第12話 トランクスマン
多勢に無勢だったらしく、黒華は片膝をついてコック姿の三匹のオークに囲まれている。まさに間一髪の状態だよな。今回ばかりは、正直肝が冷えたよ。
俺は奴らに向けて助走をつけて地面を蹴って跳躍し、
「トランクスーーキッーークッ!!」
間抜けな掛け声とともに、黒華の頭部に肉切り包丁を今も振り下ろそうとしているオークの顔面にジャンプキックをブチかます。
――ゴギャッ!!
肉が裂け、骨が拉げる音。一撃、たった一撃でオークの頭部から頸部にかけて、ぐしゃぐしゃに潰れた。頭部を失い、血を吹き出しながらも地面へ倒れ込むオークは、粉々の粒子となり黒色の石へと変わる。
《羞恥心78%》
頭に響く天の声に、悪態をつきながらもさらなる羞恥を上げるべく、
「トランクスマン参上!」
両手首を曲げたまま両腕を上げて、右足を上げて片足立ちをしつつも名乗りを上げる。いわゆるグ〇コのポーズという奴だ。
《羞恥心89%》
(黙れや、クソ女!)
不愉快な女の宣言に確かな殺意を覚えながらも、残りの二匹のオークを睥睨する。
床を蹴り、ポカーンと半口を開けている二匹のオークの一匹の懐に潜り込むと、
「トランクスぅーーパーーンチ!」
右拳で鳩尾を突き上げた。俺の拳により奴の胴体が弾け飛び臓物がまき散らされながらも、上方へと持ち上げられ地面に落下、魔石へと変わる。
『ブヒィ!!』
床を踏み込み、奇声を上げて後退るオークに近づき、
「トランクスぅーーニーバッーートォォ!!」
その頭部を掴み、右膝を叩きつける。
砕け散る頭部。やはり、魔石化するオーク。
「トランクスぅーーーービクトリィィィーーーー!」
幼い頃、テレビでみた特撮ヒーローのポーズをとる。
《羞恥心95%》
女の声に恐る恐る背後を見ると、老若男女問わずドン引きしていた。
そして、片膝をつく黒華は頬をヒク付かせながらも、汚物でも見るような目で俺を凝視し、
「変態」
吐き捨てるようにそんな当然の感想を述べる。
《羞恥心100%。シェィムリングが完全解放されました。以後、残存時間の範囲内で状態を固定化します》
おちょくるかのような無機質な女の声に、
(ド畜生ぉぉ!!)
屈辱の涙を流しながら俺はそう心の中で絶叫しながらも、他のオークを刈るべく走り出す。
◇◆◇◆◇◆
今にも老夫婦に襲い掛かろうとしていたオークコックとの間合いを一瞬で食らい尽くし、
「トランクス、オラオラオラオラオラオラッ!」
某人気漫画の主人公のごとくラッシュを食らわせる。一瞬で挽肉になるオークコックを尻目に、次の狙いを定める。
腰を抜かしている女性に近づくオークコックを俺の双眼が捕らえると同時に、奴まで疾駆し、背後からオークコックの腰をクラッチし、
「トランクスぅーーーージャーマン・スープレックス!」
そのまま相手を後方へと反り投げ、ブリッチしたまま奴の頭部を堅い床に叩きつける。
ゴキッと骨が拉げる音、次の瞬間、細かな光となって奴らの身体は砕け散る。
「ひいぃぁ!」
劈くような悲鳴。その音源に顔を動かすと、通路の袋小路でオークコックに追い詰められている幼い姉弟と思しき少年少女が視界入る。姉は気丈にも両腕を広げて背後の弟を守っていた。
俺は床を蹴って今にも少女の頭上に肉切り包丁を振り下ろそうとしているオークコックの背後まで行くと、
「トランクスぅーーフッーーク!!」
俺は右拳でオークコックの右脇腹を横殴りにする。
ボギゴギと右拳に生じるオークコックのアバラを木端微塵に粉砕する感触。俺はそのまま右拳を全力で振り切った。オークコックは凄まじい速度で壁に衝突し、細かい粒子にまで砕け散り、魔石となって床に落ちる。
これでこの辺のオークは粗方、殺したな。
茫然と俺を見ている老夫婦、若い女性、少年少女に、既に安全地帯である黒華たちがいる出口に人差し指を向けると、
「あちらに、リトルバイオレンスガールがいる。そこまで走り、彼女に守ってもらうがいい!」
大声を張り上げる。
むろん、リトルバイオレンスガールとは黒華のことだ。あちら側のオークコックは全て駆逐した。俺もこうしてババを引いているんだし、あの暴力中学生にも精神的支柱くらいになってもらわにゃ困る。
では、なぜ、こんな茶番をしているかだって? もちろん、YAKEさ!
ほら、新入社員のとき歓迎会で一発芸を強制されたときのこと考えてくれ。 最初嫌で嫌でしょうがなくても、一度、完璧に羽目を外してしまうと羞恥心が綺麗さっぱり消えてなくなり、はっちゃけることあるだろ? あれと同じ。あまりに大きな
とまあ、実際は
真っ青な顔で未だにカタカタ震えている少年少女に近づき、その小さな頭をそっと撫でると、
「悪い奴は俺が全部やっつけてやる! だから安心しろっ!」
俺はできる限り力強く宣言し、次の戦場へ向けて走り出す。
これで26匹。あとは、あの中央広場の4匹のオークコックとハーイオークだけだ。
中央広場に踏み込む。
広場の隅には大きな檻があり、客たちが囚われている。客たちの顔は全員恐怖に引きつり、涙を流していた。あんな凄惨な現場見せられたのでは無理はない。
広場の大きな円形で豪奢なテーブルとその椅子に座った灰色の人面豚。
灰色人面豚の頭にはやはり、【H-I――元気ですか?】のハチマキ、そして真っ白な食事用のエプロンと波の絵が刺繍された
「悪趣味だよな」
テーブルの皿の上に盛り付けられる丸い物体を認識し、説明不能な狂気じみた感情が俺をグツグツと煮えたぎらせる。
ハーイオークのステータス平均は90に過ぎない。普段の俺なら無傷での討伐は不可能だったが、ブーストのかかった今の俺のステータスは200近くある。つまり、ただの雑魚だ。
これで、茶番は終わりだ。とっととこいつを殺して終わらせよう。
「トランクスマン、参上!」
俺はそう叫びながらも、威風堂々とハーイオークに向けて歩いていく。
俺に気付くとハーイオークは、不機嫌そうに鼻を鳴らし、それを合図に四匹のオークコックどもは肉切包丁を持って俺に襲いかかってくる。
「トランクスぅ、バックフィスト!」
奴らの一匹の頭部に裏拳をあてて破裂させ、その肉切包丁を奪う。
「トランクス、兜割!」
そして迫るもう一匹の脳天にその肉切り包丁を振り下ろした。
真っ二つに縦断されて地面に崩れ落ちるオークコックを尻目に俺はもう二匹に接近し、
「トランクス、オーク投げっ!」
その頭部を掴み、次々にハーイオークに投げつけた。
オークコックの一匹は超高速で回転しながらテーブルにぶち当たり、テーブルを粉砕した。一呼吸遅れて、投擲されグシャグシャに潰れたオーク自身も魔石化する。
もう一匹もハーイオークに高速で回転しながら迫るが、奴は右拳を無造作に振り払って爆砕させる。
『ブヒィィィーーーッ!!』
そして、顔を真っ赤に発火させて怒りの咆哮を上げる。
しょせんは、豚畜生か。怒っている暇があるなら攻撃しろよ。
俺は全力で右足を使って床を蹴り、奴にピクリとの反応も許さず背後をとると、奴の両足を蹴りつけ圧し折る。
『ブゴオオオオッーーー!』
さらに、絶叫を上げるハーイオークの両腕を潰し、奴を仰向けにひっくり返す。
もはや身動きの取れなくなった奴に近づき、俺は奴を見下ろした。
『ブヒヒッ!!』
その逃げ場を求める必死の動物のような目から察するに、命乞いでもしているのだろう。
だが、ダメだ。クソ豚。お前はおいたをしすぎた。
パキパキと両手の指を鳴らし俺は両拳を固く握り、
「トランクスぅ――」
その剥き出しの激烈な感情のままに拳撃を浴びせ続けた。
◇◆◇◆◇◆
気が付くともはや原型を留めないハーイオークの亡骸があった。それはすぐに細かな光の粒子となって一際大きな黒色の石が床に落下する。
同時に、脳内に響く女の声。
《ハーイオーク及びオークコック30匹が討伐されました。臨時クエスト【ハーイオークコック隊の襲来】クリア!
臨時クエスト【ハーイオークコック隊の襲来】のクリア特典として【業物を持ちしもの】の称号を獲得しました》
同時に俺の全身が赤く発光し、視界がグニャリと歪む。この人生の汚点を他人に知られるのだけは御免被る。とっととずらかるとしよう。
「ま、まってくれ!」
呼び止められて振り返ると、さっきのガタイの良い坊主の男が佇んでいた。
「……」
「私は、陸上自衛隊1等陸尉――
自衛隊? 私服からすると、非番か何かだろう。まあ警察じゃないし、強制の義務はないはず。さて、警察に取っ捕まる前にとっとと逃げようかね。
「断る」
それだけ低く答えると、二階に跳躍しトイレに駆け込み着替える。そして非常口から出ると、俺のマイカーを停めている駐車場まで速足で向かった。
俺の愛車の鍵を開けて、中に乗り込もうとしたとき――。
「トランクスマン、どこにいくつもり?」
咄嗟に振り返ると、黒髪中学生モドキが腰に両手を当てて佇んでいた。
「そんな変態、知らんよ。じゃあ、俺、急ぐんで」
黒華は戦闘に精一杯で、俺が証明写真機に出入りしてトランクス姿になったことは知らないはず。
「へー、この期に及んで嘘つくの? まあ、私はそれでもかまわないけど、今から警察にいくだけだし」
な、なんだ、こいつのこの自信は? まさか、本当に俺が証明写真機から出てくるのを目にしたとか? いや、そんな余裕、あのときのこいつにあるはずが……。
「お前――」
「証明写真機」
黒華の言葉に、突然、喉の奥に指を突っ込まれたような衝撃が走り、話の途中で咳き込んでしまう。
「やっぱり。その様子だと、あそこで、着替えたのね」
この野郎。カマかけやがったな。
「なんのことでしょうかね」
「警察にいえば指紋等、採取して判断してくれると思うけど。それとも、警察よりいきなりマスコミの方が良い?」
いやいや、マスコミだけはマズい! あいつら、マジでしつこいと聞くし、まず確実に俺のダンジョンに行き着く。そうなれば――。
「何が望みだ?」
「今度、少し話そう。ね?」
黒華は底意地の悪い笑顔でそう告げ、
「はいはい、わかった」
俺は肩を落としてそう頷いたのだった。
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