第15話 クロノ姫
オーク騒動から二日後、ようやく俺は辿り着いたってわけだ。
ちなみに、俺がクエストの特典で得た称号――【業物を持ちしもの】は、称号ホルダーが握る武器の強度や切れ味を一段階、向上させる能力。つまり、俺が握る武器はその切れ味が段違いで高くなる。そんな地味に使える能力だ。
「ここが10階への階段か……」
最近、やけに独り言が増えよな。数日間、睡眠も碌にとらずに魔物をぶっ殺しまくっているんだし無理もないかもな。眠らなきゃ少なからず精神は摩耗するし、睡眠を削り過ぎたのかも。
丁度良いころ合いだ。まだ昼すぎだが第10階を確認したら、一度地上へ戻って休憩をとろうぜ。
俺は下層の階段を下りて行く。
10階はドーム状の半円球の巨大な空間のようだ。一応、周囲の壁には一定間隔でランプが設置されているが、光量が十分ではないせいか逆に怖い。これなら1階から9階のように床や壁、天井が青色に発光している方がよほどよかった。
敵は弱すぎるし、結局宝箱はあのガラクタとなった指輪一つだけ。おまけに、あのやる気のない魔物。ニワ・トリはまだいいにしても、ウマシカはないだろう。ウマシカは! あのウマシカ、鹿を馬面にして角を生やし、足を太くしただけの代物だ。鹿がバヒヒーンとか鳴くんだぞ。当初、頭がおかしくなりそうだったぜ。
このダンジョンってどうしても中途半端でやる気のない感じがするんだよな。
丁度、中央に足を踏み入れた時――。
《挑戦者βテスター――藤村秋人を確認。《カオス・ヴェルト》βテストファイナルクエスト――【ゴリアテから、クロノ姫を救え】が開始されます》
いつもの天の声が鳴り響き、部屋の中心が円状に発光。その円の中心から、鉄の檻が出現し、そこには一匹の黒色の子猫がチョコンとお座りしていた。
まさか、あの黒猫がクロノ姫とか言っちゃったりするんだろうか。
そして、その前には鎧を着た巨大な一匹のリアルゴリラ。おいおい、某人気漫画の戦闘民族かよ!
俺の前に出現するテロップ。
―――――――――――――――
◆βテストファイナルクエスト:ゴリアテからクロノ姫を救え
・説明:ゴリアテは、蛮勇なりしゴリ族の戦士。降り注ぐ淡い日差しの中で出会いを求め佇むクロノ姫の蠱惑的な姿に魅了され劣情を抱いたゴリアテは、姫を攫う。ああ、美しくも好色なクロノ姫よ。野獣により、身も心も蹂躙されてしまうのか!
・クリア条件:ゴリアテの討伐
―――――――――――――――
まとめると、雄を探している発情した猫を見て、ゴリラが欲情し『ウッホッー!!』ってなったってわけね。
もはやどこから突っ込んだらいいのかわからんわ。俺のゲーム人生で、ここまで適当な設定には初めて出くわしたぞ。これの制作者、絶対に考えるの面倒になって途中で鼻ほじりながら作ってるよな。
逃げようと後退りするも、背後の唯一の出口の階段を塞ぐ石の壁が地響きを立てながら降りてくる。
くそがっ! 結局、逃走不能、強制参加のクソゲーかよ!
《さあ、勇者よ、姫を蛮勇の下から救い出すのだっ!!》
うっせーわ! 何が『勇者よ』だ! せめて命を賭けさせるなら、戦勝品はナイスバディのお姉ちゃんの膝枕&パ〇パフにでもしてくれよ。マジで泣きそうだぜっ!
そんな俺の心中などお構いなしに無情にも現実は進み――。
『ウッホウッホホォォォォォォォッーー!!』
雄叫びを上げてゴリアテはドラミングを始め、この上なく不毛な戦いの幕は切って落とされた。
◇◆◇◆◇◆
ゴリアテが右肘を引き、放った拳が地面に突き刺さる。すんでのところで前方に跳躍した俺のすぐ背後で、爆発音と衝撃波が生じる。
「んなっ!?」
背後で生じたとんでもない威力の爆風に吹き飛ばされるも、斧を地面に叩きつけてどうにかやり過ごす。
身を屈めつつ【
くそ! シェィムリングさえあれば楽勝だったのに! そうか、もしかしたら、あのアイテムが奴を倒す唯一の手段だったのかもな。だが、あの指輪は既に使用しており、ただの石と化しているため使えない。
どうする? 他にどんな打開策がある!? 考えろ! 考えろ! 考えろぉ!!
『ウッホッーー!!』
奴は焦燥の極致にある俺にけたたましい咆哮を上げつつも迫ってくる。ただ疾走しているだけなのに地響きが鳴り響き、この部屋全体が揺れ動く。
「冗談じゃねぇよ!」
必死に地面を蹴って、奴の猛攻をひたすら逃げの一手で回避し続ける。
そして遂にゴリアテが振るった無数の拳の一つが俺の身体に掠った。
「ぐがっ!?」
それだけで、俺の身体はまるでボールのように回転し、視界は天井と床が何度も入れ替わる。
壁に背中から激突し衝撃により息ができず、肺に空気を求めて大きく息を吸い込む。
全身がバラバラになるような痛みに必死に歯を食いしばりながらも立ち上がるが、両足共にみっともなくカタカタと震えていた。
奴は俺に向けて重心を低くし身構える。この足じゃもう躱せそうもない。掠っただけでこのざまだ。まともにくらえば、俺に待つのは確実なる死。
「ざけんなっ!!」
こんな反吐が出そうなふざけた設定のゲームモドキで、俺が死ぬ? そんなの納得できない。できるはずがない!
俺はまだ死ねない。こんなくだらん茶番でゲームセットになってたまるか!
ならばどうする? 敵は不愉快なほど強いぞ? 普通に考えれば俺の負けは動かない。
「ぬ? 普通?」
己の思考に生じた決定的な違和感。ようやく俺は致命的な勘違いに気付く。
「くはっ! くははは……」
衝動的に口から飛び出る狂ったような笑い声。
「俺が普通の戦い? 馬鹿馬鹿しい! 俺には敵を粉砕する筋力がない! 俺には敵を切り刻めるだけの技量がない。俺には弱者のために立ち上がるだけの義勇も勇猛さもない!
俺にあるのはこの――」
全身が燃え上がるように熱くなり、まるでトンカチで殴られたかのように頭がガンガンと自己主張を始める。体調はまさに最悪。なのに、なぜだろう。嵐が吹き荒れていた俺の心からゆっくりと後悔が消えて行く。死への恐怖が消えて行く。人として最も大切な情が綺麗さっぱり消え、心が恐ろしいほど冷えていく。
瞬きをする間、そう、その僅かな間に、俺はまったく別の何かに変質していた。
「おい、エテ公!」
自分のものとは到底思えぬおぞましい声色で、俺は奴に呼びかけた。
「ウッホッ!?」
奴の声に初めて僅かな焦燥が浮かぶ。
「お前を――殺す!」
この宣言を最後にミジンコほどしかなかった道理も完全に消失する。
「ウッホォォッ!!!」
奴はまるで恐怖を吹き飛ばすかのように天に咆哮し、それによって大気が震え、大広間はその振動で揺れ動く。
俺はアイテムボックスから矢を番えた状態のクロスボウを取り出し左手で持つと奴に狙いを定め、右手には斧の代わりに包丁を握る。
そして俺は息をゆっくりと吐き出し、再度大きく肺へと空気を入れ始め、地面に張り付くように身を屈める。
おそらく俺が勝利するチャンスは一度。それに全力を注いでやる。
遂に奴が俺に向けて疾駆する。
妙にゆっくり流れる時間の中、俺はクロスボウを奴に向けて放つ。多分、【チキンハンター】の補正だろう。矢はあり得ないほど高速で飛翔し、奴の右腕に深々と突き刺さる。クロスボウを地面に投げ捨て、包丁を持つ右肘を引き、奴に向けて地面を全力で蹴る。
眼前に奴の右腕が迫るも、突き刺さった矢のお陰か僅かに速度が鈍っていた。そして、奴の右腕は俺の目と鼻の先を通り過ぎて行き、俺は奴の懐に入り込むことに成功する。
奴の眼前に跳躍した俺はアイテムボックスからナイフを取り出して左手に握り、奴の左目に突き立てた。
『グギャッ!!』
深々とゴリアテの眼球に突き刺さるナイフ。小さな悲鳴を上げて一瞬全身を硬直させた奴の口の中に、間髪入れず、引き絞っていた包丁を渾身の力で突き出す。
包丁が奴の喉の奥に刺さり、絶叫を上げつつもゴリアテは俺の右腕に噛みついてくる。
心地よい勝利への激痛が脊髄を走り抜けるが、予想通り、奴は左目に突き刺さった痛みと口腔内に突き刺さった包丁の激痛で俺の右腕を噛みちぎるには至れない。これでチェックだ。
俺は口端を吊り上げて宣言した。
「お前の負けだ」
俺は奴が噛みついた右手の先から、アイテムボックスに実験的に入れて放置していた物置を取り出した。
突如、奴の口腔内に生じた物置は、奴の頭を散り散りに引き裂き、そしてその身体をも押し潰す。
グシャッという生理的嫌悪感を催す音とともに、奴の全身は細かな粒子となって砕け散った。
これまでで最も巨大な魔石が地面に落下し、天の声が鳴り響く。
《ゴリアテを倒しました。経験値と
《LvUP。藤村秋人はレベル18になりました。HPは全回復します。
スキル――【
スキル――【
《《カオス・ヴェルト》βテストファイナルクエスト――【ゴリアテからクロノ姫を救え】クリア!
神器――クロノが勝者たる藤村秋人に与えられ、その支配下に置かれます。
ファイナルクエストのクリアにより、《カオス・ヴェルト》のβテストが終了しました。
引き続き《カオス・ヴェルト》本ゲームのフォーマットを開始いたします》
そのいつも以上に無機質な女の声を子守唄に俺の意識はゆっくりと奈落の底へと沈んでいった。
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