闇の中から【4】
目的地へと運ぶ船の名前は【ラブリー☆ルマーナ号】という。
流石のアズリでも、その名前は如何なものかと思った。オルホエイの空船よりもずっと小ぶりなルマーナ号だが、船員数を考えれば丁度良いサイズだと思えた。
それに、遺物船の様なスッキリとした形を出来る限り再現しているのであろうその外観は、他の商会とは全く違い、異色を放っていた。
購入してから数年程度しか経っていないというだけあって、船内も綺麗だった。だが単に新しいから綺麗というだけでは無く、女性が好む空間という意味も含む。
性別的に男であっても、趣味も精神も女として過ごす船員達がデザインしたのだから必然なのだろう。ここは本当に男ばかりの商会なのだろうか? 等と考えるのは失礼だと思える程だった。
「ホント、どうしてこんな事になってるのよ……」
自身の銃をサイドテーブルに置き、椅子にのけぞって座るレティーアが天井を見ながら言った。
「何度も説明したと思うけど、ティニャちゃんが……」
「そうじゃなくて、アズはどうしていつも変な状況になってるのよ! って意味」
「偶然……的な?」
「そうだけども! 何か呪われてるとしか思えないくらいに問題起こすから、もう才能か!? って思えるわよ」
「ごめん」
「別にいいけどね」
そう言ってからレティーアは「いつもの事だし」と溜息混じりでもう一言付け加えた。
ここはルマーナ達が憩いの場兼、食堂として使っている船室。居るのはアズリとレティーアとカナリエ。そしてダニルだけ。メンノとザッカはロクセと共にブリーフィングルームへ行ってしまった。
【ルマーナの店】を出て、まず先に向かったのは【ダニーの家】。事の次第を話すと、カナリエもダニルも即答で了承してくれた。次に一人暮らしのレティーアの住まいへ顔を出したが留守だった為、喫茶店【ニア】へ向かった。店内は時間の割に混んでいてリビは忙しそうだった。だが、客としてレティーアが居た。入店して真っすぐにレティーアのテーブルに向かい、何も注文せずに一方的に会話を始めた。オーダーを取ろうとする店員に謝りつつ話し終えると「また厄介な事になって……まぁ、先日の謝礼も含めて手当貰えるならいいわよ」とレティーアも呆れ顔で了承してくれた。
メンノが船長と交渉してくれて、無事に探査艇を借り受ける事となり、自分達の装備と共にルマーナ号へと乗り込んだ。
エルジボ狩猟商会の出航を確認した後、暫くしてから低空で追いかけているのが今の状況。現場には明日の昼前に到着する予定になっている。
「心配ばかりかけるのもアズリの才能かもね」
困り顔のまま、微笑を浮かべるカナリエ。
「カナ姐まで……」
「冗談よ」
冗談には聞こえなかった。
「私は平気だけど、アズは怖くないの? スライムって何なのか分からないけど、ともかく、でっかい変なのと対峙するだよ? 大丈夫?」
レティーアが問う。
見た事も無い生物と遭遇すると思うと、いつも不安になる。最近は少し強くなった自分を自覚しているが、そう簡単な問題でも無い。
「……怖いけど、ティニャちゃん助けなきゃだし。がんばる」
確かに怖い。ガモニルル討伐の時やエッグネックの時や、船掘を始めてから経験した様々な事態には、ひたすらに恐怖が付きまとった。
だが、何故か。
最近は今までの様な深い恐怖は感じない。
「無理はしないでね」
カナリエが言った。
「分かってる」
そう答えながら、ブリーフィングルームのある方向へ顔を向けた。
ロクセが居るから。そして、きっと、黒い彼も何処かに居るから。
不思議とそう思っている自分が居るからだった。
アズリは今回の作戦には参加しない船員の部屋を借りて一晩を過ごした。
ふかふかのベッドや三面鏡のドレッサーが設置してある船室は、サリーナル号の自室とは比べ物にならないくらいに快適で、同室で過ごしたレティーアは発狂寸前のテンションで喜んだ。
声には出さなかったが、アズリもまた内心で同様の歓喜を示していた。
寝間着を持って来なかった為に下着だけで寝たのだが、体が冷えない様に完璧に調節された空調が室内の落ち着く香りと共に、深くて心地良い眠りを提供してくれた。
起きて着替えた後、名残惜しくその船室を後にして、ブリーフィングルームへ向かった。
ブリーフィングルームは操縦士の仕事場であるブリッチと隣接していた。そして、壁が無かった。操縦士も聞くだけならブリーフィングに参加できる形となっていた。
この作りには称賛できるとカナリエが言い、それに対してメンノやザッカも同意していた。
参加する皆が集まって、昨日にロクセ達が決めた作戦の詳細が伝えられた。そしてルマーナ船掘商会の船員事情も聞いてから、作戦の担当を割り振った。
サラ、メルティ、パウリナの三名は【ラブリー☆ルマーナ号】の操縦士で、パームとローサは整備士だった。
普通は滅多に船外活動をしない面子らしいのだが、今回の作戦には参加すると強く希望して来た為、牽制や小型艇の操縦等を任せる事になった。
船員は他にも数名いて、皆ルマーナの店のスタッフや接客の娘だと言っていたが、今回は少数で行動する為、結局滅多に船外へ出ない面子を連れて行く事となった……という話だった。
ルミネは元々船員では無い為に、ルマーナの店でお留守番である。
「祈っています。絶対に無事に帰って来て下さい。ティニャちゃんを……ティニャちゃんを助けてあげてください」と必死に繰り返していたらしい。
ともかく作戦メンバーはこうだ。
ルマーナ船掘商会側では、銛担当がガチムチのキャロル。牽制担当がルマーナ、キエルド、レッチョ、パーム、そしてもう一人のガチムチ……ベティー。小型艇の操縦をパウリナが行い、引っ張り上げる担当にローサが入る。サラとメルティはルマーナ号を隠して、作戦終了後に速やかに撤退出来る状況を維持する係となった。レッチョという太っているという意味での大柄の男性は、縦長のボックスを担ぎつつルマーナと共に行動するという。そのボックスが緊急事態用の電撃武器であると説明された。
そしてオルホエイ船掘商会側では、銛担当がダニル。牽制担当がレティーア、カナリエ、メンノ、そしてロクセ。小型艇をザッカが操縦し、アズリが引き上げる担当となった。キャニオンスライムと一番近くで対峙する小型艇へアズリが乗る事に、カナリエからは大きく反対された。しかし、アズリの強い希望と、牽制側にも多数の攻撃があるだろう事を踏まえ、結局どこに配置されても危険性は同じという理屈で納得させるに至った。
「各担当に問題はないね? 最後にもう一度、作戦確認するわ」
全ての作戦会議を終えてから、ルマーナが最終確認する。
「小型艇で予測地点付近まで向かってから偵察班を派遣。奴らの小型輸送艇からティニャ達が降ろされたのを確認して直ぐ、一斉に救出に向かうわ。勿論輸送艇が見えなくなってからだよ。最初は私達が牽制しつつ銛を打ち込む。その間に救出。次にオルホエイ組が銛を。その間に私達は更に前へ進み、三度目の電撃を放つ。もし、その三度で助けられる人数を超えていた場合は左右から牽制。出来る範囲で救出する様にする。要約するとこうよ。いいね?」
皆、頷いて了解の意を示す。
「キャニオンスライムと戦うなんて、ここにいる誰もが初体験。どんな攻撃をしてくるか分からないんだから、自分の命を大切にしてちょうだい。全滅したら意味が無いんだから。分かったね!?」
上手く行くか分からない。否、上手くやるしかない。
アズリは勿論、誰もがそれを念頭に作戦指示を受け取った。
ヘブンカムに連れ戻されてから二度目の夜を過ごした。
一度目は気を失っていた為に何処で過ごしたか知らないが、二度目は船の中だと知っている。
畳んだ両足を抱えるティニャは部屋の壁に背を付けて、じっとしていた。
重い空気の部屋でも、時折会話が生まれた。具合の悪そうな女性が一人居て、その人が震えだしたり唸り出したりすると隣に座っている人が抱きしめたり声をかけたりして落ち着かせていた。そんな時に少しばかりの会話が起こった。
「薬の禁断症状よ」
ラモナが言った。
禁断症状とは何の事だろう。薬を持ち歩いてなかったが為に苦しいのだろうか。
ティニャはとりあえずそう解釈した。
隣でずっと肩を抱いていてくれるラモナは、ヘブンカムを穏便に辞める代わりに店へティニャを連れて帰る条件を飲んだと言う。
何度も「ごめんね」を繰り返しながら説明してくれた。
しかし結局、強制的に船に乗せられて、謎の仕事をする羽目になってしまった。今では全てを後悔していると語った。
ティニャはその件を責めるつもりはなかった。ヘブンカムで働いている時、殴られた後に反省しろと裏口から放り出される度、声をかけに来てくれたのはたった一人……ラモナだけだったからだ。少し舌っ足らずな喋り方でいつも慰めてくれた。そしてキッチンから盗んだ、手に隠せる程度の食べ物を持ってきてくれた。帰りは危険だからと、何度も送って貰った。そんな彼女を責める事なんて出来なかった。
時折生まれる会話の中で、自己紹介をした。
ティニャとラモナ、そして具合が悪いヌェミという女性とシャルロという女性以外は全員が別々の店から来たと言った。
女性達は皆、ヴィスが原因だと言った。店に突然現れて、店主と話をした後に狩猟商会の手伝いをする様、命令されたという。
ヴィスという男……流石のティニャでも一番通りで働いていたら知らないはずの無い名前。
先日、ルマーナの店へ乗り込んで来た男。
そのヴィスと口論出来る立場のルマーナは、想像するよりずっと凄い人なのだろうと改めて思った。
船の中でかなりの時間を過ごした。
突然船が停まり、部屋の外で何やら怒鳴り声が聞こえた。隣の船室に入れられた男達が何処かに連れて行かれる様子だった。その様子に皆、恐怖を隠しきれずにいた。
暫くすると扉が開いて銃を持った二人の男が入って来た。「出ろ」という言葉だけで全員を誘導し、背中に銃を突き付けながら小型艇に詰め込まれた。
狭い空間には対面のシートがあって、そこに座る様に指示された。そしてそのまま飛び立ち、運ばれた。
到着すると後部ハッチが開いた。
場所は何処かの渓谷だった。
頑張れば昇り降りが出来る程度の勾配だが、かなりの高さがある。広くも無く狭くも無い谷が続いていて、黄色い実を付けた背の低い植物が至る所に生えていた。その実を食べていた小動物達が逃げる様に、崖を勢いよく駆け上がっていった。その植物からは濃厚な甘い香りがした。
お腹が減ったら食べてもいいのだろうか。食べれるのだろうか。
ティニャは一瞬そんな事を考えてしまった。
銃を向けられて、急かす様に降ろされた。だが男達は降りなかった。
全員が降りた後、一人の男が仕事の説明をした。
「走れ。ともかく走れ。それがお前達の仕事だ」
言ってる意味が分からず、皆が恐怖と共にきょとんとした顔をした。
「あっちを見てみろ。分かれているだろ?」
そう言われて、男が顎で指した方向を全員が見た。
渓谷が二手に分かれていた。
その場所までかなりの距離があった。
あんな所まで走るのだろうか? 走って何があるのだろうか? と不思議に思った。
「ヌェミ。お前には随分と世話になったからな」
男はそう言いながら、青白い顔でぼーとしているヌェミを見た。
「予定ポイントと違うが、まぁ俺からのせめてもの慈悲だ。そんな体でもあそこまで走れば少しは長く……いや、何でも無い。とにかく走れ」
ヌェミはとても細い。細身のティニャでも驚くくらいに痩せている。
”世話になった”とは、きっとお店での接客に関してだろう。
生気が無い彼女にも活気のあった時期があったはずだ。
そんな時期を思い出すかの様に、男は感慨深そうな顔をしていた。
「二手に分かれる事を勧める。じゃあな」
そう言うとハッチが閉じた。そして小型艇は去って行った。
「走るって言ったって……」
「走ってどうするのよ」
「帰りたい……ここ何処? お願い……助けて」
周囲からは聞いた事も無い動物の声が聞こえて、土と植物と謎の実から出る甘い香りが漂う。
何処か分からない場所、しかも歩いて帰る事など不可能と思える遠い場所に連れて来られて、放置される。
誰もが不安を漏らし、震え、しくしくと泣き出す者も出て来た。
「大丈夫。とにかく走ろう」
ティニャの背中に手を添えながらラモナが言った。
「ヌェミ。行こう。がんばって」
シャルロもヌェミに向かって言った。
とその時、遠くで悲鳴が聞こえた。
男の悲鳴だった。先に連れて行かれた男達の声だと思った。
泣いていた女性もピタッと泣き止んで、顔色を変えた。
この時やっと、何が起こっているのか皆理解した様だった。
勿論ティニャも、薄っすらと理解した。
走る、否、逃げる。
これが今から行う仕事なのだ、と。
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