第16話 ゲームの始まり
2020年10月4日 午後1時31分。
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◆《カオス・ヴェルト》運営側からの通告
《カオス・ヴェルト》が起動いたしました。全種族の皆様、ご健闘を心からお祈り申し上げます。
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日本――
「何ぃ、これぇ?」
カラオケボックス内で気の合う友人たちと気持ちよく歌っていた長い銀髪の女子高生が、突然眼前に出現したテロップにいつもの間延びした声を上げる。
「私にもあるぅ。キモッ!」
胡散臭そうに右手でテロップを払おうとすると、別の画面が出現した。
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◆種族を決定します。以下の三つから選択してください。
・女子高生(ランクH――人間種)
・獣人〈犬、トイプードル〉(ランクH――人間種)
・コギャル(ランクH――人間種)
※一度種族を決定すると二度とやり直すことはできず、選択した種族に以降の系統樹が決定されます。くれぐれも慎重にご選択ください。なお、今から一週間以内に選択がなされない場合は運営が自動的に種族を決定いたします。
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「うわー、これ痛すぎるんだけど……」
表示されたテロップをまるで汚物でも見るかのような視線で眺めながらも、茶色の髪をセミロングにした女生徒が嫌悪の言葉を吐き出す。
「ほんとだぁ、私にもあるぅ」
長い銀髪の女子高生もぼんやりとテロップを見ながらそう呟く。
「これってクラスのキモオタ連中がやっているゲームでしょ? もしかして奴らの悪戯? 新種のゲームとかの?」
「それマジで笑えねぇわ!」
額に太い青筋を漲らせながらも、短髪ボーイッシュの女生徒が不愉快そうにへの字に口を結ぶ。
「でもでもぉ、結構面白そうよぉ。私の種族って、白虎の幻想種だってぇ。耳や尻尾生えるのかなぁ?」
緊張感が皆無の銀髪の女生徒が、テロップを操作して確認画面の《YES》の欄を押してしまう。
「ちょ、ちょっと待ちなさい――」
短髪ボーイッシュの女生徒が咄嗟に止めようとするが、ことは既に遅し。
銀髪の女生徒の全身が金色の光に包まれる。そしてその変化は劇的だった。
女生徒の両方の耳が消失し、頭の上にチョコンと小さな寅縞の真っ白な耳が生え、眼球が黄金に染まり、臀部から長い純白の縞模様の尻尾が生える。
「「……」」
短髪ボーイッシュの女生徒も、茶髪セミロングの女生徒も大口をあんぐり開けてその非常識な現象を眺めていた。
「あれ? あれれぇ? すごぉい、本当に耳と尻尾が生えちゃったぁ」
銀髪の女生徒の緊張感のない言葉に、二人は今度こそ喉の底から声を張り上げたのだった。
2020年10月4日 午後1時42分――
カーテンが引かれた薄暗い室内。ディスプレイから漏れる光により照らされるのは、真っ赤なはんてんを着用した顔が隠れるほどの前髪が長い赤毛の少女。
「種族? うひっ! うひひっ!」
気味の悪い声で数回笑うと、キーボードをカタカタと操作していたが、
「ひひっ! しゅ、種族? こ、混乱中? 一斉に出現? み、未知? 未知ぃ? 未知ぃぃ!!」
椅子から立ち上がるとそう絶叫し、小躍りを始めるもすぐに止まり、うんうんと唸り始める。
そして――意を決したように人差し指でテロップを押す。
赤髪の少女の耳の先が長くなり、細長くなる。
「せ、背中?」
はんてんと上着を脱ぎ棄てると、背中から生えている透明な翼。
「ひほっ!」
声を震わせ己の全身を眺めていたが直ぐに、
「ク、クラスチェンジだお? わほぉぉぉっ!!」
赤髪の少女は甲高い獣の遠吠えのような声を上げたのだった。
2020年10月4日 午後1時48分――警視庁捜査一課
「とうとう、疲れて幻覚でもでたか? 最近寝てねぇからな! うん!」
真昼間なのにもかかわらず眠い頭を多量のカフェインで誤魔化しながら捜査報告書を書いていた黒色短髪に無精ひげを生やした捜査員が、眠い両目を擦るがまったく出現したテロップは消えやしない。
「うわははっ! それも正義のためだぜ! 致し方なし!」
快活に笑いながらも、テロップの内容を眺め見る。
「種族を選べ? ほう、今流行りのMMORPGの宣伝か? だが、俺には娯楽など不要! なぜなら俺は正義を執行する責務があるからなっ! うん!」
少し冷静になって考えればそんなわけないのだが、疲れきった頭はそんな当然に浮かぶ思考に至れない。
「消えよ! きええぇぇ!!」
近くのメモ帳を丸めてハエでも叩き落とすかのように叩くが、消える様子はない。
「おのれ! 俺の正義を理解出来ぬか! なんと不届きなテロップめ!
だが、面倒だから押す! そう、迅速な正義執行のために! ゲーム会社よ! 貴様の甘言に此度だけは付き合ってやろうぞ!!」
脈絡が一切ない意味不明な台詞を垂れ流しながらも短髪の捜査員は、深く考えずにある項目を押す。
すると全身に鋼のような鱗が生えて鼻が伸び、口端が広がり鋭い牙が生える。忽ち御伽噺や小説、漫画の中で登場する伝説の化物の容姿へと早変わりしてしまう。
「よし、消えたな! 正義執行! 正義執行!」
注意散漫となったせいか己に起こった変化など気付きもせず、いつもの気合の出る掛け声を上げて資料の作成を再開する。
2020年10月4日 午後1時56分――
「あ? 種族を選べだぁ?」
ニット帽の青年が眉間に皺を寄せて不機嫌そうな声を上げる。
周囲の彼の仲間たちは、全員微妙な顔をしながらも、テロップを凝視していたり、周囲をキョロキョロと眺めていた。
「銀ちゃん、これどうしたもんかね?」
同じパーカーを着たクマのようなガタイの男が、ニット帽の青年に躊躇いがちに尋ねるが、
「さぁな、押せってことじゃねぇの?」
ぶっきらぼうに返答する。
「何か、俺嫌な予感するんよ。少し様子見た方がいいんじゃね?」
「はっ! 馬鹿いえ、俺に尻込みしろってのか? そんなのはスマートじゃねぇ!」
ニット帽の男は、人差し指で操作していたが、
「ぎ、銀ちゃん! その頭!?」
クマのような男が口をパクパクさせながらもニット帽の男の額に指先を固定する。
「ん? 頭ぁ?」
額に触れると二本の立派な角が生えていた。
「ほう……」
初めてニット帽の青年の顔に不機嫌以外の感情が浮かぶ。
「ぎ、銀ちゃん?」
狂ったような笑い声をあげるニット帽の青年に恐る恐るその意を尋ねる。
「面白れぇじゃねぇか! 随分、退屈してたんだ。こういうのを待ってたのさぁ!」
その顔は先ほどの不愉快そうな顔は微塵もなく、激烈な狂喜に染まっていた。
そして、ニット帽の青年は木箱から腰を上げると、
「お前ら、今から俺のいう指示に従え!」
そう有無を言わせぬ強い口調で言い放ったのだった。
2020年10月4日(日曜日)、全世界の人類に与えられた意味不明な告知。その告知は世界の全ての常識や価値観を粉々に壊してしまう。
このときから差別や偏見、暴力がジワリジワリと顕在化し、旧秩序はこの日以降ゆっくりと崩壊へと向かうのだ。
そんな中、これは必然だろうか。混沌の坩堝と化した世界で、今まで常識という檻に捕獲されていた頭の螺子がぶっ飛んだ異常者たちが次々に頭角を現し、表舞台へと上がっていく。
そう。これはこの世界の変革を決定付けた異常者たちが紡ぐ最悪にして最低な英雄譚。
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