第7話 いつもすまないね
それから金曜日の週末まで、昼間はヘトヘトになるまで会社で馬車馬のごとく働き、夜は【無限廻廊】での修行に従事していた。
ちなみに、あの【ダーウィン】という種族だが――。
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種族――【ダーウィン】
・説明:成長の系統樹――成長率をパーティー内で最も高い者の値に同期させる。またパーティー内でダーウィンの称号ホルダーの有する称号を一つに限り他のメンバーも使用することが可能となる。ただし、本称号及び称号使用者が選択したことのない種の称号はその限りではない。
・パーティー編成(定員2名):なし
・ランク:ランクF
・種族系統:特殊系(人間種)
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どうやらパーティー系の能力だったらしいが、いかんせん。仲間なんておらんから、効果など確かめようもない。そのうちパーティーを組むのも検討すべきか。
あれからひたすら、俺は草原を突き進んでいた。
あの【怪魚の湖】のときのようなサブイベントで、ボスキャラをいくつかクリアしたが、オーノーよりはるかに弱く、第一段階を解放したクロノによる攻撃でほぼ瞬殺だった。
おそらくあのオーノーの際の馬鹿猫の選択は、考えられる上で最悪であり、ペナルティー同然だったのだと思う。
結構進んだし、そろそろこの草原に終わりが見えてきてもいいと思うんだがね。もう少しなのは間違いないし、気長にやるさ。
現在は、斎藤主任と外回りの途中で一緒に昼飯のうどんを食っているところだ。
斎藤主任は、俺の四個上の先輩で、黒髪に眼鏡、そして今や真っ白な翼を背中から生やしている。どうやら斎藤主任は、鳥系の種族を選択したらしいな。
スマホには雨宮からのメール。あれから毎日のように連絡が来る。香坂グループが誇る最高クラスの研究者だし、この手の連絡事項はずぼらだと勝手に誤解していた。
問題があるとすれば、雨宮に俺がしつこいアプローチをするせいで、
あの付箋事件が後を引き俺に今この状況でわざわざ関わってくるような物好きは限られているが、それでも数人から雨宮との関係性について尋ねられた。
果たしてこんな状況で本当に一緒に遊びに行っていいんかね? 端からみるとデートにしか見えんしさ。
俺の体面などあってないようなものだが、雨宮は違う。香坂グループ全体の中でも数少ないトップクラスの世界レベルの研究者。
実際に24歳という若さで米国のいくつかの科学賞をとっているそうだし、会社としても雨宮のような金の卵は絶対に手放したくはあるまい。
確かに最近は屋上で昼飯も一緒に食っていることもあるくらいだ。そう他の社員が勘違いするのも無理はあるまい。少し寂しいが、そろそろ、雨宮との関係も潮時なのかもな。
「いつもすまないね」
スマホの雨宮からのメールを眺めながらもぼんやりとそんなことを考えていると、斎藤主任が俺に頭を下げてきた。
言葉の意図が理解できず、しばし一言も口を開かず、ポカーンとしていると、
「今回君が悪役を買って出てくれたことさ。あんな真似は君にしかできない」
その台詞の意味を説明してくれる。
「いや、あれは本当に俺が捨ててしまっただけで――」
「気を使わなくていい。ここなら誰も聞いちゃいない」
「そうは言われましてもね」
この件を蒸し返しても誰にも益はない。このまま風化させるのが一番合理的だ。それに既に俺の評判など地に落ちている。今更上げるだけの意味もないし。
「君の潔白さは、古参の社員はみんな気付いているよ」
「あ、そういうことですか」
斎藤主任のいう古参は3人。何れも営業部でもかなりの発言力のある奴らだ。その本来、上野課長の虐めを止めねばならない古株連中はその現場を目にしながらも、見て見ぬふりを決め込んだのだろう。
上野課長にとって一ノ瀬は過去に思うように動かせなかった駒の一人。奴の蛇の様にねちっこい性格を知れば、至極当然の推論ではあるのだが。
「僕らはあの人の横暴を正せない」
「わかってますよ。俺も似たようなものです」
上野課長の親や兄弟は市議や都議、医者、弁護士などこの町でもかなりの名士だ。この会社にも香坂本家とのコネで入ったとのもっぱらの噂。
阿良々木電子第一営業部は、会社の屋台骨。その課長は営業部の実質No.2。会社の運営にも口を出せる立場なのだ。この第一営業部で、三十台で課長になったのは上野が初めてだろう。さらに、いくつかの大きなプロジェクトもすでに任されているようだし、まさに学歴や年齢ではあり得ない出世といえるし、法螺ではなく真実なのだろう。
着服等の不正ならともかくただ横暴というだけの行動を正すことは、一般のサラリーマンの俺達には不可能。仮に逆らえば、俺のように阿良々木電子の経営陣から睨まれる結果となる。
「今回の君の行為がなければきっと、一ノ瀬君も辞めていた。君のような人物がうちの会社には必要だ。だから、見捨てず辞めないで欲しい」
「見捨てるも何もお互い行く当てがあるならとっくの昔に辞めているでしょう。違いますか?」
「いや、違いないな」
自嘲気味に笑うと斎藤主任は、うどんをすすり始めた。
本日の業務もあっさり終了し、帰宅すべく駐車場へ降りると小さな体躯の女が俺の車の前で佇んでいた。
「先輩、最近物騒だし一緒に帰ろうと思って」
ああ、要するに夕飯を食べようという暗示だろう。この数日毎日だしな。
そして毎度、その事実に悔しがる右肩のクロノ。
「俺は構わんが、いいのかよ? 今日は会社全体の親睦会があるようだぞ?」
そんな話を女性社員共が言っていた。なんでも、種族を選択した結果、皆少なからずギスギスした空気が流れてしまっている。それの解消だそうだ。断っておくが当然のごとく俺は誘われちゃいない。
「だって、先輩も行かないんだろ?」
「まあな」
「なら、ボクも行くまい」
「そうか」
このままでは妙な勘違いしてしまいそうで、笑顔で見上げる雨宮の頭をいつもよりも少し乱暴に撫でる。
「……」
以前なら子供扱いするなと、烈火のごとく怒ったのに今はただ頬を紅色に染めて俯くのみ。雨宮ってこんな奴だったか? どうにも最近調子が狂う。
『下郎! 勘違いするなよ! アズたんはお前のような
(はいはい、わかってる。わかってるって)
雨宮は月曜日の期限ギリギリまで待って種族を決めるって言っていたし、気まずいのもあるんだろう。
「どこで食ってく?」
「うむ、では今日は――」
「いた! 梓ちゃんっ!」
女性社員が数人雨宮に右手を振ると俺達の方に走ってくる。
「マズい、先輩行こう!」
俺の袖を引っ張るも雨宮は忽ち取り囲まれてしまう。
「ちょ、ちょっとボクは――」
忽ち雨宮は女性社員たちに強制連行されてしまった。
どうやら、本日は一人の夕食になりそうだな。【無限廻廊】ももうすぐ次のステージに行けそうだし、それもまたよし。
歩き出そうと右手を掴まれる。雨宮だろうか。振り返ると黒髪ツインテールの女性社員――一ノ瀬。しばし、呆気にとられていると、
「先輩も行きましょう!」
引きずられるように俺も連れていかれてしまう。
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