第10話 助けたかったもの
食べ終えレストランを出ても、雨宮は一言も口にしない。
タイミングからいって俺の女の趣味を答えたからだよな。やっぱ女なら引くか。なんせ二次元の女だしよ。どうも雨宮には女相手なら当然に作れる壁がいつも不発に終わっちまう。
「雨宮、次はどこにいく?」
俺ができる精一杯の笑顔を浮かべて尋ねると、雨宮は俺を見上げていたが両手で頬を叩くと、
「うん、そうだね。ゴーストスクールなんてどうだい?」
午前中同様、快活な笑顔で提案してきた。
ゴーストスクールは校舎を模したアトラクション施設であり、そこに様々なお化けやら、幽霊などが出現するという施設だ。なんでも、大人でも普通に悲鳴を上げる出来栄えらしい。
ゴクッと喉を鳴らす雨宮。顔もいつになく強張っている。今迄のアトラクションでは俺が悲鳴を上げて雨宮に抱き着いていたが、今度こそ形勢は逆転した。絶好の名誉挽回のチャンス。
俺は昔からこの手のお化けやホラー系には耐性があるのだ。加えて、あのゴブリンの大軍に追いかけ回されたり、変態入道に襲われたりで耐性はかなりできた。子供だましのお化け屋敷ごときを恐れる俺ではないわ!
ほら、怖いんだろう。繋ぐがよい。ドヤ顔で右手を差し出すと雨宮は躊躇いがちにも握り返してくる。うむ、ロリっ子はやっぱ素直が一番だ。
妙にカクカクしている職員にチケットを見せて俺達は、校舎に足を踏み入れる。
まずは、木造の教室だ。この歩くたびにミシミシと軋む音に、ボロボロのガラス。作成者わかってんじゃねぇか。この背筋が冷たくなるような雰囲気、いいねぇ。これでこそお化け屋敷。
「どいた、どいたぁ!!」
猿轡をされて縛り付けられた若い男性を乗せた真っ赤なタンカを持った頭部が猪のバケモノが俺達の傍を走っていく。奴らが纏う白衣の後ろには『
おい! なんだありゃ!? タンカで括り付けられていた男もマジ泣きしているようで、妙なリアリティーがありやがる。怖いというより、気味が悪いわ!
「先輩、あれは何?」
キョトンとした顔で雨宮が尋ねてきたので、
「うーん、猪男かな」
そう返答する。
廊下を抜けると、薬品の匂いがする理科室。
そこでは、二体の骸骨がロックな曲に合わせて見事なソールダンスを踊っている。
「初めてだったけど、お化け屋敷って面白いんだね」
雨宮は大分緊張がほぐれたのか、笑顔を俺に向けてきていた。
お化け屋敷が面白いと思われちゃダメだろ。変だな。数年前、朱里と来た時はもっとこうまともなお化け屋敷って感じだったんだけど。
次は音楽室。ビショビショに真っ赤な液体で全身ずぶ濡れの髪が異様に長い女のピアノの伴奏で、音楽室では絵の中のベートーヴェンやらモーツァルトが額に太い血管を張らせて熱唱していた。
「すごい! すごい!」
俺からすれば異様としか言いようがない光景に、大はしゃぎの雨宮さんである。
『いぽーん、にほーん、さんぼーん……』
そして、トイレの区画では
『これ絶対変じゃぞ?』
わかっている。このネーミングセンスと、悪質極まりない悪ふざけの仕方。間違いない。これはあのクエストやダンジョンと同質のものだ。
背中に冷たいツララを押し付けられたかのような悪寒が全身を走り抜ける。
「雨宮!」
雨宮に向き直り、その両肩を掴む。
「先輩?」
雨宮は神妙な顔で見上げてくるので、
「少し目をつぶってろ」
これから起こることは少々、雨宮には刺激が強すぎる。
「う、うん」
顎を上げると雨宮は瞼を固く閉じる。
《クエスト――【デッド オア アライブ】が開始されます》
同時に頭に響く女の声と、俺達の眼前に浮かび上がるテロップ。
―――――――――――――――
◆クエスト:デッド オア アライブ
説明:ファンタジァランドがアンデッドたちに乗っ取られた。奴らのボスを討伐しファンタジァランドを解放せよ。
クリア条件:アンデッドのボスの討伐
―――――――――――――――
アンデッドか。期待を裏切らず全てアレだが、クエストは内容もクリア条件も今のところはっきりしている。少なくとも、【金のオーノー】のような何が起こるかわからん不気味さは感じない。さて、どうしようか?
最優先は雨宮を連れてこの場を離脱すること。雨宮は俺の大切な友だ。危険には晒せない。あとは全ておまけだ。その時に考えればいいさ。
「悪い、雨宮、少し失礼するよ」
雨宮を御姫様抱っこする。雨宮は一ノ瀬以上に鬼のように軽かった。
「せ、先輩、ダメ、ダメだよ。まだ昼間だし、あんなに人が沢山いるんだよ? ボ、ボクら……」
真っ赤になって両手で顔を覆って消え入りそうな小さな声で何やら呻いている雨宮の顔を俺の胸に押し付けると、
「そのままでいろよ」
そう強く命じる。
「う、うん」
躊躇いがちにも俺の胸の中で了承の言葉を口にする雨宮を確認し、俺は全速力で出口へ向けて疾駆した。
校舎内で襲い掛かってくる骸骨やらゾンビの職員共を蹴飛ばして一撃のもと粉砕する。
ここの近くにいるものは、ステータス10の雑魚ばかり、わざわざ、俺が出しゃばらなくても、もうじき特殊部隊が投入され、この場は解放される。今は雨宮とともにここの脱出を最優先に考えるべきだろう。よし、出口だ!
ゴーストスクールの建物を出た時、俺が見た光景はあのオークの襲来以上の地獄だった。
泣き叫び、逃げ惑うゲストたち。
ゾンビ化した職員に頭から齧られている男性、そのカップルと思しき女性は丁度、骸骨が持つ剣によりその頸部を切断されたところだった。
中央では、ファンタジアランドの人気キャラクターであるターニュの異様にリアルな縫いぐるみが、ボリボリとまるで煎餅でも齧るかのように人型の何かを食べている。
くそ、あのターニュは平均ステータスが150近くある。とするとボスはそれ以上、いささか分が悪すぎる。やはり、俺の逃走の選択は正しい。それに、こんな光景、優しい雨宮には絶対に見せてはならない。
「もう少しだけこのままでいてくれ」
懇願ともとれる言葉を吐き出す。
「わ、わかった」
雨宮はガタガタと小刻みに震えながらも、俺の背中に手を回すとそのまま身動き一つしなくなる。こんなとき素直だとホント助かる。朱里相手だったらこうはいかなかったかもな。
ファンタジァランドの出口までは、もちろん、俺にも複数の化物が襲い掛かってはきたが身体能力が違いすぎるせいか、全て楽々逃れることができた。
ファンタジァランドの改札を走り抜け、ランドの前に丁度ある警察署まで直行する。
警察署の中には既に命からがら逃げ延びてきたゲストで溢れていた。この警察署なら自分たちを守ってくれる。そう信じて必死の逃走を演じたのだろう。
その選択は今回に限り絶対的に正しい。なぜなら、これはこの世界を変質させたクソッタレな奴が俺達人類に与えたクエスト。そして、あのクエストの説明では、アンデッドどもからのファンタジァランドの解放を謳っていた。逆に言えばあの場所から一歩たりともアンデッドどもは外に出ることができないはずであり、今、この場は安全地帯となる。
雨宮を床に下ろすが、ボロボロと涙を流しながら、真っ青に血の気が引いた顔で俺にしがみ付いてきた。無理もない。こんな
雨宮の背中をそっと叩いて落ち着けていると、
「お願いだよっ!! お母さんとお姉ちゃんを助けて!!」
子供の金切り声が鼓膜を震わせる。
首から【フォーゼ】の主人公、ホッピーに似せた仮面を首に下げた7、8歳くらいの少年が制服姿の警察官の足にしがみ付き、必死の懇願の叫びをあげていた。
「もう少しでやっつけてくれるおじさんたちが到着するよ。だからもう少しの辛抱だ」
そう答える警察官の顔は狂わしいほどの悔しさからか、下唇から真っ赤な血が滲んでいる。
彼らにとって市民は守るべき対象。その無辜の市民が目と鼻の先で次々に死んでいるのだ。助けられぬ口惜しさは想像を絶するだろう。
だが、それもしかたない。このクエストの名が示す通り、これは生死を掛けた冒険。
巻き込まれるものも挑むものも、先にあるのは生か死の二択しかない。
そして外の化物のどもの一部のステータスに150超えがいた以上、今の俺でも命懸けの戦いになるのは目に見えている。ここは何があっても、傍観すべきなのだ。
「僕、もういい子にしてるから、何でもするからさぁ!! だから、助けてっ!!」
周囲からすすり泣く声が反響するが、誰も名乗り出る者はいない。
わかっている。これはあの時の焼き増し。弱気を助け強きをくじくヒーローなど全て幻想だ。圧倒的強者の前では、指を銜えてみていることしかできない。
今の俺がそうであるように、昔の俺がそうであったように。
遂に大声で泣き出す少年とそれを必死で宥める警察官の青年たち。
『いいのか?』
俺の右肩に乗るクロノが俺にさも興味深そうに尋ねてくる。
「何がだ?」
『あのままでは、大勢死ぬぞ?』
「知ってるさ」
『老若男女問わず、死ぬ』
「知っている」
『あの小坊主の親や姉もあの怪物どもの臭い腹の中じゃ』
「知っていると言ってるだろっ!!」
声を荒げた俺にしがみ付き声を殺して泣いていた雨宮が驚いた顔で俺を見上げていた。
『今ここで宣言しておいてやる。この場でこの茶番を止められるのはそなただけじゃ』
「ああ、そうかよ!」
あくまで止められる可能性だ。一介の会社員に過ぎない俺がわざわざ死地に足を運ぶ必要性がどこにある? 特殊部隊を待つ。それが今取りうる最善の選択のはずだ。
『まあ、妾としてはエンジェルが無事なら別に人間どもがどうなろうと知ったことではない。好きにするがいいさ』
この様子から言って本心だろう。まったくクロノは救いようもないくらい俺にそっくりだ。自己中心的であり、そして他者の幸不幸に一切の興味がない。
「ああ、もちろんそうさせてもらう」
雨宮を連れて警察署一階の部屋の隅まで移動し腰を下ろそうとすると、
「先輩、大丈夫かい?」
雨宮が心配そうな顔で俺を見上げながらも俺への安否を尋ねてくる。
「もちろん。五体満足で怪我の一つもねぇよ」
笑顔を作って全身を叩き無事アピールをする。
「ううん、違うよ。先輩、今、泣いているから」
「泣いている?」
頬に手を当ててみると暖かな水分の感触。
混乱する頭で腰を下ろそうとするが、俺の身体はまるで石になったかのように、一歩も動かすことは敵わない。ただ、今も周囲の大人に助けを求めている少年にその視線は固定されていたのだ。
――誰でもいい! 母さんを助けてよ! 誰か! 誰か! お願いだよぉぉぉぉ!!!
突然、脳裏にフラッシュバックする泣き叫ぶ子供の光景。その子供は、無様に顔を涙と鼻水とで無茶苦茶に濡らしながらも、周囲に助けを求めていた。
「そうか……」
ようやくわかった。
「そうだったんだな」
俺は助けたかったんだ。
俺は名前も知らぬもののために命は掛けられない。俺には少年漫画のヒーローたちのような義勇もなければ、自衛隊や特殊部隊の奴らのような勇猛さもない。それは他ならぬ俺が一番わかっている。
きっと、俺が助けたいのは――。
それを認識した途端、身体は勝手に動いていた。
「先輩?」
焦燥たっぷりの雨宮。
「雨宮、絶対にこの場から動くな」
ただそう指示を出すと、少年の前まで行きしゃがみ込みその両肩を握る。
「坊主、母ちゃんと姉ちゃんを助けたいか?」
「う゛ん」
以前の俺のように鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、少年は大きく頷く。
「名前は?」
「
「優斗、その仮面をよこしな」
優斗の首に下げていた狐の面に人差し指を指す。
「うん……」
優斗は首から面をとると、恐る恐る俺に渡す。
俺は立ち上がり面を被ると優斗の頭を乱暴に撫でて、
「これからホッピーがお前の母ちゃんと姉ちゃんを助け出す」
そう力強く宣言する。
そして、右肩の黒猫を一瞥し、
「力を貸せ、クロノ」
そう命を言い渡す。
『我が
クロノは俺の右手に収束して行き一丁の白銀色の美しい銃に変わる。
「き、君――」
警官の青年の声を契機に、俺は全力で床を蹴るとあの地獄へと走り出す。
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