第9話 初デート


 自宅へ辿り着き自室へ直行する。とてもじゃないが本日は探索という気分ではない。アルコールも入っているし、今日は大人しく眠るのが吉だろうさ。

 しかし、一ノ瀬の奴、どういうつもりであんなことしたんだ? まさか俺を好きだとか? 

 …………あはっ! ふはははっ! 思わず笑っちまったぜ。一ノ瀬雫といえば、うちの会社の三大美女の一人。三次元女に大した希望や幻想を抱かない俺でさえも、すれ違ったら振り返って確認してしまうような絶世の美女。しかも二十代前半。それが一回り近く歳が上の自他とも認めるおっさんである俺に惚れている? 馬鹿も休み休みいえ。

 大方、今の若い奴特有の別れのスキンシップか何かなのだろう。酔った勢いで遂に日本も挨拶で接吻までするようになったか。恐るべし三次元リア充的世界。俺には一生馴染めんな。

 一ノ瀬の様子からいって非常に軽かったし、どうせ月曜に会社で遭遇したら、本人は綺麗さっぱり忘れているんじゃないのか。


 

 考えていたらいつの間にか、寝落ちしてしまっていた。

 今日は雨宮と遊びに行く日だった。メールを確認すると昨日の晩に既に予定が書きこまれていた。

 へー、今人気の巨大テーマパーク、ファンタジァランドかよ。きっと、周囲は子供か恋人だらけで正味、気が引けるぞ。でもまあ、メールではぬいぐるみが好きとか言ってから、当然予期すべき選択かもな。

 いいさ。当の本人が望むのなら付き合うだけだ。それにあそこは最近、【フォーゼ】とコラボし、限定フィギュアが置いてあると聞くし。丁度よかったかも。

 

 一階へ降りていき朝食をとったあと、ファンタジァランドへ向かう。

 駅を乗り継いで約1時間半で待ち合わせ場所に到着した。

 ファンタジァランドの前で黒のズボンに真っ白な白色のシャツと黒色のネクタイ、そして黒のベストを着こなす出で立ちの幼子が目に留まる。雨宮の私服姿って初めてみたな。大抵はスーツか白衣だったし。こんな、女子らしからぬ服装だが、彼女の内面を知る俺としては、実に雨宮にふさわしいように感じていた。


「よう、待たせたな」

「いや、ボクも今来たばかりさ」


 気のせいか雨宮の奴元気がないような。というより、心ここにあらずのような感じだ。

 もっとも、研究にのめり込んだ雨宮は通常こんなもんだ。知り合ったばかりのときなど一緒に社員食堂で飯食っているときに、一言も話さずブツブツと俺にとっては呪文に等しい言語を呟いていることすらあったし。

 

「大丈夫か? 緊急の用でもあるなら後日でも構わんぞ?」

「違う!」


 雨宮の小さな身体から発せられたひと際強い大声に周囲の視線が集まる。


「い、行こう、先輩」


 俺の右手を掴むとチケット売り場へとスタスタと歩いていく。

 

 

 アトラクションを数個回るとすぐに雨宮の様子は最近の陽気なものへと変わっていた。

 

「先輩、次はあれだよ!」


 楽しそうに顔を輝かせ息を弾ませつつも俺の右手をグイグイと引っ張ってゴンドラのアトラクションに向かっていく。


「構わねぇけど、もう昼だし飯にでもしねぇか?」

 

 雨宮は腕時計にチラリと視線を落とし軽く頷き、


「そうだね。じゃあ、あれを乗ったら食事にしよう」


 とびっきりの笑顔で返答する。

 結局乗るんかい。雨宮は絶叫系の乗り物を好んだ。対する俺はその手のアトラクションが大の苦手。ガタブルで乗り物の手すりや隣の雨宮にしがみ付いている。ステータスが上がっても、過去に植え付けられた恐怖は消えやしないのだ。

 悲鳴を上げている乗客を遠目で見ながらも、ゴクリと喉をならし列の最後尾へと並ぶ。



 ゴンドラが終わりレストランに入り席に着くと、メニューを持った女性店員が席まで来ると、


「本日は親子連れのゲストに限りのスペシャルメニューがありますが、いかがでしょうか?」


 そんな雨宮にとってタブー中のタブーの言葉を紡ぐ。

 さて、どう返答しようかね。俺が口を開こうとしたとき――。


「ボクは今年で24歳だっ!! どうやったら彼とボクが親子に見えるっていうんだ?」


 席を立ちあがると即座にその事実につき否定する。

 雨宮の奴、今日はホントどうしたんだろ? いつもは自分の容姿を指摘されても、多少不機嫌にはなるだけで、店員相手にこんなにムキになることなどない。


「あの……」


 俺に助けを求めてくる店員に、


「いえ、結構です。このランチセットを二つください」


 手頃な注文をする。


「は、はい。お嬢さま、大変、失礼いたしました」


 頭を下げる店員に、雨宮は下唇を噛みしめると、


「いや、ボクの方こそ失礼した。声を荒げてしまい申し訳ない」


 深く頭を下げたのだった。


 店員はすまなそうな顔で何度も雨宮に頭を下げつつも、厨房へ戻っていく。


「お前、今日、どうしたんだ? 朝からお前、少し変だぞ?」

「う……ん。そうかも」


 話したくないのだろう。真一文字に口を堅く結んで押し黙ってしまった。



 気まずい空気の中、運ばれてきたオムライスを口に運んでいると、


「ときに先輩、少し尋ねたいことがあるんだ」


 雨宮がスプーンをトレイに置くといつもの気軽な様子で尋ねてくる。


「俺が答えられることならな」

「うん。できるよ。だって先輩自身のことだし」

「ならいい。何だ?」

「先輩はどんな異性が好みなんだい?」


 俺の異性の好みね。それこそ本日最もどうでもいい話題だな。なんだ、あらたまって尋ねてくるから何事かと思うじゃねぇか。

 だとすると、俺の中の理想の女性を答えるべきだ。

 

「髪は艶やかで黒くて長く、目元はパッチリしていて比較的長身、スタイルが抜群の巨乳の美女だ」


 もちろん、こんな理想な女は三次元女に存在するはずがない。神ゲー――【フォーゼ】のメインヒロイン――神宮瞳じんぐうひとみだ。彼女こそが俺の理想であり、俺の魂の嫁。


「そ、そうか」


 それだけいうと雨宮はオムレツをスプーンで救うと猛スピードで口に入れ始めた。

 そして、喉を詰まらせて胸をドンドンと叩いているので、


「もっとゆっくり食えよ。体に悪いぞ」


 水を汲んで渡してやると、それを無言で飲み干す。


『そなたってやつは……』


 無言でただ食べ続ける雨宮を憐憫の表情で眺めつつも、クロノは俺の右頬に軽く猫パンチをすると、大きなため息を吐いてそう呟いたのだった。





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