第2章 獄門会編

第1話 第一層攻略クエスト

 起きたら自宅の玄関前の地面に横になっていた。

 妹殿に見つかれば、「兄さんは、地面で寝る癖でもあるんですか?」とドヤされていたことだろう。だが都合よく本日は来客がない。

 にしても、俺ってたしかファンタジァランドに居たんじゃなかったっけ? どうにも頭が混乱しているぞ。あれは夢だったとか? いや、なら今しているこの仮面と指輪をどう説明する?

 仮面を外してみると、少年から借りたホッピーの仮面。より正確には造りと精巧さが縁日で売られているようなプラスチック製のちゃちなものから、実写版【フォーゼ】のホッピーがしている鉄の仮面にまでクラスアップしている。

 これって、あのクエストの報酬だよな? 一応、鑑定してみるか。


―――――――――――――――

〇黄泉の狐面:【フォーゼ】のヒーロー、ホッピーを象ったネクロマンシーの力を有する仮面。

・降霊:不遇な運命を強いられた彷徨う霊を召喚し、無生物、知的生物以外の生物に降ろす。ただし、降ろせる生物は所持者と比較し相当のレベル差があるもののみに限られる。

・死霊支配:死霊は所持者の意思に従う。

・使用条件:使用中は再降霊できない。

・アイテムランク:伝説(5/7)

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 なんとも凶悪極まりない効果だ。仮面は後であの少年に返そうと思っていたが、これは無理だな。というかこんな反則的な効果を持つ仮面持たせたら親御さんに恨まれそうだしよ。

 次が右手の中指に嵌められている銀の無骨な指輪か。


―――――――――――――――

〇トランスファーリング:一度訪れたことのある場所へ移動する能力を有する指輪。次の発動条件に従う。

・所持者の意識が消失したとき自宅へ自動帰還する。

・所持者が望んだとき。ただしダンジョンでは、セーフティエリア以外では使えない。また、転移の回数は1日2回までに限られる。

・アイテムランク:レア(4/7)

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 トランスファーリングね。転移の指輪か。そのまんまだな。気絶したらここに飛ばしてくれるのは実に嬉しい機能だ。ほら、俺ってよく気絶するし。

 ともかくこれで確定だ。メガリッチとの戦闘は夢ではなく現実。勝利した後、気絶して運よくこの指輪でここまで戻ってこられたんだろうさ。あのままあの場所でぶっ倒れていたら、公然とクロノをぶっ放していた俺は即豚箱行きだった。一先ずは運が良かったと考えるべきか。

 もっとも、俺の顔は警察署内で見られているし、時間の問題だろうけども。まあ、なるようになるだろうさ。

 

「おい、アキト、妾は腹が減ったぞ!」


 見上げると、黒のワンピースを着た黒髪の少女が細い腰に両手を当てて、俺を見下ろしていた。

 

「わかった。作るとしよう」


 確かに腹は減っているし、ついでに馬鹿猫の餌を作るのもやぶさかではない。


「そうか、良い心がけじゃ」


 ほっほっほっとどこかのご隠居様のような高笑いをする残念ビッチ猫に、


「いやいやもちろんだとも。ときにクロノさん」

 

 心からの感謝の言葉を述べようと思う。


「なんじゃ?」

「眼福です」


 うむ、何てベタな展開。ラッキースケベ万歳!! 


「眼福? なんのことじゃ? …………っ!!」


 両手を組んで祈る俺に暫しキョトンとした顔で首を傾げていたが、その視線の先にようやく気付き、忽ち全身をリンゴのごとく紅潮させていく。


「だが、流石にクマさんパンツは――」

「きえええぇぇぇぇっ!」


 珍妙な奇声を上げると自身のスカートを押さえると、俺の顔面を何度も足蹴にしてきたのだった。



「いつまで怒ってんだよ。お茶目な冗談だろうが」


 今もちゃっかりキッチンの椅子に座って左手にフォーク、右手にスプーンを握りそっぽ向いているクロノに、奴の餌を盛りつけた皿を置く。


「妾に話しかけるでない、野獣ケダモノがっ!!」


 おう。ケダモノ、いいねぇ。普段猫の姿で散々言われてる言葉も、黒髪美少女の姿で言われると――うーん、おじさん、興奮しちまうよ。なんてこと言っているとマジで御用になるから自重するとしよう。

 

「お前猫なのに人間様の料理食うのな」


 ぼんやりとどうでもいい感想を述べる。


「妾は猫ではなく女神じゃっ!!」

「はいはい、そういう設定なんでちゅよね? おじちゃんわかってまちゅよぉ」

 

 クロノの頭をグリグリと乱暴に撫でつつも、うんうんと涙目で何度も頷く。


「その可哀そうな子みたいなリアクション、止めよといつも言うておろうがっ!!」


 いつものように直ぐに右手を払いのけるのかと思ったが、意外にもそのまま俺に頭をナデナデさせたまま不機嫌そうにスプーンを掴み器にたっぷりと盛られたスープを掬うとその小さな口に持っていく。


「どうだ、美味いか?」


 俺もクロノの頭から手を放して正面の席に座ると、つんと取り澄ますような表情で食べている黒髪の少女に尋ねる。


「……」


 答えずプイッとそっぽを向いて黙々と食べているクロノに苦笑しつつも、TVを付けると俺も食べ始める。



 ガチで全国指名手配中かとも思ったんだが、TVでもネットでもそのような情報は一切得られなかった。どうも突然、狐仮面を被った俺の戦闘映像が軒並み消失してしまったらしく、ネットではある種の祭りと化していた。

 ホッピーの正体については、米国超人部隊員説に始まり、宇宙人説、地底人起因説など様々なオカルトチックな憶測がまことしやかに囁かれている。おかげで既に収拾が付くような状況ではない。というか、若干、飽きて収束に向かっているようだ。俺としては願ったりかなったりだが、警察署では俺の姿を見られているし、それでも俺に辿りつくのは時間の問題だと思われるがね。

 とりあえず、警察が押しかけてくるまでは今まで通りの生活を続けるしかあるまい。


 そんなわけで、本日の楽しい楽しいダンジョン探索の開始だ。楽しいってのはもちろん最大級の皮肉なわけだぜ。

 ともあれ、出発前に一応自分を鑑定してみたら、次の称号が増えていた。


…………………………………………

・【新米ヒーロー】:各スキル使用時のMP使用量がほんの僅かだけ低下する。

…………………………………………

 

 おそらく【デッド オア アライブ】のクエストクリアで獲得したんだろう。スキル使用時にMP消費量を抑えられる。地味に役立つ称号だよな。

 さて、鑑定も済んだことだし、出発することにしよう。


 この数日景色が同じ草原の風景ばかりで飽きたなと思っていたら、日曜日の午後11時30分になってようやく遠方にサークル状の石壁が見えた。


『あれに入るのか? 妾、いやな予感しかしないんじゃが……』


 同感だな。この最悪の流れからいってまたおふざけのような死地が待っているんだろう。しかし、あのメガリッチとの戦闘もギリギリだった。このままいつものように臆病風に吹かれていては今度こそあっさり命を落とす。今は進むしか道はないんだ。


「いくぞ」

『うへー』


 クロノの進言に耳を貸さず、俺は石壁にぽっかり空いた入り口に入って行く。

 石壁の中には井戸や、吊るされた生き物の死体、そして三つの建築物があった。

 一つ目は藁でできた小さな家、二つ目が細い木の枝でできた屋敷、そして三つ目は、石壁の中心に城のごとく聳え立つ煉瓦造りの家。

 三つの家が光り輝くと、


《挑戦者、藤村秋人と確認。階層攻略クエスト――【三匹の豚王子オークプリンス】が開始されます》


 いつもの無機質な女の声が響き渡る。


―――――――――――――――

◆【草原エリア】クエスト:三匹の豚王子オークプリンスのプロポーズ

三匹のオークの王子はクロノ姫に一目惚れ。我先にと邪悪な狼から姫を奪還し妃にしようと争い奪い合う。果たして王子たち三匹は凶悪な狼から、クソビッチ姫を奪還しその貪欲な劣情をぶつけられるのか?

 ―――――――――――――――


 本来は三匹の子豚のネタだったんだろうが、クロノがいることで内容が変更され、クロノ姫恋バナネタとなる。この執拗なクロノに対する真実の指摘。このダンジョン作成者、クロノに強い恨みでもあるんだろうか。


『……』

「だそうだ。よかったな。王子が助けてくれるってよ」


 俺の右肩でテロップを凝視し小刻みに全身を震わせているクロノに半眼を向けつつも、祝福の言葉を贈る。


『こぉのぉ──不埒ものがぁぁっ!!』


 クロノは俺の優しい労りの言葉に、強烈な猫パンチを食らわせてきた。


「モテモテでいいじゃねぇか」

『豚にモテてどうするっ!』

「猫も豚も大して違わねぇだろ?」

『全然違うわっ! それに妾は猫ではなく女神じゃとなんどいったら――』

「はいはい、わかったよ。発情猫様女神様。それはそうと、相手は一応王子様らしいぞ。よかったんじゃね? 玉の輿だぜ?」


 ドヤ顔で親指を立てるも、


『いいわけあるかっ!!』


 クロノが再度猫パンチを俺の頬にぶちかました上で、フーと全力で威嚇してきた。

 全身の黒毛が怒髪冠を衝くがごとく逆立っている。これ本気で怒っているぞ。まあ、どうせ餌を食わせりゃ直ぐに機嫌は改善するだろうし、どうでもいいな。


「さて、奴さんたち出てくるようだぞ?」


 藁ぶきの家からは腰蓑一つのオークが、枝の家からは中世の私服を着たオークが、最後の煉瓦の家からは、おとぎ話に出てくる中世の馬鹿王子のような服装をしたオークが姿を現す。全員が王冠のようなものを被っていることからも、一応あれで王子とか言っちゃったりするんだろうか。


『BUMOOOOLOLOッ!!』


 三匹のオークは天へと咆哮し、俺達の戦いは半ば強制的に開始される。


 アイテムボックスから斧を取り出して左手で持つ。そして、一般私服を着たオークに向けて地面を蹴りながらも、クロノの弾丸を腰蓑一丁のオークの頭部目掛けて連続射出する。銀の弾丸は次々に腰蓑一丁の頭部に命中し粉々の血肉となって飛び散った。

 私服のオークの懐に飛び込んだ俺は、振りかぶっていた斧を力任せに振り抜く。

 【業物を持ちしもの】の称号をもってしてもここまでボロボロに刃こぼれした斧では切れ味の向上は望めないようだが、強度の補強はされているらしく、斧により私服オークの身体はくの字に折れ曲がり吹き飛び、壁へ激突して細かな粒子となってしまう。

 楽勝だな。問題は唯一鑑定ができなかったあの赤いマントの王子オークなわけだが。

 今更逃げることもできそうにない。やるしかないな。

 俺は腹の下に力を入れて、地面を疾駆した。



 死ぬ。普通に死ぬぞ。マジ、あの豚王子マジで強すぎだろう。目から怪光線出すわ、口から火を吐くわ、とどめに非常識な回復能力もありやがる。

 もはやオークとは言えないんじゃね? そんなことを思いながらも、接近すべく地面を蹴る。そして疾駆しながらも、丁度火を吐くべく口を開けて力を溜めているときにその口に銃弾を数発お見舞いしてやる。

 案の定、顎は粉々に破裂され豚王子は痛み故か苦悶の表情を浮かべて、絶叫をあげる。

 そんな中、今も破壊光線を出そうとしている両眼を、右手に持つクロノの銃により至近距離から発砲し潰す。同時に左手の斧を投げ捨ててナイフを取り出すと、奴の腹部を思いっきり引き裂く。【業物を持ちしもの】の称号により、まるでケーキのように綺麗に切り裂かれるオークの腹部。そのぱっくり避けた腹部の裂け目の中にクロノごと右手を突っ込み、銃弾を放ちつつも【怪魚の湖】でしこたま貯めた水を一気に放出する。豚王子は風船のように膨らみパチュンと破裂してしまった。


『豚、臭いのじゃ』


 オークの血を頭から浴びたクロノの批難の声には答えず、俺は腰を床に降ろす。


《LvUP。藤村秋人はレベル13になりました。負った傷は全回復します。

 スキル――【チキンショット】はLv6になりました。

 スキル――【千里眼】はLv6になりました》


《【無限廻廊】第一層クエスト【三匹の豚王子オークプリンスのプロポーズ】クリア! 

 クロノの第二段階封呪が30%解放されます。

【無限廻廊】第一層【草原】クエストのクリアにより、第二層――【ガラパゴス】が解放されます》


 下層への階段を見つけるも、クロノが風呂に入りたいと強く主張するので、部屋の中心にある転移装置から一階へと戻り自宅へ直行。

 二層への道の開拓という目的は果たしたし、丸一日歩き詰めで確かに少々疲れたし、今日の探索は終了にすることにした。

 【社畜の鏡】の称号の効果で、眠らなくても大丈夫な体になったがまったく睡眠をとらないのもぞっとする。それに【フォーゼ第八幕】を買ったはいいがまったく手を付けていない。こんなの俺の人生中、初めての経験だな。そろそろ、ゲームの禁断症状が出てきてもおかしくはない。今日こそはある程度進めてから寝ることにするぞ。

 そう俺は決意しつつも自室へ直行したのだった。



 次の朝、いつものように自分の朝食とクロノの餌を作って席に着き、TVを付ける。

 昨日が種族選択の最終日。今日はその話題だけだと思っていたのだが、


『ダンジョンです! 世界各地でダンジョンが出現しました!!』


 それはアナウンサーの声によりあっさり否定される。


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