第4話 金のオーノー
針の筵のような職場での業務を終え、愛車に乗り込み帰路につく。
渡された紙を見て、雨宮にメールを打つが数分と待たずしてやけに絵文字たっぷりの返信がきた。しかも長文。彼女はもっと淡泊だと思っていたんだがな。中々どうして若い女とのメールは新鮮だ。まあ、朱里以外初だし、当然といえば当然か。
さて、本日の探索の開始。迷宮探索の再開だ。その前にステータスを更新しておこうと思う。
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〇名前:藤村秋人
〇レベル(チキンハンター):18
〇ステータス
・HP 504
・MP 385
・筋力 128
・耐久力 137
・俊敏性 142
・魔力 130
・耐魔力 135
・運 98
・成長率 ΛΠΨ
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ステータス、本当に滅茶苦茶伸びたな。以前の130倍だよ。
ランクアップまでのレベルは18まで上昇し、あと2上がればランクアップだ。
【社畜の鑑】により、碌に寝る必要がなくなったし、今晩中にはランクアップできるんじゃないかと思っている。
あとは、【
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・【
・【
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文脈上は大した変化はなく、性能が大幅にアップしたってところか。細かなルールは使用してみて順次見つけて行けばいいさ。
一階傍の転移魔方陣から10階へのあの広間へ転移し、最奥にある階段を下っていく。
「……」
文字通り言葉もない。というかここのダンジョン作った奴って絶対頭おかしいよな。
俺の眼前には草原が広がっていた。しかもご丁寧に太陽モドキのようなものまでありやがる。これはダンジョンというより一つの小さな世界だ。こんなものに労力をかけるくらいなら、それを他に回した方がよほど建設的というものだ。まあ、それも今更かもしれないわけだが。
さてでは早速探索を開始するとしよう。
少し進むと遠方で飛び跳ねている青色の塊が視界に入る。
あれはスライムか? 最近世界中で出没していた最弱の魔物だったか。このダンジョンでは初めて遭遇したな。
スライムに近づき刃こぼれをした斧を突き立てると、その粘液が弾け飛び、魔石がポトリと落ちる。試しに軽く蹴ってみても結果は同じく粉砕だ。ホントにスライムは、最弱のようだ。
というか、いきなり群を為すゴブリンに遭遇。さらに、鶏モドキやら、ウマシカなどというストレンジな魔物がうじゃうじゃ湧いて出る迷宮。改めて考えれば、βテストの方がよほど異常だよな。これがこのダンジョンの通常仕様なのかも。
もっとも、あのふざけたネーミングセンスに、悪質なクエスト。これを作った奴は頭の螺子が緩いのはほぼ確定している。この先はあれ以上のふざけた現象のオンパレードかもしれんし、気を付けるには越したことない。
ひたすら探索を続けるが、スライムが中心で稀に単独のゴブリン、三角兎、ビックウルフが混ざる程度。出会い頭に瞬殺を繰り返す。
張り合いがない。いや、なさすぎる。あの全部の魔物よりもウマシカ一匹の方がよほど強かった。これでは修行にならんし、可能な限り先に進むべきだな。
『ギィッ』
俺に気付いた額に三つの角をはやした兎が、唾液をまき散らせながら、凶悪な形相で襲い掛かってくるが、蠅叩きのごとく空手の左の掌で叩き落とす。ゴギッと生々しい骨の砕ける音。そして地面に衝突して砕け散る三角兎。魔石と兎肉のドロップアイテムが出現したので、それをアイテムボックスに収納し、歩き始める。
『のう、妾、もう疲れたのじゃ。本日はこの辺にせぬか?』
俺の右肩で大きな欠伸をするビッチ猫。疲れたって、お前、俺の肩の上でただ寝てただけじゃねぇか。
とはいえ、だだっ広い草原を速足で歩き続けて既に5時間が経つ。歩けど歩けど同じ草原の風景と張り合いのない魔物たち。確かにここで引き返さねば明日の朝までに無事帰れる保障もない。一度戻るべきかも。
踵を返そうとしたとき、遥か遠方に広がる巨大な水溜まりが視認できた。
おう。初めてみる異なる風景だな。ここまで来て行ってみない手はないぞ。好奇心に踊る心をどうにか抑えながらも、俺は走り出す。
卵円形な形の深青色の湖にその周囲を取り囲む真っ白な砂浜。中心には神殿のような建造物が存在していた。というか、あの円柱状の構造物は見覚えがあるぞ。十中八九、転移装置だ。
とすると、あの湖を渡れと? ディスカウントショップでゴムボートを購入すれば渡れないことはないが……。
一応、【
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魔障湖:攻撃力700、耐久力650、俊敏性400、魔力100、耐魔力50の凶悪な肉食怪魚――ギョギョが群生する湖。ギョギョの好物は力ある生物のみ。力ある者は決死の覚悟で踏み入れよ。対して、力がなき者は決して湖に近づくことなかれ!
――――――――――――――――
冗談じゃねぇよ。攻撃力700って完璧にオーバーキルじゃねぇか。ゴムボートで入り次第、取り囲まれて餌になるってか。【
いや、まだそうとも限らないか。周囲をもう少し探し回ってみるとしよう。
周囲を探索した結果、湖の水際の浜辺に1mほどの金属の立て札がポツンと立っている。
近づいてみると、その立て札には『貴方の大切なものを湖に投げ入れますね』と刻まれていた。
大切なものを投げ入れます? やだよ! ざけんな! なに、ほざいてやがる!
現在、大切なものはアイテムボックスに保管している。まさか、勝手にアイテムボックス内のものを湖に放り込むなんてこともないだろうが……いや、このクソダンジョンなら十分あり得るな。震える手でアイテムボックスを確認するが――。
「よかった。あった……」
俺の汗と涙の結晶がアイテムボックス内に存在するのを確認し、ほっと胸を撫でおろす。
ともあれ、ここは危険な臭いしかしない。この流れからいってここに留まれば悪質なクエストに巻き込まれる。今日は一度我が家に戻ろう。
踵を返し池に背を向歩き出したとき、
『あれ、なんじゃろう? 水面の上にぷかぷか、浮いておるぞ』
馬鹿猫のたっぷり好奇心の含有した声が頭の中に木霊する。振り返り右肩のクロノに視線を落とすと器用にも右手の小さな肉球を湖面に向けていた。
「浮いているもの?」
眼を細めてクロノの指す方を凝視すると、水面から30㎝ほどの高さで宙を浮遊している四角い薄いケースのようなもの。それを視界に入れ俺の心臓は大きく跳ね上がる。
「う、嘘だろっ!!」
あの見慣れたケース。あれは、さっきアイテムボックスで確認したばかりの俺の宝物――『フォーゼ』のプレミアム限定版。2012年の夏コミでしか売られてない第一幕を担当したゲームシナリオライターによる超希少ソフト! 市場にほとんど出回ってねぇから二度と手に入れるのは不可能なんだ!
「ざ、ざけんなよ!!」
必死だった。賢明に俺は、宙に浮遊するプレミアム限定版に向かって猛ダッシュする。
「とどけぇ!!」
眼と鼻の先まで迫るも、プレミアム限定版は無常にもポチャンと湖の水内に落ちてしまう。
崩れ落ちる俺に、『サブクエスト――【金のオーノー】が開始されます』と頭上から降り注ぐ聞きなれた無機質な女の声。
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◆サブクエスト:金のオーノー
説明:宝物が湖に投げ入れられました。湖の精霊――オーノーは正直ものが大好き。湖にものを落としたものに質問をし、気に入らないと悪霊と化しますよ。さあ、その問に答えなさい。
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「ざけんなよ、クソ野郎っ!! 投げ入れたのはお前だろうが!!」
近づくだけでクエスト強制参加のくそっぷり。しかも、この不愉快極まりない設定。マジでこのダンジョン作成者、殺してぇわ!
『ほら水面から何かでてくるのじゃ』
ウキウキした弾んだ声色で注意を促してくる馬鹿猫。くそ、喜んでんじゃねぇよ! あのソフトが、俺にとってどれほど大切なものか知りもしねぇで!
水面が波打ち頭部が禿げ上がり、病的に痩せ細った男が両手で頬を抑えながらも、ゆっくりと姿を現してくる。眼窩は窪んで、目は細く気色悪い笑み浮かべており、口は顎が外れんばかりに大きく開いていた。
『汝の落としたのは、この【金のフォーゼ】か? それともこちらの【新品のフォーゼ】か?』
坊主の入道の前には、金でできたパッケージと新品と思しき【フォーゼ】のパッケージが、フワフワと浮遊していた。
はぁ? グリム童話の【金の斧】のリメイクかよ! ざけんな。【フォーゼ】は俺の若き頃の汗と青春の結晶。金に等に変えられるものかっ!
しかし、流れから言って新品を選択すれば、俺のソフトは戻らない。
一方、今のゲームソフトは全てステック製で、水にはすこぶる弱い。ずぶ濡れになって使い物にならなくなったソフトを渡されても意味はないんだ。
童話通りなら、正直に話せばあの新品のソフトが返ってくるはずだが、このシステムの作成者の悪質さを鑑みれば、それ自体が罠の可能性もある。三回転半捻って【古いフォーゼ】と答えればそのまま戻される可能性もある。
どうする? どれが最適な解なんだ?
『【金のフォーゼ】とやらじゃ』
右肩の馬鹿猫が、よりにもよって最悪の答えをさも得意げに宣いやがった。
「ば、馬鹿か、お前っ!」
『あんな、ガラクタと金じゃぞ。金の方がいいに決まっておろう?』
馬鹿猫は俺の耳元で、俺にとって最悪の言葉を囁く。
「ざけんな、アホ猫っ!」
このウンコ野郎、魔物たっぷりの湖の中に沈めてやろうか。このクソ猫への殺意がふつふつと湧き上がる中、事態は最悪へ突き進んでいく。
『この嘘つきめ! 汝に罰を与える!』
入道の目が反転し怒りの形相に変わると水面から上昇していく。胴体まではただの痩せ細った人型だったが、その足に該当するのは蛇のように長い尾だった。
やはりこうなったか……。
『あれ?』
「あれじゃねぇっ!」
キョトンとした顔でクビを傾げる馬鹿猫。あほか! お前、自称女神なのに、グリム童話も知らんのか!!?
入道は、顎が外れんばかりの大口を開けて、やはり頬を両手で覆いながらも、
『オゥーーーーノォーッ!!』
耳障り金切り声を上げた。
次の瞬間、奴の横っ腹からニョキッと新たに両腕が生えて背中の斧の柄を両手に持つと水に落下し水蛇のごとく身体をくねくねと気色悪く動かしながらも、こちらへ凄まじい速度で迫ってくる。
『うへぇ、気持ち悪いのじゃ』
うんざりしたような声を上げる馬鹿猫など無視して俺は一目散で奴に背を向け逃走を開始した。こうして地獄の追いかけっこは開始される。
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