第3話 ビッチ猫のカミングアウト

 いつもの部長の説教を受ける。苛ついていたせいか、普段よりも三割増しで長く、声が大きかった。あんなに怒ってばかりでよく疲れないな。

 それからいつものように業務に打ち込むも、坪井の奴のバッシングが一ノ瀬から俺に変わり、批難の言葉が公然とささやかれるようになる。

 俺に対する態度がすこぶる悪くなり、円滑な業務に支障が生じたため、現在、一時休憩してやり過ごすため給湯室へ退避してきたところだ。


「やあ、秋人先輩、奇遇だね」

 

 金髪の幼女がいつもの眠そうな目で俺を見上げていた。


『おふっ! て、天使だぁっ!』


 ビッチ猫の震え声が鼓膜を震わせる。馬鹿丸出し猫に一々リアクションとるのも馬鹿馬鹿しい。スルーするに限る。


「おう、ロリっ子もな」

「だから、その不愉快な呼称を止めたまえっ!! ボクは24歳だと――」

「おう、知ってる、知ってる」


 いつものように小さな頭をグリグリと撫でる。


「……」


 てっきり、いつものように子ども扱いするなと怒髪天を衝くのごとく激怒されるのかと思っていたのだが、絡ませた両手を忙しなく動かしながら真っ赤になって俯くのみ。相変わらず変な奴だが、今日は特に挙動不審だな。

 

「先輩、この間は守ってくれてありがと」


 ああ、マンモスバーガーでの豚の怪物の件か。

 隅で震えていただけで、まったく守ってなどいなかったがね。だが、それはさておき――。


「お互い無事で何よりだ」


 雨宮に笑顔で何度か頷く。


「う、うん。そ、それで先輩、以前の話なんだけど?」

「以前の話?」

「う……ん。先輩の気持ちは嬉しい。本当に嬉しいんだ。だけど、ボクはまだ先輩をよく知らない。だから友達から始めたいんだ」


 唐突に訳のわからん発言をする奴だ。


「いや、既に俺の中ではお前は友人だったんだがな」


 さらに雨宮の顔は益々紅潮し、今や耳の先まで、熟したトマトのように真っ赤になってしまっている。そして、過呼吸のように数度深呼吸をした後、大きく息を飲み込むと、


「だから、今度一緒に遊びに行こう。これがボクの連絡先だ」


 俺の返答すら聞かずに雨宮は俺に一枚の紙を渡すと、走り去ってしまった。

 そして、俺の右肩で全身を震わせつつもビッチ猫が、


『おい、下郎!』


 どすの利いた声を上げる。


(なんだ、ビッチ猫? できればここでは会話は控えて――) 


『この不埒ものがぁー!!』


 俺の右頬に本気マジの猫パンチをかましてくるビッチ猫。

 うぜぇ。マジでうざすぎんぞ、クソ猫がっ!


『この――野獣ケダモノめっ! あんな幼気いたいけなエンジェルをどんな汚い手を使って洗脳した?』

「はあ?」

『聞く耳など持たぬわ! 幼子が一目で逃げだす悪魔のような外見汚物の貴様だ! あんなキュートなエンジェルからすれば、逃走一択のはずだ。そうでなくてはならん。ならんのじゃ!』

「悪魔って、お前なぁ」


 悪魔のような外見の汚物って、いくら何でもそれは言い過ぎだと思うぞ。まあ、闇夜に人と出くわすと決まって悲鳴を上げられるのは、悲しい事実ではあるのだが。


『貴様、怪しげな術を使いエンジェルを欲望のはけ口にしようとしているな!? なんて、なんて羨ましい――いや、なんてけしからん奴じゃ!』


 おいお前、今変なの混じったよな! こいつ俺が想像していたよりもずっとアレなやつなんじゃなかろうか。


『妾が、貴様のようなケダモノ汚物からエンジェルを救い出して見せる! 

その暁には、おお、おお! マイエンジェル! 妾が存分にその傷ついた心と肉体を癒してみせようぞっ! くひ、くひひひ――』

「クソビッチ、妄想、乙!」


 下品に笑いながら妄想に涎を垂れ流す肩の性犯罪ビッチ猫に倫理規程の籠った裏拳をぶちかますと、車に踏みつぶされた蛙の断末魔のごとき声を上げて目を回してしまう。

 こいつから今後も目を離さないでおくのが、世のため人のためだな。

 俺は気を取り直して、自身のマグカップに珈琲を注いだのだった。


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