第13話 イカレきったヒーロー 宗像正雄
(くそっ! なぜ、非番のこんな日に!)
陸上自衛隊1等陸尉――
最近の魔物の出没により、自衛隊は頻繁に駆り出されてようやく手に入れた余暇だったのだ。買い物を済ませ帰ろうとした矢先、感情を含有していない女のアナウンスが頭内に響く。そして、その直後、眼前にあるテロップが出現した。
それによれば、この
本部に要請をしたから駐屯所の自衛隊の精鋭が駆けつけてくれる。ただ、どんなに早くても30分はかかる。その間にどれほどの犠牲がでるのかなど考えるまでもない。
案の定、コック姿をしたオークにより、少なくない客が犠牲となる。
当然だ。オークたった一匹に、ピストルを持った警察官が4人殉職、一般市民は43人も犠牲になっているのだ。しかも、見るからにあのオークは亜種、より強力な可能性が高い。武装した自衛隊かSATでもなければ対処などできはしない。
(あいつら、楽しんでいるのか?)
豚の顔を愉快そうに醜悪にゆがめて、右手の肉切包丁を肩でトントンと叩きながらも、正雄たちへ向けて少しずつ迫ってくる。
そして最前列には我が子を抱きしめながら腰を抜かしてしまった女性。
そんな女性を庇うかのように、黒髪の中学生くらいの可愛らしい少女が立ちふさがる。
この少女は、正雄が今まで目にしたことのないような美しい構えをとって、豚共に相対した。彼女は相当のやり手だ。彼女と二人でなら時間稼ぎができるかもしれない。そう甘い期待を抱き、共闘を申し出るがあっさり断られる。それも当然だった。彼女――能見黒華と正雄の武術は、身体能力、技においてまでまさに次元が違ったのだ。
正雄では初撃で即死しているようなオークどもの肉切り包丁の一撃を蝶でも舞うかのように、紙一重で避けつつも、オークたち三匹に掌底や蹴りを食らわせる。
そんな凄まじい威力を誇る能見黒華の一撃でもオークに致命傷を与えることはできず、遂にオークに取り囲まれてしまう。
(ここまでか!)
正雄は自衛官だ。例え勝てなくても、己より強くても能見黒華は無辜の国民だ。正雄には彼女を守るべき責務がある。能見黒華の前に立ちふさがろうとした、その時――。
「トランクスーーキッーークッ!!」
己を、トランクスマンと名乗る男が緊張感のない掛け声とともに現れた。
トランクス一丁に、頭にトランクスを被っており、見ているこちらが恥ずかしくなるような奇怪なポーズもとる。どこからどう見てもただの変態だ。これが平時なら確実に警察署に強制連行されていたことだろう。
しかし、その強さは生物としての次元を飛び超えていた。
飛び蹴りを入れただけでオーク共の頭部が粉々に潰れ、ボディー一発で腹が爆砕する。さらに膝蹴りで頭部が粉々の肉片となって飛び散ってしまう。
あの能見黒華ですら膝を折ったオーク共をあっさり皆殺しにすると、トランクスマンは、
「トランクスぅーーーービクトリィィィーーーー!」
再度、両腕を伸ばした、変てこなポージングをする。そして、こちらをチラと振り返る。
「変態」
能見黒華に、変態呼ばわりされたのを契機に、走り去ってしまった。
「な、何なんだ……」
あまりの事態に、未だに頭が追い付かず、やっとのことでその疑問を口にした。その言葉を封切りに、ザワザワと客たちがざわめき始める。
「彼って警察の人?」
若い女性が躊躇いがちに独り言ちると、
「いやいやいや、どちらかというとあれは、逮捕される側っしょ!」
隣の若い男が即座に右手をヒラヒラさせて、それを否定する。
「じゃあ、格闘家、覆面プロレスラーとか?」
「覆面というより、パンツだけどさ」
「まあ、一応男ものだし、セーフなんじゃね?」
「いや、そういう問題じゃないような……」
大人たちが何とも言えない表情で顔を見合わせているとき、
「トランクスビクトリー!」
さっきまで母親の胸の中でしくしくと泣いていた男の子が、目を輝かせながらトランクスマンの真似をする。正直、正雄でさえトラウマものの事態だというのに、たくましい子供だ。
能見黒華もキョロキョロとあたりと見渡していたが、柱を背にして膝を抱えて座るとブツブツと何やら呟き始めてしまう。よかった。見た感じ、彼女も大した怪我もないようだ。
(行ってみるか)
万が一に備え、この場で待機し客たちを守護すべき。それは頭ではわかっているのだが、花に誘われる蜜蜂のごとく、正雄は歩き出していた。
圧倒的。ただただ、トランクスマンは圧倒的だった。トランクスマンの拳により、オークの頭部、腹部、胸部は弾け飛ぶ。トランクスマンの蹴りにより、サッカーボールのように高速で回転し、壁へ大激突し建物を大きく震わせる。
格闘家? 馬鹿をいうな! 正雄とて空手と柔道の有段者だ。だから断言してもいい。武術により至れるのは、能見黒華のような強さまで。あんな無茶苦茶な強さ、人としての限界を飛び超えてしまっている。
そして遂に対峙するトランクスマンとオーク共の首領と思しき灰色の一際大きなオーク――ハーイオーク。
だが、トランクスマンはまるで虫でも踏み潰すかのごとくハーイオークを殺してしまう。
この魔物が頻繁に出るようになった世界では、彼の力は貴重だ。是非、上官たちに引き合わせて判断を仰ぐべきだろう。
少し話をするよう求めるが彼は即断ると、跳躍して二階へ上がると姿を消してしまった。
――自衛隊練間区駐屯地。
「宗像一尉、これは本当の話なのかね?」
「はい。私が保障します」
自衛隊練間区駐屯地の司令は、形の良い髭を摩りながらも暫く考え込んでいたが、
「わかった。我らが隊としてもそれほどの力を有する戦力なら少し無茶をしても確保したい人材だ。直ぐにでも対応しよう」
正雄の望む通りの返答をしてくれた。
「ありがとうございます」
心からの感謝の言葉をすると、部屋を退出する。
給湯室へ入り席に着くと、
「宗像一尉、災難でしたね」
赤髪の女性が正雄の正面の席に着くと、予想通りの話題を切り出した。
「まあな」
「で、その頭にトランクスを被った変態って本当に強かったんですか?」
やはり、彼女の興味はトランクスマンか。
「常軌を逸するほどな」
あれは現に目にしないと、とても信じられまい。実際にネットでは大げさにマスコミが報道しているという意見が大半だし。
「まさか、上はそんな変態をスカウトするつもりじゃないですよね」
「まさかって、お前、あれほどの力があれば世界中でひっぱりだこだぞ?」
「そうかもしれませんけど……」
なぜか悔しそうに下唇を噛む。
うーむ、彼女、もしかしてトランクスマンに対抗意識でも燃やしているんだろうか。そういや、幼い頃からヒーローに憧れて自衛隊に入ったとか言っていたな。
「どの道、彼の名前も容姿も所在も不明なんだ。見つけるのは相当、骨が折れる。一筋縄じゃあいくまいよ」
「じゃあ、このまま忘れられることもありってことです?」
「いんや、どうせすぐにまた彼は、姿を見せると思う」
あの男が、このまま消えていくはずがない。彼が望もうと望むまいときっと間もなくこの世界の表舞台へと上がる。他ならない世界がそれを望むのだ。
「それは、どういうことです?」
「直ぐにわかるさ」
だから、正雄は口端を上げて、そう口にした。
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