第5話 鏖殺宣誓

 俺のすぐ脇を燃え盛ったサッカーボールほどの炎の球体が超高速で過ぎ去っていき、大地に突き刺さり大爆発。大きく抉れた地面と今もモクモクと土煙を上げている惨状を一目見れば、あれを一撃でもまともにもらえば致命傷だろう。

 振り返ると、入道モドキ――オーノーが蛇のごとく草原を抉りながらも俺に向けて口から火炎の球体を断続的に放っている。


「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! マジで死ぬ! 絶対に死ぬぅ!!」


 悲鳴を上げ、必死で足を動かしながらもすんでのところで躱していく。

 

『おい、追いつかれるぞ。もっと早く走るのじゃっ!!』


 俺の背中にしがみ付くお気楽猫が喚いていたが、もちろん今の俺に皮肉の一つも答える余裕などありはしない。死にたくない。ただその一心のみで足を動かしていた。


「おい、クソビッチ、お前、責任とってあいつを何とかしろよ!」

『誰がビッチじゃっ! 妾はあくまで補助。戦闘はそなたの領分じゃろ?』

「ふざけろよ! 補助とか言って、何の役にもたってねぇじゃねぇかっ!」

『で、できるぞ』

「じゃあ、何だよ!? 何ができるんだよ!? ほら、言ってみろよ!」


 少しの間、クロノから言葉が消えるが、


『う、うむ、例えば、夜の営みとかどうじゃろう?』


 そんなクソのような言葉を吐き出しやがった。

 その言葉を耳にして、ブチッと俺の額の血管が切れる。そんな錯覚に陥る。


「……」


 嵐のごとく荒れ狂う憤怒に文字通り二の句がでない。そんな中、得意げにビッチ猫はさらに妄想を爆発させる。


『妾のような美しくも清廉な女神と一夜ともにできるんじゃ。ぬしのような女を一度も経験したこともないチェリーにはまさに至福のときじゃろう?』

「こ、こ、この――」

『うん? なんじゃ?』

「クソビッチ猫がぁっ!!」


 俺はありったけの怒号を吐き出すと、クロノの首根っこを掴む。


『な、なんじゃ。こんな緊急事態に発情しおってからに! だから童貞の雄は――』


 呆れたようにクビを左右に振るクソビッチ猫。俺は全力疾走を続けながらも、ビッチ猫を掴む手を背後に向ける。


『はひっ!?』


 今も迫る入道お化け――オーノーとビッチ猫はご対面する。


『うわっ、キモッ! あれマジでヤバいのじゃ! 口から火を噴いておるぞ!』


 懸命に暴れるビッチ猫クロノに、


「あいつに対抗して火でもなんでも吐いてやれっ!」


 適格なアドバイスをしてやる。


『阿呆、火など吐けてたまるかっ! ぬしは妾を何だと思うておる!?』

「できる! お前なら絶対にできる。必ずできる! きっとできる! 俺は信じているぞ! だって女神様だものなっ! フレー、フレー、クロノ、頑張れ、頑張れ、クロノ!」


 俺の高校の応援歌を歌いながらも、クロノを励ましてやる。


『そんな心にもない応援いらぬわ! アチチッ、火の玉が今かすったのじゃ!』

「そうだ。このままではあの火の玉が直撃し、黒焦げになるぞ。主にクロノ、真っ先にお前から先に!」

『なんで妾がっ!』

「決まってんだろ。それがお前の役目だからだ」


 そうだ。ごく潰しはこれ以上はいらないのだ。もし、できぬというなら俺も覚悟を決める。責任をとってお前には身体を張ってあの入道の気を引いてもらうとしよう。


『いやじゃ、妾はまだ死にとうない!』

「頑張れ! クロノ! 気合だ、クロノ!」

『まだ、妾にはやることがあるんじゃ!!』

「そうだ。その意気だ。お前のそのどす黒い欲望成就のためにも、死ぬ気でけっぱってくれ!」

『エンジェル、アズたんと甘い夜を過ごすのじゃ! アズたんと夜通しで頬擦りや添い寝過激なプレイをするのじゃ! この悲願達成までは滅んでたまるものかぁっ!! 妨げるものは誰じゃろうと皆殺しじゃぁぁぁーーーっ!!』


 クロノが声高にこっぱずかしくもゲスイ宣言をする。


『条件1、鏖殺宣誓おうさつせんせいを確認。クロノの封呪の第一段階が解除されます』


 無感情な女の声とともにクロノの全身が紅に染まると瞬時に球体となり、ある形を形成しつつも俺の手に収まる。

 これは銃か。銃身は異常に長く白銀色であり、幾何学模様が刻まれていた。

 俺は走りながらも銃口をオーノーの口に固定し引き金トリガーを引く。

 心地よい振動とともに白銀の銃弾が放たれ、今も火を吐こうとしていたオーノーの口にピンポイントで直撃し、大爆発を引き起こす。

 俺は急停止をすると、逆に奴に向けて疾駆し、アイテムボックスから斧を取り出し左手に持つ。そして、銃弾をありったけ奴の全身へとぶちかます。

 白銀の銃弾が次々に奴に命中する。両腕を吹き飛ばし、横っ腹に風穴を開け、蛇の尻尾をぐちゃぐちゃの肉片へと変える。

 そして奴の懐に飛び込むと、半分が吹き飛んだ頭部と胴体を繋げる頸部に斧を叩き込む。

 オーノーの頸部がゴキリと明後日方へ向く。そして、俺はありったけの残存する銃弾を奴の身体に至近距離でぶち込んだのだった。


 黒色の粒子となって弾け飛ぶオーノーの肉体。そしてひと際大きな魔石がゴトリと落下する。

 

「勝った……のか?」


 俺がそう呟いたとき、案の定頭上に振ってくる無感情な女の声。


《オーノーを倒しました。経験値とSPスキルポイントを獲得します》


《LvUP。藤村秋人はレベル20になりました》

《サブクエスト、【金のオーノー】クリア! 藤村秋人に第一層――【怪魚の湖】にあるセーフティーポイントが解放されます》


 結局、【フォーゼ】の限定版は戻らねぇのかよ。ド畜生がっ!

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る