第12話 ホッピー


 千葉県白洲市――ファンタジアランド前白洲警察署内テレビ


「皆さん、ご覧ください! ホッピーです! ホッピーにより、ファンタジァランドに出現した化物が次々に駆除されていますっ!!」


 ヘリからのアナウンサーの興奮した声。彼の視線の先の地上では、まさに修羅のごとき戦いを演じている狐の仮面を被った一匹の怪物が映し出されていた。

 姿が霞むような超高速でゾンビや骸骨スケルトンの間を縫うように疾走するたびに、その頭部や胴体が粉々に砕け散る。

 狐仮面が殴ると、ゾンビの顔は弾け飛び、蹴ると骸骨は粉々の破片へと回帰する。


「危ないっ!」


 ゲストたちの焦燥たっぷりの叫び。狐の仮面の背後目掛けて数羽の鳥の縫いぐるみが高速下降する。

 しかし、狐仮面は振り向きもせずに背後に白銀の銃口を向けると数発放つ。銃弾は全て正確に、鳥の縫いぐるみへ命中しその身体を爆発させる。


「う、嘘だろ!? 今、背後を確認してたか?」

「いや、見てすらいない。あの狐仮面、背後に目でもついてんのかよっ!!」


 若い刑事の疑問の声に、同僚の刑事が首を左右に振りつつもそんな驚愕の声を上げる。


「それだけじゃないな」

「「署長!!」」


 背後から現れた年配の制服姿の男に皆の顔が引きつり、姿勢を正して敬礼する。


「いや、今は非常事態、敬礼など不要。それに我らは市民の保護という警察官として最大の使命すらも達せられぬ役立たず。今更そんなお遊戯しても、何の意味もないだろう?」


 自嘲気味に乾いた笑い声をあげる白洲警察署署長に、


「それもそうですね。それで、それだけでないというのは?」


 年配の刑事が尋ねる。


「彼が参戦してから、たった一人の市民もその命を落としてない」

「はっ!?」

「嘘でしょっ!?」


 目を皿のように見開きテレビ画面を凝視するが、


「本当だ! 市民に襲い掛かった奴からピンポイントで駆除されている!」

「ああ、だから奴ら一歩も動けず、あの狐仮面へ向かっていくしかなくなっている」


 さも狐仮面に怯えているかのように、ゾンビも骸骨も、縫いぐるみ共も硬直化してしてしまっていた。そんな中、次々にゲストたちは必死の形相で出口へ向けて逃げ出していく。

 

「でも、そんな精密な射撃、オリンピック選手でもなければ――」

「いや、そんな次元じゃない。どんな選手にもあんな長距離を一度のミスもせずに命中させることなんて不可能だ。あの銃にしてもとっくの昔に弾切れになってもおかしくない。なのに依然として撃っている。全てにおいて、もう人ができる範疇を超えている」


 年配の刑事のこの言葉に署長は暫し顎に手を当て考え込んでいたが、


「あの種族の決定。あれが――」


 言葉を紡ごうとするが、割れんばかりの歓声により掻き消される。


「どうやら彼によって最後の避難所のホールが解放されたようです。続々と市民が逃げ出していきます」


 安堵したような刑事の声。 

 そして――。


「お母さんっ!! お姉ちゃん!!」


 心配そうにテレビを眺めていた黒髪の少年が、歓喜の声を上げる。少年の視線の先には無事、切符売り場の改札に転がり込む二人の女性が映し出されていた。

 

 そこで、避難民たちから一斉に悲鳴が上がる。突如、観覧車が動き出し狐仮面に倒れ掛かかってきたのだ。

 しかし、狐仮面はまったく動じる様子もなく易々とそれを避けると銃弾を放つ。いくつもの銃弾が観覧車の化物を穿ち粉々の瓦礫に変えてしまう。直後、観覧車の瓦礫は、一瞬でその姿を消失させてしまった。


「き、消えた……」

「し、信じられん。あの重量がか!?」


 刑事たちの驚愕の声。そして――。


「すごい……」


 逃げる市民に石のように一歩も動けぬ化物たち。その到底あり得ぬ光景に男性の一人がボソリと感想を述べる。


「頑張れぇ!! ホッピー!!」


 少年の声が事実上全てのトリガーだった。


「すげぇぞっ!! 頑張れっ!!」


 次の瞬間、津波のような歓呼で警察署内は包まれる。

 皆、あらん限りの声を上げて、ホッピーに声援を送っていった。


「くふふ、どうやらそろそろ奴さんも本気になったようですよぉ」


 正面玄関から、目が線のように細い袴姿の男が背後に特殊部隊と思しきボディアーマーに身を包んだ者達を引き連れ姿を現す。

 その強烈な好奇心ととびっきりの歓喜が含有した視線の先には狐仮面と相対するように、全身に金やら宝石を無数に散りばめた恰幅の良い男が黒色のスーツを着込んだ骸骨を引き連れ佇んでいた。


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