第6話 ランクアップ
あれからほどなくクロノは白銀の銃から元の猫の姿に戻る。封呪の第一段階とやらが解除された結果だろう。クロノの意思一つで銃に変形できるようになっていた。これで本格的な遠距離攻撃の手段が手に入り、かつクロノというお荷物の効率的利用もできるようになる。まさに、一石二鳥という奴だ。
あの怪魚の湖へと戻り、水際へと近づくと水がまるでモーゼの奇跡のごとく割れていき、湖の転移陣までの道ができる。こうして楽々俺は我が家まで戻ることができたのである。
ビッチ猫の愚痴を全力でスルーし、自室へ戻りベッドに横になる。
午前2時であるが【社畜の鑑】の称号の効果によりまったく眠くならない。普段ならもう少し先に進むことも考慮に入れるべきなんだろうが、今日はやることがあるのだ。
即ち、レベル20になり、ランクアップの条件を満たしたのだ。俺のステータスは遂に平均150前後に到達している。益々、あの場所での戦闘ではレベルを上げることはできない。先に進むべきだな。
やはり二つほどテロップが出現している。
一つは――レベルアップ特典だ。
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★レベルアップ特典
・《チキンハンター》がレベル20となりスキル――【チキンショットLv1/7】と【
【万物の系統樹】の付随的効力により、【
・《チキンハンター》がレベル20となり称号――【世界一の臆病なプロハンター】を獲得いたしました。
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【チキンショット】か。名前からして俺が初めて獲得した攻撃系スキル。あとは、【
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・【チキンショットLv1/7】:特定の指定された場所に、遠方の安全領域から射程を無視して2回に限り遠距離攻撃できる。ただし、使用限度を超えると24時間の待機時間があり、その間、本スキルは使用不能となる。
・【千里眼Lv1/7】:ほんのわずかな距離を視認し、詳細に鑑定できる。ただし、遮蔽物がある場所ではその能力は著しく減弱する。
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【千里眼】で場所を指定し、【チキンショット】で遠距離から攻撃する。そんなコンボスキルだろう。
もっとも、【千里眼】で把握できる距離はほんの少しらしいし、【チキンショット】には厳格な回数制限もある。ここぞというときの奥の手としてのみ使用すべきかもな。
ともかく、【千里眼】により鑑定の距離が僅かでも伸びたのは嬉しい。純粋に喜ぶべきなんだろうな。
次が、新称号についてだ。
…………………………………………
称号
・【世界一の臆病なプロハンター】:逃亡率の著しい上昇と長距離武器の威力、命中力、射程に補正がかかる。ただし、遠距離補正率は武器発射時の安全性の度合いにより比例的に向上する。チキンハンターのスキルを使用できる。
…………………………………………
逃亡率の上昇と長距離武器の補正。クロノが銃に
最後が待ちに待ったランクアップだ。
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★ランクアップ特典!!
【万物の系統樹】により【チキンハンター】のレベルが20となり、ランクアップの条件を満たしました。以下から、ランクアップする種族を選択してください。
・幽鬼ホスト(ランクF――鬼種)
・ダーウィン(ランクF――人間種))
・トラブルハンター(ランクF――人間種)
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いやいや、幽鬼ホストってあまり、アレすぎんだろ。まさか、最近女と話す機会が多かったからそっち系の職業の道でも開いたのか? 正味、話したと言っても雨宮と少しとあとはあの自称女神のビッチ猫だ。一般よりはかなり少ない。幽鬼ってのは、さっき討伐したオーノーのせいか? パズルやってんじゃねぇんだ。組み合わせればいいってもんじゃねぇだろ。
それにダーウィンって。進化論を主張したおっさんの名前じゃね? もう職業ですらねぇよ。
トレジャーハンターじゃなくてトラブルハンターかよ! トラブルに巻き込まれる体質にでもなるんだろうか。それって、軽い罰ゲームじゃね?
トラブルハンターは論外だとしても、人間を止める幽鬼ホストか。それとも進化系のダーウィンのおっさんか。俺が持つ最大の武器である権能は――【万物の系統樹】。つまり進化に関する力だ。だとすれば、ここはダーウィンを選択しておくべきじゃないのか?
今回は少し冒険してみるか。まさか、選択したからっていきなり、髭面のおっさん顔になるわけではないだろうしな。
ダーウィンを押す。少しの間ののち、心臓の拍動が痛いくらい強くなり、視界が真っ赤に染まる。そして俺の意識は闇に落ちていく。
瞼を開けると、そこは見知った天井。咄嗟に顔を動かし時計を確認すると、午前六時を示していた。
そうか、今回もランクアップして気絶したようだな。あと、なんか壮絶に頭がガンガンする。おまけに、ボーとして上手く思考できない。
とりあえず相当汗かいたらしく全身がベトベトで気持ちが悪い。このまま会社に行けばオヤジ臭いと批難轟轟だろう。シャワーでも浴びてくるとしよう。
一階へ降りて浴室へと直行する。
更衣室で衣服を脱ぎ、素っ裸になって勢いよく浴室の扉を開けた。
「はぃ?」
裏返った声を上げる十代の黒髪の美しい少女。
水で濡れた艶やかな長い黒髪に、女神のごとき眉目秀麗な顔の造形。胸に生えた二つのひときわ大きな果実とくびれた腰。相当な美女だ。しかし、こんな奴がなぜ俺の家の浴室にいるんだ?
少女は丁度、ボディウォッシュ用スポンジで身体を擦っている状態で硬直化し、その視線は俺の下半身へと不躾にも向けられていた。
「お前誰だよ?」
一応尋ねてみるが、急速に少女の全身が紅色に染まっていく。そして――。
「ぎぃゃあああああぁぁぁぁっ!!」
劈くのような大声を上げて俺を突き飛ばすと、浴室の扉を乱暴に締めて、
「こ、こ、この無礼ものがっ! そ、そんなグ、グロテスクなもの見せおってからに! 外にでておるのじゃっ!」
そう言い放つ。うむ、たとえ女が勝手に人の家に忍び込むような痴女であっても、ここは紳士に接するべきだろう。とりあえず――眼福でした。もう一度美女の肉体美を己の記憶として深く記録したのち合掌し、更衣室を出る。
「で、お前があのビッチ猫。そう言っちゃったりするわけ?」
「ビッチ猫ではない! クロノじゃ!」
ソファーの上で未だに顔を紅潮させつつもふくれっ面でそっぽを向き、両足を抱えている黒髪の少女。
クロノ曰く、クロノの封呪の第一段階が解放されたせいで一日に数時間、己の意思で本来の姿に戻ることができるようになったらしい。
それにしても、それ俺の服じゃねぇか。こいつ、人の衣装ケースを勝手に物色しやがったな。まあ、素っ裸でうろつかれるよりか大分ましかもしれんが。
「ケ、ケダモノ、人の身体をジロジロ嘗め回すなっ!!」
俺の視線を遮るかのように涙目で蹲るクロノに、大きな溜息を吐くと、
「お前、昨日夜の営みがどうとか言ってなかったか?」
半眼でそう尋ねた。
「っ!?」
クロノはビクンと全身を痙攣させると、部屋の隅へ移動していき汚物を見るような目で睨みつけてくる。うーむ、女子からそんな蔑んだ目を向けられるとおじさん、興奮しちまうぜ。
何て冗談はさておき、人を散々童貞とこき下ろしていたが、こいつこそ絶対処女だ。というか、多分、男性経験どころか、男と碌に関わったことすらないんじゃないのか?
ともあれ、確かに俺としても人の格好で家内を勝手にうろつかれても鬱陶しい。確か二階にこの前の妹殿の荷物が置いてあったよな。
二階へ行くと案の定、ご丁寧にタンスの中には綺麗に朱里の衣服が収納されていた。机やいす。PCまで完備されている。面倒だし当分、この部屋で生活してもらうとしよう。
朱里の部屋に案内すると、クロノは当初相当警戒していた様子だったが安全な場所だとわかると忽ち順応し部屋に籠ってしまう。
まさか、男の裸一つ見ただけであれだけ取り乱すとはな。どんな初心な生娘だよ。
朝っぱらから、馬鹿猫に構っている場合ではないな。とりあえず、遅刻しないようさっさと飯を食って出勤しよう。
料理を食いながらスマホを開くと長文のメールが一通来ていた。雨宮からだ。
内容は昨夜どんなテレビを見たとか、夕食に何を食べたとか、昨日何の曲を聞いて眠ったとかそんな他愛もないことばかりだった。朱里とも似たような事を話すし、女子はそういうものなのかもしれないな。
一応、雨宮から今週末の予定を聞かれる。そういえば、遊びに行こうと言われていたし、二つ返事でOKを出す。悲しいかな、女子と二人で遊びに行くなど朱里を除けば、初めての経験だし、どんな場所がいいのかまったくわからない。俺は趣味が偏っている。少々情けない気もするが、行く場所は雨宮に任せることにした。
そういや遊び場所といえば、コミケが再来週に開催されるらしいぞ。最近、魔物やら種族決定やらの騒動からか、会社が早く終わるのが通常だ。最近とんと御無沙汰だったし、今年は足を運んでみるも一興かも。
「まだ、ぶー垂れてるのか? 裸見られたのはお互い様だろ?」
『……』
俺の右肩で猫の姿でつーんとそっぽを向いて無視を続けるクロノ。俺に害があるわけではないし、どうでもいいがね。
会社に到着し駐車場に愛車を止めたところで、二人の男女に遭遇した。
そして、一人はついさっきメールを送った女だった。
「先輩!」
雨宮は俺を視界に入れるとパッと輝かせて、両手を大きくぶんぶんと振ってくる。
そしてもう一人の、若い茶髪の壮絶イケメン青年は、雨宮の視線の先にいる俺を認識しあからさまに不快そうに顔を歪める。耳の先が不自然に長いことからも、大方、既に種族は選択済みなんだと思う。
こいつは
「おい、五流大! 梓に気安く話しかけるなっ!」
いやいや、旦那、あっしは、まだ挨拶すらしていませんぜ。
そういや、香坂秀樹と雨宮って幼い頃からの幼馴染で、現在結婚を前提として付き合っているという噂を女どもが話していたような。
雨宮の奴、最近、このボンボンと上手く行ってないとか? そんな昼ドラのような展開はマジで勘弁だぜ。そういう三次元リア充的もめ事は、もっと女の扱いが上手い経験者に任せたい。というか関わりたくねぇ。
「それはどうも。雨宮、おはよ、じゃ、そういうことで!」
面倒ごとは御免だ。乳繰り合いなら俺なしでもできるだろう。
右手を上げて軽く挨拶をすると、二人の間を通り過ぎようとするが雨宮に上着の袖を掴まれる。
「先輩、少し話があるのだが?」
おい、雨宮、お前、俺を見上げる目が据わってるよ。怖いって。マジで怖いって!
「あ、ああ、あとでな。それじゃ、そういうことで!」
再度、足を一歩踏み出すが、
「あとでだと!? 貴様、それはどういう意味だっ!!」
悪鬼のごとき形相で胸倉を掴まれぶんぶんと揺らされる。これって本気だ。このボンボン、マジで雨宮に惚れてやがる。冗談じゃねぇよ。こんなラブコメのような展開、どう考えても俺には荷が重すぎる。
「ちょっと誤解だって――」
誤解を解いてほしくて雨宮に助けを求めるが、もじもじと絡ませた両手を忙しなく動かしながらも頬を紅色に染めて俯いていた。
いやいやいや、雨宮さん今このタイミングでのそれは、無用な誤解を招きますって!
「秀樹さーん!」
取り巻きの女性社員が近づいてくるのが見える。
軽い舌打ちをして、いつもの爽やかイケメンに表情を戻すと、
「梓、また今度お食事でもしよう!」
女性たちの方へ歩いて行ってしまう。
『ふんっ! マイエンジェルにちょっかいを出すクズムシめ! これ以上近づくようなら、妾が天罰を落としてやるのじゃっ!』
俺の右肩でファイティングポーズをとるクロノを尻目に、
「秀樹に根掘り葉掘り聞かれて途方に暮れてたんだ。助かったよ、先輩」
雨宮が俺の袖をそっと掴むと、笑顔を向けてくる。
「いや……」
というか、マズくね? これ絶対に誤解されたぞ。
「では先輩、行くとしようか?」
俺の袖を掴みつつもご機嫌に歩き出す雨宮に俺は、大きく息を吐き出し後に続く。
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