第14話 汝真実を知ることを欲するか? 能見黒華


「そうですか。黒華にも遂に想い人ができたんですね。ほっとしました」


 喫茶店で、黒華の親友、藤村朱里ふじむらあかりが、珈琲の入ったカップを口につけながら、そんな到底あり得ない感想を述べてくる。

 朱里とは高校一年のとき総合格闘技の都大会の決勝で戦って以来意気投合し、こうして放課後、頻繁にお茶をしている。


「いや、だから何を聞いてたんだよ! あいつ、最悪の凶悪顔だし、女の敵の変態野獣ケダモノなんだ! 第一、私のパンツ見たんだぞ!?」

「黒華、落ち着いて、丸聞こえですよ」


 ハッとして周囲を見渡すと、店内の視線が黒華たちに集まっていた。

強烈な羞恥の念で耳たぶまで真っ赤に染まるのを自覚する。


「だからそういうんじゃなくて、本当にドン引きするくらい強いから、その理由が知りたくなっただけなのっ!」

「でも、その彼と今度会う約束したんでしょ? しかも二人っきりで」

「う、うん」


躊躇いがちに顎を引く黒華に朱里は、優雅に形のよい口端を上げる。


「そんな強くて性欲の権化のような野獣なら二人っきりで会うなんて不安でしょうし、私も同行してあげましょうか?」

「いや、結構」

「ほら、もう答え、出てるじゃないですか」


 即答する黒華に朱里は呆れたように笑いつつも、至極もっともな主張を口にする。


「違う。そもそも次に会って話すことの対価が、そいつのことを他言しない約束だからで……」

「だから、この私にも名前すら教えてくれないと?」

「うん」


 途中で支離滅裂になっているのは、自覚している。それでも、黒華があんな最低な野獣に執着しているなど到底認めるわけにはいかない。


「で、今度いつ会うんです?」

「……」


 黙り込む黒華に、今度こそ朱里は深いため息を吐く。


「具体的な約束はしなかったと?」

「うん」


 コクンと顎を引く。


「大方、デートの約束をしたことで、舞い上がって日時を決めることを忘れちゃったんでしょ?」

「デ、デートでは断じてないっ!!」

「はいはい、わかってますよ」

「うー」


 全身の血液が顔に集中してゆくような熱を感じ、顎を引いて必死にそれを誤魔化そうとしていると、朱里の掌の感触が頭頂部に生じる。


「では、まず、逢引の日時のプランから考えましょう!」

「逢引でもないっ!!」


 まったく聞く耳を持たぬ親友に黒華はもう何度目かになる大声を張り上げたのだった。


            ◇◆◇◆◇◆


 現在、朱里と別れて帰路についている。

 空の重く垂れ込めた雲の裂け目から夕焼けが滲んで見えていた。


(遅くなっちゃったな)


 まだ今日の鍛錬が残っている。早く済ませて、今日は自室で調べたいことがあるのだ。

 スクランブル交差点の信号が青になり、急いで渡ろうとしたとき向こうから一人の金髪の少女がこちらに歩いてくるのが視界に入った。


(あれ?)


 彼女と丁度、すれ違ったとき己の頬を伝う熱い液体に気づく。


(これって涙? 目にゴミでも入ったのかな?)


 首を傾げながらも、黒華は家に向かって足を動かした。



 鍛錬が終わり風呂に入ってさっぱりした後、机に座りノートPCを立ち上げる。

 そして、ネットを開いたとき――。


《汝、真実を知る旅にでることを欲するか?》《【YES】or【NO】》との文字が画面一杯に表示されていた。

 朱里から、最近、この手の新種のウイルスが増えていると聞いたばかりだ。なんでも選択するか電源を落とすまでPCがフリーズしたままになるらしい。

 案の定、閉じる事ができない。仕方なく、シャットダウンを押すが、うんともすんとも言わない。


(早くネットで調べたいのに……)


 PCがだめならスマホだ。鞄からスマホをとりだすが、


「え?」


 口から漏れる頓狂な声。開いたスマホにも同じ文言が映し出されていた。そしてやはり、フリーズしてしまい、電源を落とすこともできなくなる。


(なぜに、スマホまで?)


 PCとスマホの両方が同じウイルスに汚染されたということだろうか? スマホとPCを繋げたことなどないはずなんだけど。


(それに電源すら落とせないんだけど……)


 強制終了はできると朱里は言っていたんだけど……。

 どの道、このままではネットが使えない。シャットダウンもできないなら、いっそのこと選択してみる?

 それに、真実を知る旅か。少し、ロマンティックかも。この手のパンチの効いた文言は嫌いじゃない。

 それにもしこれがあの魔物の出現やクエストについての真実なら、是非知りたいし。最悪、パソコンが壊れてデータがオシャカになっても、どうせ大した情報など入っていないから問題ない。


(これ押すんだよね)


 黒華は右の人差し指で、【YES】をタップする。


「あれ、なんとも――」


 突如視界が真っ赤に染まり、そして次の瞬間、あっさりと黒華の意識は暗転した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る