を床に叩きつける。その顔には濃厚な憤激の色が漲っていた。
「くふふ、出現してしまったものは仕方ないですねぇ。それに今のこの変質してしまった世界で上手く立ち回った国が次の世界の覇権を担う。それは誰よりも貴方が理解しておいででしょう?」
眼が線のように細い袴の男――右近のこの言葉に、
「ああ、だからこそこの組織の立ち上げに尽力しているのだ! でなければ、誰が好き好んでこんな胃が痛くなるような組織のトップに就きたがるかっ!!」
黒髪坊主の男は睨みつけつつも言葉を叩きつける。
「ですねぇ、一つやり方を誤れば現在暗躍しているあの国の本気の怒りを買いますし。下手をすればこれですしねぇ」
袴の男――右近はさも可笑しそうに親指で自身の首を狩る仕草をする。
同席しているスタッフがゴクッと喉を鳴らす。
「それをわかっているならなぜもっと上手く動けなかった!?」
蟀谷に太い青筋を腫らして激高する黒髪坊主の男に右近は、肩を竦める。
「いやですねぇ。あれでも駄々をこねるお偉いさん方を説得し直行したんですよぉ」
「その件ではない! あの狐仮面の件だっ!!」
「ああ、ホッピーですか。戦闘シーンを含めたホッピーの映像記録が全て忽然と消失してしまいました。
当時、白洲警察署内テレビ前にいたファンタジァランドのゲストたちも警察官も誰もが口を堅く閉ざす。しかも、政治屋の皆さまからは調査の打ち切りの指示。これって私のせいです?」
「誤魔化すな! あの事件直後からお前が直々にゲストを尋問していれば、少なくとも姿格好くらいは把握できたはずだぞ! 少なくとも普段のお前ならそうしていた! 違うか!?」
「うーん、痛い所を突きますねぇ。ですが、今回はあれがベストですよぉ」
「なぜそう言い切れる?」
「もし、あのとき尋問を強行すれば私たちはホッピーの敵になる可能性があった。それでもよかったので?」
「……」
いいはずがない。出現したダンジョンの探索には有能な探索チームが不可欠。ホッピーは、喉から手が出るほど欲しい極めて有能な人材。自衛隊から報告が上がってきたトランクスマンという謎の人物の調査もお手上げ状態。今や、ホッピーはこの国にとって最重要人物といっても過言ではない。そう。彼が最悪他の組織に取られるのだけは避けねばならないのだ。
だから、黒髪坊主の男は、ギリッと奥歯を砕けんばかりに噛みしめる。
「
脇の黒髪短髪の青年の提案に、まるでヒートアップした頭を鎮めるかのように、真城は目を固く瞑っていたが、
「そうだな、では報告を頼む」
直ぐに黒髪短髪の青年に報告を促す。
「は、我が国に出現したダンジョンは東京新塾区歌舞伎町。もう一つが京都二条城前です。現在調査隊を編成中ですが……」
言葉に詰まる黒髪短髪の青年に、
「あの国がちょっかいを出してきた。そういうわけですねぇ?」
右近がさも可笑しそうに確認した。
「はい。米国もジェームズ大統領自らホットラインで
「米国には既に自国に三つのダンジョンが出現中のはず。自国のダンジョンとの違いを探るためか?」
「でしょうねぇ。加えて共同研究を名目にその管理権を可能な限り及ぼそうとしているかもしれませんねぇ。もしダンジョンが魔物の巣窟ならそれだけで我らが現在抱えているエネルギー問題は一挙に解決してしまいますし」
「政府はもちろん、拒絶するつもりなんだろうな!?」
「全面的に日本政府は受け入れる方針のようですよぉ」
「あの昼行燈どもめっ! 今がどういう状況かわかっているのか!?」
「さあ? ですが各国が必死に鎬を削っている真っ最中に、我が国の政治の中枢で働く方々は、自らの保身で頭が一杯一杯のようですねぇ。その保身のお陰で此度、我らは新組織を立ち上げることができるわけですのでぇ、あながち責められやしないわけですがぁ」
怒り故か真城は顎を上げて天井を眺めていたが、
「組織の人員の確保は?」
「ええ、
「
「怪しげとは随分な言い草ですねぇ」
「事実だろ? あんな
「あのですねぇ、今更こんな
「自分も右近室長に賛成ですね。何せゴブリンにオーク、しかも前回などアンデッドですし、今更、陰陽師ですって言われても、あっそっスかって感じなわけで」
黒髪短髪の青年も両手の掌を上にして首を竦めて見せる。
「順応しすぎだぞ。お前、一応儂と同じ自衛官だろ?」
「元ですよ、元。自分はさっさと辞めて実家の農園を継ごうと思ってたのに、えらい迷惑です」
「そういうな。儂も似たようなものだ。ようやく娘の更生に集中できると思っていたところだったのだ」
「ああ、引き籠りの娘さんの――」
「では、スカウトの方はこちらで進めさせていただきます」
若干脱線しかかっていた話を右近が無理に戻す。
「ああ、たのむ」
右近の言葉に真城も大きく頷き、日本国新組織の準備は着々と進められる。
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