プレゼント【5】

「食べていいの?」

「どうぞ。いっぱい食べてね」

 厨房服を着た男性と共に現れたエプロン姿の女性がティニャへ微笑みかけた。

 鉄板の上でジューと音をたてるステーキがテーブルの上に置かれ、ティニャは目を輝かせている。

「す、すごいっすね」

「ご要望があれば、皆様の分もご用意致します」

「ザッカ……どうする?」

「いや、流石に飲めなくなるから遠慮するっす」

 メンノの問いに、キャスターワゴンの上に乗った様々な料理を見ながらザッカは答えた。

 六瀬もまたその料理を見て、ここは高級店だったな、と思い直す。


 飲み始めに出された料理は、やはりつまむ程度の物で量も然程多くは無かった。品質の高い食材を使っていたが、飲み屋として出す料理ならばこの辺りが限界だろうと思った。

 だが、【ルマーナの店】は高級店。

 中級市民でも食べる事が叶わないと思えるレベルの料理をすんなり出してくる。

 サラダとスープ、小皿に入った手の込んだ料理が数点とステーキ。それらがアズリとティニャの目の前に並び、つまみ用に作れた別の料理が男性陣の前に置かれた。

「本当に、その……頂いても」

 チラッとこちらを見ながら言うアズリは、六瀬に対してかルマーナに対してか分からない質問をしてきた。


「いいわよ。気にせずどうぞ」

 ティニャからの要望で既に料理を作っていたらしく、ルマーナ達が席に着いて五分と経たない内にテーブルの上は高級レストランへと変わった。

 エプロン姿の女性が、弟の分を冷めても食べれる物で別に用意している等とティニャに話しかけ、その間にルミネがナイフとフォークを使ってティニャのステーキを切り分けた。


「いや~それにしても変わるもんっすね」

 少し低めのテーブルであるが故に若干の食べ難さはあるが、それでもこぼさない様に恐る恐る料理を口に運び、その味を堪能するかのように咀嚼するアズリ。

 そんなアズリにザッカが声をかけた。

「変……かな」

「その逆っすよ。他の奴らにも見せてやりたいくらいっす」

「だな。すげー綺麗だぜ、アズリ。酒も進む」

 グラスをひょいと掲げながらメンノが言うと「あ、ありがと」と顔を赤らめながらアズリは礼を言った。そして何故かチラッとこっちを見た。今度は確実に六瀬の視線に合わせてきた。

 だがその視線の意味が分からなかった。

 もしかして何か話しかけたいのか? と思い「ん?」と疑問符を付ける形で反応すると、アズリはまたギッと睨み、そして料理にかぶりついた。


――ご機嫌斜めなままか。


 本当にどうすればいいか分からない。女の情緒を安定させるなんて難しすぎる。

 つきたい溜息を我慢して、六瀬は飲んでも意味のない酒を飲んだ。

 グラスの氷がカランと音をたて、アイスペールの中の氷もゴロっと音をたてた。

 そんな音がはっきり聞こえる。それほどまでに六瀬のソファーだけ静かだった。

 最初に二言三言話しただけのルマーナは、周囲への質問に反応するだけで驚く程静かにしている。

 何も喋らないのは如何なものか……と思う。がしかし、何故だか嫌な雰囲気では無かった。

 思うに、彼女は品のある落ち着いた接客をするのだろう。

 顔に似合わずというか雰囲気に似合わずというか……本当に上品な接客をする。

 個人的に好きな空気感だ。

 そう思いながら六瀬はもう一度グラスを傾けた。

 そんな二人を置いてきぼりにして周囲は盛り上がっている。

 六瀬はグラスから手を離し、楽しんでいる皆の姿を見た。


「ティニャちゃんもほんっと可愛い。娘にしたいくらい」

 とパーム。

「ね~。まさかここまで? って、私びっくりしちゃった」

 とパウリナ。

 そしてローサが「ルミネが仕上げたんでしょ? ドレスも髪もすごく良いわよ」と、ハンカチでティニャの口元を拭うルミネに向かって言った。

「あ……はい。でもドレスを選んだのはルマーナ様ですけど」

 少し困ったように答えて苦笑した。

「肌も白くて綺麗。ホントに可愛いわぁ」

 パウリナが目を細めて心から羨ましそうに言った。

 と、その瞬間、一瞬だけだがルミネとアズリの表情が曇った。丁度、グラスに氷を入れようとしていたルマーナの手も一瞬止まった。

 盛り上がる周囲を他所にして口の周りを汚しつつ夢中で料理を頬張るティニャの姿を、皆微笑ましく見ている。

 だが、六瀬だけは三人の変化に気が付いた。いや、もう一人居た。サラだ。

 サラが無言でルマーナに視線を向けた。ルマーナはその視線を拾ってから瞬きと共に逸らす。

 長年の付き合いだからこそ出来る事。意思の疎通がその一瞬で行われたと六瀬は思った。

 後で話す……そういった意味なのだろう。

 着替えの最中に何かあったのだ。それだけは分かる。


「やだもう、食べてる姿も可愛い」

 等と盛り上がり、それをネタにメンノ達の会話も弾んでいる。だが、ルミネ、アズリ、サラ、そしてルマーナの周辺だけ空気が重くなった様に感じた。

「ルマーナさん。少しあなたに相談があるのだが」

 空気を入れ替えようと思った。

 それには話題を与える、もしくは変える事が一番だ。

 ここで例の相談を彼女に持ちかけようと思う。

「ルマーナでいいわ」

「わかった。ではルマーナ」

 名前を呼んだ瞬間、彼女の体温が何故だか少し上がった。


「女性物の服が欲しいのだが……どうすればいいのか。店も知らないし、何処でどういった物を買えばいいのか分からないんだ」

 空気の入れ替えは成功したようだった。

 一瞬にして重い空気が吹き飛び、別の物へと変わった。

「どうして? だ、誰かにプレゼントでもするのかしら?」

 表情は変わらなかったが、声に戸惑いを含んでいる。

 サラはそんなルマーナをじっと見つめ、アズリは食事の手を止めて無表情になった。ルミネは一旦顔を向け、しかしティニャの世話へと戻る。


「ああ、まぁそんな所だ」

「誰かは分からないけど、その子は……幸せ者ね……」

「どうだろうか。だといいが。どちらにせよ、これから長い付き合いになる相手だしな。礼も兼ねての贈り物だ。あと下着も一緒に用意したい」

 これは多々良の話だ。

 ボディーの修理が完了した後、せめて一着でも服を用意しておかなければ、裸体のまま過ごさせる羽目になる。


――裸のままで居させたら、あの多々良の事だ、いったいどれだけの文句を言ってくるか……。


  それにアズリを救ってくれた礼もある。

 物によっては少し財布が厳しくなりそうだが、今後の投資と考えれば妥当だろう。

 そんな事を考えながらグラスを手に取り、ルマーナが新しく入れ直した酒を一口飲んだ。と、そのタイミングで彼女達の時間が止まっていた事に気が付いた。

「……え?」とルマーナの時間が動き出し「下着……も?」とサラの時間も動き出す。

「ロクセさんって変態だったんですか?」

 アズリの言葉で、ハッと気が付いた。

「ちょっと待て。違う。純粋に相手に渡す為だ。俺にそんな趣味は無い」

 時間が止まった理由はこれか、と思った。

 男が女性物の下着を欲していれば、確かに悪い意味へ捉えられかねない。

 咄嗟に言い訳を語ったが、彼女達は訝しげな視線を向けて来た。


「……サイズは……分かるのかしら?」

 どんよりした雰囲気でルマーナが聞いて来た。

 六瀬は仕切り直しとばかりにわざと小さく咳き込んで「ああ、それは分かる」と答えた。

 するとアズリもサラもルマーナも、無言のまま別々の反応を見せた。

 順に驚きと困惑と悲しみと……どうしてこんな反応を示すのか理解に困った。

 だが、正直に答えた。


「ルマーナ、服も下着も全て君と同じサイズの物が欲しい」

 実を言うと店内スキャン時に、女性達の骨格もスキャンしていた。

 店には多くの女性がいるが、期待していた状況と違い、微妙な所で差異があった。しかし、運良くルマーナが多々良とそう変わらないスタイルをしていた。

 よって、彼女と同じ物を用意すれば問題ない、という判断だった。


「ロクセ、お前凄いな」

 気が付くと、がむしゃらに料理を口へ運ぶティニャ以外は、皆こちらの会話に集中していた。

 何故かまた時間が止まっていた。だがメンノの一言で動き出した。

「ん? ん? 何っすか? どうかしたんすか?」

 ザッカはきょろきょろとしていてパーム達は「うっそ」「ひゃー」等と驚いている。

「凄い……とは?」

 何なのか。

 周りの反応に追い付かず、六瀬も殆どザッカと似た様な気持ちだった。だが、

「普通、聞くか?」

 というメンノの言葉で、またもハッと気が付いた。


 全て彼女に用意してもらい、袋に詰め込んで貰えば、広げて調べない限り知る事は無い。だが、店だけを聞いて六瀬自身で買いに行くとなれば色々と聞かねばならない。そう、サイズがルマーナと同じという事は、彼女のおおよそのボディーラインを知ってしまう事になるのだ。

 ”君と同じサイズの物が欲しい”言い方を変えれば”君の体が知りたい”ともなり得る。

「……確かに。いや、すまない。今のは忘れてくれ」

 これはセクハラではないか? いや、多少はそれも容認される店なのだから気にする必要はないのか? 等と思考の中でぐるぐると物議が廻った。

「大丈夫。あたいに任せて」

 しかしルマーナはセクハラまがいの要望に不機嫌になる事もせず、むしろ興奮気味で了承した。

「そうか? すまない」

 怒っていなくて良かった。


「予算とか聞きたいけど、ごめんなさいね、その前に少し席を外すわ。サラ」

「はい」

 二人はすくっと立って、足早に退席した。

「聞いてみるものだな。助かった」

 任せてと言うのだから、彼女が衣類を用意してくれるのだろう。

 これで多々良の裸体問題は解決する。

 周りを見ると女性達が皆ニコニコと笑顔を向けていた。


 しかし、一人だけ、アズリにだけは表情が無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る