第11話 βクエスト――ハーイオークコック隊の襲来


【チキンハンター】に進化してから8日が経過し、俺は【無限廻廊】7階まで到達する。

 3~6階は2階までとは一転かなり広大になり、ゴブリン、ニワ・トリが混在するようになる。5階から鹿の胴体に馬の頸部から頭部を持つ、ウマシカとかいう化物がその中に混ざる。


『バヒヒヒヒーン!』


 立派な二本の角の生やした馬面の気色悪い鹿がけったいな声を上げつつも俺に突進してきたので、それを目と鼻の先で避けると、斧でその首を力任せに一閃する。

 ウマシカの長い頸部に突き刺さると同時に、あらぬ方向へ折れ曲がり、粉々の粒子となって砕け散る。

 この斧も限界だ。刃が完全に切れなくなっており、今や撲殺用の凶器となっている。クロスボウも現在無理に使わなくても十分倒せるから、まったく使用していない。今後、新たな武器が必要となるよな。


 俺のレベルはあれから遂に12の大台へと突入し、全能力値も80付近まで上昇している。

 スキル――【社畜の鞄アイテムボックス】と【社畜眼アプレイズ】は共にレベル5まで上昇した。

 アイテムボックスの方は、収容可能容積が著しく増えて収容物の劣化速度の低下という機能も追加される。一応実験もかねて家の物置もアイテムボックス内に入れてみたが、楽々収納することができた。

 アプレイズの方は、鑑定可能の対象物が大幅に増えて、自分よりも格下の敵の能力値まで鑑定できるようになる。

 ただ、あれからレベルは既に12になるのに攻撃系のスキルは何一つ覚えない。どうせゲームに似せるなら魔法の一つくらい獲得して欲しいぜ。まあ、基本撲殺で事足りるので、まったく困っていないのが現状であるんだけど。



 現在、家から最も近くにある大型ショッピングセンター――GOSYUゴーシュ堺蔵さかえぐら支店に衣服や食料の購入のため訪れている。

 GOSYUゴーシュは食料、衣服から、家具類、電化製品までその種類と数が豊富で、家からも近く、頻繁に利用している。

 戦闘で衣服は直ぐにボロボロになる。作業服のようなものが必要だったのだ。加えて以前から不足していたトランクスと靴下なども買い込む。

 食料はもちろん、日用品をここまで徹底的に購入したのは、生まれて初めてかもな。ほら、俺ってずっと今の爺ちゃんの家から出たことなかったから、一度に購入する必要がなかったんだ。


「これで粗方調達したし、ラーメンでも食ってから帰るか」


 ショッピングセンター内の行きつけのラーメン専門店に向けて歩き出したとき、ばったりと以前の暴力女子高生に出くわしてしまう。


「なんで、ここにあんたがいるのよ?」


 ふくれっ面で俺に尋ねてくるので、


「それは、俺がここに買い物にきているからだ」

 

 堂々と一目瞭然の回答を出してやった。

 ダメージを負わないとはいえ、ボカスカ殴られてもかなわんし、退散すべきだろうな。

 とはいえ、実際のところ、なぜかこいつに殴られてもあまり嫌じゃないんだよな。

 いやいや、別に俺ってそんな救いようのないドMじゃないはずだぜ。とっとと、家に帰ってレベル上げだな。


「じゃあな」


 右手を上げて、ラーメン店内に入ろうとするが、右手首を掴まれてしまう。


「なんだよ?」


 黒髪少女は僅かに頬を紅色にそめてそっぽを向きがらも、


「以前の謝罪とお礼」


 そんな意外極まりないことを口走りながらも、俺を引きずるようにラーメン店内へと入っていく。



 俺の正面の席でぶすっとしかめっ面をしている黒髪女子高生。

 うーむ、状況が飲み込めんな。なぜ、俺がこいつと昼飯を食っているんだろう?


「ごめん」


 目線を合わそうともせず、謝罪の言葉を口にする黒髪女子高生。


「なにが?」

「助けようとしてくれたのに、殴ったこと」

「ほー、一応、状況は理解していたのか」

「あんたが私を侮辱したことは許せないけど、助けようとしたことは事実だから」

「そうかい。ならもういい。だから気にするな。そして二度と俺に関わるな」


 どうもこの少女は苦手だ。別に殴られたことを恨んでというわけじゃない。むしろ逆。こいつとのこの暴力的なスキンシップに、不快どころかどこか安らぎのようなものを感じてしまっているから。ほら、こんなのただのマゾヒストの変態だろ?


「……」


 驚いたような、そしてショックを受けたような強張った表情で俺を見上げる黒髪女子高生の姿を認識し、俺は深いため息を吐く。


「嘘だ。嘘。冗談だ。俺の発言を一々真に受けるなよ」

「……」


 からかわれたとでも思ったのだろう。再度、眉を寄せるとそっぽを向いてしまう。

 やっぱり、こいつは苦手だ。



 ラーメンの麺を、音を立てて豪快にすすっていると、


能見黒華のうみくろか


 黒髪少女が唐突に口にする。


「ん?」

「私の名前、あんたは?」


 正直これ以上この少女と慣れ合いたくないんだが、まあ名前ぐらいならいいか。

 もっとも、全て馬鹿丁寧に答えるつもりもない。


「芦屋秋人」


 芦屋あしやは俺の母の旧姓。たまに芦屋の性を名乗ることはあるし、これなら偽りではあるまい。


「アキト……ありふれた名前なのに、変態のようにしか聞こえないのは、私にあんな変態行為をしたあんたの行いのたまものだね」

 

 何度か俺の名前を反芻していたが、黒華はさも可笑しそうにクスクスと笑みを零す。


「んー、お前に変態行為なんてしたっけ?」


 まったく心当たりがないな。


「わ、私のパンツみて、はあはあ、言ってた!!」


 黒華は顔を真っ赤に染めると、俺を指さして人聞きの悪いことを言いやがった。おい、今ので周囲から相当白い目でみられたぞ!


「心外な。俺が興味あるのは二十歳以上のボンキュッボンのお姉ちゃんだ。中学生のパンツなど見ても興奮などしやしない」


 大げさに、首を左右に振ってやる。


「だから、私は――中学生じゃないっ!!」


 案の定、俺の横っ面をひっぱたくべく放たれた掌は、俺の頬の直前で止まっていた。ほう。寸止めか。成長したな。まあ、プランクトンからミジンコにランクアップした程度にすぎないが。

 それにしても、黒華って……そうだ、似ていると思っていたら、雨宮と似ているんだ。

 無論、両者の外見は全く似ても似つかない。第一雨宮はブロンドだし黒華は黒髪。雨宮は黒華よりも幼い外見だ。それにどこか眠たそうなやる気のない雨宮に対して、黒華は睨みつけるような鋭い目つき。性格も基本温和な雨宮と比較しても、黒華は暴力的。ある意味、対局な二人。

 だが、俺が揶揄からかった時の反応など、仕草一つ一つの纏う雰囲気がよく似ていた。


「わかった、わかった。それより、麺が伸びるとまずくなる。食べちまえよ」

「……」


 ぷりぷりしながらも、麺をすする黒華に苦笑しながらも、俺も麺を食べる。



 会計を済ませる。もちろん支払いは俺だ。

 黒華が金を出すとかほざいていたが、両親からもらった金で、生意気いうなと一喝したら歯ぎしりをしつつも従った。素直なんだかなんなんだか。

 どうせ黒華とはもうこれっきりだし、どうでもいいがね。


「じゃあな、最近物騒だし、気を付けて帰れよ」

「余計なお世話!!」


 イーと白い歯を見せて威嚇してくる黒華に背を向けて歩き出したとき――。


《運営側からの通告――《カオス・ヴェルト》βテスト、臨時クエスト――【ハーイオークコック隊の襲来】が開始されます】


 突如、頭に響く無機質な女の声と、目の前に現れるテロップ。


―――――――――――――――

◆βクエスト:ハーイオークコック隊の襲来

説明: ハーイオークは、元気な人間の肉が大好物のオーク。配下のオークコック30匹を引き連れて、GOSYUゴーシュ堺蔵さかえぐら支店を占拠した。ハーイオークたちの食事場と化したGOSYUゴーシュを解放し、平和を取り戻せ!

クリア条件:ハーイオーク及び配下オークコック30匹の討伐。

 ―――――――――――――――


 なんじゃこりゃ? クエストってMMORPGとかで国とか冒険者ギルドとかの組織が斡旋するあれか? 

 要約すると、人食い豚がこの施設を占拠したから討伐して、倒せ。そういうことだろうか。


「まさかな……」


 流石にそんな馬鹿馬鹿しいこと、あるわけないか。脳裏に浮かぶ不吉な考えを振り払うべく首を左右に数回振る。


「これなんだと思う?」


 黒華が憂わしげな表情で俺を見上げながら尋ねてくる。もちろん、尋ねてきているのは、このテロップだ。


「お前、そのテロップ見えるのか?」

「うん」


 とすると、このクエストは俺にだけ示された試練ではない。ここの来客全てに対してのクエスト。


「クエストってGOSYUゴーシュの新しい催しかなぁ?」

「さあ、そうなんじゃない。出よっか? 私別にゲームに興味ないし……」

「そうだね」


 どうやら、この店の全員に提示されているようで、周囲の客も眉根を寄せながらも話し込んでいる。


「直ぐにここを出るぞ!」


 この肌のヒリ付く感じ、あのオークの襲撃の時と同じだ。嫌な予感しかしない。ここから早急に立ち去るべきだ。

 俺は黒華の細い右手首を掴むと今も混乱の最中にあるショッピングセンターの出口に向けて走り出そうとする。その刹那――劈くような女性の悲鳴。それを契機に建物が何度も震動し、大勢の怒号や足音、鼓膜を痛いくらい震わせる轟音がショッピングセンター内に響き渡る。


「ビンゴか!」


 振り返るとホールの奥からこちらに雪崩のように押し寄せてくる群衆。

 その悪夢のような光景に俺も頬を引き攣らせながら、再度出口に向けて走り出す。



 既に大勢の客たちが正面出入口に集まり、堅く閉じたガラス張りの扉を開こうとしていた。

 成人男性数人がかりでもピクリとも開かないことからして普通じゃない。おそらくこれは――。


「あ、あれっ!!」


 咄嗟に振り返ると、茶髪の青年が床に尻もちをついて人差し指で一点を刺して、叫び声をあげていた。 

 そこには、【H-I――元気ですか?】と書かれたハチマキをしたコック姿の人面豚が、右手に大きな肉切包丁を持ち、エスカレーターから降り来ていた。


「くそがっ!」


 この後に起こる事態を明確に予想し、俺の口から悪態が漏れる。

 案の定、一呼吸遅れて、奴の左手に持つ真っ赤な液体で濡れた丸いものを視界に入れて民衆は、文字通りパニックに陥った。

 若い男、若い女、子供に老人、誰もが悲鳴を上げつつも、あの人の生首を持った怪物から遠ざかるべく蜘蛛の子を散らすかのように走り出す。

 マズいな、これってきっとあの豚共の思うつぼだ。

 予定調和のごとく、正面出入口から左側の通路へ走り出し丁度、右に曲がろうとしていた中年男性の首が飛び、地面に叩きつけられる。首をなくした頸部から噴水のように鮮血を吹き上げて、糸の切れた人形のようにドサリと倒れこむ。

 コック姿のオークが、ゆっくりと左の通路から現れる。同時に、右側の通路からもコックオークは現れた。


「囲まれたか……」


 俺の呟きに隣にいたガタイのよい男が、


「どいてください!」


 脇に設置された長椅子を軽々掴むと、ガラスに叩きつけた。

 金属製の長いすだ。防弾ガラスでもなければ、ヒビくらい入ってしかるべきだ。なのに――。


「馬鹿な……」


 絶望の声を上げるガタイの良い坊主の男。当然だ。ガラスにはヒビ一つはいっていなかったんだから。

 やはりか。第一、大人複数人でもビクともしないガラスの扉など聞いたこともない。多分、このクエストをクリアしない限り、外に出られないし、救助も来ない。そういう仕様なのだろう。

 だとすれば、様子を見ている意義もない。オーク共にはでかい借りがある。借りっぱなしは性に合わない。この機会を利用し、返済しておきたいところだ。

 この点、鑑定の結果、あの【オークコック】のステータス平均は20。俺の今のステータス平均は80。あいつら自体は、俺にとっては雑魚に等しい。

 しかし、以前のオーク事件で俺は事態を楽観視すぎて痛い目を見た。ここは、慎重に行動すべきだ。

 そして、俺がこのクエストをクリアすれば、良くも悪くも悪目立ちする。そうなれば、マスコミどもに俺の家にあるダンジョンの存在が知られる可能性は否定できない。もしあのダンジョンが公になれば、政府に強制的に差し押さえられる危険性が高い。あの場所は爺ちゃんとの思い出の地。誰にも渡すつもりはない。だとすると、俺の秘匿は必須。

 つまり、クリアすべき条件は二つ。奴らを確実に倒す方法と、俺とばれずにこのクエストをクリアする方法の獲得だ。

 この条件二つを同時に満たす方法に俺は心当たりがある。だが、それには俺という存在を知る黒華の注意を反らす必要があるのだ。


(さて、どうしたもんかね)


 黒華が最前に出ると、オークコックを睨みつけつつも重心を低くし構えをとる。あの独特の構え、幼少期散々させられた構えとどことなく似ている。間違いない。彼女には武術の心得がある。

 

「下がってて!」


 そして彼女は、すぐ後ろで幼い子供を抱きかかえながらも震えている母親に指示を出す。

 しかし、それでも腰を抜かして動けない母親に、


「早くっ!!」

 

 大声を張り上げる。

 母親は泣きべそをかきつつも、子供を抱きしめ、這うようにして後方へ退避した。


「本官も手伝おう!」


 ガタイの良い坊主の男も、右手を前方に折り曲げ、中段に構える。あれは空手の上段受けの構えか。自分を本官と称することからも、自衛官か警官のいずれかだろう。


「私は能見流古武術の能見黒華、初伝を得ています。私がやりますので、貴方は他の人たちの保護をお願いしますっ!」


 視線をオーク共からそらさず、黒華はガタイの良い男に叫ぶ。

 いい判断だな。あのガタイの良い坊主の男はステータス平均7ほど。オークコックと戦えば即死する。加えて、黒華のステータス平均20前後。しかも、古武術の初伝を得ているなら、黒華一人で臨んだ方がまだやりやすい。

 

「お願い!!」

「わ、わかった!」


 苦渋の表情で、ガタイの良い坊主の男も頷き、後ろに下がる。

 これで黒華の注意が俺からそれた。


(ちょうどいい)


 俺の左手の人差し指にはまる青色の光を放つ指輪に視線を落とす。これなら最良の結果を導きだせる。

 咄嗟に、正面のオークが突進し、黒華に肉切り包丁を振り下ろす。それを鼻先スレスレでかわし、黒華は駒のように回転するとオークコックの懐に飛び込み、鳩尾に右掌底を叩きつける。

 口から唾液を垂れ流しオークコックは背後へヨロメキながらも移動し、血走った眼で黒華を威嚇する。


(いいぞ、その調子だ! ファイトだ、ファイトだ、黒華! 頑張れ、頑張れ、黒華!)


 黒華に最大級のエールを送りつつも、背後の証明写真機の前まで移動すると中に入り、カーテンを閉める。予想通り、黒華とオーク共の戦いの観戦に夢中で、俺など誰も気に求めていなかった。

紙袋の中から新品のトランクスを取り出し、【社畜の鞄アイテムボックス】から取り出したナイフで二つの穴を開けて頭から被る。

 そして上着とズボンを脱ぐと【社畜の鞄アイテムボックス】に放り込み、トランクス一丁となる。これで変態仮面トランクスマンの完成だ。

 うーん、この姿、恥ずかしいを通り越して、半端じゃなく抵抗感があるぞ。これで、人前で出ていくなどどんな羞恥プレイだ。


《羞恥心が規定値の50%を超えました。シェィムリングを使用しますか?》

《YES or NO》


 シェィムリングね。クソシステム。聞くなよ。俺はもう二度と、お前のゲームをなめねぇよ。考えられるだけ慎重に、相手がスライムでも全力で、ギ〇デイン、ブチかます。そんなスタンスで行かせてもらう。

 YESを左の人差し指でタップすると、俺の身体が発光していく。ほー、スゲーな。平均ステータスが100まで上昇している。おそらく、羞恥心が高くなればなるほど強くなるんだろうさ。


「……」


 結構本気でこのクソシステム作った奴を殺してぇよ。

 俺は内心で毒づきながらも、慎重に周囲を伺いながらも証明写真機の中から外に出ると、オーク共に向けて走り出す。




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